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くれないのうた  作者: げんめい
最終章~くれないのうた~
36/43

     カミウタ/第二接触②

 俺は、その場に居る全員に、事の顛末を告げる。

 凛子さんや彰が知らない情報も共有しなければならない。

 異能を全て倒した事。

 夜の学校での出来事。瞳の正体。


 そして……イグノスの復活と死。魑魅魍魎大量発生の原因。母の怪我、そして――フィルの消滅の事を。


「時間の凍結に、テレポート……」

 瞳の正体と、その行動については凛子さんが非常に強い興味を示した。


「まあ、情報の取り扱いに関しては色々と制限もあると思いますけど。――瞳」


 俺は再び何も無い空間に声を掛けた。


「はい」

 直ぐに、彼女は出現する。

 凛子さんですら仰天し、ソファから立ち上がった。ガタンとテーブルが揺れ、紅茶が零れそうになる。


「じ、実際に見ると凄まじい出来事だなこれは……」

 驚く凛子さんに、瞳は表情を変えぬまま告げた。

「一つ。他言は無用。二つ。貴女にこれら仕組みについては話す事は出来ません」

 指折り、凛子さんに向かって言う瞳。

「そうだな。安易なオーバーテクノロジーの介入は、世界に余計な歪みを生んでしまう。今この時代にあって良い技術ではない……」

「ご明察です。仮に貴女に少しでも情報を与えてしまうと、未来に著しい影響を及ぼす危険性があります」

「タイムパラドクスか。成る程アカシックレコードとの齟齬が生じては、都合が悪いと言う事か……」

「はい」

「ヒッグスや重粒子は関連しているのか?」

「お答え出来ません」

「そうか、そうだな……」

 うずうず、という言葉が的確だろうか。様々な事を聞きたいが聞けない、という状態に若干落ち着きを無くす凛子さん。暫く俺の理解の範疇を超えた単語が飛び交ったが、瞳は同じ答えを繰り返すばかりだった。


「因果律か……。君は未来から来た訳ではないが、行程通りに事を進めなければならないというのは歯がゆいものだな。観測者であり、代弁者。フェインの右腕という訳か。よくここまで正体を隠し通せたな。学校には一年の時から在籍していたと記憶しているが」

「多くを語れなくて申し訳ありません。私は、半径三百キロに一体は配置されています。通常の生活を送っている者も多いです。有事の際に、フェインとの連携接続が開始となります」

「そ、そんなに居るのかお前は?」

「外見はそれぞれ別固体に見えるようにカスタマイズしてありますのでご安心ください」

 大量の瞳。とても怖い光景が脳裏に広がる。

 彼女は無表情のまま続けた。

「くれないの音声データ解析は五パーセントが完了。更に時間がかかりますので作業に戻ります」


「瞳」

 俺は直ぐに声を掛け引き止める。

「はい」

「紅茶、飲んでいけ。大福もあるぞ」

 俺が言うと、彼女は少し驚いた顔をした後、頷いた。

「……いただきます」


 彼女はいつも正影さんが座る、一人掛けのソファにゆっくり腰掛けた。

「ありゃ、増えてる」

 台所から戻ってきた美香穂が、再び戻っていった。

「チャイム鳴ったっけ?」

 そう言いながら新しい紅茶を淹れているようだ。


 美香穂が持ってきた紅茶に口を付け、相変わらずの無表情のまま呟く。

「……美味しい、ですね」

「そうだろう。私のお気に入りのニルギリだ。気に入ってくれると嬉しい」

 そう、凛子さんは表情を綻ばせる。


 俺は瞳に向かって、用意しておいた質問をぶつける。

「瞳。アルヴィースについて聞かせてくれ。フェインすら凌ぐその知識。北欧神話の『全てを知る者』で間違いないのか?」

「……はい。姿形に関しては全く情報がありませんが、現在の奇妙な事象に関しては全て彼の作成した『精神感応プログラム』の干渉であると考えられています」


 時代、場所、年齢、容姿、目的に至るまで、殆ど情報が無いという事だけが分かった。辛うじて名前は、自ら名乗ったという事だけは分かっているらしい。フェインと同じ他次元の生命体であり、まだこっちの世界にはないあらゆる知識と技術を扱う術があったとの事だ。

