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くれないのうた  作者: げんめい
最終章~くれないのうた~
42/43

     アイノウタ②★




 空気は生温かく、雨の湿気も手伝って不快な空気だった。

 神社の境内周辺を見て、俺は思わず眼を見開く。

 直ぐに、その神社奥の異変に気付いた。

 木々が枯れ、あの首塚が透けて見える程に緑の密度を失っていたからだ。

 見上げる白草は、まだ枯れてはいない。


 間違いない。ここを蛇神が通った――

 近付くだけで『死』を振りまく。あらゆる『生』を許さない。それが蛇神という概念なんだ。

 夢の呪詛を受けた時。蛇神は自らを『死』と呼んだ事を思い出す。


 俺はゆっくりと、林だった場所を歩く。

 直ぐに、巨木の根元へと辿りついた。壊れたままの社。冷たい水の池が、ただ静かに雨を飲み込んでいた。打ち捨てられたままだった筈の、遥の頭……ここに納められていたあのミイラは無い。



「至くん……!!」

 直ぐ背後から俺は声を掛けられ、驚いて振り返った。


 そこには、息を切らせて頭を下げたまま立ち止まる、清水瞳が居た。


「瞳……!! 無事だったか?」

「はい、申し訳ありません。やっと追いつきました」

「お……お前、俺を忘れてないんだな?」

「……貴方の周囲の人達の記憶操作については、観測出来ていました。絵本から発動した呪詛です。こういう使い方も出来るとは驚きました……。私は人間と同じ構造をしていますが、記憶に関しては別の場所に保管し共有していますので、無事です」


 ……自分の事を覚えている人に会えた。

 俺は、それだけでとても心が落ち着くのを感じた。


 だが、ゆっくりもしていられない。


「瞳、今の状況は分かっているか?」

 俺が呟くと、彼女は下を向く。

 制服のスカートを掴み、肩を震わせながら呟く。

「申し訳ありませんでした……。私が約束の場所へ行く事を勧めた為に、こんな事に……」


 俺は、血で出来た刃をベルトに押し込むと、彼女の肩に手を置く。

「いいんだ。遅かれ早かれこうなったよ。蛇神は……この下に、居るのか?」

 俺は地面を見る。地下には、蛇の卵の殻がある。そこは大空洞だ。

 パッと見た感じ、そこに至るまでの通路等は見当たらない。

 白草を中心に、夥しい数の魑魅魍魎が這い出てきたあの光景を思い出した。


「……この真上の上空から五分前に反応が消滅、時空振の発生深度が地下千メートルへと移動しました。恐らくは、地下の大空洞に居るかと」


 恐らく、さっきと同じような瞬間移動でしか、そこに至る方法はないのだろう。


「瞳」

 俺が名前を呟くと、彼女は首を左右に振る。


「ダメです。簡易テレポーターは時空振の中では使用出来ません。壊れる可能性があるんです。それに、出力不測で一人を飛ばすのが限界なんです」

「……分かってる」

 瞳は、ぼろぼろと涙を零し始めた。

「行ったら、戻って来れないんです。わかってください」

「……頼む」


 血を流しすぎたが、首の傷から意識を飛ばしそうな程の鋭い痛みを感じ我に返る。一瞬ふらつき、そしてまた景色が霞む。頭を二~三回振って、意識を強く保つ事に努めた。


 意識が保てるうちに、俺は蛇神に辿り着かないといけない。俺一人で行くんだ。それは、彼女には言わなくても伝わっている。

 俺は続けた。


「俺は、護りたいんだ、この町を」

「……この町が、好きだから、ですよね」

 瞳の手が、俺の手に、首に触れる。

 彼女は真剣な表情になって、続けた。

「フェインとのリンクが、蛇神覚醒と共に切れました。この先、どうなるかはもう私には分かりません。くれないの解析は二十二パーセントが終了。貴方の推察どおり、唄は全て事象を指していました。この先の未来を予見するものも含まれています」

