第十一話 祓魔
霧散する化け物の頭から飛び降りたのは、見た事の無い眼の色をした親友だった。
俺はくれないをぶら下げたまま、ゆっくりと歩いてくる彼の姿をただ見詰める。
「よぅ」
「よっ、何だ、コスプレか?」
俺は冗談めかして尋ねたが、彼は力無く笑うだけだった。
「……急にカップ麺が食いたくなって、コンビニ行こうと思ったら道に迷ったんだ」
お前は説得力という言葉を知っているのか。
そう言った彼の身体が――ふらつく。
俺は正面から、彰の身体を抱きとめた。
「……すまん、何か気が抜けちまった」
触れた背中には、べっとりと血が滲んでいる。身体は泥と擦り傷だらけ。体中は汗が滲み、蒼く光る眼は虚ろだった。
午前中に教室を飛び出してから、今までずっと、戦っていたっていうのか……?
キイキイと、小動物のような異音を発しながら、魑魅魍魎は周りに集まってきている。デカイのを倒した直後だと言うのに、キリが無い。
「……悪い、至。ちょっと忙しいんだ、何も言わずに、動かないで見ていてくれるか?」
そう言うと、彰は日本刀を抱えたままふらふらと歩き出す。
俺は、フィルの言葉を思い出す。
(それでここまで神力が落ちておるのか。その割には魑魅魍魎が少ないようじゃが)
(神はなく、巫女の神力もない。この地において、これだけ魑魅魍魎が少ないのは不思議じゃったが……誰か、戦っておるな)
――こいつは、もしかしてずっとこんな事を?
彰の周りに、神籬が展開される。その眼は蒼く蒼く――澄んで輝き始める。俺の眼も合わせて熱くなった。
彼の左手に持つ日本刀が、淡く輝き始める。青い炎に似たその力で、正面から来る異形の一体を彼は斬り伏せた。
その動きは流麗。俺が行っていた雑なものとは違う。冷静に見れば、これはいつも習っていた古流剣術の立ち居振る舞いと一緒だ。俺が自然と動けたのは、その為か。
俺は、彰に近付く。
「至、危ないから下がっててくれ。後で説明するから」
彼は、俺の方を見ないでそう言う。俺も魑魅魍魎が見えている、という事には、気付いていないらしい。
「彰。双鎌の型」
俺はそう告げると、くれないを水月の構えに引き絞り、彰に背を向けた。そこで彼はやっと俺の持っている日本刀に気が付いたらしい。
「……お前、何だそれ」
彼に答えず、俺は――意識を集中する。そして、神籬を発生させた。
「お前……!!」
彰の驚きが、その雰囲気で伝わってきた。
だが、すぐに彼は構えを取る。先ほど俺が伝えた型を取り、そして……呟く。
「お前もついに、こっち側か」
「俺こそ後で説明してやる。まずは、こいつらを全滅させるぞ」
双鎌の型、とは背中合わせで二人同時開始となる型の事だ。彰のじいちゃんが考案したとの事で、十歳くらいから練習を開始したのを覚えている。
前方への突き、右薙ぎ切り払い、立ち位置を入れ変えての左薙ぎと続く。なぎ払う二本の鎌に例えて双鎌と呼ばれる。
息が合った時の爽快感が好きで、この型は好んで練習していたのを思い出した。
今になって思えば、これは周囲を囲まれた時の動き。
……翼神流は、もしかして魑魅魍魎と戦う為に作り出されたのでは無いだろうか。
異形のものが、二匹同時に飛び掛ってきたのが開始の合図。
瞬時に二匹を刺突し、その横に居た敵に向かって刀を凪ぐ。
一歩で立ち位置が入れ替わり、その動きに合わせて刀が振りぬかれた。
一瞬で六体もの魑魅魍魎が、霧散する。
「至! 大きいのが来る! 二翼の型!」
「おう!」
彰の叫びに合わせて、今度は二人で横に並ぶ。
目の前に現れたのは、先ほど彼が倒していたのと同じくらいの巨体だった。
彰は左利きだ。そこを考慮しつつ、今度は一つの標的に向かって別々の部位を斬る動きの型だった。
