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くれないのうた  作者: げんめい
第三章~特異点 惹かれあう者達~
23/43

     凛世界~二重螺旋の宇宙~②



 俺は彼を支えながら咄嗟に周囲を見た。長い廊下だ。すぐ近くに消火器が目に入った。


 思い付き、すぐ横の壁を見る。

 そこには壁に這うように設置された防火扉があったのだ。


「凛子さん! 防火扉を閉めましょう!」

 俺は叫び、さっき通り過ぎたばかりの場所にある扉へと走った。こいつらは物理干渉を超えられない! 教室のドアよりはずっと頑丈だろう。閉めた後、開閉の操作がこいつらに出来る筈がない。


「そうか、分かった! 私は反対側を閉めてくる!」

 言いながら彼女はすぐに立ち上がった。

 俺は後方のドアを閉め、そして凛子さんの元へと駆け出す。

 見ると、彼女もすぐに作業を終える所だった。


 周囲に異形は居なかった。扉が閉まる。

 俺は走る速度を緩めた。


 その時だった。


 教室のドアの隙間から、細い針のような手を持った異形がすべり出て来たのだ。

「凛子さん!!」

 俺が叫び、彼女は振り向く。


 くれないを構え全力で駆けた。

 彼女が息を飲む音が聞こえ――その針は、彼女の足元を狙った。


「くそっ、間に合ええっ!!」

 飛び上がり、俺はくれないを振り上げる。


「くっ!」


 ドッ……

 鈍い音が響いた。

 彼女の呻き声。その右下腿部に真っ直ぐ――その異形の針が突き刺さり、貫通するのが見えた。


 俺は着地と同時に、その異形にくれないを突き立てた。そいつはすぐに消えてなくなる。


「凛子さん!!」

 尻餅を着いたままの彼女に、すぐに向き直る。


 完全に足を貫通していた。既にその異形の姿は消えたが、その傷が消える訳じゃない……!


「止血を!!」

「大丈夫だ、至」

「ダメです、すぐに手当てしないと!」

 異形には、『厄』がありそれは病気ももたらすと聞いた。場合によっては病原菌だって……!!


「大丈夫なんだ、至。ありがとう」


 彼女はそう呟き、立ち上がる。

「え……?」


 俺が彼女を追い視線を上げる。


 すぐに傷へと視線を戻すが――全く血が出ていない。


 彼女はすぐ隣にあった消火器の入った箱に座ると、無言のまま膝のサポーターを外し始めた。


 その膝には、仰々しいベルトが見えた。膝の皿の骨の輪郭に合わせたような、茶色っぽい硬質な素材が見え、彼女はその部分を操作する。


 やがて――彼女の膝から下が、すぽんと外れてしまった。

「……え?」

 俺は、ただそう呟く事しか出来なかった。


「……私は、義足なんだ。右下腿部切断。子供の時、飛行機事故で死に掛けた代償だ。すまない、てっきり佐鳴から聞いているものとばかり思い込んでいたよ」


「……す、すみません、俺、全然、知らなくて」

 俺はそう途切れ途切れに言いながら、頭を下げる。


 ……急な方向転換が苦手。

 俺が引っ張った時、転んでしまった彼女。


 これが、原因だったのか……。


(こんな身体じゃなければ、きっと宇宙飛行士を目指していたんだが)

 彼女の寂しそうな笑顔の理由が――今、分かった。


 神籬に反応したのも、異形が見えるのも、小さい頃に死ぬような目に遭ったから――なのかも知れない。


 彰を横にして、俺達はその防火扉で囲まれたスペースでじっとする。彰の息はしっかりしており、過度の疲労で倒れたのだろうという結論に達した。少し休めば目を醒ますかも知れない。


 俺が彰を背負ってしまえば、凛子さんを護れない。彼女の脚で、意識のない彰に肩を貸し歩くのは難しい。

 俺達は身動きが取れなくなってしまった。


 幸い最初の目測通り、魑魅魍魎がこの場所に入ってくることは出来ないようだ。時々防火扉を叩く音が聞こえる。

 消防への通報装置は働いただろうか。中には防火扉と連動するものもあると、正影さんが言っていたのを聞いた気がする。いっそのこと、沢山の人が来てくれた方がこの事態は収拾がつきやすいのではないだろうか。色々な考えが頭を過ぎる。