「……やっぱり」

 俺はくれないを見る。

 もう古代文字は浮かんでいない。

 ただ、唄い続けていた。頭の中に広がる幾多の多重音は、歴史を、未来を唄うもの。

 あの石碑に触れる事で、あの『ヲシテ』を読む事で、くれないの本当の力が開放されるようになっていた。全てが、仕組まれていたかのように。

 そして開放されたくれないは、恐らく蛇神の概念ごと叩き切る事が出来る、本当の意味での神器となったのだろう。

 これは、誰の希望なのか。誰の意思なのか。それは、現時点でも分からない。


 瞳は続ける。

「くれないの解析が進めば、この出来事を解決に導く答えが見つかるかも知れません……だから」


 瞳が、俺の首にそっと手を回す。

「おい、血が、付くぞ……」

「行かせません。絶対に、行かないでください……行かないで、お願い」


 ぎゅっと、抱き締められる。

 数秒――俺は眼を瞑る。そして言葉を紡いだ。

「……瞳。言っただろ。俺はこの町が好きだ。家族が、友達が、あの景色が好きなんだ。もちろんお前もだ。俺がやらなきゃならない。この輪廻を、断ち切らなきゃいけない。だから、頼む」


 様々な思いを――瞳は、俺の心を読む事で感じている筈だ。

 それが嘘偽り無い俺の気持ちだって事が、彼女には痛いほど良く分かっていると思う。


 彼女は抱き締めていた手からゆっくり力を抜き、顔を下げたまま一歩下がる。


「……空洞内の空気は少ないですが、テレポーターで周囲の空気をまとめて送ります。貴方の異能の力で、その空気を拡散しないように留めてください。光は一切無いと考えられますが、火の異能は使用しないでください。酸欠の危険性を増してしまいます。現在のくれないの発光現象は熱を発生していないので、そのまま光源として利用出来ると考えられます」


「……ありがとな、瞳。テレポーター、最後の一回分を残しておいてくれて」

 俺は微笑む。


「どうして、それを」

 彼女は驚きの表情で俺を見る。

「わかんねぇ。何となくそう感じたんだ」

 必死で走ってくれたのだろう、汗だくだ。


「……貴方は私の観測対象です。必ず帰って来てください。それが、私の生きている目的なのですから」

 彼女は顔を上げる。

 その手が、ぼうっと光ったのが見えた。

 ただ俺は彼女の顔を見詰める。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったその顔を。



 一瞬眩暈を感じたら、俺は暗闇の中にいた。

 眼が慣れるまで――数秒。くれないが赤く光っているのが見えた。

 心を落ち着けて、風をまとめる。

 地中深くだ。耳に鋭い圧迫感を感じる。思わず唾を飲み込んだ。

 熱さと……息苦しさ。


 酸素が無くなるまで、どれくらいだろうか。恐らくそれが制限時間となるだろう。それは、俺の命が尽きる時間だ。


 眼を凝らすと、遠くに白くぼうっと光るものが見えた。


 天井は闇で見えない。

 地面はごつごつとした岩のようだったが、平坦に近かった。途轍もなく広い、楕円球状の空間。つい先日まで、この場所に何千万という魑魅魍魎が蠢いていたその場所だ。地面が平坦なのは、物理的に(なら)されたためなのだろう。

