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くれないのうた  作者: げんめい
最終章~くれないのうた~
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第十八話 カミウタ/第二接触①

 朝。


 俺はくれないを抱き締めたままで目が醒めた。寝ぼけて鞘から外れていたら怪我では済まない事に気付いて一気に眼が冴える。


 いつものように時計を見ると時間は午前八時半。普段よりは若干多く寝ていたようだ。

 ベッドに座り、額に触れる。俺は少しだけ物思いに(ふけ)った。

 あの異能の力を考え無しに過度に使ったにも関わらず、心は穏やかだった。

 それは……フィルと、神楽のお陰だろう。


 大丈夫、俺はまだやれる。必ず蛇神との決着を付けてやる。それがどういう結末になるにしても、俺は立ち止まってはいけない。振り返ってはいけない。


 部屋は蒸し暑く、異様に明るい。青いカーテンの向こうでは朝から強い陽光が差しているであろう事がすぐに想像出来た。


 俺はカーテンと窓を続けざまに開け放つ。部屋の空気は一気に入れ替わり、朝の清清しい風が髪を揺らした。大きく息を吸い込んでから、俺は決意の眼差しで前を見る。


 俺は直ぐに携帯電話を持ち、電話をかけた。

 相手は凛子さんだ。


 ワンコール目で直ぐに声が響き渡る。


「至か! 無事か!?」

 前にも同じ台詞を聞いたような気がして、苦笑いをしてしまった。俺は慌てて返す。


「すみません、連絡が遅れました、無事です」

「そ、そうか……良かった。話したい事が沢山あるんだ。出来れば会って話したいんだが……」

「はい、俺もそのつもりです凛子さん。他の人の知恵も借りようと思っています。急で申し訳ないですが、俺の家まで来てもらう事は出来ますか?」

「分かった、直ぐに行っても問題ないか?」

「はい、待ってます……凛子さん」

「ん、何だ?」

「……気をつけて来てください。少しでも変わった事があったら外出は止めて、俺に電話をしてくれますか?」

「分かった。安心してくれ」


 ピッと言う音と共に電話が切れ、俺は続けて時任美雨音の連絡先を探した。

 五コール目で、寝ぼけた声が耳に届く。


「……ん、何だよ新堂か……朝早くから何だよ……?」

「お、えらく不機嫌だな」

「朝は苦手なんだ……低血圧なんだよ」

「今からウチに来れるか?」

「今から……? 無理だ。低血圧な挙句徹夜でクタクタなんだ……寝かせてくれ……」

「徹夜? 何かあったのか?」

「ああ。ウィンディーネが何だか色々反応するようになってさ。色々な実験をしているうちに朝だった。この二日くらいはそんな感じさ」

 色々反応……? どういう事だろう。


「そうか、じゃあちょっとだけ質問に答えてくれ。『アルヴィース』って名前に聞き覚えはないか?」

「アルヴィース……。北欧神話のドワーフの名前だ。確か『完全な賢者』とか『全てを知る者』って二つ名が付いていた筈だ」

「……そうか、ありがとう。何かあったら連絡してくれ」

「ああ。近日中にまた顔を出すよ……」


 どんどん小さくなる声を聞いてから、俺は電話を切る。

 ……全てを知る者、か。


 彰にはメールを送った。

 方針会議開催のお知らせ……っと。


 昨日の病院での出来事。警官が魅了を受けていた事を考えれば、俺が外に出る事は他の関係ない人を巻き込む危険が増えるという事になる。

 これは母親の容態を確かめに行く事に躊躇する理由でもあった。

 尤も、ここを目指す友達に危害が加えられる可能性だってゼロではない。

 直接俺を狙う事が多いというだけで、安全の担保は一切無いんだ。


 彰宛のメールの最後に、「くれぐれも気をつけて来て欲しい」と付け加えた。

 凛子さんは車だ。彰には、淨眼と神籬がある。きっと、大丈夫だと……信じるしかない。



「至くーん、起きてるよね?」

 そこで、美香穂の声が近付いてくる。スリッパのまま階段を上がる独特の音が聞こえた。