 凛子さんは、義足を外したままさっきの場所に座っている。

 脚を組みその断端をゆらゆら揺らしていた。


「……痛みは、無いんですか?」

 俺はそう、尋ねる。


「うん、無い。昔はあったんだけどな。……触ってみるか?」

 そう言いながら、彼女は脚を持ち上げる。


 俺は、その断端に触れてみた。先端やや後ろに、縫ったような痕がある。……柔らかく、温かい。

「大腿の筋肉を織り込んで縫ってあるそうだから、膝の関節は使えるんだ。私は運動が苦手だから、歩く、軽く走るくらいしか出来ないんだがな」

 彼女はそう言って笑った。

 気丈な彼女を見て、胸が痛む。


 ……彼女まで、巻き込んでしまうなんて。


 フィルが来てくれたら、きっとすぐに俺達を助けてくれる筈。それを待ってもいい。


「至」


 気が付くと、凛子さんが義足を付けて俺の眼の前に立っていた。


 頬を、両手でぐっと挟まれる。

「ぬあっ」

 驚いてそんな声を出すと、彼女は少し悲しそうな顔で口を開いた。

「……私達はまだ子供だ。大人を頼っていいんだ。私は確かにそう言った。無責任な、発言だったな」


 彼女の表情が曇る。


「大人どころじゃない。この事態に対処出来る人間なんて、居なかっただろう。これは見えてしまう者のみが持つ苦悩だ」

「……一度警察には、話してみたんですけどね……」

「私の理解の範疇を超える出来事が起きていた。私はそれに気付けず、安易な発言で君を傷付けてしまったかもしれない。今も君達のお荷物だ。本当に、すまない」


 ……彼女が目を伏せる。その目に、涙が浮かんでいるのを、俺は見てしまった。


 俺は自分の頬から彼女の手をそっと外し、首を左右に振る。


「……俺は、凛子さんの言葉に何度も救われました。貴女の助言が無ければ、もう死んでいたかも知れません」

 そう、告げる。


 仮に俺がどこか遠くに逃げたとしても、きっと蛇神の夢は修正されて、異能者たちはいつか俺に辿りついただろう。

 仮に俺が警察に(かくま)われたとしても、異能者たちが本気になれば今度は警察関係者たちが大勢死んだに違いない。蛇神に魅了された者達は、それだけの力を持っていた。

 警察関係者が何も動いていない筈はない。

 だが、あの風鳴はこれだけ警戒されているこの町にやってきて、そして俺達を襲った。

 なまじ普通の格好をしているが為に、防ぎようがないのが事実なんだ。


 だから自身で、降りかかる火の粉を払わなければいけなかった。

 戦わなければ、大切な人を護れないから――。


 結果、犠牲者の数は、最小限に抑える事が出来たんじゃないだろうか。


「貴女が、俺に戦う力をくれました。考える事を思い出させてくれました。諦めない事を……大切な事を教えてくれました」


(だが、どうしてもダメな時は、考えよう。必ず道はある)

 その言葉は今や、俺を動かす原動力の一つだ。


 俺の血が化けたものでもいい。

 他次元から召喚したものでもいい。


 今俺の手に握られているものは、そんな絆を護るもの。


「想いに力はあると思いますか?」

 俺は右手に握ったくれないを見て、言う。


「……人の、想いという事か?」

「はい」

「……そうだな、あの変な生き物を見て、それが私を襲ってきた時。すぐに自分で電話でもすれば良かったのに、何故か私は窓を開けた。その時少しだけ、君の事を考えてしまっていたよ。そして君は来た。まるでヒーローみたいに」