 俺は意を決して、歩き始める。



 すぐに、彼女を見つける事が出来た。


 彼女はただ、静かに呼吸をしていた。少しだけ上を向き、眼を瞑り、立ったまま。まるで祈るように。その白くなった髪が、美しく輝いているように見える。


 神々しい、光景だった。


 そんな彼女が、静かに呟く。

「……ここが、私の生まれた場所だ」


 美香穂の声で、蛇神が呟く。彼女自身の身体が白く輝いていた。

 俺は、その直ぐ後ろに立つ。


「ああ」

 ただそう、短く返した。


 彼女の眼が開く。


「お前は人間との繋がりを求めた。だからその絆を壊した。お前の記憶は、既にお前の親しい連中から綺麗に消え失せている」

「そうだな……」


 憎ませる。恨ませる。蛇神の本質は、そういう負の感情を揺さぶる部分にあった。その忘却もまた、蛇神の神威(しんい)だ。


「分からない……」

 振り返り、俺を見る蛇神。

「何故、お前は私を憎まない」

 その表情は、怒りも諦念もないが複雑なものだ。

 俺は口を開く。


「ん……まあ、ちょっと堪えたよ。でも、改めて認識出来たんだ」

「認識……?」

「俺がどれだけみんなを好きだったか。それを改めて確認出来た、そんな気がするな」

 正影さんや凛子さん。彰も。他にも俺の事を忘れてしまった沢山の人たち。

 それがかけがえの無いものだと、再認識出来た。


 俺はニッと笑って見せる。解決しなきゃいけない問題だろうけど、今は蛇神との対話が先だ。


 俺は言葉を続けた。

「それに今なら、お前の考えが分かる。憎ませて、殺させて……そしてまた運命の輪っかの中に戻る。それが、お前の役目だから。それが、一番安心するからだ」

「……分かった風な口を」

 彼女の眼が、金色に輝いた。


「お前は怖いんだ」

 俺はそう続ける。


「何……?」

 その黄金の瞳に揺らぎのようなものを感じて、俺は言葉を続ける。

「与えられた役割から外れる事も怖ければ、ただ生き続けて周囲に死をばら撒くのも怖い。そして、感情を持った自分も怖い。他者が怖い。俺が……怖いんだろ?」

「私に恐怖など、無い」


 俺が、一歩彼女に近付く。

 彼女は一歩、後ずさった。

 無意識か――その自分の行為が信じられないという表情をする彼女。直ぐに怒りの表情を俺へと向ける。


「人間の一生は苦悩の連続だ。他者とのぶつかりは日常茶飯事だ。そうやって感情をぶつけ合い、時に傷付けあい、そして学んでいく。人との距離感を。人と共に歩む事を。そして……」


 俺は、更に一歩を進める。

 蛇神は、その場から動かない。


「そして、人を愛す事を学ぶ」

 数歩。ほんの僅かな距離を隔てて、俺は蛇神の前に立つ。

 互いに手を伸ばせば触れられる距離。

「俺みたいなガキが愛を語るなんてのもおこがましいけどな、それでも俺は親を、友人を、この町を……代えようのない、とても愛おしいものだと感じた。それは……それこそが、愛だ。これは胸を張って言える」


 蛇神は何も言わない。俺は言葉を続ける。


「誰も、お前の孤独を知らなかった。きっと、止翼である俺しか、お前の事を理解出来なかったと思うから……。だけど、そこには言葉も温もりも無かった。それでもお前は、たったそれだけの繋がりに、安心していたんだ。でもさ、それじゃきっと、ダメなんだよ」


 突如、蛇神からまるで炎のような感情が爆発する。

「私を……そんな人間の感情に当てはめて分かったようなつもりになるな……!!」


 まるで嵐のような、死の波動。

 先ほど全ての草木を死滅させた異様な力。

 俺は眼を開けていられずに、手で顔を覆う。無意識下で神籬が展開されたが、その力すら割れて壊れてしまいそうだ。

 この力は、俺の命すら奪う。


 だが、俺の額から青白い光が出現し、俺の神籬をより強固なものにした。

 俺は一瞬だけ笑い、そして蛇神へと言葉を続ける。


「拒絶し、孤独になっても何も残らない……!! 受け入れるんだ、感情を。世界ではなく、お前自身に起きた改変を……」


 届いてくれ。彼女の心に、届いてくれ。


 俺が叫ぶと、彼女の周囲の岩が、巨大な石が持ち上がるのが見えた。

「黙れ……黙れ! 黙れ! 黙れ!!」

 数トンはあるかのような、岩が幾つも……真っ直ぐ俺へと飛んでくる。今までの異能者の力なんか比較にならない、強く、殺意の篭った攻撃。


 咄嗟に腰に差した血の刃を抜く。くれないに念じ、俺はただ速く強く――その岩全てを、切断した。氷を盾にし、風をまとい、ありとあらゆる破片を粉砕する。淨天眼で予見し、(かわ)す。筋肉は悲鳴を上げ、呼吸はままならない。それでも俺は、剣を振るい続けた。

 頬が切れ、上肢の腱は断裂し、いくつかの岩を体中に受ける。それでも俺は目を閉じず、動き続けた。



 やがて轟音が止まる。その攻撃は一分かからずに収まった。


 土ぼこりを、自らの周囲に寄せ付けぬように異能の力を利用する。一気に視界が晴れた。

 時折、凄まじい眩暈が襲う。心が空っぽになっていくような感覚を受ける。体中が痛み、軋み、意識はもう、保っていられるのが不思議なくらいだ。


 それでも、俺は言葉を続けた。


「この世の摂理なんだ。表と裏。男と女。光から闇が生まれるように。お前と、俺が居る。お前は……」

 一番大切な事を、伝えなければならない。


 だが俺の言葉を、彼女は遮った。

 そして続ける。


「……お前は、私と共に歩んではくれない。そんな世界に、未練はない」

 美香穂の眼に、涙が浮かんでいる。

 それは、美香穂の涙なのか?

