第三話 凛世界①
不機嫌な神楽。
相変わらず飄々とした清水。
俺は、その真ん中を歩かされていた。
朝、清水瞳が突然俺の家に来訪した。
どうした、と尋ねると、「一緒に学校行こう」と言う。
ダメだ、こいつの行動原理が分からない。
一体、何が起きているというんだろう。頭には疑問符が浮かんだままだ。正直混乱したまま場に流される。
どさり。
坂の途中で、俺を見つけた彰がバッグを落とした。
「な……な……」
俺を震える指で指差し、歯をガチガチ鳴らしている。
「お前ら、いつのまにそんな関係に」
そう、震える声で言う。そんなに? そんなにか?
「おはよう、彰お兄ちゃん」
「おい神楽ちゃん、何がどうなってるんだ説明してくれ」
彰が、一緒にいる神楽へと耳打ちをしている。
「分かんない。お兄ちゃんに彼女が出来たみたい」
じろりとこっちを見て、神楽が呟く。
「いや、断じて違うぞ、昨日辺りから何だか接点は多いが、けしてそんな」
俺がしどろもどろでそう言うと、清水は無表情のまま口を開く。
「ダーリン」
「お前の冗談は性質が悪いんだよ!」
「パンツみたくせに」
「ぐ、あれは不可抗力だ! と言うかお前が悪い!」
俺が叫ぶと、彰と神楽が不潔なものを見るかのようにジト眼で俺を見る。
ち、違うんだ。俺は何も悪くない。
「本当に、どういう風の吹き回しだよ清水」
「瞳でいいよ、新堂くん」
「んあ、じゃあ俺も至でいいよ、ってそうじゃねえ。俺とお前は別にそういう間柄じゃないだろ?」
四人が立ち止まってそんなやり取りをしていると、周囲を行く学生たちの視線も痛い。
「なんということでしょう」
清水が無表情のまま呟く。これはリフォーム番組の再放送を見たな? おまけに俺が言うべき台詞だ。
こう、何ていうか相変わらず噛み合わない感じだ。
「まあ……、どうやら同盟を裏切った訳では無さそうだな。安心したぜ」
彰が額の汗を拭いながら言う。眼鏡が曇っているぞ。
「彼女ではないの?」
神楽が俺にずい、と近付いて聞いてくる。何だか鬼気迫る物を感じるぜ。
清水が神楽へと口を開く。
「うん、ごめんねからかって。大丈夫よ」
お、清水が珍しく普通の口調だ。神楽の頭に手を置いて撫でている。
「お兄ちゃんは貴女のものだからね」
そう、続ける。
それを受けて、一瞬で神楽は耳まで真っ赤になる。すごく困った顔をしたあと、その場から一気に走り出した。
「え?」
と一言呟いた頃には、既に豆粒程度までになってしまった。この坂道、しかも下りでよくあんなスピードが出せるな。
「……嫌われたな清水。やっぱりお前の冗談は性質が悪い」
俺は清水に呟く。
「なんということでしょう」
それはもういい。彼女は、自分のカバンを開けながら続ける。
「これ、渡そうと思ったの」
古ぼけた一冊の冊子を手渡してきた。
「お、何だこれ」
受け取ると、その表紙には「坂神市郷土史」と書かれている。表紙は硬く、その紙は日焼けしてまっ茶色をしていた。あ、さかがみし、って言うのはこの町の正式名称だ。よく阪神と勘違いされる。
「色々載ってるから貸してあげる」
そう、清水は言う。驚いた事に、少し笑顔だ。あの無表情娘がこんな顔をするとは……。すげえ可愛かった。
清水は何事も無かったように、先に歩いて行ってしまった。
「また教室でね、至くん」
そう言い残して。俺を名前で呼ぶクラスメイトはお前が初めてだぜ瞳ちゃん。ちゃんは無いな。呼び捨てにさせてもらおう。
「ダメだ、話が読めん」
彰が肩をすくめる。
そういう彰に、俺はカバンの中から一冊の絵本を取り出して見せた。
「彰、こういうの知ってるか?」
無言で受け取り、パラパラめくっている。
「昔見た事あるような、無いような」
そう言いながら返される本。
「ちょっと訳あってその本の出所を調べてるんだよ」
朝、母親に聞いた所、全く思い出せんとの返答が返ってきたのだった。
歩きながら、清水から受け取った郷土史をパラパラと捲って見る。町の名前の由来の場所に、坂と鬼の話が載っている。これは参考になりそうだ、そう思いながら俺はその本をカバンの中に丁寧に仕舞った。
そういえば、折れた肋骨の痛みが嘘のように引いている。
