第二十六話 優しさの涙
起床とは、水から浮かび上がる感覚と似ていると誰かが言っていた。別な景色から急激に変動し、生物の音が聞こえてくる。
本来は違う理由で水から浮かび上がる感覚と言うのかもしれないが、俺の起床には音が密接に関係しているためにそう解釈していた。
そして、俺はまた目覚める。
見慣れた景色に聞きなれた音。だが、少しだけ違うのは俺を覗き込んでいた彼ら彼女らの笑顔だった。
「リア!!」
その場にいた人達が口を揃えてそう叫ぶ。中には様を付けて読んでいるものも居た筈なのだが、重なった部分以外はかき消された。
「みんな、俺はどれぐらい寝てた?」
「リア様が寝ていたのは、ほんの数時間でしたよ」
ベッドのすぐ側で控えていたリリシアが微笑みを浮かべて返事をする。ほんの数時間で太陽が出ていると言うのならば、寝ていたのは昨晩から今朝までの間だったのだろう。
俺は気が抜けたら意識喪失という、テンプレをやってしまったらしい。精々テンプレから外れているとすれば、三日三晩では無くすぐに目が覚めたことだろうか。
だが、そんなことよりも、
「みんなも疲れてるだろうに、何で俺んとこにいるんだよ」
呆れ半分、嬉しさ半分に苦笑してしまう。実際にジョゼフと斬り合ったのは俺だったが、他の人たちも色んな怪我をしているはずだ。それなのにここにいてずっと看病してくれたこと、その複雑な感情が交互に浮き上がる。
と、そこまで来てやっと俺は重大なことを思い出した。
「ダークエルフは?」
その質問に対し、答えたのはその場にいた子供たち二人である。
話をかいつまんで言えば、危険性は無くなった。
ギルドのおっさんが言っていた光魔導師の術が成功したらしい。精霊をほぼ使用不可能にしたカティと、致命傷を与えた俺たちの功績とも言われていた。
「……そか」
俺の口から漏れたの言葉は素っ気ないものだ。成功し、嬉しいことには嬉しい。だが、嬉しさよりも色々な感情が渦巻いている。前世の記憶、二重人格、エルフの過去。
問題が一つ消えたが、悩みは増えていく。故に俺はやる気のない声でしか返事が出来なかった。
そんな俺の心境を知ってか、或いはただ単に疲れているように見える俺を見てか、クラウスが口を開く。
「そうですね……みなさんお疲れでしょうし、リア様も起きました。時間的にはおかしいですが、睡眠をとりましょう」
その提案に子供たち二人はあくびと共に答える。やはり眠かったのだろう。そして残ったのはリリシアだが、彼女も現状を理解したらしく軽く頷き踵を返す。
こうしてその場にいた全員が、部屋から退出した。
だが、その違和感を感じるより早く、この場に次の来客が現れる。音も無く唐突に目の前にいるのが当たり前な、神様だ。
「やぁ、お疲れ様」
周囲の人間とは違い、元気そうな声音で神は挨拶をする。疲労度に違いはあれど、俺たちと共にあの場にいた仲間といっても過言ではない筈だ。あの時のタイミングに一秒でも狂いがあれば、ジョゼフの右手は止められなかったのだから。
「今回の件、上手くいって良かったよね。ホント、最初は無理かなーって思ってたけどキミに心配なんてまさに杞憂だったよ」
ベッドで上半身だけを起き上がらせていると、そのすぐ隣に神は座る。そして、後方の俺を首だけ傾けてニコニコ笑いながら見つめ、お喋りを続けた。
「職業も暗殺者を選んだから体術特化になったよね」
神の言う通りである。本来ならば魔法に特化しつつも剣術の技術も上がる魔法剣士を選ぶ予定であった。理由としては、目指すべき英雄のスキルに見合ったものが多かったからだ。
しかし今回の事件で、剣術優先にした結果暗殺者の職業を選ぶこととなった。理由は他にもあったのだが……あったか?
そこで俺は頭を悩ませる。
俺が一番目指している英雄の遠回りになると知っても、暗殺者を選ぼうと思った理由。それは憧れがあった筈だ。あった筈だというのに。
ーー俺はなんで憧れた?
