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くれないのうた  作者: げんめい
第四章~流転 対のメビウス~
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第十四話 黄泉①

 眼だ。


 光る眼だ。

 全てを妬み、嫉み、憎悪する悪意の眼。凄まじい恐怖に包まれ、俺は眼を背けた。


 今度は、声が響く。それは男とも、女ともつかぬ声。


「もうすぐだ」


 何がだ……?


「もうすぐ、お前に届く」


 俺に……?


 猛烈に頭が締め付けられる。眼が、熱い。熱くて耐えられない。


「もうすぐ、お前は――死ぬ」

「……!!」

「死ね……死ね……死ね……」


 止めろ……

 止めてくれ……


 突如、場面が変わる。光る眼が消えた。

 夕暮れよりも夜に近い時間。怖さが消える。俺は誰かの背中を見ている。

 ……誰だ。

 彼女は、誰だ……?






「――っはっ……」


 止まっていた息を取り戻すかのように、俺は呼吸を強くした。



「……あれ?」


 眼を醒ますと、そこは室内だった。


「ね、眠っていた……のか?」

 いつものような自室の天井では無かったため、少し混乱しつつ周囲を見渡す。


 見覚えのある部屋。畳と、障子窓。どうやら自宅の和室に寝かされていたようだ。フィルが寝ている場所の筈だったけど……。


 そこには布団が一組敷かれており、俺はそこに寝ていたようだ。

 見ると、その俺の布団で突っ伏して眠っている人物が居る。正座からそのまま前に倒れたような姿勢だ。


 そこに居たのは、黒髪の女性。涎を垂らしてむにゃむにゃと寝言を呟いているのは、……華京院弓華さんだ。淡い紫のキャミソール姿。……何故ここにいるのだろう。


 頭の奥に大量に発生した疑問符に決着を付ける事が出来ぬまま、俺は努めて冷静に、何故この事態に陥ったのかを考えた。


 学校での大立ち回りの後。

 家で話し合いをしよう。そう彰とフィルに告げたのは覚えている。

 凛子さんが車を出してくれることになり、リムジンの後部座席に乗り込んだまでは覚えていた。


 ……そこから先が、全く思い出せない。


「はうあっ」

 突如、奇声を発し俺の布団に突っ伏していた弓華さんが飛び起きる。

「はっ、至様! 眼を醒まされましたか!」

 涎をハンカチで拭いながら、真っ赤な顔で俺へと詰め寄る彼女。

「華京院さん、俺は一体どうしたんだ?」

 そう尋ねると、彼女はちょっと困った表情になったあと、こう告げる。

「い、嫌ですわ至様……。私の事はどうか弓華、と呼び捨てにしてくださいませ」

 そこかよ。今分かったがこの娘もちょっと変だ。


 俺は咳払いを一つして、改める。

「えー、弓華。ちょっと状況が分からない。説明してくれないか」

「はい。本日は至様がお倒れになってから一日が経過した七月二十三日、土曜日で御座います。先日の戦いの後、至様は気を失って家まで運ばれました。鬼様曰く『力の使いすぎじゃ』との事です」

「気を、失っていた?」

 全く記憶にない。体調が悪かった感じは全くと言っていい程無かったのに。


 弓華は続ける。

「会長と副会長は、それぞれ家へと帰られました。共に鬼様の守護のまじないを受けていかれましたので、暫くは問題無いとの事です」

「そ、そうか」


 彰も一晩戦い通しだったんだ、その負担と疲労は途轍もないものだろう。

 凛子さんだってそうだ。義足が壊れたのも気になる。

 一応生徒会室の散らかりっぷりを出来る限り直して、凛子さんのバッグを持ってから退散したが、あれだけ壊れたドアの説明なんて誰が出来るだろうか。


 いよいよ警察が動き出すだろう。俺もまた話しを聞かれるだろうな……、今度こそ、間違いなく。


「それで、君は……どうしてここに」

「はい、家からは勘当されましたので、至様を頼ってここへ来ました。暫くはここに置いていただけるとのお言葉をお母様から頂きまして」

「……え」

「わたくしも先日は長刀(なぎなた)を振るい、魑魅魍魎を滅しておりました。足手まといには成りませぬ故、末永く宜しくお願い致します」

 弓華は深々と三つ指をついて頭を下げる。


「ちょっと待て、勘当ってなんだ」

「はい、わたくしは兼ねてより巫女の仕事と父が嫌いでした。その事をハッキリと申し上げると、そのように言われましたので」

 何とまあ、意外と直情的な娘さんだったようだ。嬉々としてそれを告げる辺り、余程ストレスを溜め込んでいたんだろう。

 ……もしかして炊きつけたのは俺か?