「プログラムという概念であるならば、仮に製作者が亡くなったとしても稼動し続ける可能性がある」

 凛子さんが言う。俺は頷いてから続けた。

「アルヴィースもレコードの外の存在だと言う事で間違いはないか?」

 俺の問いに、瞳は暫く考え込んでから頷く。


「ファイタルフェインとアルヴィースは確かに、レコード記述外の存在と言ってもいいのかも知れません。ただ、それを調べる手段がありません。フェインは自分の情報を開示しませんので」


「……成る程、そういう事か至」

 凛子さんが顎に手を当てて呟く。


「はい。俺たちの敵は、蛇神だけなのかどうか。それを知りたかった」

「……フェインは、貴方たちに敵対するつもりはありませんよ? 彼はただ、世界の安定を図っているのです」

「お前の上司を疑うつもりはないよ瞳。ただ、そのアルヴィースってやつの存在が、今回の出来事全てに関わっているのは間違いないと思う」

 もちろんフェインの行動も良く分からない。

 全て開示されないレコードの記述。

 俺たちの行動のどこがレコード記述部分で、どこが記述外なのか。

 それは瞳の口から、断片的にしか語られていないのだ。


「……了解しました。整理しましょう」

 瞳が、俺の心を読んでかそのように告げた。そして早口で、話し始める。


「現在判明しているレコード記述外項目を列挙。蛇神の出現タイミング。その目的。蛇神の能力の発動手段、及びその条件。蛇神の消滅の条件。対のメビウスが蛇神と共に消滅する時の詳細な手段。蛇神に魅了された『異能者』たちの力の発生メカニズム。その力が新堂至に移動した原因。七月二十日に出現した日本刀『くれない』について全般」

 俺は頷きながら、瞳の言葉の続きを待つ。

「これらは、フェインから与えられた情報を元に私が整理したものです。時空振及び干渉シールドによって不明でしたが、現在はそれらが取り除かれた為に原因が判明したものには以下のものがあります。魑魅魍魎がどのように発生するのかのメカニズム。この町の魑魅魍魎大量発生の原因、フィルセウスと対存在、イグノスについて。その目的」

 全員が、聞いていた情報と合致させるべく思考を巡らせた。彼女は更に続ける。

「フェインへのレコード開示要求が却下され、不明となっている案件として以下のものが挙げられます。千年前、フィルセウルが他次元にて発生した原因。それがこの世界に落ちた際の動向について。新堂至の幼少期の出来事及びその際の記憶消失のメカニズム。新堂至が異能者の身体に触れる事が出来た原因」


 彼女は以上です、と付け加えてソファに腰掛けた。

「時系列的には、新堂至が最初の異能者、兜屋炎児と接触した以前の出来事に関しては何らかの情報規制があると考えられます」

 瞳はそう締め括った。


 俺は彼女へ、疑問に思った事を尋ねる。

「フェインへのレコード開示要求が却下された原因は?」

「不明です」

「フェイン自身がこの世界に干渉する事は?」

「出来ないと聞かされています」

「……そうか。整理はされたが、根本的な問題は……」

 俺の言葉が終わる前に、瞳の表情が暗くなる。

「……すみません、お役に立てなくて」

「いや、良いんだ。何でもいい、まずはアルヴィースに関する情報を集めて欲しい」

「了解しました」


 瞳は大福を一つ掴むと、頭を下げてからまたその場から掻き消えた。

 瞳が何処まで知り、何が分からないのかは、今ので理解出来たと思う。だが、根本的な問題はまだ何一つ解決していないのも事実だ。

 瞳自身も、この一連の事象を解決に導くべく、独断で動いている。危険を冒してまで。


 だが、凛子さんの頭の中は、今瞳が施行したテレポーテーションの事でいっぱいになってしまっていたようだった。彼女が消えた方向をじっと見詰めている。


「……信じがたい現象だな」

 凛子さんはただ、そう呟く。そして続けた。

「昔からテレポーテーションに関する文献はいくつもあった。ナポレオンの右腕、ネイ元帥の話やトルコの消えた小隊、日本の神隠しもそれに関連するかも知れない。そんな謎の一端がここにあるのだとしたら、それは……素晴らしくも、恐ろしい事だな」


