第十九話 初雪の屈辱
あれから何日か経ったある日。
雪が降った。
これまでも雨などには見舞われたことがあったのだが、雪をこの世界で見るのは初めてだった。いつも通りに鍛錬をしようと……カティ達の鍛錬も見るので、それより早い時間にやることになった……玄関先に出た時に寒さを感じたのだ。
ピンと張り詰めるような、棘のある冷気が外から来てると分かり、扉を開くとちらほらと雪が降り始めていた。
「雪が降るなんてこの国では珍しいです」
「リリって何年も生きてるんだよね? それでもあまり見ない?」
雪景色を堪能していると、リリがそう言う。いや、というよりいつの間に後ろにいたんだろう。スキルを発動していないとは言え、自然に現れすぎである。
そして質問をすると、リリシアが頬を膨らませながら俺に抗議をした。
「女性に年齢を問うのはどうかと思いますよ」
「ご、ごめんなさい」
謝るとすぐに笑顔に変わってリリシアは俺の頭を撫でる。恥ずかしいからやめて欲しいのだが、その穏やかな表情を見ると言葉が出なくなってしまう。
リリシアにとっては、俺はまだ子供なのだろう。歳はもちろん、背丈や格好も。
「ざっと十年ですかね」
「ということは、俺達は誰も見てないんだな」
「リア様。少し変わりましたね」
「え?」
俺たち子供メンバーが誰も雪を見ていない、という話をしているとリリシアが唐突にそう言う。変わった? 俺のどこが? と、質問する前に自分自身で気がつく。
俺が俺と言っていることに。
「変かな?」
「いいえ、寧ろ男らしくてかっこいいと思いますよ」
子供として見られているのだろうか。その言葉に少しばかりの疑問が残る。
「俺って言い方少し変じゃない?」
「砕けた口調の方が多分、イヴ様やカンザキ様にモテますよ」
何故その二人。と、若干苦笑い気味に返す。イヴは子供っぽいので取り敢えず恋愛対象外であるし、先生は先生だ。
「じゃあ、リリもこの口調の方が好き?」
「いえ」
盛大にこけそうになった。他の人にモテると言いつつも、リリシアには効果無しなのかよ。と、ツッコミを入れそうになるが、それより前にリリシアが俺に笑顔を向ける。
「どんなリア様でも好きですよ」
その不意打ちに俺は、ちゃんとした返事が出来なかった。
「そ、それではリア様。私は仕事がありますので今日の鍛錬は無理をなさらないように!」
リリシアもリリシアで、顔を真っ赤に染めながら早口でまくしたてる。そしてすぐさま踵を返し、屋敷の中へと消えていった。
少し恥ずかしいが、そういうことなのだろう。俺はリリシアに好かれているのだ、きっと。異性としての愛か、主従としての愛か、それは定かではないが、愛されている。
その事実が分かっただけで、体の中のどこかがほんわかと暖かくなる。これがきっと、愛や優しさというものなのだろう。前世では知り得なかったもの。
『ボクも好きだよー』
神様、オチありがとう。
雪と愛を初めて見て、オチをいただいたところで鍛錬を始める。今回は疎らとはいえ、雪が降っているので少しだけ進行速度が遅かったがしょうがない。
最後のクールダウン中に、森の入り口から大きな声が聞こえる。
「リアー!! 雪だよー!! ゆーきー!!」
「イヴ。少し黙って。耳が痛い」
いつも通りの服装のカティと、厚着……この時点でやる気がないのが目に見てわかる……のイヴだった。
「雪合戦しよー!!」
「一ミリも積もってないから無理。あとカティはいつもの練習始めて」
「了解だ」
「えー」
対照的な二人を見ながら、俺は終わりのストレッチを行う。カティは無言でいつもの動作を、イヴは無言でいつもの(駄々こね)動作をしている。
「そうだ。カティって誕生日いつだ?」
「イヴは来月ー!!」
「……僕は来週だな」
いらない情報も貰ったのだが、話を進めることにした。
「じゃあカティ。来週の誕生日プレゼント楽しみにしてろよ?」
「え?」
後ろからイヴが「イヴにもー!!」と言っていたが敢えて無視しておいた。
そして一週間後。一センチぐらい積もった雪の上でいつも通りの鍛錬を終え、カティの鍛錬も終わったのちに俺が話しかける。
「身体が軽い気がしないか?」
「あぁ、不思議と全身が軽い。この状態の理由が分かるのか?」
どうやら誕生日にレベルアップするのは、俺だけではないようだ。確認を済ませ、地面に落ちていた槍をカティに放り投げる。危なげなくそれを捕まえるカティ。
「何だ?」
「どれぐらい強くなったか……見てやるよ!」
俺が駆けた。
カティが構えた。
二つが交差する。
そして、カティが倒れた。
「…………えぇー……」
もう少し善戦すると思ったのだが、レベル差5はありすぎるようだ。
仰向けに倒れたカティは雪から顔を上げる。
「負けた」
「いや、まぁ。しゃーないさ」
レベル差を見誤った俺の責任だ。今回はカティを責めることなく鍛錬を終わる。
「んじゃ、俺は精霊術の本読むために書斎行ってくる」
「イヴも行くー!」
帰り際にちらりとカティを見返したが、カティはその場から動くことはなかった。
『あの子、負けず嫌いだね。リアが勝負挑んだせいで、可能性があると思ったんじゃない?』
『あぁ、俺のミスだ。カティが落ち込む必要は無いんだがな……』
神の言葉に自分自身を戒めながら、俺はその場を離れた。