 それとも、蛇神、お前自身の涙なのか?


 違うよ蛇神。この思念は届いているのか? 口を開こうとするが、極度の疲労のためか、ただヒューヒューと息を吐く音だけが響く。


「お前に絶望をくれてやる。私を拒絶したお前の大切なものを全て奪ってやる。私の生まれたこの殻を壊し、この町全てを崩壊させる。お前が『ただの死』を迎えれば、私は再びやり直せるのだ……。何が愛だ……そんなものはない。この永劫の時を過ごしても、そんなものは、私には無かった……!!」

「蛇神っ……!!」

 美香穂が両手を広げ、上を見上げる。


「……さようなら、そして迎えよう、三千一回目の邂逅を」


 ゴゴゴゴゴゴゴ……


 地鳴りか。地震か。上も右も左も地面も、周囲全てが揺れている。俺はよろめいて膝を着く。地面に刺したくれないを支えに立ち上がった。


 上空から大きな分厚い白いものが、次々と落ちてくる。

 俺はただその光景を見詰めていた。

 ……卵の殻が壊れ、落下を始めている。


 遠くから、同じような崩落の音が響いた。

 周囲は再び土煙に包まれる。

 俺は念じ、両手に刃をぶら下げたまま、自身と蛇神を分厚い氷のドームに包んだ。落下が続き、ガンガンと、その内部へと強烈な音が響く。

 ヒビが入る度に修復し、俺はただその瞬間を待った。

 心が空になってもいい。

 もう、先は望まない。

 ここだけは、耐えるんだ。俺は目を瞑り、ただ念じ続けた。


 何分が経過したか――。突如、その声は響いた。

「……どうして」

 蛇神の、驚愕の声。

 衝撃音が止まっている。

 俺は静かに眼を開き、氷の壁を消滅させた。


 パンッという甲高い音を響かせながら粉々になった氷の壁の先には、眼を見張る光景が広がっていた。


 周囲は、光の粒に覆われている。

 真っ白な空間へと変貌している。

 見えなかった蛇の卵の殻のその向こう。

 そこは、木の根で覆われていた。

 幾重にも、幾重にも絡まる木の根が、今俺たちが居る空間をただ、保ち続けていた。


「何故だ。どうして、壊れない……」

 上空を仰ぎ、ただ呟く蛇神。


「……大樹白草の根だ。彼女は、イグノスに操られながらもずっと護っていたんだよ、この町を」

 俺はその光景を見上げながら、呟く。

「し、信じられない……こんな場所にまで、木の根が届く筈がない」

「……そうだな、在り得ないよな……。だが、事実だ。彼女は全てを護ると言った。そしてそれは今、現実になった」


 俺は、蛇神を見詰めながら、続ける。

「この町を。そして今、俺とお前の事も、護ってくれた。彼女は気付いていたんじゃないのかな。いつかこうなるって事を」

「…………!!」


 岩盤を貫き、栄養も無い場所にまでその根を伸ばす。それが千年で成される事は無く、奇跡以外の何物でもない。


「……いや、奇跡なんてのは陳腐だな。これが、人の意思だ。生きようとする人間の魂だ。想いの……力だ。蛇神。完全だった頃のお前が理解出来ず、そして――壊れたお前が、最も欲したもの」


 俺は、血で出来た刃を、地面に落とす。

 それは直ぐに血液として地面へと流れ出した。


「お前はこれを知っていたと言うのか……、お前の思念からは、何も……」

「いいや、思い出したから……『信じた』だけだ。フィルが言った言葉を。白草がこの町を、全てを護りたいと言った……その気持ちを」


 氷の壁が砕けた時点で、俺の精神力は限界を迎えていた。あの、暗く落ちていく感覚に包まれる。頭が、割れるように痛い。今にも意識を失ってしまいそうだ――


 だが、伝えなければ。

 成さなければ。


 一歩。


 どこか遠かった、その最後の一歩を踏み出す。


 俺は、美香穂の体を。

 蛇神の心を。


――抱き締めた。

挿絵(By みてみん)


