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くれないのうた  作者: げんめい
第三章~特異点 惹かれあう者達~
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第十話 風鳴残響★

――怖くない。今までと同じ空間とは思えない印象。まとわりつくような空気が、今は静謐(せいひつ)に感じる。

 眼に特殊なフィルターがかかったようだ。景色が紫色に見えた。

 これが、神籬(ひもろぎ)という空間の本当の使い方か。

 

 眼が熱い。くれないに反応してか、再び涼やかなリィン……という音が頭の奥で鳴ったような気がした。

 目の前の男が叫ぶ。

「俺の力を最後まで見た事あるヤツぁいねえ。さ、お前もたいそう苦しんで……そして死んじゃえよおおおお!!」

 風鳴(かぜなり)が叫び、そして突如その男から突風が吹き荒れた。

 木の葉が舞い、砂埃は巻き上げられる。台風並みの風速が、局所的に発生している。


 なんて風だっ……!!

 眼を開けていられない。砂埃が眼に入り視界を奪われる。

 だが、そんな視界の端で金色の物体が、真っ直ぐ敵に向かって駆けて行った。――フィルだ。


 彼女は右手の指を伸ばし、手刀のような形で凄まじい力を込めて後方へと引き絞っている。

 向かう風をものともせず、その手刀は真っ直ぐに――風鳴の心臓を目掛けて貫かれた。空気を切り裂く音が響く。


 だが何の手ごたえも無く吸い込まれるその腕。

 風鳴の身体は、風に溶け込むかのように消え失せたのだ。


「……成る程、これは厄介じゃのぅ」

 フィルが険しい表情で呟く。

 周囲の風がこれだけ騒がしい。恐らく、あいつもその身を空気に変えるだけじゃなく、もう一段階上の力を持っている。美雨音(みうね)と一緒だ。手を触れずとも、自在に空気を、風をあやつる力だ。


 風を操って何が出来るか……ざっと想像しただけでも幾多の事象があった。

 真空状態での窒息。これは既に、人を殺める手段として使用しているから間違いない。

 気圧変化による風。突風がメインだろう。

 よく聞く「かまいたち」のような現象は、凛子さん曰く「ありえない」との事だった。


 一番恐ろしいのは、台風や竜巻、ハリケーン、ダウンバーストのような天災クラスの事象を引き起こされる事だ。

 俺の心配をよそに、横に立つフィルは笑いながら言う。

「案ずるな。それは神や竜の領域。あの程度の小物にはむりじゃ」

 まるで俺の思考を読んだかのようだ。


「……もしかしてお前、頭の中が読めるのか?」

 敵を見据え、水月の構えを取ったまま、俺は尋ねる。

「むろんじゃ。四翼に千里眼をあたえたのは誰だとおもうておる」

 そ、そりゃ恐ろしい。


 ってことは、あの風呂場でも、劣情を催した俺を影で笑ってたってことか、性格悪いなお前。

「カッカッカ、その欲は、わしには理解できん。さわりたいならいつでもいうがよい、わしの身体はいたるになら好きにされてもよいぞ、すみからすみまでな」

 そう言って笑う。くっ、この鬼め……!


 いきなり、周囲に叫び声が響いた。


 俺を無視すんなよおおおぉぉ!


 どこからともなく聞こえる声。空気に溶け込んだ風鳴のものだろう。


 神籬の中にいる時は、大気のうねりのようなものすら感じる事が出来る。感覚が非常に鋭敏だ。最初の時と同じように、怖くて怖くてたまらない感覚は全く無くなっていた。

 異様に見える空気の流れ。敵は、その表面積を大きく広げて遠くからこちらの様子を伺っているようだ。


「フィル。このくれないで、あいつを斬った場合」

「うむ」

「あいつは……死ぬか?」

 俺は、静かにそう尋ねる。


 フィルは頷いて、答えた。

「ああ、死ぬ。だが、使い方次第じゃ」

「使い方?」

「来るぞ」


 会話はすぐに中断された。


 空気に変化した風鳴の身体が、真っ直ぐこっちにやってくるのが感覚で分かった。だが、それも大雑把だ。どれくらいの距離を保てば良いかが判断しづらい。


 だが、呼吸をする周囲を真空状態にされたら厄介だ。

 俺は地面を蹴った。風の甲高い音が通り抜けるのを感じる。


 俺は転がり、少し多めに距離を取ってから離れる。

 一度、凛子さんに聞いた事がある。

 真空状態が発生すると、まず自分の肺の中の空気が全て奪われる。すぐに酸欠状態になり、待っているのは窒息死だ。その間、どんなに長く息を止められる人でも一分持たないだろうと言っていた。肺の空気を全部奪われるなんて、そんなの想像出来ないし、したくもない。