いつからだろう、と考えてみると、昨日風呂に入る時にはもう気になっていなかった気がする。
リハビリ一回でここまで治るものだろうか、と疑問に思ったが、痛みが無いなら問題はないだろうと勝手に納得して学校へと向かった。どのみち次のリハビリは三日後だ。それまではきっちりと筋トレをしろとのお達しだった。
昼休み。
彰が生徒会室に向かったのを見送った後、俺は学校の図書室に向かった。
郷土資料などはきっと、普通に置いてあるだろう。
貸し出し禁止コーナーに年表などが見つかったが、瞳(許可が出たので呼び捨て)が貸してくれたものは見つからなかった。
俺は、瞳から借りた郷土資料に眼を通す。
この町、とよく言っているが、分類的には「市」に属している。俺の家や神社の辺りは、正確には「町」で、きちんと「翼町」という立派な名前が付いている。
色々調べてみるが、やはり「千年坂」は俗称のようで、正式な表記は見当たらない。
何故「翼」なのか、というのも見当たらなかった。
ただ、あの神社に奉っている御神体が「鬼」にまつわるものである表記がある。
あの周辺は昔から「首塚」という物騒な名前があり、それは千年前に調伏された鬼の首が安置されているからである。そう書いてある。これは昨日瞳から聞いた情報と合致しているな。ちょうぷく……祈祷によって悪魔や怨敵を下す事。なるほど。
その先に書いてある伝承は、あの絵本の続きだった。
四つに分かたれた鬼の身体は、それぞれが巫女によって管理されたと言う。遥、白草、久遠、天華の四人の巫女は、坂を中心として東西南北を護り、この町を眼に見えないものから護り続けているそうだ。
……オカルトチックになってきた。俺の体験もその部類に入るのでけして馬鹿にはしないが、こういう内容を郷土資料史に記載しても良いものなのだろうか。
だが、その四人の巫女の名前には聞き覚えがある。この翼町を中心として坂の下に広がる町が、それぞれその名前なのだ。
北が久遠町。南が天華町。東が遥町。西が白草町。
成る程、調べてみると色々と理由があるものだ。
色々読んでいる内に、昼休み終了の予鈴が鳴る。偶然入室してきた図書担当の先生に絵本の事を尋ねてみたが、やはり分からないらしい。
そのやり取りの中で、図書室の奥にインターネット検索が出来るパソコンのコーナーがあるのが見えた。そういえばあの事件でも、インターネットで騒がれていた部分があったと聞いている。
よく使い方が分からないので、今度彰でも連れてくるとしよう。そう思いながら、図書室を後にした。
事件は、帰り道で起きた。
そういえば神楽が「今日は一緒に帰るから!」と言っていたのを思い出す。校門近くまで歩いてきてから思い出したので、校内に戻るのもはばかられる。まあ、校門で待つか、そう考えた。
今朝学校へ来る時は全く問題なく正面から入れていたので、俺は油断していた。そこにはすっかり熱が冷めたと思っていたマスコミ関係者が居たのだ。二人組。一人はでかい一眼レフカメラをぶら下げている。そんな人物と一緒に、赤い縁の眼鏡をかけた女性キャスター風の人から、いきなり声をかけられた。
「ねえ君! 新堂至くんでしょ! ちょっと話いいかな?」
美人だ。俺に話しかけてくる。
「週刊ウワサって雑誌なんだけどね、知ってる?」
……なんだか馴れ馴れしいなぁ。雑誌名は聞いたことがある。ゴシップネタやオカルトネタ、スキャンダルネタが多い、そこら中によくある週刊誌の一つだ。
「すみません、取材は全てお断りさせていただいています。親か学校が判断しますので、そっちに聞いてください」
俺は担任から教えられたテンプレートな内容を話す。
そのまま通り過ぎようとした時、その女性キャスター風の人はこんな事を口走る。
「最近起きている、何も無い所で『凍死体』が多く発見されている事件についてどう思う?」
……何も無い所で、凍死体?
「今、何て」
俺が呟くと、その女性はあごに指を当てたまま口を開く。
「そのままよ。テレビ見てないの?」
テレビ……。晩飯の時間はテレビを付けない。病院ではあまり煩く出来ないし、昨夜は絵本を見たあと風呂に入って寝てしまったから分からない。巷ではそんな事件が起きていたのか?