 ……踏み入れてはいけない領域がある。瞳はその表情や行動で暗にそれを示している。

 だからこそ、俺や凛子さんが『特異点』として認識されているのだろう。


「神隠しか。日本の伝承では色んなケースがありますよね」

 戻ってきた美香穂が呟く。

 また台所に引っ込んで何をしていたかと思えば、美香穂はお盆にアイスティーを置いて運んできた。エアコンが効いているとは言え、昨今のエコブームのお陰で設定温度は高めだ。見越して、さっきの茶葉でわざわざアイスティーを作ってきたのだろう。それをテーブルに置きながら話しに加わる。

 今の瞳のテレポートも見ていなかったのかも知れない。あまり驚いた様子は無かった。

「ありゃ、消えてる」

 少しキョロキョロしている彼女と眼が合った。

 口パクで「帰ったの?」と言っているようだったので、頷いておいた。


 俺が神隠しについて興味ありげな表情をしたのを見逃さなかったであろう彼女は、得意げに話し始めた。


「神隠し。その多くは神域への侵入だといわれているよ。神奈備(かみなび)神籬(ひもろぎ)磐座(いわくら)なんかは『神の場所』で、そういう場所に入った人が『何か』に連れてかれちゃう。鬼、天狗、山姥(やまんば)、山の神、あとは狐狸(こり)の類が有名かな」

 神籬が本来神を下ろす場所だってのは、フィルが言っていたので覚えている。


 その話を頷きながら聞いていた凛子さんが、美香穂に向かって尋ねた。

「君は詳しいな転入生。ところで君は何故ここに居るんだ?」

 今更その質問が飛ぶ。やはり気になっていたんだな……。


「あ、紹介が遅れました。私、至君たちの幼馴染の比良坂美香穂と言います」

 人数分のアイスティーをテーブルの上に置くと、お盆を自分側に伏せたまま美香穂は頭を下げる。


 ……そういや凛子さんへの説明をすっかり忘れていたかも知れない。俺が凛子さんときちんと会って話すのは、夜の学校で倒れてから初めてなのだ。病院の前で一回擦れ違ったけど、あの時の俺の精神状態はマトモとは言えなかっただろう。


「幼馴染か、これは思わぬライバル出現だ」

「ラ、ライバルとな」

 一瞬、立ったままの美香穂と凛子さんの間に火花が散ったような気がしたのはきっと気のせいだろう。


 話を変えるように俺は尋ねる。

磐座(いわくら)ってなんだ、美香穂」

「岩信仰の事だよ。自然信仰の一つだね。結構あるでしょ? 岩に注連縄や紙垂がくっついてるの」

 岩と聞いて、フィルが二百年間岩戸に隠れたというエピソードを思い出した。


「岩戸と言えば(あま)(てらす)だよね。古事記では、スサノヲに怒って隠れちゃったんだよ」

「……すまん、わかんねえ」

「説明しようか? 一から」

「いや、止めとこう、時間も惜しいし、今関係ある話では無さそうだしな」

 そう答えた俺は息を大きく吸い込んでから立ち上がった。

 全員の視線が集まるのを感じた後、俺は静かに、全員へと語りかける。


「今日集まってもらったのは、皆から知恵を貰いたかったからなんだ。俺の力を最大限に利用するための方法を一緒に考えて欲しい。蛇神を、倒すために」


 俺の声を、皆が真剣に聞いている。


「神様を、倒す?」

 美香穂だけ、素っ頓狂な声を出した。

「ちょっと待ってよ……。鬼伝説が本当で、あの時妖怪みたいのが沢山出たってのは知ってるけど、一体どういう事なの? 至君が私の事『蛇神』って言ってた事と関係あり?」

 お盆を振りながら、彼女は言う。

「……美香穂」

 俺は呟いてから、彰の顔を見る。

 彰は、確かに過去の彼女を知っていた。

 今までの材料から、彼女が蛇神である可能性はかなり低い。

 彰は、一瞬目を伏せて数秒考えたが、直ぐに俺の目を見て頷いた。

 俺は静かに、美香穂へと説明する。


「……大本の原因は、その蛇神なんだ美香穂」

「鬼が居たんだから、神様が居るってのは信じるよ。蛇神……。古事記や日本書紀の『八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)』とか? 八本首、八本尻尾の……」

