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くれないのうた  作者: げんめい
第四章~流転 対のメビウス~
30/43

     幼子の約束/第一接触②

 俺はくれないを構え、彼女の先を歩く。

「紅い……変わった日本刀だよねえ」

「ああ、ちょっと出所が特殊なんだ」

「……塗ってるのかな。こんな金属見た事ないよ」

「ヒヒイロカネって知ってるか?」


 小さめの異形を倒し、俺は前を見る。


「アポイタカラの事でしょ?」

「え、何それ?」

「やだな、八咫鏡(やたのかがみ)の材料だって言われてるアレでしょ? 知ってて聞いたんじゃないの?」

 こ、この女……何者だ。

「鬼好きが高じてねー、片っ端から民俗学や日本神話を調べた事があるんだよ。今でも大好きだよ?」

 周囲を警戒しながら、彼女が言う。


「そのヒヒイロカネらしい。オリハルコンとも言うらしいけど」

 そう言うと、彼女は一歩進んでその刀身を覗こうとする。

「危ねえぞ、下がれ」

「オリハルコンってアトランティスのでしょ? し、神話に出るようなものが実在するのかぁー」

 その眼は状況に似合わずキラキラと輝いている。


「下がれって!」

「ごめん、後で見せてよ!」

 鼻息が荒い。状況分かってるのかコイツは。

 状況を把握する。

 患者を含め、ほぼ全ての人が意識を失っている状況だ。病院の外の状況は読めない。これだけの事態だ、警察が出ていてもおかしくないが、さっきの操られた警察官を見る限り……外からの助けが来るかどうかは分からない。

