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くれないのうた  作者: げんめい
最終章~くれないのうた~
40/43

     神威/真意②



 蛇神の言葉は続いた。


「不完全な私は、四百年前にながぐつのくにに出現した時、ただ悪戯に世界を壊す存在となっていた。目的もなく殺戮し、天変地異を引き起こす。私を止めるために現れたお前もまたどこか(いびつ)だった。だが、いつものように、お前は私を討ち、私と共に消滅した。また対話が出来なかったと嘆いたが、その時にある発見があった」

「発見?」

「私の因子が人となり、血族を成していた事。そしてその時、私の大きな欠片も自我を持ち、そして人に味方していると知ったのだ」

「それは……四翼と、フィルの事か?」

 彼女は、蛇神と戦った事があると語っていた。蛇神は頷き、続ける。


「私が本来の私であるためには、それら分かれた因子を一つに戻さねばならなかった。だが消え行く私にお前達一族を根絶やしにする力は無く……私は消滅の際に、お前たち四翼に呪いを掛けた。次の復活の時までに、四翼が消え失せた世界となるべく。四翼のその力が自らの首を締めるような、水滴が岩を穿つかの如くゆるやかな滅びの呪いを」


 やがて女児しか産まれなくなった、俺の一族。男は歪み、女もその光を失って産まれた者が多かった……。

 それすらも蛇神の呪いだったというのか?


 四翼滅亡は、すなわち蛇神の完全な復活を意味する。この短い期間では蛇神の思惑通りに根切りとは成らなかったが、確実に滅びの呪いは発動している。


 変容した美香穂が、ゆっくりと地面へと降り立った。彼女は俺から数メートル離れたまま立ち止まり、そして言葉を続けた。

 

「この娘には感謝している。お前と対話するために、知識と言葉を与えてくれた。頭の良い娘だ」

 胸に手を当て、笑う蛇神。そのどこか歪んだ笑いは、さっき見た美香穂の笑顔とは全く別のものだった。

 どこまでも妖艶で、どこか扇情的だった。一瞬、フィルと抱き合った時の事を思い出してしまい、眼を逸らす。


 視線を戻し俺は、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「……何故、異能者や魅了した人間を使い、俺を襲わせたんだ?」

 それを受けて蛇神は、少しだけ表情を曇らせる。


「可能であれば、呪詛のみでフィルセウルを滅ぼしたかったのだ。お前が傷付いたのは想定外の出来事だ」

「想定外って……」

 何度も死に掛けたんだぞ俺は。


「許せ。人に施した呪詛は、想像を絶する攻撃性を持って形となった。人間の持つ負の感情が、私の想像を超える程に醜く、(おぞ)ましいものだったというだけだ」

 人間の持つ醜い部分は、確かに凄まじい力を持つ。蛇神の想定すら超えて働く負の感情。

 そこが人間の嫌な部分だ。


 蛇神は続ける。

「魅了に関しては、私を宿した比良坂美香穂の無意識がそうさせた。復活を前に滲み出ていた、この娘では制御し切れなかった余剰の力だろう」


 確かにあの時、彰と一緒に居た彼女の近くで、警察官への魅了は発生していた。


 ……それに、今思えば。

(でも、さっきの黒い変な生き物、だいぶ少なくなったね)

 美香穂は病院で、そう言ってたじゃねえか。見えてたんだ、魑魅魍魎が。


 十二年前に短い眠りについた蛇神が絵本に施した呪詛は、日本中へと広がってしまった。異能力者が発生し始めたのが今年の六月近辺。一気に事が動き出したのは本当にごく最近だ。

 恐らく、絵本と同じ力を持つ美香穂を利用しての暗躍があったのだろうと想像する。それは恐らく彼女の記憶には残っていない。


 異能者たちが受けた呪詛の文言では、俺は確かに案内人とされていた。本当に傷付けるつもりは無かったのかも知れない。


 蛇神は俺が止翼であると、幼少期のあの場所で気付いたんだろう。それは、蛇自身の『滅び』が直ぐに発動しなかった事も起因している。

 感情を持つ事で変質した俺に魅了を施し、こうなった原因を調べたかった。


 だが俺自身は記憶こそ無くしていたが、四翼の血、母親の力、この地のフィルや白草の力に護られて無事だったという事だ。


「だが、なぜ、フィルを滅ぼそうなんて……」

 あの呪詛の本当の狙いは、フィル抹殺だった。俺は率直にそう、尋ねた。


 蛇神は表情を変えず、そして続けた。

「言ったであろう? 私を私に戻すには、全ての因子を一つにまとめねばならぬ。一族には呪いをかけたが、それは鬼には効かぬ。何せアレは私自身なのだからな。鬼が死を迎えるならば、その因子は私に戻る。さすれば私は本来の機能を取り戻す……筈であった。結果、鬼は呪詛を受けた人間ふぜいが太刀打ち出来る相手ではないと分かっただけだった」