 ドアが開けっ放しなので、電話をしている声が聞こえたのだろう。俺はああ、と短く答えた。


 彼女は制服エプロンで現れた。

 俺の視線に気付いたのか、彼女は聞いてもいないのに答える。

「……きちんと除菌消臭スプレーはしたよ?」

「いや、別にそういう意味で見てた訳じゃねえよ?」

 彼女はうん、と頷いてから続ける。

「朝ごはん出来るよ。食べる?」

「お、悪い、助かる。もちろん食べるぞ」

「かぐちゃんも起こしてきてくれる?」


 そう言いながら、美香穂は階段を下りていく。

 まだ起きてないのか? いつも俺より早起きな彼女がまだ寝ているとは珍しい。

 俺は隣の部屋へと歩いた。ドアは閉まっており、廊下は若干薄暗く感じる。


「神楽ー、起きてるか?」

 ノックと同時に声を掛けるが、返事が無い。


「……開けるぞ?」

 その瞬間、一瞬視界がブレる。……淨天眼だ。

 そこには真っ赤な顔の神楽が映った。


「……神楽?」

 遠慮がちにドアを開けると、彼女はベッドで寝ているようだ。

 だが、今見えた光景から察するに……。


「お前……熱が」

 走り寄り、額に掌を当てる。その熱に驚いて、すぐに引っ込めた。凄まじい熱さだ。


「神楽、神楽。意識はあるか?」

「……うん、起きる」


 彼女は状況が把握出来ていない様子で、上体を起こした。

 直ぐにぐらぐらと揺れて、ベッド横の壁にもたれる。

「神楽。熱があるみたいだ。無理するな」

 俺がそう言うと、神楽は定まらない視線を向けて口を開く。

「……ねつ?」

「待ってろ、体温計持ってくる」


 俺は部屋を後にし、階段を駆け下りた。


「かぐちゃん起きた~?」

 お玉で味噌汁をかき回している美香穂の背中に、俺は体温計を探しながら返す。

「悪い美香穂。神楽の分、お粥にしてやってくれ。熱があるみたいだ」

「うおっと、それホント? 分かった、すぐ準備して上に持っていくよ。卵豆腐はそのまま食べられるな。あ、梅干買ってくればよかったぁー」

 呟きながら冷蔵庫を開けている美香穂を置いて、俺は再び階段を登る。


「……瞳!」

 廊下で、俺は何も無い空間に声を掛けた。

「はい。まだ解析は終わっていませんよ?」

 彼女――清水瞳は、いきなり目の前に出現した。俺を監視しているってのは本当なんだな。出現場所が近過ぎて若干驚いてしまったが。近い。近いよ。


「か、神楽が熱を出した。何か変なものじゃないよな?」

 俺がそう言うと、瞳は少し驚いた顔をしてから神楽の部屋の入り口を見詰める。すぐに口を開いた。

「……状況確認。アデノウィルス感染症ですね。俗に言う感冒症状です。風邪症候群とも言います。休息、栄養、水分の調整で直ぐに症状は緩解するでしょう。……ここ数日の無理がたたった可能性もありますね」

 淡々と説明する彼女。

「分かった、ありがとう。くれないの事は?」

「解析中です。現在四パーセント終了。唄である事は間違いないのですが、文節ごとに分けられていて、フレーズの長さはバラバラです。冒頭に番号はついていますが、現在までその順番はランダムで法則性は皆無です。あらゆる言語の物が含まれていますが、全て地球上のものです。ちなみにくれないに触れた事はフェインに報告しておりません。怒られますので」

「……そのまま内緒にしておけ。あと、お前も無理するなよ。神楽みたいになるぞ」

「はい。心遣い感謝します。状況終了。解析に戻ります」

 彼女はそう呟くと、また瞬きの一瞬で消え失せた。


 ……便利なやつだな。そういやあいつも、いつも制服だな。


 神楽の熱を計ると、三十九度あった。水を飲ませてから、また寝かせる。意識は相変わらず朦朧としているようだ。


「うーん、病院行く? 解熱剤ある? 座薬とか」

「……無いな。単なる風邪だって言うから大丈夫だとは思うけど」

「ただの風邪なんて、何で分かるのよ」

「……聞いたんだよ」

「……そっか、聞いたんだ。じゃあそうなのかな」

 そこで会話が途切れた。


 後で小声で「ん? 誰にだ?」と呟いていたのが聞こえたが、深くは追求されなかった。

 