 そう考えると今は居ないフィルが頼りだ。

 彼女は一体何のために白草へと向かったのだろう。


 俺や弓華、彰はまだしも神楽やこの美香穂の意識が無事なのはどういう事だ? フィルのまじないのお陰だろうか。


 考えなければならない事は沢山ある。

 だが、まずは両親の安全を確保したい。

 俺はゆっくりだが、廊下へと進み続けた。

「でも、さっきの黒い変な生き物、だいぶ少なくなったね」

 美香穂が言う。

「そうだな、彰が集めるように導いてるんだ。一階は、大丈夫そうだな……」


 待合室でも、二匹を倒しただけで済んだ。

 そこから先に、診察室に向かう通路がある。


 ゆっくりと進むが、もう魑魅魍魎の気配は無い。


 俺は一番奥の診察室のカーテンを、ゆっくりとめくった。


「……至か、無事だったか!」

 そこに居たのは、正影さんと、それに護られるように横たわる母の姿だった。

 母親と正影さんの周囲は青白く光って見える。

 フィルの力を感じる。これは、フィルのまじないだ。

 俺はくれないを鞘に納めて近付いた。

「母さんは……?」

「命に別状はない、が、まだ意識は戻らない」

 正影さんが、呟く。


「……おい、上の様子はどうだ」

 思わぬ方向から声を受けて俺は咄嗟にその方向を向いた。そう声を掛けてきたのは、ここの院長、東郷タケルさんだ。

「た、タケルさん! 無事だった!」

「あ、お久しぶりです!」

 俺の後ろに居た美香穂も、頭を下げる。


 彼はタバコを咥え、思いっきり吸い込んだ。

 すぐに眼を見開き、そして大声で叫んだ。

「上の様子はどうだったと聞いてるんだ!!!」

 彼の激昂に、俺は少しビクっとして、すぐに答える。

「……全員、意識がありませんでした」

「それは、全員死んだのか?」

「脈は確認しました。命は大丈夫だと思います」

 俺の言葉を受けて一瞬和らいだ表情が、直ぐにまた険しくなる。

「くそっ、警察は一向に来ねえし、どうなってやがんだ!」

 彼は壁に拳を打ち付けた。


 誰も、答えられない。

 これは、俺の責任かも知れない。いや、……確実に俺のせいだ。

 蛇神が俺を狙っているからだ。この病院の関係者たちは、それに巻き込まれたんだ。


 ……俺は、この町に居るべきじゃないのかも知れない。


「タケル!」

 正影さんが叫ぶ。

「……わあってるよ正影さん、話すよ。至。話は正影さんから聞いてんだ。お前の母さんの意識は今の所戻らん。様子見だ」

「……眼から血が出たって……聞いて……」

「ああ。元々お前の母親は全盲だった。自分で角膜を傷つけ、水晶体に著しい損傷を受けたんだ。何らかの原因で眼圧が上がり、古傷が開いたって可能性もあるが、いずれも仮説の域だ。眼底検査の装置でも無いと損傷の程度が分かんねえ。昏睡の原因はその傷のショックか、恐らく何か別のものだろう」

「そ、そうですか……」


 下を向く俺を尻目に、彼は続ける。

「次だ。お前は幼少期に、よく分からんマインドコントロールを受けている」

「……マ、マインドコントロール?」

「ああ。もう何年も前だが、特殊な症例ってのは覚えてるもんだ。お前が五歳の頃、ある少女と別れてから唐突に起きた心身喪失状態、自殺企図……。その根底にあったのが強烈な暗示だった」

「自殺だって……? 俺が? そんな子供の時に?」

 俺が正影さんを見ると、彼は今までにない真剣な表情で頷く。タケルさんは続けた。

「そうだ。知り合いのヒプノセラピストに頼んでお前を拘束したまま試した催眠療法で分かった結果が、『眼』だ。ある種の眼を見ると、お前は突如自傷行為へと走ったそうだ」

 ……原因は恐らくあの絵本だ。


 俺は横でその話を聞いていた美香穂へ声を掛ける。

「美香穂。お前がくれた絵本の冒頭に、眼のページはあったか?」

「め、眼? いや、そんなのは無かったよ?」

 何だよ、覚えてるんじゃん……と彼女は続けて呟く。


「正影さん、俺が子供の時、何か特殊な眼を見た事はあった?」

 俺の問いに、母さんを抱きかかえたままの正影さんが首を捻る。

「続けるぞ」

 そう言いながらタケルさんは、新しいタバコに火を付ける。

「光る眼。それがキーだった。催眠状態のお前に色々な画像を見せた。動物の眼、特に鳥類のものに強く反応し、お前は何らかのフラッシュバック現象を呈し、そして錯乱状態に陥る。その間に起きたエピソードは皆無。いや、もしかしたらあったのかも知れんが、逆行催眠でそれを確認する事は出来なかった」


 そんな事……今まで一言も。

 俺が正影さんを見るが、彼は真剣な顔で俺の表情を伺うだけだ。

「その検査の後。お前はそこから数ヶ月前までの記憶を消失し、そのまま家に帰る事となった。正影さんを攻めんなよ。母さんもだ。俺がそうするように説明したんだ」

 タケルさんの言葉に、俺は驚きを隠せずに彼を見る。

「……当時五歳のお前の脳に、そのフラッシュバックは負荷が大きすぎる。俺はそう判断した。俺の知り合いも同一の見解だ。記憶の消失後、その発作が発生した事は皆無だ。……最近まではな」


「そ、それってすごくショックな出来事が起きたから、とかですか……? 先生」

 美香穂が呟く。

「そんな生易しいもんじゃないよ比良坂。お前との別れが原因の一因だとしても、お前の母さんが亡くなった時の精神的ショックでも、あんな結果に繋がるとは思えない。もっと別の何かだ」


「……呪詛だよ。タケルさん」

 俺は呟く。

「じゅそ? オカルトの類か?」

「ああ。美香穂から貰った絵本に、いつの間にか挟み込まれていたページがその正体だ。人を殺す強烈な暗示が込められていた……」

「興味深いな……」

「ここ最近起きて、俺が巻き込まれた原因不明の焼死事件。凍死事件。溺死、窒息死」

 俺は呟く。

「それが、同じ暗示を受けた者達が起こした末路だ」

「……そりゃ、本当か?」

 タケルさんは細い目を見開いては居るが、けして馬鹿にする事なく俺の話を聞いている。

「宗教やオカルトの類だって、人をパニック状態に陥らせるだけの力はある。洗脳、マインドコントロールの話はゴマンとあるさ。どの国でもその心理的、肉体的影響について真剣に研究され続けているんだ」

