表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
くれないのうた  作者: げんめい
第四章~流転 対のメビウス~
32/43

     遥雪②

「さらばだ、少年」


 ドシュ



 鈍い音と、肩への鋭い痛み。

 思わず眼を開けると、その手刀は俺の右肩へと突き刺さっていた。

 夢では、胸深く突き刺さっていた筈だ。


 俺は眼を見開いた。


 俺の目の前に、誰かが、立っている。

 黒髪、病衣姿。

 嗅ぎ慣れた匂い。

 眼の部分に包帯を巻き、小さくうめき声を上げるその背中――


「か……」

 崩れ落ちる。

 血が迸り、その人が膝を着いた。


「――母さん……!?」


「……邪魔を、するな! 女!」

 俺の肩に、そして母さんの腹に突き刺さった手刀を一気に抜くイグノス。

「ぐっ……!!」

 痛みで、うめき声を上げた。俺は、崩れ落ちる母親の身体を、咄嗟に左手で支える。


「母さん……母さん!! どうして……!!」

 辺りは魑魅魍魎の海。こんな所まで来る手段なんて、無かった筈だ!

「……見えて、しまったんだよ至。お前が、貫かれるその、瞬間を……」

 朝、眼から血を流して意識を失った母親。

 その映像が見えたから、そのショックで……?


 眼の包帯が、はらりと外れる。

 その眼には、今まで無かった筈の光があった。淡くオレンジ色に光る虹彩。四翼の……淨天眼? でも、母さんの目は、もう……見えなかった筈じゃ……?


「わが、子の……危機を、教えてくれた、神様からの、贈り物だったんだろう……な……。いたる……、至、顔をよく見せてくれ……」


 今までにない表情の母。俺は咄嗟に母親の腹の傷周辺を、異能の力で凍らせる。


 俺を……護るために。

 手も足も泥だらけだ。

 途中、魑魅魍魎にも襲われた筈だ。色んな場所に切り傷が出来ている。

 身体中汗に塗れて、それでも、俺を護るために……!!


「母さん!!」

「ああ……こんな顔をしていたんだな、想像通りだよ、至……よか……った……」


 母さんは、笑顔のまま動かなくなる。


「……母さん?」


 血は、止めた。俺の力で、凍らせた。直ぐに治療すれば何とかなる筈だ。


――時間がない。

 俺の心がまるで氷のように冷たくなるのを感じた。ここに来て、異常に頭が冴えていく。


「……茶番は終わりか?」

 イグノスは、そう言いながら俺たちを見下ろした。

 地面に転がったくれないを掴み、持ち上げるイグノス。


「……ヒヒイロカネか。成る程、良い武器だ。次元を斬る程の力があるとは思えないがな……」


「そいつに、触れるな……」

 俺は、母親をゆっくりと横たえると、右肩の傷を押さえたまま立ち上がる。


 考えろ。一瞬で良い。奴は「お前にもう武器はない」と言った。


 その一瞬をくれ――くれない!!


 突如――くれないの音が。あの涼やかな音が響いた。


「ぐっ……!?」

 イグノスが頭を抑え、表情を歪める。


 その瞬間――眼が熱くなる。

 俺はイメージした。

 風を圧縮し、その距離を一瞬で詰めるイメージ。


 イグノスが一瞬ぐらついたその瞬間。

 俺は足に力を込めた。立ち上がり、圧縮した空気を足元から一気に爆発させる。

 そしてその無防備な懐へと――一気に、ぶつかるように飛び込んだ。


 イグノスの驚愕の表情が見えた。

 ドッと、ぶつかる音が響く。

「くっ、無駄な足掻きを!!」

 イグノスが言い終わる前に、俺は殴られて数メートルを弾き飛ばされた。


 痛む身体を無理矢理起こし、俺はイグノスを見る。


「な、何だこれは……ば……馬鹿、な」

 イグノスの呻き声が響いた。からんと音がして、奴の持っていたくれないが地面へと落ちる。


 奴の胸には、ある刃物が深く深く刺さっていた。

「こんな武器は、無かった筈だ……貴様、どこからこれを……!!」


 俺は、右肩を抑えたまま奴を睨み付ける。流れ出る血を見て、イグノスは驚愕の表情を浮かべた。


「こ、これは……そうか、これは四翼暁の力……血を、操る能力か……!!」


 すぐに、それはばしゃりと形を失いただの血に戻る。右肩からの出血を押さえ込んだ瞬間に思い出した俺の力。操血のくれないだ。使えるとは、思えなかったが……。何とか形になったようだ。