 神楽が熱を出すなんてのは、小学校以来かも知れない。中学から始めた部活のお陰か、身体は凄まじく丈夫だったんだ。


「ごめんねみかねえちゃん、お兄ちゃん。心配かけて……」

 冷蔵庫の中で見つけた額に貼るタイプの冷却シートを貼り付け、美香穂の作ったお粥を食べる神楽。先ほどよりも意識は明瞭なようだ。


「寝てれば治るよ……」

 神楽はそう告げ、食べ終わると横になった。

「一回着替えよう。新しいの出すよ。トイレはいい?」

「うん、大丈夫……」

 朦朧としたまま、緑色のノースリーブのパジャマを脱ぎ始める神楽。俺は咄嗟に後ろを向いた。


「至君、お出かけはまた今度だね」

「そだな……」

「ああ……何か、用事、あったの?」

 神楽が途切れ途切れに尋ねる。


「うん、至君と子供の時に行った場所にね、行く予定だったんだ」

「……行って来て。私は大丈夫だから……」

 真っ赤な顔でそう呟く彼女。


 俺と美香穂は顔を見合わせる。


「取り敢えずしっかり寝ておけ」

 俺はそう告げて部屋を出る。

 美香穂はクローゼットから神楽の下着などを出しているようだ。


 直ぐに美香穂も降りてくる。

「ああは言ってたけどさ、ちょっと無理そうだねー」

「まあ、行くとしてもどのみち少し後になる。何人か来客があるんだ」

「うん。彰君も来るの?」

「さっきメールした」

 手に持っていた携帯電話を見ると、返信が来ている。内容を確認し、美香穂へと伝えた。

「直ぐに来れるってさ」


 俺はそのまま、彰に追加でメールを送る。

 何処かでイオン系飲料及び桃缶の調達を頼む、料金は後払い、と。



 チャイムが鳴り、俺が対応する。そこに立っていたのは凛子さんだった。

 挨拶もそこそこに、彼女は俺の両頬を両手で挟む。以前同じ事をされたのを思い出した。むにゅっと頬が歪む。俺の顔や首の辺りをキョロキョロと見てから、口を開く。

「……何処も怪我は無いな? また無茶ばかりしてるのだろう? もう、君のあんな表情は見たくないぞ」

 手を離し、少し困った顔で笑う凛子さん。

「……すいません、心配ばかりかけて……」

「家の者たちは、先日の異様な……魑魅魍魎か。あの出現、窓ガラスが割れた事、坂の下でも結構なけが人が出た事に関して、全くの無関心だ。新聞にすら載っていない。これは異常事態だ。蛇神関連と見ていいのではないか?」

「はい。何らかの干渉があるって言ってました」

 誰も事の重要性を認識出来ないという、謎の精神干渉。俺達が大人たちに、市や国に。然るべき機関に助けを求める事が出来ないその理由だ。


 俺は彼女が持ってきた小さな紙袋を受け取り、中へ入るよう促す。

 彼女は靴を揃えて、頭を下げながら入ってきた。


「今日は神楽もお母様も居ないんだな」

「母は……怪我をして、坂の下総合病院に」

「何? 本当かそれは」


 俺は今の家の状況を、掻い摘んで話す。

 彼女は頷きながら聞いていた。


 俺は凛子さんから貰った紙袋を美香穂へと手渡す。

 美香穂は凛子さんにぺこりと頭を下げて、凛子さんもそれに倣った。彼女がここに居る事に関しては、特に関心は無いようだ。


 すぐに、柑橘系の香りが部屋を包み始める。



「そうか、それは心配だな……」

 暫くしてそう呟く凛子さん。土産として自分が持ってきた茶葉で淹れた紅茶を一口飲むと天井を見上げた。神楽を案じての事だろう。

 ちなみに紅茶を淹れたのは美香穂だ。ウチにこんな白い陶器の小じゃれたアイテムがあったとは……。

 よく飲んだ事のあるティーパック製の紅茶とは香りが全然違って驚いた。

 飲みながら凛子さんは言う。

「華京院は何時帰ってこられるんだ? もう手篭めにはしたのか?」

 てごめ……。この人は俺の事をどういう人物だと思っているんだろう。


「笑えない冗談だね至君」

 何故か俺に向かって怒る美香穂。

「お、俺は何もしてねえぞ」


 その時チャイムが鳴り、入ってきたのは彰だった。

「待たせたな!」

 よく通る声で喋る彰。


 彼の扱う日本刀、『風月』を持って来ているようだ。黒い包みを肩にぶら下げている。いつもの眼鏡。七分丈の袖の白シャツを着ていた。夏らしい爽やかな格好だ。

 俺は彼の買ってきてくれた桃缶などが入ったビニール袋を受け取り、レシートを見ながら小銭を渡す。正影さんから預かっているお金を、神楽から渡されていた。

 その買い物のビニール袋はそのまま美香穂が受け取ってくれた。


「……大福を買ってきたんだが、紅茶には合わないか?」

 彰は荷物を下ろしてから呟く。香りで察したのだろうか。

「ありがとー、彰君、すぐ紅茶淹れるねー」

「あ、お構いなく。ありがとうみかちゃん」

「佐鳴、大福が好物な私のためか? 感心だな」

「この町で気の利いた食べ物なんてそれくらいしか無いでしょう? 坂の上にあるのはまるふくだけですからね。しかしこれをご存知とは会長もお目が高い」

「ここら辺ではまるふくのあんこが一番旨い。流石佐鳴は見る目があるな」

 得意げに答える凛子さんの言葉を受け、彰は笑いながらソファに座る。あれだ、お主もワルよのぅ、の悪代官の笑い方だ。

 ちなみに『まるふく』は和菓子専門店だ。坂の上にある貴重なお店の一つである。

 ……魑魅魍魎の大量発生があったけど、店とか壊れて無かったんだな。良かった。


 ただ、彰も直ぐに神妙な表情になり、呟いた。

「誰も昨日の異常事態に気付いていなかった。窓が割れているのに、そこそこのけが人が出ているのに、誰も騒いでいないんだ。不気味そのものだよ」


 彰は改めて、俺へと呟く。

「良かったな、お前の母さんが無事で」

 俺は、その言葉を受けて、ゆっくり頷く。

「……心配かけた。魑魅魍魎は、もうあんな出現の仕方はしないと思う……」

 俺が言うと、彰は頷いてから続ける。


「この町の地下に、巨大な空間があった。鬼が消滅の際、そこに溢れていた魑魅魍魎の殆どを消滅させた。合ってるか?」

 彰の問いに、俺は頷いて答える。

 先日の病院で、自ら説明をしてあったようだ、あまり覚えていないのだが。

 彰は、目を伏せて囁くように言う。

「……良い鬼だったな」

「ああ……」

 彼は多くを語らず。淹れてきた紅茶に口を付ける。

 全員が無言になった。


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