呼吸を合わせ、そしてすぐに開始となる。
俺が左側の腕の部分を、彰は右側の脚の部分を狙う。脚が切断され、彰側へとバランスを崩す異形、彰はそのまま二歩進み、振り返りながらの唐竹――切り下ろしを行う。俺はそれに合わせて、真横からの突きを見舞った。
一瞬で二つの致命傷を受け、その巨体はなんとも呆気なく霧散していく。
「……何度も、お前が居てくれたらと思っていたよ、至」
「……悪い、遅くなっちまったな」
俺が剣術を止める時の、彰の悲しそうな顔を思い出す。
俺が再び木刀を持ち歩くようになった時の、彰の嬉しそうな顔が脳裏に浮かんだ。
周囲に居る全ての異形を消し去るのに、時間はかからなかった。
俺と彰は周囲の敵が居なくなったのを確認してから、背中合わせのままずるずると崩れ落ちた。
「……はぁ、はぁ、きっついな」
「……ああ……今日は、特別多い」
そう言う彰の口から、じいちゃんが入院したという話を聞いた。
「丁度俺が帰った二時限目の辺りだ。あの時、まるで穴が開いたかのように大量の魑魅魍魎が現れた。じいちゃんはそこで奮戦したけど、ダメだった。母ちゃんに頼んで東郷医院まで行って貰った。そこから今まで、俺はあいつらを倒し続けていたんだ」
あの時間から今まで……。恐らく、今はもう夜の十時に差しかかろうとしている。
「お前は、一体何時間戦い続けたんだ……」
「さ、お前の番だ至。その日本刀はなんだ? 神籬をいつ使えるようになった。俺達と違う、その眼は何だ?」
俺は、話した。鬼との出会い。四翼の淨眼、そして出現したくれないの事を。
「……だからか。じいちゃんは全て知っていたんだ。俺には何も話してくれなかったのにな……」
彼は、驚きながらそう答えた。そして続ける。
「俺の家の古い名前は、祓魔と言うんだ。今は二つに分かれて、佐鳴と夜淨というらしい。至と俺とで、教えられてた流派が微妙に違っていたんだ。気付いてたか?」
祓魔……昔、四翼から分かれた分家。千里眼の中でも魑魅魍魎を見る『淨眼』に特化している、という事だ。
彼の問いに、俺は暫く考え込んだ。流派が、違う? 開始の構えが既に違っていたのは、彰が左利きだからだと思っていた。
彰は、左眼前に刀を構える突きに秀でた開始を取る。俺のように切っ先を後方へ引き絞るような構えとは全然違ったのだ。
「お前のは、祓魔翼神流、四翼の型って言うんだ」
そう、彰が告げる。
「ちなみに俺のが祓魔翼神流、佐鳴の型だ」
「……カッコいいな、なんか」
「だろ?」
彰は立ち上がると、町の方を見る。
「……至。町で魑魅魍魎を見たか?」
「ああ、一匹は市街地を歩いてたんだ」
彰の説明では、魑魅魍魎が人を襲う事は少なくないらしい。
ただ、明確な切り傷とか、いきなり殺されるというものではなく、彼曰く「厄」を押し付けられるらしい。
魑魅魍魎は多くなればなる程、その「厄」が増え、町の至る所で不幸や病気が発生するらしい。
文字通り疫病神のような存在だと言う事だ。
「だが、今日はその発生が桁違いだった。何かが起きているとしか思えない。鬼が蘇ったと言ったな、至。怖いものではなかったとも」
「ああ」
「なら、その鬼に聞くのが早いか……。だけど、町に散ってしまった魑魅魍魎を片付けなければならない。それが俺の、……佐鳴の、使命なんだ」
彰は、剣を支えに立ち上がる。
見えないものを、警察や他の大人にどうやって駆除して貰えばいいのだろう。俺は少し考えた。
見えないものを、説明した所で理解はして貰えない。下手をすれば精神病者扱いだ。
彰は、使命だと言った。俺と同じ歳で、そんな大きなものを背負っている。
俺は前を見た。
そうだ。使命だ。これは持てるものの、使命なんだ。
俺達がやらないで、誰が出来るって言うんだ……!!