「ん……、まあ事情は大体飲み込めた」

 俺がそう告げると、弓華は嬉しそうに立ち上がり告げる。

「湯浴みの準備を致しましょうか? お食事は? 妻であるわたくしに、何でもお申し付けくださいませ!」

「待て、妻ってなんだ」

「では、準備をして参ります故、どうかご自愛くださいませ!」


 顔は真っ赤なままだったが、とても嬉しそうに和室のふすまを開けて出て行く。きちんと正座をして、丁寧にふすまの開閉を行う彼女の育ちの良さは良く分かった。


「ちょっと待て、何がなんだか」

 一人ごちる。

 先日、屋上に上がる前に凛子さんにキスされたのも急に思い出した。思わず唇を触ってみる。……俺の事好きなのか? いや、今までそんな素振(ぞぶ)りは。美人だし、話しも(長いけど)面白い。やぶさかではないのだが、如何せん俺の心の有り様が完全にあやふやなのだ。

 キスしたのは初めてだ。……菊池さんに人工呼吸した時のアレはノーカウント。あれは人命救助だ。よくあそこまで冷静に動けたものだと今更ながら自分に感心する。

 しかし、頭に妙に引っかかる。


 キス、本当に初めてだったか?

 何だか記憶をくすぐる思い出があるようなのだが、頭にもやが掛かったように思い出せない。


 暫く悩んだが、答えが出なかった。まあ、最近の女性との縁はきっとアレだ。

「……モテ期到来ってやつか?」

 俺が呟くと、冷たい眼で俺を見下ろす神楽が和室の外に立っているのが見えた。一瞬で背筋が寒くなる。


 和室を出ると、リビングではフィルが紬を着てソファに座っていた。

 正影さんも居る。何故か時任美雨音(みうね)もだ。


 弓華は俺の母親と一緒に食事を作っているようだ。神楽が俺に近付いてきて、そして口を開く。


「……何時の間に弓ちゃんと仲良くなったの」

「……その様子だと、知り合いだな?」

「同じクラスだよ。遠い親戚だなんて、知らなかった。一緒に住むのは良いんだけど、ちょっとお兄ちゃんと仲が良すぎるんじゃないかな!」

 そう、彼女の語気が強くなる。

「……ついでに言うと、彰も遠い親戚である事が判明した。いやあ、世間は狭いよなぁ」

 俺は誤魔化すように神楽に告げると、リビングへと歩いていく。

 後ろで唸り声が聞こえるが、無視した。


「いたる、無事か、身体は大丈夫じゃな」

「よう、目ぇ醒めたか」

「新堂、邪魔してるぞ」

 フィルと正影さん、美雨音が同時に話し掛けてくる。


「ごめん、心配かけた。フィル、俺が力の使いすぎってのは……?」

 俺が彼女に尋ねると、彼女は頷いてから立ち上がり俺を見る。


「……少しじっとしておれよ」

 彼女の口調は酷く重い。俺は思わず生唾を飲み込んだ。

 彼女のその眼が怪しく黄金に輝くと、俺の眼も同時に熱くなっていく。耐え切れず、俺は眼を瞑る。


「……やはりな」

 数秒の後、彼女は神妙に呟いた。

「やはり、って何だよ……」

「呂蒙曰く、『(さぶらい)別れて三日なれば、即ち更に刮目して相待すべし』じゃ」

「な、何だそれ」

「『男子三日会わざれば括目して見よ』、なら分かるかの? ぬしは正にそれを体現しておるわ。吹き飛ばされる前とは、質が全くの別人のようじゃ。いたる、一体、どんな魔術を使ったのか聞かせておくれ」