 

 俺は膝を着いたままくれないを構え、ゆっくりと立ち上がり再び前を見る。

 

 落ち着け。落ち着け。自分に言い聞かせる。

 視界の先で、地面の小石が吸い寄せられるように上空に巻き上げられていく。

 大小様々な大きさの(つぶて)を見て、俺は舌打ちした。あんなものをぶつけられたら、ただじゃ済まない。


 俺の横に、フィルが並んだ。


「あやつは自分の力の使い方をよくわかっておるようじゃ。あのつぶて、全て避けねばならんぞ」

 そう言い終わるのを待つ前に、それらは俺達に襲い掛かってきた。


「走れ!」

 フィルの叫びを受けて、俺達は左右に分かれて一気に駆け出した。

 今まで自分たちの居た場所に、四から五センチはある石が多数、鈍いどすりという音を立てながら地面にめり込んで行くのが見える。

 じっとしていたら蜂の巣だった。


 走ってはいるが、神籬は解かずに動けている。

 じっと眼を凝らすと、空気に溶け込んで見えなくなっている風鳴の居場所が確認出来た。一箇所に留まっているのが分かる。ひときわ厚い大気のようなものが集まっている。


 やがて礫の全てが地面に埋まる頃、走っていた俺とフィルは再び合流した。止まらず、俺は走ったままフィルへと声を掛ける。


「フィル! 何か手はあるか!」

「ある! わしが行く、いたるはあやつを捕まえよ!」

 そう言いながら息一つ切らさずに、フィルは真っ直ぐに風鳴の方へと走っていく。

 その速さは凄まじく、一瞬で十メートルという距離を詰めてしまった。


 すぐに大きく息を吸ったかと思うと、

「かあっ!!」

 立ち止まり、そして叫ぶフィル。途轍もない大声だ。思わず耳を塞いだ。


「うぅお!」

 その音撃を受けてか、風鳴がその身を突然現した。地面に落ちると耳を押さえて、そのまま転げ回っている。あんな状態でも耳は聞こえるのか?


 音には指向性がある。俺の居る方向ですらあの大音量、直接受ければ耳へのダメージは相当だろう。フィルもその特殊な眼で、あいつの居場所が分かっていたのだ。

 大音量で鼓膜への攻撃。音は空気の振動だ、成る程簡単なようで俺には思いつかない。


「カッカッカ、わしは手も触れておらぬぞ?」

 フィルが挑発するように笑う。


「ナメやがって……」

 耳から血を流し、風鳴はそう呟いた。

 そしてすぐに空気に溶け込もうとする風鳴に、俺は思い切りあるものを投げつける。


「くっ!」

 顔目掛けて投げたそれを、風鳴は素手で掴み取った。

 べっとりと、その手が、服が、ある液体で浸される。


「なんだこりゃ?」

 風鳴が良いながらその掴み取った小瓶を投げ捨て、再び空気に溶け込んでいく。


 鼻を鳴らしたフィルが、ニヤリと笑って続けた。

「花の香りじゃ。あのむすめごと同じ香りじゃ。なるほど、考えたの、いたるよ」

「それ程でも」

 俺は答えると、意識を集中する。

 鼻から大きく息を吸い、口からゆっくりと吐き出す。


「フィル、使い方次第と言ってたな」

「そうじゃな。あやつをそのまま斬れば、その身は無事ではすまん、死はまぬがれん」

「じゃあ、どうすればいい」

「あやつの、あの力だけを斬って捨てよ。その神器なら、それが出来るはずじゃ」


 能力を、斬る……。漠然としている。

 だが、フィルの言っている事は、説明として正しいのだろう。この神籬という空間を完成させたとき、強く思う事が大切だった。つまりは、そのように念じて斬る、と言う事だ


 だが、そのためには風鳴の身体を、確実にくれないで斬り付けなければならない。剣速を上げる方法としては、居合いなどの技法がある。だがくれないの鞘は白木、居合いには向かない。そもそも白木の鞘や柄は本来保存用で、実用には向かないのだ。きちんとした拵えをしなければならない。(つば)や柄を揃えなければならなかったのだ。