 致命傷の筈だ。だが、口から血を流しているが、イグノスはまだ立っている。

 一瞬よろめくが、彼は俺を見て笑いながら告げる。


「馬鹿め。私はフィルセウルと命を共有していると言ったのを忘れたのか。私が命を落とす時、あいつも死ぬぞ……くくく……はっはっはっは……」

「くっ……」

 俺も血を流しすぎた。でも、あいつを倒せばフィルは……。

 俺は歯を食いしばる。


 だが、次の瞬間。

 その光景を見て俺は眼を見開いた。


「――なっ、貴様、まだ動けるのか!」

「……フィル!?」

 フィルだ。フィルが片足で立ち上がり、イグノスの首へと抱きつくように――その動きを封じる。


「いたる! 今じゃ!」

「フィル! 止めろ! 死んじまうぞ!」

 俺は叫ぶ。イグノスも、先ほどの致命傷でロクに動けていない。彼女を振りほどけない。

「放せ!!」

 焦りを孕む声で叫ぶイグノス。


 フィルは、俺を横目で見て叫んだ。

「よく聞くのじゃ! 今連れていけば母君はまだ助かる! くれないで、わし諸共貫くのじゃ!!」

「馬鹿言うな! そんな事、出来る訳ないだろ!」


 俺は左手でくれないを掴むと、母さんとフィルを交互に見る。


「それしかないのじゃ……迷っている暇はない。わしを信じよ、いたるよ、なおの為なのじゃ……!」


 そう、とても優しい声で、言葉が心へと染み入ってきたのが分かった。

 イグノスを放っておけば、みんな死ぬ。

 でも、でも……!!


「わしは死なぬ。本当じゃ、――やれ!!」


 彼女の眼から、痛烈な力を受ける。

 これは――魅了の魔眼!? 俺の左手は、意図せず恐ろしい程の力を込める。抗えない、その力。


「止めろおおおぉおぉぉおお!!」


 俺は叫ぶ。

 だが、その腕は止まらなかった。フィルの背中諸共――イグノスの胸へ、くれないを、突き刺した。


「ぐっ……」

「ぐああああああああああ!!」

 二人の身体から、突如光る泡が出現した。


「くそ、くそ!! まさかこんな形で終わるとは……。見誤ったぞ、我が同位体。お前の力をな……」

 

フィルは、力なく地面へ落ちる。

 イグノスは胸を押さえた。そこから、夥しい量の血が地面へと広がっていく。

 

 そして……イグノスの口に、笑みが浮かぶ。


「だが、運命の輪を断ち切れぬ限り、私は再び復活する。奴は……蛇神はすぐに、この世界を壊す……!! そして生まれるこの世の澱みの中で、私は絶えず復活するのだ! 一足先に黄泉路にて待つ。せいぜい、再会が近く無い事だけを祈るがいい!! 四翼の少年よ……!! くくく……はっはっはっはっはっは!!」


 イグノスは、笑いながら光の泡になる。


「お、お前は、蛇神じゃ無いのか? イグノス……」

「ああ、そうだ。私は愚かにも王を目指しただけの異能の一人さ。さあ憎め! 恨め! 蛇神を! こうなったのは、全て貴様と蛇神の断ち切れぬ因果のためなのだ!!」

 その言葉を最後に――天を仰いでイグノスは消滅した。



 強い……絶望感。

 俺は、地面に膝を着く。

 すぐに我に返り、俺はフィルを見た。


 彼女もまた、光の泡へと変貌していた。ゆっくりと、ゆっくりと。


 その姿は儚くて、言いようの無い感情が俺の胸に突き刺さる。

 涙が――止まらない。

 彼女は、優しい嘘を吐いた。それが俺の眼に映ったのは、彼女にくれないが突き刺さった直後だった。


 俺は、フィルの頬に手を触れて、そして静かに呟いた。

「……フィル。フィル……終わったよ……」

「いたるか……すまぬ、嘘じゃ。死なぬなどと、よく言えたものじゃな……。だが、これで良いのじゃ。こうなるのが、摂理なのじゃ。泣くでない……」


 俺は彼女の身体を抱き締める。

 頬から伝う涙が、彼女の顔に落ちる。


「……あたたかいのぅ……いたるよ、わしは、つぐなえた……かのぅ……?」

「……十分だよ、フィル。お前は……お前は、自由になれるんだ。もう償いなんて終わりだ。一緒に母さんの作ったご飯を食べてさ、神楽と買い物行って……。見たがってた映画も、連れてってやるからさ……。だから、だから……」


 止めろ。見せるな。

 だが、俺の眼には、映ってしまう。彼女の息が止まる瞬間が。全てが消える瞬間が。泣き叫ぶ自身の姿が。

「だからさ……死ぬなよ……フィル……」


「――ありがとう、いたる。さあ、母君を。後は、何も心配は要らぬ……」


 彼女はそう言いながら、震える手で。力ない指で……。俺の額にすっと、文字を書いた。


「……まじないじゃ。無事に行って、帰れるようにな」


 俺の額が、淡く青白い光を発した。


 彼女はそう言い残し、笑顔のまま、光の泡となる。


 ……消えていく。


 彼女の温かさも笑顔もその感触も。耳触りの良い声も。

 大飯食らいで勉強家で、家族思いで……。自分の力を割いてまで、俺や神楽や、親しい人にまじないを掛けてくれた優しい彼女が消えていく。


 彼女の重みが、俺の腕から消えていく。


 もう、涙で未来も見えない。

 光の泡は、上空でふわりと広がり、やがて雪のように周囲へと降り注いだ。


 季節外れの、美しい雪だった。


 それはやがて白草へと集まり、黄泉は閉じていく。集まった魑魅魍魎を浄化し、彼女は――消えた。


「フィル……フィル……逝かないで……くれ……!!」


 その一粒を掴んで、俺はその場に泣き崩れた。


――こうして、千年坂の白い鬼の伝説は、一つの終止符を迎えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