 ……確かにフィルは強かった。本質を見抜く力があった。

 蛇神から分かれ、今の蛇神も持ち合わせていない類の力もあったに違いない。


 蛇神は眼を伏せて続ける。

「ただ一つの誤算は……イグノスの存在であった。フィルセウルですらまだ不完全であると、誰が気付けたか?」


 ……そうか。フィルとイグノスは、それぞれが対の存在であると言っていた。イグノスは白草に隠れ、フィルはその存在に気付けなかった。二人揃ってやっと蛇神の欠片となるということだ。蛇神本人がそれに気付けなかったのも、頷ける。


 フィルの力で俺に近付けなかった蛇神は、唯一残せた絵本の呪詛を利用して異能をこの地にかき集め、フィルを滅ぼそうとした。

 フィルが消えれば、その分かたれた因子は蛇神へと還る。

 それが、蛇神が求めた只一つの結末だったんだ。


「じゃあ……フィルとイグノスが消滅した今、お前は……本来の力に戻ったということか?」


 俺の問いに、蛇神は首を左右に振って答える。


「おそらくは、もう戻らぬ。消滅したのだ」

「……消滅?」


 すうっと手を上げて、蛇神は俺が後方へと引き絞ったくれないに、指を差す。


「その刀は、因果すら斬り捨てるようだ。私はもう、完全には戻れぬ」


 蛇神は、何とも言えぬ表情でそう呟く。


 フィルは未来視を持っていた。そして母と同じく、それに抗う力も。彼女が見た未来が絶望的なもので、自らとイグノスを消滅させる事がそれを回避する最善の策なのだとしたら……?

 フィルがあの時、くれないでの消滅を望んだその答えは、ここにあるような気がする。


「……お前は、何故この時代に現れた」

「それが必然であったからだ。いつも私が発生する時は、世界が、この星が何らかの変革を求めた時だ。進化を促すべき時だ」


「お前の、目的は?」

「完全な個に戻り、そして再び死と復活を繰り返す。それだけが私の役割で、それだけが私の存在する理由だ」

 その眼が、再び金色に輝く。


「何故、この町だったんだ?」

「私はこの地で生まれ、この地に還る。この地の中心の卵から孵り、そして誰にも気付かれぬようこの石碑で小さな白蛇となって眠るのだ」

 俺は石碑を見る。

 レコード記述外の蛇神だ。こんな所に居るなんて、瞳もフェインも気付けなかったに違いない。


 美香穂の話ではここは神代の頃より存在する可能性のある場所。鬼伝説よりも以前の記憶があるというのか。

 整備はされている。来る途中の傾斜は、人が登り易くされていた。

 だが、ここが研究の対象になったという話は聞いた事がない。


 無関心? 強く認識出来ない?

 この一連の事件に関して、誰も興味を示していない事を含めて見ても、ここには特殊な力が働いているのかも知れない。

「その通りだ。この星が生まれてからずっと――この石碑はここに、この形のまま存在した。私の卵と同じく」

 では、この石碑は、その古代文字は一体誰が書き記したというのだろう。


 カミが眠り、カミが目覚める世界。そして、くれないのうたというフレーズ。


 ……そうか、もしかしてお前は……。俺はくれないを見る。もしそうだと考えると、瞳が解析をしても無駄かも知れない。


 俺は、構えを解かぬまま蛇神を睨み付ける。


 くれないからは、あの甲高い音がずうっと響いていた。今までにない赤に近い黄金の輝きを持って、古代文字をまとわせながらずっと俺の手に収まっている。


 

 静かに、蛇神は続けた。

「私は意図せず全てを壊す。本来、私と対峙した止翼は直ぐに力を展開し、私を封じ込めて諸共消滅するのだが……。お前はそうしないのか?」


 平然と言う蛇神。

 何故か……その態度に俺は腹が立った。理由は分からない。俺は蛇神へと尋ねる。


「対話がしたかったと言ったな、蛇神」

「ああ、言った」

「お前、死ぬんだぞ。そうなれば対話も出来ない。怖くはないのか?」

「なぁに……また繰り返すだけだ」

 そう言って、蛇神は微笑む。


「お前には、死が無いんだな」

「それは、お前もだ。聞かせてくれ止翼。感情を持ったお前は、私に何を思う? 私を――どうしたいんだ?」


 どくんっ……。

 心臓が、強く鼓動した。


 俺は、蛇神をどうしたいんだ?

