第二十二話 無力の子供達
現実が理解出来なかった。
戦闘に負けてしまっただろうカンザキがベッドで寝ているのは分かる。だが、その姿に理解が出来ない。
「カンザキ……それ……」
指をさした先には、あるべきものが存在していなかった。
カンザキの腕。
それが消えていることに理解が追いつかない。何でこうなっているんだ。彼女が何をした。一体何が。どうして。誰か。この状況の説明を。いや、その前に治療。そんなことより……
いくつもの思考が入り乱れ、最後にはカンザキの近くに駆け寄ることになった。そして先が欠損してしまった肩に手を当てる。
「瞬間治癒。完全治癒。聖域治癒! 神聖……」
回復系統の神聖級魔法を唱える途中でカンザキが俺の手を握った。
「リア殿。それでは回復しないらしい」
「いえそんなことはありません。俺は回復なら神聖級まで……」
「違う。この欠損は魔法によるものだ。対抗魔法で無ければ不可能なんだ。リア殿は光属性の魔法は使えないだろう?」
その言葉に俺は押し黙ってしまう。回復に全部を注いでしまった俺には、この傷を癒すことは不可能。そう分かってしまって、俺はただ無言になってしまった。
「だから、逆に心配することじゃない。対抗魔法が使える人間がいれば治るさ」
いれば、治る。だが、居ないから現にこうしてカンザキは欠損したままでいる。
「……」
「リア殿……今日は出て行ってもらえないかな?」
俺にはもう、何も分からなかった。
そこから、どうやってその日を過ごしたのか思い出せない。
しかし、意識が再覚醒した時に、今度はすぐに別荘の自室だと理解できた。
いつもと同じ小鳥の囀りと少しだけ硬いベッドの感触。その音は俺の耳にすんなりと入ってくるほどに綺麗で、その感触は懐かしい痛みだ。
ただ天井を見つめる。
一ヶ月近く帰ってこなかったこの部屋は少しだけ埃臭い。しかし、その匂いが懐かしい。懐かしい筈なのに、全部が違う。
「リア……」
「神様……か」
俺が虚空を見据えていると、いつも通りに神が実体化して目の前に立っていた。こちらもベッドに腰掛けるようにして神と対面する。
昨日は実体化どころか念話も出来ていなかった。懐かしい顔を見たが為に込み上げるものを抑えながら、俺は途切れ途切れの声を絞り出す。
「俺って、何も出来ないな」
「……」
その言葉、その懺悔を神様はただ無言で見守る。
「前世と違くて、魔法も剣も使えて、なんでも出来て。みんなに期待されて、みんなに慕われて、みんなに愛されて」
力がある。信頼がある。だから、
「なんでも出来ると思ってた。アニメや漫画みたいに、誰かのヒーローになれるって思ってた」
けれど、現実は違っていた。
「俺は、たったちっぽけな存在で、英雄みたいに世界は救えない。生まれてたった五年だ。色々あったよ。けど、何も出来ない。出来ていない」
「……」
仕方がないことかもしれない。ただの五歳児が世界を救えるわけじゃない。誰かを救えることも出来ない。でも、俺は転生者で、神に選ばれて、なんでも出来て、それが当たり前だと思った。
このロールプレイングを始めた時から、俺はどこかで期待をしていた。前世と違って面白い世界、面白い毎日を生きていけると。
「キミに、ボクから指示を出すよ」
懐かしい響きだ。神が最初に出した俺との約束。転生の代わりに言うことを聞いてもらう。その仕事すらも最近は全うしていなかった。
神はゆっくりと、はっきりと口を動かす。
「キミは、この件に関わらないで」
それは、俺にこう告げている。無力だ。と。
「分かっ……た……」
俺はもう一度ベッドに倒れこむと、意識を手放した。
◇ ◇ ◇
「二人はこの別荘にいてください。もう少しもすれば、お屋敷より迎えが来ますので」
「えっと、クラウスさん達は一体どこへ?」
玄関先に二人のエルフと、二人の子供がいた。外の景色はもう夕方になり、少しだけ暗い。その為子供の片方は眠そうに目をこすっている。
「私めたちは、少しだけ森へ行きます」
「黒い森へ? 危険だという話では?」
カティは昨日あったことを思い出す。ギルドの活気のなさ、そして、リアが慕っていた先生の現状を。それを知っているが故に、その危険性を理解できている。
イヴでさえも黒い森と聞いた瞬間に、少しだけ背筋が伸びた。
「エルフの種族の問題なんだよねー? だったら、イヴ達が止めることは無理だよアーくん。イヴ達じゃ足手まといになる」
「…………僕に力が無いから……」
希少な才能である精霊術を使えるが為に、多少なりともカティは自信があった。その自信をものの数秒でリアに崩壊され、リアも今は自信を喪失したかのようになっている。
自分達には、力が無い。その事実だけが、彼自身を蝕んで行った。
「力は関係ないさ。私達が森人族だからやらなくてはならないんだ」
「……はい」
その気休めの言葉にカティは頷いておく。それだけで心が安らぐわけではない。しかし、それぐらいでしか、自分を慰められない。
「では、行ってくるとするか…………リア様のこと、よろしく頼んだぞ。二人とも」