 タケルさんは神妙な顔で言う。


「俺は幸い、デカくなる過程でそれを防ぐ術を身に着けていたんだ。……だから助かった」

 現に、ここ最近の暗示でも俺はあの能力者達のような発狂には至っていない。


「んで、お前はこの事態に納得の行く説明ができんのか?」

 タケルさんは俺に向かって言う。


「……それらの暗示は全て、俺の命を狙うものだった。恐らく、俺を殺すために、病院を……」

 俺が言い澱んだのを見て、タケルさんは大きく煙を吐き出したあと、診察のためのイスに腰掛けてタバコを消した。


「範囲で昏睡を起こすなんざ、ガスやら薬品、バイオ兵器でも使わんと無理だ。信じるよ。いきなりガラス割れるわ、電話通じないとこもあるわでてんやわんやだけどな、あー、くそ、また赤字だよ」

 病院ってのも経営か。


 突如、神籬にざらついた感じが無くなった。

「……魑魅魍魎は殆ど居なくなったな」

 俺は呟き、顔を上げる。

 その俺の服を、きゅっと摘んだのは美香穂だった。

「……ごめん。私の事忘れてたのって、その……」

 彼女は口を噤んだ。

 俺も知らなかったが……俺は呪詛を受けた過程で彼女との出会いも別れも――忘れちまってたって訳だ。防衛本能のためか……。


 突如、診察室の電話が鳴る。

「お、戻ったか」

 タケルさんは直ぐに電話に出る。

 内線電話のようだ。全員が眼を醒ますなら、病院の機能は直ぐに正常化するだろう。タケルさんは的確に指示を飛ばしている。受付や外来の辺りも騒がしくなってきた。


 同時に、俺の持っている携帯電話も着信音を発した。

 タケルさんを見ると、頷く。

 そのままその電話の通話ボタンを押した。画面には、榊原凛子、という文字が見える。


「至か! 良かった、やっと繋がった!」

 その電話の向こうでは、嬉しそうな凛子さんの声が聞こえた。


「また町中にあのバケモノが出てきた。おまけに家の者が全員眠りこけてしまってな。あの美人さんに受けたおまじないのお陰で私は無事だったんだが、異常な事態だと感じて君にずっと電話をしていたんだ」