 その為に夕方、彰のじいちゃんを尋ねたかったという事もあったのだが。


「いたる、意識が逃げておるぞ。専心せよ。安心せい、その木も特殊なものじゃ。そう簡単には砕けはせんよ」

 フィルの声を受けて、俺は再び前を見た。真剣での練習は殆どしたことがないが、俺はくれないを鞘に収めて居合いの構えを取る。


 小石が飛んできて頬を切った。血が伝う感覚が分かるが、俺はそれでも前を見る。


――集中しろ。


 風鳴は迂闊には近付いて来なかった。

 構える俺を護るフィルが居る。さっきの二の舞にはならないだろう。大きい石を風で巻き上げ飛ばしてくるが、いずれもフィルが叩き落した。


「ナメやがって……ナメやがって……!!」

 風鳴の声が響く。


「てめえら全員吹き飛ばしてやらあああああ!!」

 その刹那。

 渦巻く巨大な風がフィルを襲った。

「ぬ!」

 短い呟きが聞こえ、それがすぐに後方へと流れていく。

 フィルは一気に後方へと吹き飛ばされた。螺旋を描く、竜巻を縦にしたような大気のうねりに、空間ごとまとめて吹っ飛ばされたのだ。

「フィル!」

 俺が叫ぶと、遥か後方から「無事じゃ!」の声が聞こえた。


「お前はその息をすぐに止めてやるよおおおお」

 間延びした声が響き、蠢く大気が真っ直ぐに俺にやってくる。


 俺は居合いの姿勢を変えぬまま、ただ意識を集中させた。

 まだだ。まだ遠い。

 焦れる。思わず手が伸びそうになる。だが、フィルは遥か後方、この居合いを外せば一瞬で――俺は死ぬ。


 その時――花の香りがした。

 強く、むせ返るような花の香り。


 俺は眼を見開く。

 同時に、目の前の空間に向かって一気に鯉口を切る。


 ざんっと空気を切り裂く音が聞こえて、一瞬、人間のうめき声が聞こえたような気がした。

 何も無い空間が、真っ二つに――切れた。

 風を斬った。そういう形容しか出来ない。


 突如中空――今刀を振り抜いた場所から、風鳴の身体が実体となって地面に落ちる。


 その場の風が治まり、俺の振り抜いたくれないの刀身には、眼に見えるくらい強いつむじ風がまとわりついていた。


 周囲が一瞬で、強い花の香りに包まれる。


 弓華さんから貰っていた、アロマオイル……精油。さっき風鳴にぶつけたものだ。


 懸念の一つとして、眼に見えない敵が来たらどうするか。そういう思いがあった。

 匂いは微粒子だと凛子さんが言っていたのを思い出す。世間話を装い、俺はありとあらゆる懸念材料と、その解決方法を凛子さんに尋ねていたのだ。それが功を奏した。彼女が薀蓄(うんちく)を披露出来るとあって喜んで話してくれたのも大きい。


 視覚がダメなら聴覚。聴覚がダメなら嗅覚。見えない敵に匂いを付けて居場所を確認する。神籬という空間があったことも良い方向に働いたが、こんなに上手くいくとは思わなかった。


 地面に落ちた風鳴は、びくんびくんと痙攣こそしているが、全く外傷は見当たらなかった。


「うむ、その力のみを、斬る事が出来たようじゃ」

 気が付けば横に並んだフィルが呟く。


「肝を冷やしたぜ」

 俺は納刀し、呟く。



 大きく息を吐いた。完全に力を抜いていた。


 それが、大きな――油断だった




 刹那。凄まじい風の音だけが響いた。


 顔を上げるフィル。その驚愕の表情が、俺の網膜に焼きついた。

 何かを叫んでいるようだったが、その声は俺の耳には届かなかった。


 俺の身体が、一瞬で上空へと巻き上げられたのだ。途轍もない浮遊感が襲い、フィルや風鳴の身体があっという間に見えなくなる。


 巨大な風の塊。これは、美雨音の時と同じ――式だ。使い魔だ。風鳴の身体を離れていた『風』が、その意志を持って俺を吹き飛ばした。ここまで数秒で理解したが――




「ぁぁあぁああああああああ!!」

 

