第二十一話 異端者の二人
森の中へと一歩足を踏み入れた。実際のところどこからが境界線なのか分からないので、これが正確な一歩目かは不明だ。それでも、久し振りに森へと足を踏み入れた。
交代場所は拠点から森へ向かい、そこから数分で着く開けた場所だ。俺は森の詳しい地形はもちろん分からないのでここは冒険者頼みだった。
しかし、それ以外ならば俺は活躍できたのだ。
「風薙」
俺が右手を無造作に薙ぎはらうと、その軌道に沿った風の牙が狼達へ向かって行く。そして、
「風薙」
今度は左手を無造作に振るうと、空中に跳びはねていた狼達が四散する。
その数、四体。数が多い場合で魔法も使えるのならばこの手法が簡単である。更に言うならば、練習にすらなるのだ。
「技に使われるな。技を使え……か」
本来ならば右手で放つ魔法を左手でも放てることを知り、それが前にカンザキが言っていたことだと気がついたのである。昔出来なかったことが出来るようになっているのだ。きっと、カンザキも喜んでくれる。俺は心の中でそう思った。
「威勢が良いじゃねぇか坊主」
「ありがとうございます!」
そう思っていただけに他の人に褒められただけでも俺は喜んでしまう。
「リア様、本当にお強いですね……」
「イヴの分も残してよー!!」
それに対してうちのメンツは自由である。
「強いってのは素直に受け取っとくけど、流石に討ち漏らしたら大変だよ」
イヴの無茶難題に苦笑で返しておく。しかし、それよりも気になるのはクラウスとカティだ。
クラウスは森に入るなり険しい表情で周りを警戒している。警戒しているのだが、何故か狼には一切反応を見せないことが異様だった。
カティは先日俺に負けてから落ち込んでいるのは分かっていたが、今日は一段と元気がない。
クラウス……というより執事やメイド達全般なのだが……は考えていることが分かりにくく、質問してもはぐらかされることが多いために俺はカティに話しかける。
「カティ。どうした?」
「いや……何だか、森で雪も降っているっていうのに闇の精霊が多いから……」
闇の精霊。つまり、闇の魔力が充満しているということだろうか。俺が適当に考えていると、中年おっさんが思い出したかのように言った。
「そういや、別の班の精霊術師も同じこと言ってたな。まぁ、黒い森って言うぐらいだし、闇魔力が集合してるのは頷けるがな」
「なるほど。そうなると、ダークエルフは闇魔法、或いは、闇精霊術が使えるかも知れませんね」
おっさんと俺の話を聞いていたクラウスが口を挟む。確かに魔法使いは自分の属性に合わせた環境を作るのが必勝法だ。ありえなくも無い。
「まぁ、だろうな。カンザキも敵と相見えた時に闇魔法を封じられたらしいし、光の対抗魔法か上位の闇が使えるってのは分かってるさ」
「先生がダークエルフと戦ったんですか?」
それは初耳だ。
「まぁ、闇魔法が負けてすぐに退却したから何ともなかったんだがな……その時にリアを森に入れてはいけないって言ってたなぁ」
全員が固まった。
おっさん一人だけ同じ調子で先頭を歩いて行き、暫くして俺たちが歩みを止めたことに気がついたらしく振り返る。
「おう、どうしたよ」
「いや、おじさん。俺入っちゃってるんだけど。いいの?」
「…………あっ!!」
馬鹿がいた。これだから酒飲みは……いや、別に酒飲んでる人を馬鹿にしてるわけじゃない。仕事前という大事な時期にお酒を飲んでいるおっさんに切れているだけです!