「町中……あんな感じだったんですか? 凛子さんは無事ですか?」

「ああ、家の者は全員眼を醒ました、問題は無さそうだ」


 互いの無事を確認して、電話を切る。

 町一つ眠らせる……? 桁違いの話だぞ。


「……至君、彼女いるの?」

 美香穂が険しい表情で尋ねてくるが、否定しておいた。


「神楽や弓華が気になる、俺達も上に行こう。正影さん、母さんを」

「ああ、任せておけ」

 ……母親が心配だが、今は全員の無事を確認するのが先だ。

 俺は受話器を置いたタケルさんに、掻い摘んで自分の体験した事を伝えた。

 警官二人が錯乱状態であったこと、二階で発砲があった事、銃と弾の所在。

 彼が慌ててメモを取ったのを見て、俺は直ぐにその場を後にした。


 鞘に納めたくれないを持ったまま、俺は美香穂と共に病院の廊下を走る。

 途中、階段下で倒れていた警官が、大勢の職員に取り押さえられていた。発狂し、暴れている。眼は血走り、口から泡を吹きながらも、ストレッチャーに縛り付けられていった。

 ……アレは、彰が倒した警官だ。

 完全に魅了が解けていないのだろう。


「こらー! 病院で走るな!」

「あ、苑川さん」

 突如声を掛けてきたのは、昔から馴染みの巨乳看護師さんだ。

 声を受けて俺たちは立ち止まる。

 彼女は続けた。

「いたるくんか! って言っても、こっちも大変なんだ! もう身体はいいのね? 悪いけど、何かあったら教えて頂戴!」

 そう言いながら彼女は真剣な顔で走る……と思ったが、後ろ歩きで戻ってきた。

「あれ、もしかして比良坂さんじゃない? こっち戻ってきたの? あらあら、大きくなってー色んな所が!」

「あ、ハイ!」

 それだけ確認し、苑川さんは再び病室へと走っていった。


 さっきのタケルさんの証言も含めて、目の前の比良坂美香穂が過去に実在し、この町で生活をしていた人物である事が証明されつつある。

 ……そういう言い方は変か。何せそれは俺だけが忘れていたというのが真実だ。


 とにかく、彼女は――蛇神じゃない。


 俺が入院していた部屋に入ると、そこには全員が無傷で居た。

「あっ、お兄ちゃん! みか姉ちゃんも!」

「至様! 無事で何よりです!」

「弓華、ありがとう、助かったよ」

 彼女の頭にぽんと手を置くと、彼女は顔を真っ赤にして嬉しそうだった。


 瞳の姿を探したが、見当たらない……と思ったら妙に寝ていたベッドが膨らんでいる。


 ばっと布団を捲ると、そこから清水瞳が現れた。

「ちっ、みつかった」

 全く抑揚無く喋る、いつもの彼女だ。


「うわー、女の子ばっかりだよ」

 美香穂が呟く。

「貴方もハーレムの一人ね?」

 瞳がさらりとそんな事を言う。


「……至君。どういう事かな」

 美香穂は真顔でそう尋ねる。

「こいつの冗談は性質(タチ)が悪いんだ」

 俺がそう呟くと同時に、ぶっ壊れていた入り口に気配を感じた。


 車椅子と、それを押す人物。部屋へと入ってくる。

「彰、と……じいちゃん……」

「師匠と呼ばぬか、莫迦者め」

 青い車椅子に乗せられて来たのは、俺と彰の剣術師匠、佐鳴源流二郎氏だ。齢六十九歳にして剣術の稽古では未だに一本取る事すら出来ない程の剣の使い手。

 先日の魑魅魍魎の襲撃で、足を怪我して入院していた。


「大丈夫か、至」

 彰の声を受けて、俺は頷く。

「お前も、無事で良かった」

 握りこぶしをコツンとぶつけ合う。


 じいちゃんは右脚をガチガチにギプスで固められ、その膝はしっかりと伸ばされたままで固定されていた。

 見たところ怪我も無く、俺は胸を撫で下ろした。


「全員無事だったか……よかったぁー」


 俺はベッドへと座り込む。

 ベッドには、まだ瞳が寝たままだった。早く起きろよ。

「修行が足りんわい」

「足折れてんのに手刀で魑魅魍魎を叩き斬ったんだぜこのじいちゃん。こっちが妖怪だよ多分」

 彰が眼鏡を指で上げながら言う。

 直後、杖で小突かれていた。


 その瞬間。

「――あ、あれ?」

「神楽?」

 呟きに全員が振り返った時、神楽の頬には、涙が伝っていた。

「ど、どうした?」

「わ、分かんない。分かんないけど、感じないの? お姉ちゃんからしてもらったおまじないが消えていくの……! どんどん、弱くなっていくのが……!」


 言われてから気付いた途轍もない喪失感。……抜けていく。彼女の匂いが消えていく。

 分からない、何故だろうか。あの温もりが、消えていく。あの感触が消えていく。あの儚い笑顔が、消えていく……。


 フィルの……彼女の存在が――消えていくような、そんな悲しさがあって俺は窓に張り付いた。


「……フィル!!」

 



「……にげ、ろ……いたる……」


――神社 大樹白草の根元


 一人の女性が、横たわっている。


 その右腕は千切れ、息は途切れ途切れだった。腹から凄まじい量の出血をしており、眼は充血している。


 そこには、男が立っていた。

 銀色の長髪と、金色に光る眼。全く表情を変えぬまるで感情が無いかのような顔。その肌は褐色だった。

 端整なその顔は、どこか千年坂の白き鬼、フィルセウル-ディンアに似ていた。


「……く……くくく」

 突如表情が変わる。その男の口から、笑いが漏れた。


「はっはっはっは! あーっはっはっはっは!!」

 大声で笑い始める男。男は両手を上空へと伸ばし、そして叫ぶ。


「世界を、統べる時の調べだ。さあ、終末の唄だ。必要な力は揃った。私が、王になるその証明の唄だ!!」


 上空に、不快な異音が響き渡る。アポカリティック・サウンドと呼ばれる不協和音だ。

 