 俺の身体が自由落下を始め、腹の中全てが持ち上げられる感覚に陥った。

 真下の風景は夜の町の中。森も海もない。高さは百メートルを軽く超えており、このまま落下すれば確実に命はない。意識を失っていないのが奇跡だ。


 だが、手段がない。叫ぶ事しか出来ない。体中に恐ろしい風圧を受けながら、俺はくれないを握り締めたまま落下する。

 死ぬのか……!? 俺はこんなところで死ぬのか!


 ただ死への恐怖だけが俺を支配する。地面に激突し、身体中の骨が砕け、ありとあらゆる臓器が破壊されるその恐怖を、ただ待つしかない。


 こんな時に、この眼も刀も、何の役にも立たないなんて――


 地面が迫る。俺は固く眼を瞑った。



 どぼん


 ごぼごぼと音が響き、俺の身体は何かに包まれた。急激に落下速度が弱まって、俺は眼を見開く。そこは――ある筈のない、水の中。


 ばしゃんと音がして、俺を包んでいた大量の水がはじけた。


「パラシュートも無しにスカイダイビンクとは、すごいね」

 そんな声を受けて、俺は四つ這いのまま顔を上げる。


 そこには、キャスケット帽の少年が立っていた。


「……美雨音か? た、助かった……」

 俺はその場にへたり込む。

「童貞なのにまだ生きてたんだね。いつ死ぬの?」

 彼は真顔でそう言いながら、手を差し出した。

「……お前の発言は全国のチェリーボーイの人権を踏み躙ったぞ」

 彼が差し出す手を握り、俺は立ち上がった。


「僕の『水の精霊(ウィンディーネ)』に礼を言え。歩いてたら突然上から叫び声が聞こえたから、咄嗟にそこの消火栓をぶっ壊して呼び出した」


 彼が言う。道路に立つ赤い消火栓から、大量の水がふよふよと漂っている。その姿は明確な形を保っており、巨大な女性の姿をしていた。

 

「ありがとう、助かったぜ美雨音、ウィンディーネ」

 俺は頭を下げる。

「いいよ。これで貸しはナシだ。察するに、また敵が来たのか?」

「ああ。今度は風使いだった。多分、倒したと思うんだけど、お前の時みたいに風が暴走して、襲ってきたんだ」

「相変わらず詰めが甘いね童貞兄ちゃん」

「その呼び方はヤメろ」

「ははは。新堂でいいか?」

 年下が呼び捨てかよ。そう思ったが、命の恩人を無下には出来んので渋々了承する。


 フィルが居たあの場所は、もう何キロ離れてしまったのか分からない。

 千年坂よりもずっと北に吹き飛ばされてしまったようだ。すぐ後ろは、殆ど森に近い場所だった。

「お前は、こんなところで何してたんだ?」


 俺が尋ねると、彼は頷いてから語り始める。


「お前が電話に出ないから、こっちから来てやったんじゃないか。色々調べていて分かった事を伝えに来た。変死に関しては、もうずっと発生していない。僕らのように、火、水、氷、今のは風だな? そういうものを扱う敵はもう殆ど居ないようだ」

「ああ、確かに聞かないな」

「中国の陰陽五行の概念で言うなら、『金』『土』ってのもあるかもしれないけど、これで打ち止めの可能性だってある。あと考えられるのは『雷』とか、『光』とか『闇』なんだろうけど、該当しそうな変死は無かった」


 雷……電気なんか扱われたら、即死だな。俺は少しだけ背筋が寒くなる。だが、ネットの情報を見る限り、その心配は無いようだ。場合によっては既に、他の異能者に倒されてしまった可能性もあるが。