「俺は……」


「私は、元の力を取り戻したい。そう思っている。その為には、お前には私と一緒に消滅してもらわねばならぬ」

 蛇神は、微笑みながらそう告げた。


 ……全ての人が助かる道なんて、無い。

 フィルは死んだ。沢山の人が傷付いた。

 美香穂はその身体を利用され、もう彼女の意思が入り込む隙間は無い。


 俺は蛇神が、憎かった――筈だ。


 だが、蛇神の話には、真実がある。

 蛇神が、止翼がこの地に落ちなければ四翼という一族は生まれなかった。

 母さんも、彰も弓華も俺も――この世に存在しなかったんだ。


「俺は――」

 一度、くれないを見た。その音はどこまでも涼やかで、赤く燃えるような刀身は、どこまでも軽やかだった。ぐっと柄を握り締め、俺は顔を上げる。


 俺は、意を決し叫ぶ。


「俺は、生きたい!!」

「…………!!」

 蛇神の表情に、変化が現れる。

「俺は、皆と生きたい」

 更に続けた。


「お前もだ。蛇神」

「それは……どういう意味だ?」

「俺はお前とも、共に生きたいと思っている」

 その言葉を受けて、蛇神は表情を歪ませて言う。

「……戯言を。それが感情を持った止翼の答えだと言うなら、失望したぞ」

「冗談じゃないさ。お前が世界を滅ぼすと言うなら、俺はこの刀でその野望を断ち切ってやる。俺には、その力があるんだよ。お前は知らないかも知れないけどな」


 俺は水月の構えを解き、くれないを正眼に構えた。

「……唄え、くれない」


 呟きに合わせるかのように、キィイインと、頭にあの高周波が響き渡る。


「それは、一体……何なんだ」

 蛇神は、酷く冷たい眼で俺を見詰めながら言う。


「さあな、俺もわかんねえ。ただ一つ言えるのは――」


 古代文字が、ふわりと浮かんでくれないから離れた。

 音が止まる。

 何かの意志が、脳裏に流れ込んでくる。

 ここではじまり、ここで終わる。一本の線が輪になって繋がる瞬間がイメージされた。

――それを断ち斬る者。それが……。


「俺とこいつは、望んでるんだよ。生きるって事をな」

「何故、何故お前は本能に逆らおうとする? 変革をもたらし共に消え、やがてまた邂逅を迎える事に何の疑問があるというのだ!」


 蛇神が叫んだ。


「運命の輪におさまってるうちは安心するってのか? お前も、随分人間臭くなったんじゃねえか?」

「っ……!!」


「いいか蛇神。再びいつかこの世に現れるなら、それは本当の死なんかじゃねえ。死に、先は無い。死は、無なんだよ。本能だと言うなら、それを畏れるのが生物の本能だ。俺は死ぬのが怖い。それが弱さだと言うなら、俺は弱くていい」