「……魔術か」

 あの力を何か言葉にするなら、確かにそれが相応しいのかも知れない。俺は続ける。

「今の俺には、今まで戦ってきた異能者の力が、宿っているらしい」

 俺はそう告げる。能力を、食ったのだと。

 それを受けて、美雨音がぴくっと反応した。


「……ふむ、合点が行ったぞ。慣れぬ力じゃ。それを使うにはなんらかの代償が必要なのじゃろう。それが何かは分からぬが、ぬしの身体は迅く眠りを求めたようじゃ」

「代償……」

 もしかして、兜屋や菊池さんも、何かをすり減らしながらこの力を酷使していたのだろうか。

 それには、美雨音が答えた。

「……それは精神だ。僕は、あの声に浮かされた感覚の他に、力を使う度にどんどん負の感情に侵されていった感じを受けていた。それはとても抗えない、嫌な気持ちだったよ」

 ……能力者のいずれも、多大なストレスと異常な程の攻撃性を持っていた。

「……じゃあ、あの力を使い続ければ、俺も?」

「そうじゃな」

 それにはフィルが答える。眼を伏せて、ただそう短く呟いた。

 先日の屋上での異常な高揚感。根拠の無い自信。それらは全て、精神を崩壊させる予兆だったのかも知れない。

 あの力は、俺の心を壊すものなのだ。


 不意に、母親の声が全員に届いた。

「食事だ。あとは食べながら話せ」


 窓を見ると既に時間は夜。丸一日食事を抜かしていたという事実が、急に腹の虫になって俺を襲ってきた。



 夕餉を囲み、俺はフィルと離れ離れになってからの出来事の全てを、彼女へと話す。

 瞳が違う次元の人物である事。

 蛇神が復活したであろうと告げられた事を。


 食卓は母、正影さん、神楽、俺、フィル、そしてごく自然に混ざっていた弓華の六人で囲む。

 美雨音は食べてきたから要らない、と丁重に断っていた。

 椅子が間に合わず、母は簡素な丸イスに座っている。


「ふむ……わしの昔のはなしを知っておるのなら間違いは無いようじゃのぅ……あの娘っこめ、よもや同郷とは……」

 ご飯を咀嚼しながらフィルが言う。

「じゃあ、お前が違う世界の住人だってのは……」

「……まことじゃ」

 押し黙るフィル。


「フィル殿。蛇神が復活したという話しを、どう判断致しますか?」

 母の問いに、フィルは頷いてから答えた。

「ひとみの言葉を信じるとするなら、きゃつは近いうちになんらかの形で近付いてくるじゃろう。……なお、おかわりじゃ」

 茶碗を母へと手渡すフィル。だがその表情は神妙だ。


「世界が、滅ぶって言ってたぞ。本当なのかそれは」

「……そうと言えば、そうかもしれぬ」

 フィルは言い淀む。無言で大盛りの茶碗を受け取ると、それをテーブルの上に置いて俯いた。

「……曖昧だな、どういう事だ? 蛇神の力ってのはどういうものなんだ?」

「……わしは四百年前に一度、蛇神と戦った事がある。きゃつは近付く者全ての命を奪う。わしが持つ『略奪の魔眼』の更に上の力を持っていたと考えて良い。それよりも怖いのは……」

「怖いのは……?」

「天秤が傾ぐように、この世のことわりが壊れることじゃ。きゃつが動く場所、動く事そのものに、何らかの『ひずみ』が発生するのじゃ。何とも口では説明できぬが……」


 フィルは、四百年前に出現した蛇神との戦いの事を細かく話し始めた。


 場所はここではなく、海外との事だ。長靴の国と言っていた。

 

 その時も、俺と同じような力を持つ者が出現した。くれないのような異常な力は無かったが、結局はその振るう刃によって蛇は消滅したとの事だった。だがその人も、死んだそうだ。

 不思議な事に、その周囲に居た人――生き物全てが、精神に何らかの障害を負ってしまったと言う事を聞いた。


 極めつけはその地で起きた四百年前の大災害。数千年に一度という規模の火山噴火、その後の異常気象で多くの人が亡くなったらしい。


「長靴の国……イタリアか。テューポーンが封印され、ノアの洪水の原因になったとされる場所かも知れないな」

 美雨音が言う。こいつは神話に詳しい。聞いた事のない名前だったが、きっとそれにまつわる話しがあるのだろう。


「あそこに途轍もないバケモノが埋まっておったのは事実じゃが、あの天変地異の原因は蛇の仕業じゃ。それは間違いない」

 フィルはそう断言する。そうして続けた。


「蛇は()。ミは魅了のミじゃ。心を掌握し、壊し、支配する。わしやいたる、ふつまの少年は恐らく問題は無いが、迂闊にかぐらやまさかげが近付けば、魅了され支配されてしまう。それはとてもあぶない事じゃ」


「……どうしてお兄ちゃんなの?」

 静かに話しを聞いていた、神楽が言う。


「どうしてお兄ちゃんが……そんな大変な目に遭うの? 刀を出せたのはご先祖様の力だって言うけど、それと、蛇神のお話は違うんだよね? どうして蛇神はお兄ちゃんを狙うの?」


 そうだ。そもそも何故俺なんだろう。


 瞳は、蛇神が俺を求めているとも言っていた。確かにそこは、全く原因が分からない事だ。


「それはわしが生まれてから今に至るまで、まったくわからんのじゃ……」


 フィルの手が止まり、静寂が周囲を包んだ。


「至」

 その静寂を破ったのは、正影さんだった。

「うん」

「思ったより、大変なことになっちまってるが、いいか、お前がする事は決まっている。最初に言ったな? お前の出来る事をすればいい。護りたいものを、最優先で護ればいいんだ」

 そう、彼は言う。

「……分かってる」

 分かっている、つもりだ。一度に沢山の出来事が起きたが、俺の目的はただ一つ、蛇神を止める事だ。それが結果、護りたいものを護る手段となる。


 和室に置いてあるくれないは、何も言わない。


 瞳が言っていた精神感応プログラム。願えば、叶う力。

 なら、俺は願おう。


 どうかこの町が平和でありますように、と。



「佐鳴の源流じいちゃんは、足の骨を折る大怪我だったそうだ。東郷医院に居るから、近々見舞いでも行こうな」

 正影さんの答えに、俺は頷く。


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