一度咳払いをすることで気を取り直し、俺はおっさんに質問する。
「今からでも戻ったほうがいいですかね?」
「そうだなぁ……戻るか?」
確かに早く会いたい気持ちはある。しかし、カンザキが俺を入れてはならないと言ったのだ。少しばかり慎重に出るべきだろう。俺はおっさんの指示に従い、踵を返した。
その時だった。
「…………あれ?」
振り向いた後ろには誰も居なかった。いや、おっさんがいた場所にすら誰も居ない。つまり、全員が消えた。或いは俺が、隔離された。
「それに、これは……前と同じ黒い森……」
あの時リリシア達は、唐突に俺の姿が消えたと言ったのだ。つまり俺が黒い森に入った瞬間に、あちらでは俺が消えている。
『おい神様。反応しろ』
唯一の頼みの綱、神への念話を行うが音沙汰無し。よくよく考えれば今日はかなり話をしていなかった。
「完全に隔離されちまったか……どこにいる。ダークエルフさん?」
敵の名を呼んだ時だ。
闇の中で風が一際強く吹いた。
木枯らしに目を閉じ、勢いが収まった後に俺が目を開くと。そこには一人の男がいた。
ダークエルフと呼ばれるに相応しい、黒いツンツンした髪。虚ろで光を通さぬ真っ黒な瞳。そして、黒コート。ただ、ダークエルフにしてはおかしいのが、肌の色だった。顔面蒼白。病気でもしているのかと疑うぐらいに顔が青ざめている。
「ダークエルフって奴で合ってるよな?」
男は虚ろな瞳で俺を見ながら頷く。しかし、一切声は出さない。今度は声が出すような質問に的を絞り、口を開く。
「何で俺をここに呼んだ?」
「…………それが、必要だからだ」
そう話をする男の瞳には光がなかった。ただ嘘をついているようには見えない。
「それで、どうする気だ? ただお話ししたくて呼んだわけじゃないよな?」
「いいや、話をしたい」
てっきり目と目があった瞬間にぶちのめしにでも来るかと思っていたのだが、どうやら話があったらしい。俺は無言でその先の言葉を待つ。
「お前。異端者だろ?」
「イレギュラー?」
異常という意味のイレギュラーだろうか。確かに俺は子供にしては異常だが、恐らく男が言っていることとは違うのだろう。
男も俺の解釈に気がついたらしく、首を横に振る。
「質問が悪かったな。お前、前世の記憶持ってんだろ?」
背筋が凍った。
俺が持っているなかで一番に隠さなくてはならない秘密だ。それを一瞬にして言い当てられた。その事実に恐れ、驚き。そしてもう一つの可能性にも俺が気がついてしまったがために、背筋が凍った。
「お前も……持っているってのか?」
前世を信じていなければ先ほどの言葉は出せない。しかし、信じるとは簡単に言うが、それを実際に口に出すならば絶対的な確信が必要である。つまり、前世の記憶を持つという事実があることを知っていなくてはならない。
だから俺は奴も持っていると、理解出来てしまったのだ。
そして、男はまたも無言で頷いた。
「それで……記憶を持ってちゃ何かいけないのか?」
その質問に男は首を横に振り、ゆっくりと口を開いた。
「我等は同胞を迎え入れる。ストーリア・グローリー。お前も我等と共に来い」
「悪いな。知らない人にはついて行くなって言われてんだよ」
良くある冗談で男に、行く気は無いと告げたのだが、男は違う意味に取られたらしくまた口を開く。
「ジョゼフ。前世は神代悠河だ」
日本名だ。
この世界にもカンザキユウナという例外がいるとはいえ、日本名は異世界の確信を更に持たせる。
「そう言う意味で言ったわけじゃないんだけど、いいや。ジョゼフ、俺がそっちに行って得することがあるのか?」
これが一番の問題だ。如何にも敵オーラビンビンのそちらに百歩譲って仲間入りしたとしても、徳が無ければ意味がない。現に俺は今の生活に苦労はしてないし、寧ろ恵まれ過ぎて助かっている。
その状況でジョゼフ側に行ったところで何かが変わるのだろうか?
ジョゼフは俺の言葉を聞いて「あぁそうか」と納得したような表情を浮かべた。
「俺がこの体に憑依したのは五年前。その前にこの体がしてきた悪行の数々、説明するのも面倒くさいな」
「五年前……?」
俺の年齢は五歳だ。この同じ五年という月日に違和感を感じ得ないが、ジョゼフは話を続ける。
「そして、俺はまだこの体に馴染んでいない。つまり……」
瞬間、ジョゼフが倒れこんだ。
「は?」
唐突に力無く倒れこんでしまったが為に、俺は間抜けな声を上げてしまう。
近付こうかどうか悩んでいる内に、ジョゼフは何事も無かったかのように起き上がる。
「おい、いきなりどうし……」
手を伸ばし、近づこうとした時だった。
ジョゼフの目に光が宿っていた。
「銀髪……見つけたぞ……テメェを俺は待ってたんだよおおおお!!」
不自然な体勢からの跳躍で、ジョゼフは俺の前方五十センチにまで近づいていた。
「なっ?!」
いきなり過ぎて対処ができない。
ジョゼフの右腕が俺の心臓へと伸びて…………
キィィン!!