「……黙れ! 私を否定するのか、お前が! お前は私と共に歩む者。全ての(ことわり)を外れ、全てに影響を与える崇高なる者だ!」

「……そんなものは要らねえんだよ。必要無いんだ。俺が欲しいものは、ただ一つ」


 蛇神は、黙り込んだ。俺の言葉の、続きを待っている。

 お前が欲しい物は何だと。

 お前の望みは何だと、言葉の続きを待っている。


 俺は、真っ直ぐに蛇神を見詰めて言う。


「俺は、この町を護りたい。それだけだ。それに命を賭けるだけの理由がある」

「……何だ、その理由とは……」

「笑われるから一回しか言わねえぞ、耳の穴かっぽじってよーく聞け」


 俺は息を吸い込んでから叫ぶ。


「俺は――この町が、好きだからだっ!!」



 …………永遠に思えるような沈黙が続いた。


「……は?」

 短く、呟く蛇神。

 今までにない、毒気を抜かれたような表情で蛇神の顔が固まった。


「笑いたきゃ笑え。前にも盛大に笑われた事があるんだよ」


 夜の学校で瞳に同じ事を話して、大笑いされた事があった。

――生まれ育ったこの町が好きだった。友達が、家族が。幼き日の約束が愛しかった。

 俺を形作った要素を全て抱えた、この町が――本当に、心から好きだからだ。


「……そんな、曖昧な感情如きで、私の、私たちの絆を、大切な使命を否定するというのか、貴様は」

 空気が、ざらつく。

 無意識で反応してか、俺の神籬がより強く展開される。


「感情が芽生えても、それが理解出来なけりゃ意味がねえ。美香穂の傍で世界を見ていたと言うのに、何も感じなかったのか、お前は?」

「……そんなものは脳髄が作り出す幻想でしかない」

「その幻想に、意味はあるんだよ。だから、こいつは形を持って生まれたんだ」


 俺はくれないを振り下ろし無行の構えを取った。


「こいつは、くれないは……うたなんだ」

「うた?」


「ああ。世界を唄い、人を唄い、心を唄い、ありとあらゆる生物を唄う。この地球上全ての唄が形になったもの。あらゆる感情を、表現を、時代を。出来事を。生も死も、過去も未来もまとめて形になったもの。すなわちこいつが、世界と歴史そのものなんだ」


「つまり、それは……」

 蛇神が、一瞬言葉を詰まらせ、そして続けた。


「……アカシックレコードそのものなのか……?」


「フェインがどういう方法でそれを読み取っているかはわからねえけど、こいつには意志がある。それが、全てを斬る形として体現した。つまりだ」


 ごくり、と蛇神が生唾を飲み込んだ。


「運命は、自分で斬り開くもんだって事だろ? もう一度言うぞ蛇神。俺は生きたい。それは止翼でも四翼でも異能者でもねえ、この俺、新堂至の意思だ!!」

 俺は人間だ。最後まで足掻きたい。

 俺の心は、ずっと変わらない。その決意を、意志を、伝えなければ始まらない。

 この輪廻を断ち切るために。

 全てが上手く行く道を探るために。


「……くだらぬ」


 蛇神は呟き、上空へとその身を上昇させた。


「お、おい、何をする気だ!」

「貴様と共に歩めぬならば、この世に未練は無い。全てを無に、灰燼に帰す。お前は、最後の機会を逸したのだ」

「おい、蛇神!」

「もう、遅い……」

「……させねえぞ!」

 俺は、咄嗟にイメージする。

 湧き上がる風。上昇気流。

 俺の身体は風を受け、跳躍よりも更に高く、遠く飛び上がった。


 浮かび上がった蛇神の身体に並び、その力を、概念を()ぐためにくれないを振り上げた。


 だが、その軌跡は空を切る。


「消えたっ……!?」


 俺は風を操りながら、先ほどの石碑の上に着地する。上空を見上げるが、雷雲は消えず、ただ美香穂の……蛇神の姿だけが見えない。


 テレポートだ。一体何処へ消えた? どれくらいの距離を移動出来るものなんだ?


「瞳っ! いるか!?」

 周囲を見渡し叫ぶが、彼女は直ぐに出現しなかった。

「……蛇神出現の時空振のせいか、くそ」

 だが、近くには居る筈だ。合流する事が出来ればいいんだが。


 俺はくれないを握り締めたまま、踵を返して段差を飛び降りる。


 この世界を壊すと言っていた。あいつの『滅び』はどうする事で発動する? 思い出せ、何かヒントがある筈だ。


 ……火山の噴火。四百年前に傾いだ世界で、大勢の人が死んだ理由。そうだ、美雨音(みうね)が言っていた。

 つまり、天災?

 そのトリガーがこの町にあるとしたら何だ?


 町の中心。……蛇の卵。

「……地下の、大空洞」

 もし仮に、この坂全てを隆起させるだけの空洞があるとして――それが崩れたらどうなるだろう。

 坂の周辺の町は、壊滅する……。


「と、いう事は……」


 俺は、大樹白草を見る。もう何も感じない、あの場所を。


「……このまま簡単に終わるとは思えねえ。間に合うか……?」


 俺は、走り出した。



 ……蛇神。

 


 俺は、お前を憎む事が出来ない。沢山の人を殺してでも、お前は自分を元に戻そうとした。自分の本来の役割に還ろうとした。それだけだったんだ。それを悪い事だと、俺は判断出来ない。


 憎む事が出来ない。お前のお陰で、俺たちは生まれ、俺はこうして生きているから。それが分かったから。

 だけど、お前の、その本来の役割にどれほどの意味があるってんだ? 進化とは何だ?


 滅ぼしてまた現れて……それを三千回繰り返してもわかんねえんだろ?


 気付いて欲しい。この輪廻に、意味なんてない。少なくとも俺と、お前にとっては。


「ぶん殴ってでも、眼ぇ醒まさせてやるからな……」

 雹が落ち、雷雲が雲を切り裂いた。


 唸る雷鳴の中、俺は駆ける。

 対の存在を、止めるためだけに。そしてその身を奪われた、少女を救い出すために。


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