 男は横たわった女性を足蹴にし、そして病院の方角を振り返る。


「まさかこんな島国に全てが揃っておるとはな……。感謝するぞ白草。私を今まで隠し通してくれた事にな」


 流暢な日本語で、男は話した。

 ざらりとした大樹の幹を撫でると、その手が青白く光り始める。


「や、やめろ……」

 女性が、起き上がり止めようとする。

 だが、腕が無くなった事を忘れていたのか、前のめりに倒れてしまった。


「もう、おまえたちは用済みだ」

「や、やめろ――!!」

 その青白い光が、大樹へと飲み込まれる。


 森から、一斉に鳥が飛び立った。


「ああ……白草……!!」

 女性の眼から、涙が一筋零れていった。


「さあ、始まるぞ」

 その樹の根元から突如、黒い異形が発生し始める。


「これは……黄泉……!!」

「お前が一番大切にしている、あの少年の力を貰う。これはその手始めだ」



「時空振です。距離、六百」

 瞳が突如起き上がり、神社の方角を見た。


 妙な地鳴りのような感覚。昨日も聞いた終末音。俺の眼が、熱くなる。


 胸騒ぎがする。


「……フィル、お前、まさか……」

 俺は窓に張り付いたまま、くれないを掴んだ。

「おい……、何だあれ」

 彰が指差したその先の空が、黒ずんでいく。


 それは、大樹白草を中心に広がっていた。


「何、あれ……」

 美香穂が空を見詰めている。神楽は息を飲んだ。


「……見てください、至様」

 弓華の呟きを受けて彼女を見ると、彼女は自らの髪を手ですくうように持っていた。その髪が見る間に白く変化していく。


「……魑魅魍魎が発生したというレベルではありません。これはまるで……」

 弓華が、生唾を飲み込み、そして続けた。

「まるで、地獄の蓋が開いたような……」


「これは、禍々しいのぅ……」

 彰のじいちゃんが、呟く。その眼が青く輝いていた。彰の眼も同じく、輝ける青。祓魔の淨眼だ。


「そんな……こんな事……有り得ません」

 瞳が立ち上がり、指を中空ですいすいと動かす。すぐに言葉を続けた。

「この翼町の地下に、強烈な他次元生体反応を確認しました。その数、およそ……三千万? こんな数、今まで気付けない筈、無いのに……」

 あの瞳の表情ですら、青ざめている。


 その言葉を受けて、その場に居る全員が押し黙った。

 そんな空の色を見て俺はくれないを握る手に力を込める。


「止めて!! お姉ちゃんが、消えちゃうよぉ!!」

 神楽が泣き叫び、窓を叩く。


「安心しろ、神楽!!」

 俺は叫んだ。


「……フィルは必ず俺が連れて帰る!!」

「……お、お兄ちゃん……」


 俺はくれないを掴んで走り出す。


――彼女を失ってたまるか!!

「至君!?」

「おい、至! 俺も行くぞ!!」

「わ、わたくしも参ります!」


 二人の叫びが聞こえるが、もうその意味を考える事も出来なかった。


 風を纏い――俺は駆ける。

 窓から飛び降り、水を氷に替え足場を作りながら迫る地面。着地に衝撃すら受けず、突風を背中に受けて俺は駆けた。


 冗談じゃねえ……!!

 許さねえぞ、絶対に許さねえ!!


 この町を壊す者も!

 俺の家族を、友達を泣かせる者も!


 俺の大切な人を、奪う者も!!


「待ってろ……フィル!!」


 リィンと、くれないが頭の奥で音を立てる。それはどこか……悲しい調べだったと思う。




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