 涙を湛えたまま凛子さんが、微笑む。


「私にしては非科学的な意見だが。……助けに来てくれて、嬉しかったよ。想いに、力はあるのかも知れない」

「俺も想いの力、信じます。無事でいてくれて、助かりました」

 俺も笑顔で返した。



「う……」

 声が聞こえ、後ろを見ると彰が頭を押さえながら起き上がってきた。

「彰。大丈夫か」

 俺がすぐに駆け寄ると、彰は一瞬ぼーっとしていたが、直ぐに眼に光が灯る。

「……学校か、すまん、倒れてたのか……? どれ位眠ってた?」

「十分ってとこだ。ここは安全だ。動けそうか?」

 俺の問いに答えず彰は立ち上がり、そして俺を見てニッと笑う。


「……あと少しだ。脱出しよう」

 彰はそう、扉の先を見据えて言う。さっきから防火扉を叩く音が聞こえなくなっていた。


 ゆっくりと防火扉を開放する。周囲に敵は居ない。

「全部開けるぞ……?」

「あいつらは、居ないみたいだな」

「油断は禁物です会長。行きましょう」。


 神籬にも魑魅魍魎の反応が無い。


「あれだけの大量の魑魅魍魎がどこから入ってきたか分からない以上、油断は出来ねぇな……」

「この時間だと、正面玄関は施錠してあるだろう。鍵を開けて最短距離でここを出るか、あるいは守衛室後ろの裏口から出るか。脱出ルートは限られる、どうする?」

「窓を開けて出ても良いんですが、窓の外は視界が悪い。戦いづらいと思います。会長も一緒ですから、それは避けた方がいい」


 全員で少し考えたが、最短距離で脱出するのが望ましいだろうという結論に達した。彰が続ける。


「俺の神籬によると、既に守衛さんは寝ているはずだ。魑魅魍魎を出来るだけ俺達に引き付けよう。それで学校に居る唯一の人間の無事は確保出来る」

「こっちも凛子さんは居るが、……そうだな、それが一番かも知れない。俺と、お前が居るなら、それが最善の方法だ」

「頼りにしてるぞ、至。……正面の鍵を開けて、一気に門まで抜けよう。会長、迎えは呼べますか?」

「多分門で待機しているとは思うが……」

 そう言いながら、はっという表情を向ける凛子さん。

「しまった、カバンを生徒会室に忘れてきた」

 そう言いながら彼女は上を見上げる。

 

 ……今から取りに戻るのは難しいだろう。携帯電話はその中に入っているに違いない。

「俺のを貸しますよ」そう言ってポケットを漁るが、入っていなかった。

「……落とした」

 あれだけのスカイダイビングをしたんだ、その合間に落としてしまったのかも知れない。美雨音がいくら電話を掛けても出られる訳が無い。

「俺も討伐時は持ち歩かない」

 彰が続ける。


 窓の外を見ると、学校の横をパトカーが走っているのが見えた。

 魑魅魍魎は、この時間に動く大きいものにはあまり興味をしていないようだ。

 こいつらの行動原理は分からないが、人通りの多い場所にさえ出てしまえば、凛子さんが襲われる心配も減るかも知れない。


「……行こう」

 俺が言うと、二人が頷いた。

 凛子さんの脚の事が心配だ。だが、校門までの距離だ。仮に襲われても、俺と彰が居ればどうにでもなる筈だ。


 周囲を警戒し、ガラス戸の下の鍵を外す。

 スライド式のドアを開け放つと、近くに居た異形の二体が反応した。

「……走れ!」

 凛子さんが叫ぶ。


 若干ぎこちない走り方の凛子さんの両脇を、俺達は護るように走り始めた。


 校門近くに居た異形たちが、全てこちらの方角を向く。

 おぞましい光景だ。地面が動いているのではないか、という数の異形。

 一気に押し寄せてくる黒い生物たち。

 風月を構えた彰が、その先端を切り開こうと躍り出る。

 だが、その物量に一瞬押され、次の瞬間にはその黒い波に飲み込まれてしまった。


 やはり疲労が……!!


「彰!!」

 俺が叫ぶが、その大量の波は俺と凛子さんにも押し寄せた。


 飛び掛ってきた一体に、凛子さんの身体が吹き飛ばされる。


「うっ!!」

 短く呻く彼女。地面に擦るように、彼女は倒れてしまった。さっきのダメージからだろうか、義足が変な方向に曲がってしまっているのが見える。


「凛子さんっ!」

 俺は叫びその異形を斬り伏せる。凛子さんは直ぐにこちらを向き、答えた。 

「だ、大丈夫だ。佐鳴は!?」

 彼女は気丈に叫び、立ち上がる。


 その言葉を受けて見た先には、風月を支えに立ち上がろうとしている彰が見える。

 だが、周囲の黒い波は消えた訳ではない。


 ザザザザ……と地面を擦る音が周囲に響く。


 一気に囲まれた。満身創痍の彰と、義足を壊された凛子さん。


 絶対絶命だ。


「くそっ……」

 彰が呟く。


 どうしようも無いのか……?

