船頭の少女と山羊と初老
「いやぁ、それにしても速いね、港がもうあんなに小さい」
白髪の混じった初老の男が、手を望遠鏡に真似て丸め、遠ざかる港を覗きながら船頭の少女に言った。
空は晴れ渡り、海は澄んでいて、何処からともなく吹く穏やかな潮風が心地よい、乗り込んだ船が帆船だったならば、まさに順風満帆だったことだろう
「この辺りは沖へ出ようとする潮の流れが強いのです、ずっとこの速さではありませんよ、今に遅くなります」
なんとも例えようのない奇妙な帽子を深く被った船頭の少女が慣れた手付きで船を漕いでいる
彼女らの乗る小さな船には帆は見当たらない
「そりゃ残念だ、ぐんぐんと進むこの感じがとても心地がいいのだが」
「中頃になると、もっと速くなる流れがあります、どうか気を落とさずに、のんびりと参りましょう」
「その通りだね、のんびり楽しむことにしよう」
「ところでお嬢ちゃん」
「何でしょうか」
「別に嫌じゃないんだけど、なぜ船に山羊を乗せているのか気になってね、この辺りの風習か何かかい?」
「いいえ、恐らく私だけだと思います、殆どの山羊は海を嫌いますし」
「そうだよなぁ、不思議な山羊だ、こうもどっしりと構えられると何か威厳すら感じるよ」