 力任せに、ただその背中を手繰る。


「……な、何を……?」

 蛇神から、戸惑いの声が聞こえる。

 その眼から、大粒の涙がボロボロと流れ落ちるのが分かった。

「なんだ……これは……」


「聞こえるか……唄が」

「……唄?」

「俺とお前に言葉は無かった。だから、唄が必要だったんだ。虫や鳥達が奏でるような、愛の唄が。くれないは、その為にここに現れた。聞こえるだろ。お前は――お前は……」


 ぎゅっと抱き締め、そして告げる。

「お前は、一人じゃないって」


 リィン――

 いつもより甲高く響くその音は、確かに唄っているようだった。


 俺は彼女の耳元で続ける。

「……今、お前を形作っていた全ての力が揃ったよ。フィルとイグノスの力は、くれないが喰ってここにある。僅かに分かれた力は、今、全て俺の中に居る。俺の額に、フィルの力が僅かだが残っているんだ」


 自分の額が、ぼおっと青白く輝くのが分かった。

 それはフィルが今際(いまわ)(きわ)にくれた、まじない。


「これで、終わりに出来る。もう終わりにしよう蛇神。進化なんて要らない。お前は、自由だ。何も、しなくていいんだ」

 俺はフィルに告げた言葉を、もう一度告げる。


「……温かい」

 彼女の涙が、俺の肩を濡らす。対のメビウスとして永劫の時を共に歩んできたというのに、その温もりすら伝える事が出来なかったんだ。


 そんな悲しい事はない。


 俺は蛇神の……美香穂の、白くなった髪を撫でる。



 蛇神は、静かに続けた。


「……もう、滅ぼさなくていいのか?」

「ああ」

「もう、壊さなくていいのか?」

「……ああ。俺は、そんな事を望まないよ……」

「……そうか」


 蛇神は、眼を瞑り俺の首をぎゅっと抱き締め返す。

 ガタガタと震えるその身体を、俺は強く抱き締める。

 俺の手も震えていた。

 涙が、止まらなかった。息もままならない。


 それは、終わる事への恐怖。この先の輪廻が無い、本当の死への恐怖だ。


 俺はその耳元で、そっと囁く。

「……怖くないよ。俺も一緒だ」

 そう告げた後、息を止める。

 そして俺は――


 くれないで、渾身の力で。美香穂の背中ごと、自らの心臓を、貫いた。


 俺と蛇神は二人で一つだったから。この輪廻は、二人同時に終わらせなければならないから――


 音は無く――身体を逆流する熱い血を感じ、俺はただ、美香穂の身体を抱き締め続ける。



  ◇


 

 鼻腔に、木と草の匂いを感じた。


 俺たちの体は、気付けば地上に戻っていた。

 蛇神が、最後に瞬間移動を使用してくれたようだ。


 口から、血が流れ落ちる。

「……彼女の身体は、自由に、してもらうぞ……」

 最後の力を振り絞り、俺はそう呟く。

 美香穂の身体はくれないを通り抜け、無傷のまま俺の足元へと倒れ、横たわる。

 衣服は戻らなかったが、髪は短く戻り、そして白かったその色が、抜け落ちて光の粒になる。それは俺の身体の中へと移動してきた。

 俺はその光景を見届けて、ただ微笑んだ。

 景色が霞む。

 自らの胸にくれないを残したまま、俺は仰向けに倒れこんだ。

 蛇神を抱き締めたまま、薄目を開ける。

 視界には、大樹白草と――満天の星空が映った。


 リィン――

 リィン――


 啼いている。くれないが、啼いている。

 その音は涼やかで――とにかく心地よかった。


 出来る事なら、共に生きたかった。でも、これで、良かったよな?



 閉じぬ目に、その視界に、ぼんやりと栗色の髪が映る。


「……ぃちゃん……」


 遠い声。聞きなれた声。

 これは神楽の声だ。

 お前、熱があったんじゃ無かったのか。こんな場所まで来て、風邪をこじらせたらどうするんだよ。そう伝えたかったが、声が上手く出せない。



「……おにぃちゃん……!! 嫌だよ……行か……でよ……」

 遠い声。

 頬に、熱いものが落ちる。

 これは――涙だ。


 両手に、感触を感じる。あったけえ……。

 誰かが俺の手を握り締めている。それぞれの手を両手で握り締められている感覚。二人居るのだろう。


 もう、何も見えない。


 ただ、自分の身体が消えていくのを感じた。

 光の粒になって、消滅していく。俺という概念が消えていく。


 三千回目で打たれた終止符。それを見届けたのは、多分神楽と、瞳だな。


 なあ、俺……町を護れたかな?

 神楽。俺、ヒーローだったか?


 せめて最期は、笑おうと
















…………

……


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