よく原因の分からない焼死体。あの男の仕業だった。
何も無い所で、凍死体……。
――嫌な予感がする。
「すいません、忘れ物」
俺はそう言って振り返ると、学校へと走った。
図書室だ。こういう情報はきっとインターネットの方が早いに違いない。
後ろでさっきの女性が何かを叫んでいるが、気にしない事にした。
靴を履き直し、俺は図書室へと走る。俺はパソコンが良く分からない。親の方針と言うか、携帯電話を買って貰うのですらどれだけ神楽と一緒に粘ったか分からないレベルだ。パソコンは夢のまた夢だった。
彰は自分のパソコンを持っている。よくインターネットで途轍もなくファンタスティックでマーベラスでワールドワイドな画像を閲覧させてもらったものだ。
「こら、廊下を走るな!」
突如、真横から注意を受けて立ち止まる。
「あっ、すいません」
「全く、誰かとぶつかったらどうするつもりだ! ん、新堂至か。どうした血相を変えて」
生徒会長、榊原凛子女史だ。丁度いい所に。
「会長、彰を、佐鳴彰を見ませんでしたか?」
俺が肩を掴んで尋ねると、少し驚いた顔をして口を開く。
「佐鳴は帰ったぞ? 木曜日は家の用事があるとの事だが、聞いていないのか?」
木曜日……そうだ、いつもの稽古の日だったか。彰は週三回、家の古流剣術道場で稽古をしている。真っ先に帰っている筈だ。
……どうする。
日を改めて? それとも彰の家に行った方がいいか? 嫌な予感がする。そんな時間は、無いかも知れない。
俺は会長の目を見て、口を開いた。
「会長、パソコンは得意ですか?」
「パソコン? 人並みには使えるつもりだが……」
その答えを聞くや否や、俺は会長の手を引いて走り出す。
「丁度良かった! ちょっと手を貸してください!」
そう言って走り出すと――
「まっ、ちょっと待て! わ!」
そう叫びながら、会長は地面に尻餅を着いてしまった。
「うお、すいません、大丈夫ですか!」
俺がしゃがんで手を伸ばすと、その手を取って彼女は照れ笑いをする。
「歩く、走るは問題ないんだがな、急な方向転換は苦手なんだ。こっちこそ驚かせたな、すまない」
そう言いながら立ち上がる。
……しまった。俺は彼女が膝に巻いているサポーターを見る。膝が悪いんだっけ?
「察するに図書室だな。用件はそこで聞こう、付いて来い、走るなよ?」
彼女が先導し、歩き出す。俺は黙って従った。
図書室では、数人が大テーブルで本を読んでいた。
併設された自習室では、数人が教科書とノートを広げて無言でシャープペンシルを走らせている。
俺たちはインターネットスペースへと入った。幸い端末は全て空いている。
「それで、何をしたい?」
会長は、回転式の椅子に座ってから俺を見上げてそう尋ねてきた。
……良いのだろうか。あの事件に巻き込まれた俺がそんな内容を知りたがっている事を、この人に知られる事に問題は無いだろうか。そんな事を考える。
その逡巡を感じ取ったのか、会長はこう続けた。
「安心しろ、口外はせんよ。履歴も終わったら消してやる」
その言葉を受けて、俺は頷いた。
「ここ数週間で、『変死』した人が居ないかを。いつ、どこで、どのように亡くなったのかを、調べる事が出来ますか?」
まずは大まかに、そう尋ねた。
彼女は頷いたあと、無言でキーボードに指を滑らせる。速過ぎて指の動きが見えない。
ホームページブラウザの検索窓に、「変死」「詳細」という文字が踊った。
ずらりと並ぶ文字列。思ったよりも多い。一番上の見出しはインターネットニュースのものだろうか。その内容は「また変死? これで二十二件目」という恐ろしいものだった。
「恐らくここが分かりやすいだろう」
そのリンクを会長はクリックする。
一番最初に眼に飛び込んできたのは「真夏の凍死体、再び見つかる」という一文だった。
「最近テレビでも話題になっているそうだ。一番最近の発生は今朝。場所はここより二百キロばかり北だな。この季節の気温で凍死は難しい。恐らく、業務用冷凍庫などが利用されていると推測されているが、その痕跡が見当たらないそうだよ」
会長はそう神妙な面持ちで言う。
「凍死……なんて、通常考えられるんですか?」
俺がモニターを見詰めたまま尋ねる。
会長は、目を伏せたまま話し始めた。
「凍死――低体温症によって死に至ったケースをそう呼ぶ。通常、直腸温が二十度を下回る状況にならなければ凍死はしないとされている。ただし、そのような状況になるまでに手指、足趾が凍傷に至るケースは多い」
「雪山で、よく聞くやつですね」
「そうだ。低水温、若しくは冬の雪山などの低気温、氷雪に曝され続ければ凍死の危険性はある。若しくは、生物の恒温機能に著しい障害が発生すれば、凍死の可能性はあるだろうな」
会長はインターネットで低体温症のページを表示しながら説明してくれた。
俺は頷き、そして言う。
「ちょっと地図をコピーしてきます。その発生場所と時間を教えてください」
俺はそう言いながら、カバンから地理の教科書を取り出した。
「待て、詳細地図の方がいいな。貸し出し禁止の棚にある筈だ、見てこよう」
会長はそう言いながら立ち上がった。
感想など、お待ちしております。