「分からない。フィル……千年坂の白い鬼は、蛇神は様々な呼ばれ方をしている、と言っていた」

「オロチ一つ取っても色んな表記があるんだよ。蛇の神様は他にも沢山居るから、今の話だけで限定は出来ないよね」

「そうだな。神話や伝承なんかにヒントがあれば良かったんだけど」

「神を倒すか……。本来、神様っていうのは神楽とかで(あが)(まつ)って大人しくしてもらうものであって、打倒するものでは無いんだけどなぁ」

 美香穂が沈んだ表情で言う。

「神楽? あいつが何か関係あるのか?」

「あ、『神楽』ってのは本来神事の意味もあってね? 宮中(きゅうちゅう)御神楽(みかぐら)とか、民間では里神楽って言うんだけど、さっきの天照の話で、アマノウズメが岩戸の前で踊ったのがその起源だって言われてる。踊りで神を鎮めるんだよ」

「へぇ……」

 全員が感心して聞いている。

 

「でも、どうして『神殺し』なんて……?」

 美香穂の問いに、俺は今まであった出来事を、出来るだけ丁寧に話した。


 思い出の絵本に、呪詛が塗りこまれて居た事。

 五歳の時も同じような呪詛を受けていたらしく、その時の記憶が無い事。

 沢山の異能者に鬼の力を信じ込ませ、沢山の人が死んだという事。その呪詛の文言。

 そして俺自身も、何度も死にかけた事を。


 人を操り、魅了し、そして未だその正体を見せぬ蛇神の脅威を、俺は自分の中で整理しながら語る。


 美香穂は変わらず沈んだ表情で話した。

「……昨日の病院の時。昔の事も忘れちゃってた君が何か大変な事に巻き込まれているんだっていうのは感じたよ。止められなかった自分が悔しかったし、力になれない自分も腹立たしかった。おば様もあんな事になっちゃったし、その鬼さんも、いい人だったんだよね? そんな大変な事があったのに……至君はまだ戦わなければならないの?」


「……もう沢山の犠牲者が出ている。たくさんの涙が流れている。それは止めなくちゃいけないだろ?」

 そう言った俺の脳裏にフィルの笑顔が過ぎる。

「……そう、だよね……。でも、今の話を聞いていて、何となく蛇神の目的は、分かったような気がするよ……」


 その言葉を受けて、全員がギョッとした表情で美香穂を見た。もちろん俺もだ。


 彼女は続ける。

「蛇神の呪詛は、異能者に向けては、能力者同士の殺し合いを強要した。最後の一人は鬼に向かうように。そして至君に向けては自らを含めて『死』と言い、全てを迎えられる、共に行こうと言った。合ってるよね?」

「あ、ああ」

「復活した鬼……フィルさんだっけ? は、異能者なんかメじゃないくらい強かった。これも合ってる?」

「ああ……合ってる」

 風鳴(かぜなり)との戦いは、油断こそあったけどフィルは大きい怪我一つしていない。

「結果として、至君は強くなって色んな力を手に入れた。異能者が鬼に辿りついたとしても、復活した鬼には確実に敵わない事も知っていた。蛇神は、強くなった至君と、一緒に死にたいんだよきっと」

「……自殺?」

「いや、心中……かな? 至君に、自分を殺せるくらいの力を付けて欲しかったんじゃないかな。それってきっと……愛だよね、とっても強い愛。愛憎って言ったらいいのかな。人間の感情の中では一番強いもの。何だか、そんな風に感じちゃったよ」


 ……思いつきもしなかった。今までに二千九百九十九回発生し、終末の度に出現する蛇神に、もしそんな人間めいた感情があったとしたなら……。

 

 だが、俺は首を左右に振る。


「仮にそうだったとしても、俺はその気持ちに答える事は出来ないよ。俺は――生きたいんだ」

 

 フィルにそう言われたから。

 死んでは駄目だと、言われたから。


「……うん。そうだね。生きよう。絶対に生きよう。その神様には、『悪いけど好みじゃない』って伝えればいいんだよ」

 美香穂が笑う。


 それを受け、改めて俺は自分の今の力を説明しようとした。

 だが、直ぐにそれを制す声が響く。

「待て、至」

 そう言ったのは、さっきまで沈黙を守っていた彰だ。彼は静かに語る。


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