子供達二人は、ただその二人の後ろ姿を見つめるだけだった。それぐらいしか、きっと彼らには出来ないから。
無力だ。彼らは無力だ。たった一人では何も出来ない。ちっぽけで、すぐに壊れてしまいそうなほどに脆い。
無力の子供達だ。
◇ ◇ ◇
夜が更けていく。
一秒。また一秒と。時間だけが過ぎていく。
何も出来ない。無力な俺。
不意にノックの音が部屋に響いた。
「リア。僕だ」
「……入れ」
言われてすぐにドアが開く。その先には、カティ、イヴ。そして、
「先生……?」
カンザキがいた。
「リア殿。帰るぞ」
「帰るって、どこに?」
「屋敷に、だそうだ。私は二人に雇われて屋敷までの警護を任された」
ーー避難するのか。
「分かった」
俺は重い腰を上げ、身体を前に進ませる。久しぶりに動いたせいか、身体中が痛む。それでも俺は歩いた。
そして、玄関先まで来てから違和感を感じた。
「なぁ、リリ達は?」
その言葉は誰かに向けたものではない。しかし、その言葉に三人のうち二人は下を見やる。
「リリシア殿たちは、森へ向かった」
「なんで!?」
疑問しか浮かばなかった。いや、正確に言えば驚きが勝っていたかもしれないが、俺はそれを心のどこかで理解していた。
前に黒い森が出てからリリシアの態度がおかしかった。
クラウスもダークエルフという名前を出していた。
その可能性を俺は知っていたのだ。エルフとダークエルフに何かしらの因縁があると。
「ダークエルフは、かつてエルフの森を血で染めた。エルフを殺したエルフだ。薄々感付いていたのでは?」
「……はい」
分かっていた。心のどこかで理解しながら、俺は無力だから無視した。それが正しい選択だから。
「私が敵わなかった相手だ。あの二人でも勝てないだろう」
「そう……ですか」
二人は死んでしまうのだろうか。いや、確実に死ぬ。エルフを殺したエルフならば、生き残っていたエルフを殺さないわけがない。それが当たり前だ。
「リア殿はどう思う?」
どう思う? どう思うとは何なのだろう。ダークエルフについて? 二人について?
俺は分からずに声を出せずに、ただカンザキの瞳を見返すだけだった。
「誰かが、自分の知り合いが、自分の大切な者が死ぬかもしれないと分かって。リア殿はどう思う?」
「どう思うって……意味無いよ。俺は無力だから。何も出来ないから。助けることなんて絶対にできない。だから……」
「違うよ。リア殿。それはキミの思いじゃない。それは、キミの答えだ」
何が違うのだろう。俺はもう何も出来ないことを知った。何も出来ず、助けることは不可能だと知った。だから、この答えは間違っていない。
その言葉が、言えなかった。
「リア殿。キミは良い人間だ。自分の弱さも知っている。そして、高い目標を持っている。同年代の子供たちと比べて、とても強くて、とても弱い。誰だって思うんだよ。答えを出す前に大切なものがあるなら、助けたい。守りたい。救いたいって! 私は、キミを助けたかった。私の大切な弟子だから。私の大切なひとだから! もう一度聞かせて欲しい。キミは何を思ったんだい? 答えよりも先に、何を思った?」
思ったこと。それを口に出すのは簡単だ。小さな子供なんて、常に欲望を口にし、思ったことを口にしている。
イヴは自分の好きなことを好きと言って、嫌いなことを嫌だと言える。子供らしい。
カティは弱さを知って、諦めずに努力をしている。その成果がいつ出るか分からずとも。
俺はどうだろう。好きなものに好きと言っているのだろうか? 弱いと知って、努力をしたのだろうか?
嫌いであろうとも、出来るものならやった。弱いと知って打ちひしがれている。
確かに、強いようで弱い。
俺は子供だ。
転生者だから、特別なんてことはない。
ただの子供だ。
転生者だけど特別じゃない。そう言いながらも、俺はどこかでまだ特別視していた。弱さを知って、嫌を言えない自分を。大人だと思っていた。
まだ俺は大人になっていないのに。
「俺は……」
掠れた声が出る。
「俺は……!」
もう一度声を出す。
「俺は、出来ないかもしれない。けれども、二人を救いたい!」
簡単な、子供の我儘を。
「分かった。じゃあ行こうか三人とも」
「え……」
その言葉にイヴとカティが元気よく返事をする。意味が分からない。俺は今確かに助けたいとは言ったが、カティたちが、そしてカンザキがそう言う理由が分からない。
言葉にしなくとも、その表情で伝わったらしいカンザキが微笑みながら告げる。
「本当は、こう依頼されたんだ。迎えが来る前に、リア殿を前向きにさせて欲しい。って」
「お前ら……」
二人を見ると、イヴは笑い、カティはそっぽを向く。
「やりたいことをやれないのって、ダメだとおもうよー」
「リアは俺に勝った人間だ。それなのにそんな顔をされたら、僕が余計惨めになる!」
知らなかった。こんなに好かれていたなんて。大切に思われてたなんて。
頰に熱いものが通り抜ける。
『今のキミなら、行ってもいいんじゃない?』
みんなの声に俺はただ一言。
「ありがとう」
そう告げた。