「となると、いよいよ蛇が動き出すかも知れないのか」

「ああ。前にウロボロスの輪の話はしたが、他にも北欧神話のヨルムンガンドやアステカ神話のケツァルコアトルなんかも、自らの尾をかじる蛇として表現されているらしい」

「ヨルムン……に、ケツ?」

「ケツァルコアトルだよ。翼を持った蛇神だ」

「フィルは、呼ばれ方は様々だと言っていた。それだけ姿の似た神が居るって事か」

 だが、もし。それが全てが同じ存在なのだとしたら。

 世界を駆け、時代を駆け、人を魅了し支配する、そんな蛇神。

「蛇で言うなら日本神話にだって沢山出てくる。ヤマタノオロチだって、蛇神として考えられるさ」

 美雨音は言う。


「まだ敵の正体は分からない。美雨音、お前の神話や伝承の知識はこれからも役に立つかもしれない、色々頼むぜ」

「ああ、乗りかかった船だ。僕の力も完全に消えた訳じゃない。力になれるだろう」

 そう言うと、彼はウィンディーネに触れた。

 その女性を模した姿が、何だか笑っているようにも見える。


 その時。


 突如、神籬が発生した。

 さっきの静謐な感じじゃない、最初に何度も感じた怖い感覚。まとわりつく空気。

 俺は、酷い威圧感を感じる場所へと振り返る。

 美雨音は全く警戒していなかったが、ウィンディーネは、俺と同じ方向へと向き直った。



 そこに――ある生物が現れた。


 黒い、人間大の生物。黒く光ったような体表。その足は異様に長く、そして沢山生えていた。

 その足全てで這って歩いてくる。速度は遅い。

「な、なんだこりゃ……」

 俺の眼が熱くなる。これは、今日の二時限目に学校で受けたような感覚だ。


「ん? どうしたんだ?」

 美雨音には、見えていない。


「あ、あれが見えないのか!」

 俺が指差すが、彼は眼を凝らすだけで見えている様子はない。


 そこで、昼間のフィルの言葉を思い出す。

「魑魅魍魎が発生しおった」


 ……こいつがそうか。

 その生物が、俺に向けて飛び掛ってくる。


「くっ…!」

 咄嗟にくれないを抜き、そして振り抜いた。

 その身がすぱっと切れ、そして真っ二つになったと同時に霧散する。体液のようなものは全く出ず、その外見とは裏腹に斬った時の手ごたえも少なかった。


「……何かもやっとしたのが見えた。新堂、一体何なんだ?」

「……鬼が言っていた、魑魅魍魎だ。俺には見えるが、普通の眼では、見えないらしい」

 ウィンディーネは反応していた。彼に見えなくても、恐らく彼女は美雨音を護ってくれるだろう。


 異様な感覚は、すぐ背後の山から感じる。

 そして思い出した。誰かが戦っている、と。


「美雨音、お前は帰れ。このまま俺の家に行ってもいい。神楽がいるはずだが、手ぇ出したら殺すぞ」

「出さないよ。何だか物騒な感じだな、分かった。僕は足手まといになる前に退散しよう。新堂、死ぬなよ」


 彼はそう言うと、俺が見ている方向とは反対の方へと向けて走り出す。聞き分けが良くて助かる。


 フィルは心配だが、その後特にあの方角に変わった事は起きていないようだ。


 俺は意を決して、森の中へと足を踏み入れる。


 小さい魑魅魍魎は沢山いた。


 今まで全く気付かなかったが、こんなものが町を闊歩していたというのだろうか。背筋が寒くなる。


 その姿は昆虫のようだった。だがその手や足の先は人間のそれに酷似している。


 時々大きいものも混じっていて、俺はそれを倒すのに数分を要した。

 だが、身体が動く。

 俺の習っていた古流剣術の一挙手一投足が、まるで敵の攻撃を教えているかのようにびたっと納まる感じがするのだ。

 やがて、開けた場所に出る。

 そこに、一際デカい魑魅魍魎が――霧散しかけていた。


 その頭と思わしき部分に、乗っかっている影がある。

 人間。男だ。まだ若い。


挿絵(By みてみん)


 手に日本刀を持ち、その格好は黒装束。強いて言うなら山伏のような姿だった。


 その男と眼が合った。その眼は、蒼く涼やかに――輝いている。


「……至?」

「あ、あ……」

 俺は、指を差したまま言葉を続ける。

「彰……か?」


 それは、眼鏡こそかけていないが、俺の親友で幼馴染の、佐鳴彰の姿だった。

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