 考えろ、考えろ、必ず道はある。


 だが、動けない彰を、凛子さんを、護りながら戦う術が思いつかない。フィルを待つ? そんな時間はない。


 くそ、……力が、欲しい。この状況を打破出来る力が。



 俺は、ずっと展開していた神籬の中で、そんな事を祈った。



「力が、欲しいの?」


 ああ、欲しい。


「どうして、欲しいの?」


 みんなを、この町を護る為だ!



「どうして、護るの?」


 護りたいんだ!!

 俺は、俺に関わる全ての者を――この手で、この力で護りたい!!

 俺は……!!



――俺は、誰と会話をしていたのだろう。今の声は、誰だった?



 その刹那。


 周囲が、一気に強い紫色に包まれた。

 異形が全て、止まる。そしてある一方向を見た。

 俺は眼を見開く。

 その神籬(ひもろぎ)は――あの大樹から。白草から発生していた。町を覆いつくすかのような規模の、優しい感覚だった。そしてその中で、フィルの声が聞こえたような気がした。


――つよくおもえ――


 その途轍もなく強く、全てを包み込むかのような空間の中で。


 俺の頭の中で、何かが噛み合ったような音が弾ける。


 キィィィン――高周波のような音が、頭の中を駆け巡った。


 くれないを……振り下ろす。

 その刀身が突如、炎に包まれた。俺の眼は熱く熱く、周囲を照らすばかりに黄金に変化していく。


 何が起きているのか分からない。だが、身体はその答えを見つける前に自然と動いていた。


 燃えるくれないを持ったまま、俺は左手を地面に叩きつける。

 そこを中心に、恐ろしい規模の上昇気流が発生した。

「なっ……」

「何だこれはっ!」

 彰と凛子さんが叫ぶ。前髪が巻き上げられる。


 一番近くに居た異形がその突風で吹き飛ばされると同時に、俺は敵の一番多い正面に手を振りかざす。


 すると、自分達の周囲に突如水の壁が発生した。

 俺は立ち上がり、それに手を触れる。その壁は一瞬で――その全てが凍りついた。


 氷の壁。簡易のバリケードだ。


「彰。凛子さん。ここで、待っててくれ」


 俺は燃えた刀身のくれないを持ったまま、飛び上がる。異様に身体が軽い。その壁を越え、着地した。


 ゆっくりと歩き、俺は周囲を見た。


 火を恐れるように、俺を恐れるように。異形は遠ざかろうとした。

 

 一歩踏み抜くと、俺の身体はまるで羽根が生えたかのように軽くなっていた。有り得ぬ移動速度で敵の先陣にたどり着く。


 俺が一匹の頭目掛けて刀を付き立てると、突如その身体が炎上した。

 その炎は周囲にも燃え移り、大きな炎を上げる前に異形の身体と共に消え失せた。

 慌てて逃げていく、幾多の魑魅魍魎。


 俺は燃え上がる刀身を見たまま、肩で息をした。眼が、熱い。


 ……何が、起きた?


 突如現れた力。知っている。俺は、この炎を知っている……!!


 これは、兜屋炎児が使っていた力だ……!!


 後ろの氷の壁を見る。

 ……これは、菊池冷と、時任美雨音の力だ。



 そうして俺は、理解した。

 あの力は、あいつらの失神後に消え失せたんじゃない。


――俺が、食っていたんだ。そして、それは俺の中で眠っていた。


 まるで自然に、まるで全てを理解したかのように力を使う事が出来た。これは一体、どういう理由だろう。


 氷の壁が、パンッという音と共に砕けて消える。

 その中で、彰と凛子さんは倒れていた。


 俺はその光景を見て驚愕するが、すぐに俺達に近付いてくる、そんな気配に気が付いて振り返る。


 そこに、小さな影が立っている。


「あなたはもう、力を持っている。そう、行程を無視出来る程の力を」



 そう言いながら現れたのは――クラスメイトの清水瞳だった。



「――たった今、発生を確認しました。メビウスです」



 彼女が呟く。




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