「……ねぇ、なんでさっきから黙ってるの?」
尚も他愛もない、一方的なお喋りを続けていた神が不審そうにこちらを覗き込む。どうやら俺の思考時間はかなり長かったようで、さすがの神様も無視をされたと思い苛立っていた。
「いや、暗殺者を選んだ理由はダークエルフを倒すためだったんだけど……他にも理由があった気がするんだよ。神様覚えてる?」
そんな神様に弁明ではなく、ただ単に今思っていたことをそのまま聞いてみる。もしかしたら神様に理由を言っていたかもしれないし、ほぼ常に俺と一緒にいる神様ならば、同じものに触れ、感じられるのだから理由を何となくでも勘付いていると思ったのだ。
そして、結果だけを言えば俺の思考は正解だった。
神様には理由を言っていなかったが、勘付いてはいたのだ。しかし、その理由を聞いた瞬間に、
「そりゃあ、カンザキさんが暗殺者の職業だからでしょ?」
俺は固まった。
「カン……ザキ……?」
その音を再度口にする。
「そういえば、さっきカンザキさん居なかったね。どこ行ったんだろ?」
そうだ。なぜあの場に居るべきである彼女がいなかった。いや、それ以前に、
「なんで誰も何も言わなかったんだ?」
誰もが口に出さなかった理由が分からない。
カンザキの怪我の症状が悪くなり、俺に気を使ったから? だとすれば、今度はこんな疑問が現れる。
「俺はさっきまでなんで忘れていた?」
俺が忘れていた理由。
「どうしたの?」
神様の質問も俺の耳には届いても、頭の中までには入ってこなかった。今は頭の中で一つの思考しか間に合わない。その数秒を全て、その思考に費やす。
そしておもむろにステータスを開く。暗殺者の職業説明欄を見て手に入れることが可能なスキル一覧を見る。
その中に答えがあった。
「隠密スキル」
すぐさま俺はベッドから飛び起きた。
◇ ◇ ◇
昨日まで閑古鳥が鳴くほどに静まり返っていたギルド。そこには激戦を終え、宴でも開いたのだろう。数十人の歴戦冒険者達がエール瓶や食べ物を散らかして雑魚寝していた。
その姿を一瞥し、黒装束の女は微笑んだ。
だが逆にその姿を、不機嫌そうに鼻を鳴らし見つめる中年腹の男もいた。そして男は女に話しかける。
「そんで、良いのか? お別れの言葉どころか、隠密まで使って忘れさせるなんてよ」
黒装束の女、カンザキはその言葉を聞いて目を細めた。しかし、その表情には哀愁も漂っていたのを男は見逃さない。
「少しでも考えるところがあんなら、すぐにやめろ。そういう感情が命取りだって教わっただろう?」
「……ですが、話すことにも考えるところがあるんです」
無くなってしまった右手を見て、カンザキは複雑な表情を浮かべた。その表情には数多くの考えや思いがあるのだろう。それを男が否定するわけにはいかないが、かと言って、肯定する気もない。
「その手は治らないんだったか?」
「はい。回復に特化した魔法でも無理でしょう。私の優秀な弟子が現在観測されている最上位魔法で治癒をしてくれましたから」
最上位魔法を使える五歳児、ということにも、それでも治癒できないという事実に男は二つのショックを受けた。
カンザキユウナはこれから強くなる筈の予定だった。Sランクなどすぐに超えてしまうような実力者の筈だった。だからこそ、その可能性が潰えたことに男はショックだったのだ。
「精霊術でも魔法でもない、もう呪いとも言えるものです。時間停止の呪いが私にはかけられているみたいですね」
「時間を司る呪い? まさかとは思うが、第七魔法ってことか?」
失われた魔法。ロストマジック。かつて、最強の英雄が使えた魔法だった。それと似たような技をカンザキはかけられたと言う。
だとすれば、望みは本当に薄い。同じ第七魔法を使える人間が現れなければ……
「じゃあ、俺がいつかその第七魔法を覚えます」
そんな言葉が、ギルド内に届いた。
◇ ◇ ◇
「リア……殿?」
信じられないものを見るかのようにカンザキは俺を見る。確かに隠密魔法をかけたはずの子供がここに立って、自分の名前を呼べば驚くだろう。
だが、俺には神様という例外がいた。そのため、この場所へと来れたのだ。神様には感謝しか出来ない。
「俺の夢は英雄です。どうせなら、一番得意で空いてる風の英雄を目指そうと思ってたのですが、まぁ、どれも同じ英雄ならその七つ目になりますよ」
「お、おいリアの小僧。第七魔法は失われた魔法で……」
「知ってます」
そう、知っている。英雄に憧れた俺はしっかりと第七魔法を勉強した。失われ、今ではもう使う人間がいないことを。
それは教える人が居ないからだと俺は考えている。
魔法や術技は、人から人へと受け継がれるものだ。俺がカンザキに沢山のことを教えてもらったように。だが、俺はその他にも技を会得できる手段がある。
「俺は誰も使えない魔法を覚えられるんです。さっき先生が言ってたじゃないですか。観測されている最上位魔法って。俺、その上も使えますよ?」
さらに付け加えるならば、回復魔法にはその上にまだまだあった。つまり、俺はスキルツリーさえ手にいれれば、努力とポイントで魔法を使える。
「だが、リア殿にこれ以上迷惑を……」
「迷惑なんかじゃない! 俺がそうしたいんです!」
紛れも無い真実だ。英雄になるのならば、誰も手にできない魔法を持って、最強の英雄と呼ばれたい。誰かのためになりたい。
そして何より、その腕は俺の責任だ。
だから俺はそれを償わなければならない。
「先生が俺に気を使って、忘れさせて消えようとしたのは分かります。でも、俺は忘れたくない。ずっといたい。だから、これは俺の我儘なんです」
そうだ。約束もいらない。俺が勝手にその魔法を覚えて、いつかカンザキを救う。ただそれを伝えたかったのだ。
その言葉を聞いてもカンザキは一切動かなかった。先程と変わらず、困ったようにしながら、下を俯いている。
だが、数秒の空白ののちにその口から空気と音がこぼれ落ちる。
「私は……だって、先生なのに……リアにもらってばっかりで……なにも、なにもあげられなくて……それで……それで……それで!!」
顔を上げた。
今にも溢れ出しそうな光の雫を、顔を真っ赤に染めて我慢して。
その表情を見た俺はただ首を振った。
「良いんだよ。ユウナ。俺たちは師弟だけどさ、それ以前にそんな風に大切に思える相手なんだから。だから、俺にもユウナを大切にさせてよ」
ユウナが俺を想うように。
俺もユウナを大切に想いたい。
俺がやりたいことと重なる。そんなのは建前だ。本音を言ってしまえば、ただ大切な人のために何かをしたい。それだけだ。
だから、受け取りたくなければ受け取らなくてもいい。俺が我儘に勝手にやる。
「ね?」
俺の伝えたいことはしっかりと伝わっただろうか。
それはまだ分からない。
彼女が泣き止むまでは……。
次回から新章突入します。
波乱の入学式の幕開けですね。章の名前が決まってないので、もしかすればそのまま波乱の入学式編と、捻りのないものになるかもしれません。暫くは戦闘もシリアルもする気がありませんからねw