「彰。あいつらを集めるいい方法はあるか?」
俺が問う。
「……神籬の質自体だな。高い場所で、広範囲にあいつらを呼び寄せる事が出来れば、あるいは」
高い場所、と聞いて千年坂の上を思い出すが、あの周囲に安全な場所は無い。神社の大木の下はそもそも最初から魑魅魍魎は寄り付かない、恐らく、フィルや白草が居たからだろう。
「となると、他に有効な場所は……」
俺の眼に、ある建物が眼に入った。
「学校の屋上」
「……行けるかも知れないな、この時間なら生徒はいない。守衛さんは神籬で大人しくしててもらおう」
「走れるか、彰」
俺はくれないを鞘に納めて、彰を振り返る。
「……大丈夫だ。行こう」
そうして、夜の町を走る二人。
目に付く魑魅魍魎を屠りながら、俺達は走り続けた。
途中警察のパトカーと何度も擦れ違ったが、彰が発生させた神籬の中に居る間は、全く認識されていない。
フィルが言っていた。つよくおもえ。
俺はこの力を、使いこなさなければならない。
フィルは無事だろうか。さっきの風使いのような力は、その後感じていない。無事に、身体の一部から力を取り戻す事は出来たのだろうか。
家は大丈夫だろうか。神楽が心配だ。美雨音も無事に帰れていればいいが。
そうして学校に着いた俺達は、自分の眼を疑った。
既に学校の校舎には、多数の魑魅魍魎が這って歩いていたのだ。
「な……何だこれは」
「異常だ……、有り得ない事態だぞこれは」
俺達は低いフェンスを乗り越え、そして校舎を見る。
最上階の一室に、明かりが灯っているのが見えた。
「……まだ誰か、残っているのか?」
俺が呟くと、彰は声を荒げる。
「あれは、生徒会室……!!」
その叫びと同時に、窓が開き――そして、そこからよく知る顔が覗いた。
「誰か! 誰か来てくれ!」
「凛子さん!!」
俺の叫びに気付いて、彼女は安堵の表情を向けた。
「何だか分からない生物に、入り口を固められてしまったんだ! 警察を呼んでくれ!」
そう、校舎の四階から叫ぶ凛子さん。
「彰……!」
俺が声を掛けると、彼は心底驚いている。
「……会長にも、見えているって事だぞ?」
言われて、俺も驚いた。彼女に、特殊な力は無い筈だ。そんな感じも受けないし、そんな話もしたことはない。
「どうする?」
「……彼女があのまま篭城し続けられるとは限らない」
彰の額から、汗が滴り落ちた。
ここからでも、四階のドアをドンドンと叩く音が響いているのが聞こえる。
ドアを破られるのは時間の問題だ。
「凛子さん! そこから降りる手段は!?」
火災の時のような、緊急ハシゴや簡易スライダーがあるかもしれない。そう思って叫んでみる。
「試したがダメだ! 私は高所恐怖症なんだー!」
意外な弱点を暴露した彼女の顔は真っ赤だった。
「至、ここを上るぞ、一刻を争う」
彰はそう言うと、助走を付ける。
壁へ向かって走ると、一階の窓枠に脚を掛けて飛び上がった。恐ろしい跳躍力で、二階窓にある転落防止柵へ掴まった。
よじ登り、脚をその柵へと引っ掛けると、彼は振り返る。
俺は、それに続いた。
同じように駆け上がり、そして跳躍する。俺の伸ばす手を彰が掴んだ。
俺が柵へ脚を引っ掛けて、手を組む。彰がそこに脚を乗せ、今度は三階の柵へと手を伸ばした。そんな事を繰り返しながら、俺達は学校の壁を登り続ける。
「誰かと思ったが佐鳴か? 君たちはどうしてこんな時間に……」
手を差し出してくれる凛子さんの手を掴み、まずは彰が生徒会室へと入る。
すぐに凛子さんが、部屋のカーテンを外して、結び目を付けてから垂らしてくれた。
彰は、ドアの外を警戒している。
「凛子さんこそ、どうしてこんな時間に」
「今日は佐鳴が居ないから夏休み関連のプリントを一人で片付けていたんだ」
彼女はそう告げる。
いつも冷静な彼女も、流石に今の普通ではない状況を受けて混乱しているようだ。
ドアはモップで開かないようにしてあり、そこには長テーブルが二つほど、バリケードのようにして積んであった。
「……君達、その格好は何だ? 血だらけじゃないか……何かあったのか? 何か知っているのか?」
俺と彰が、顔を見合わせる。
夜の、脱出劇が始まった。
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