目を閉じたのと同時に甲高い音が響く。
「あァん? この感じ……またテメェか、クソアマがぁ!」
「リア殿、大丈夫か?」
喚き散らすジョゼフの声の中で、全てを差し置いて澄んだ声が響く。
闇の森の中に溶け込む、一人の暗殺者。
「先生!」
カンザキユウナだった。
カンザキは手に持っていた小刀を握り直し、背後にいる俺を見ずに話しかけた。
「時間を稼ぐから逃げなさい」
その背中には焦り、恐れ……色々なものが見え隠れしている。この黒い森にどうやって入れたのか、聞きたいことは山ほどある。しかし、それよりも俺には気がかりなことがあった。
「逃げることなんて、本当に可能なんですか?」
物理的には可能だろう。カンザキがここに侵入できたのだから、それと同じことをすれば。だが、その時間を稼ぐことが本当に出来るのかと、俺はその不安そうな背中に問いかける。
一瞬息を呑むような音が聞こえた。不安感の中で確信的な内容を言い当てられたが為に驚いてしまったのか、真偽のところは分からない。
しかし、その音と感覚で俺は察する。
カンザキを睨みつけるジョゼフを更に俺が睨み、一歩、また一歩先へと進む。そして、カンザキの横に立ち、俺が彼女の背中を軽く押すと、カンザキの身体の強張りが消えた。
「先生、俺もいます。一人じゃ出来ないかもしれない。けれど、二人なら……」
その先は無言でカンザキを見つめる。その不安そうな瞳を俺が射抜くと、カンザキが大きく瞼を閉じた。
そして、
「分かった。やってみようか。でも、危ないと思ったらすぐに逃げるぞ」
不安から引き締まった表情を浮かべた。
「クソアマと銀髪が一緒かぁ……少しは楽しませてみろよ!!」
前に向き直り、二人でジョゼフに対峙すると敵は先程と同じく奇妙な跳躍を使う。だが、今度は最初から見ているが為に対処ができる。
「「加速!!」」
カンザキは左、俺は右へと軽いステップで攻撃を避けた。魔法や武器を一切使わないジョゼフの攻撃ならば、腕の範囲だけなので簡単避けられる。そして、攻撃範囲ならば俺の方が長い。
「水平斬!」
左手に短剣、右手に片手剣の構えで俺は右手を水平に振る。利き手から逆手に向かって一ミリの狂いのない剣撃が向かい、ジョゼフの背中に剣の先が掠った。
「当たったなぁ……」
動作を終えたジョゼフは背中を摩りながら、何がおかしいのか歪んだ笑顔でそう告げる。
確かに剣は当たったが、タイミングが合わなかった。少しだけ擦り、皮も切れなかったようだ。剣先には血が付いていない。
「私が速度を上げる」
短い指示でカンザキが加速する。俺とカンザキでは出せる最高速度は同じであるが、その速度にどちらかといえば慣れているのがカンザキだ。俺は精々目視できる程度。
つまり、そういうことだ。
カンザキの速度アップに合わせ、ジョゼフが速度を上げる。見た限りだとやはり鍛え方が違うのか、ややカンザキの方が早い。だが、それだけでは決定打にならない。
俺は短い指示から出されたであろう行為を始める。
右、左、右、右、上……!!
「氷槍!」
俺とジョゼフの間にいた壁が居なくなったと同時に、直線的で速い攻撃を繰り出す。
ジョゼフもその攻撃にすぐさま気がついて防御体制に入るのだが、
「後ろが空いている!」
カンザキの小刀が今度こそ敵の肉を断つ。
引き裂かれる音と一斉に吹き出す血。どうやら深くまで抉ったらしい。
「仲がいいな……匂いが似てるだけはある……」
だが二、三歩ジョゼフがよろけると、その僅かな時間で大量に流れていた血が止んだ。
「無言で詠唱……やはり精霊術か」
カンザキが斬りつけたはずの部位を見ながら吐き捨てる。ざっくり切れた肌は、ものの数秒で元通りとなっていたのだ。
その現象を魔法、或いは精霊術と睨んだカンザキは無言での詠唱を行ったことで後者であると理解したのだが、
「闇の精霊術で傷口の修復……」
ありえない事に驚いていた。
驚愕の表情を浮かべているカンザキを、ジョゼフはつまらなそうに頭を掻いて観察している。その瞳はカンザキの身体中を舐め回すようにし、一点を見てから口角を上げて笑った。
「別にクソアマに説明する気はねぇ。それよりさぁ……そろそろ飽きたからよ、今度こそ、その腕貰うぞ?」
消えた。
ジョゼフがその場から消え、更には俺の意識すらも遠のいてしまう。最後に見え、感じたのは、俺に駆けてくる黒と温もり。
そして、赤だった。
◇ ◇ ◇
「あれ……?」
目を開けると、そこには見慣れた天井があった。少し日焼けした白色と、安い魔法具のランプ。視線を少しずらすと慣れしたんだ机。
「俺の家……か……」
別荘であり俺の生家でもある場所だった。それを確認した後、何故ここにいるのかと考え出すと次々に記憶が蘇ってくる。黒い森に入ったこと、前世のこと、そして、
「カンザキ!!」
その女性の名前が脳内をよぎった瞬間に体が弾き飛んでいた。
そこにいる確信は無くとも、勝手にいつものカンザキの部屋へと足は向かう。加速しているわけでも無いのに速度が上がる。そして、部屋の前に来て俺は考え無しに扉を開け……
現実が理解出来なかった。




