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くれないのうた  作者: げんめい
第二章~千年坂の白い鬼~
18/43

    大樹白草③

 授業中。

 それは突然起きた。


「……っ!?」

 眼が、急に熱くなる。

 二時限目、生物の授業中。俺は突如、目がおかしくなった事に気付いた。まるでくれないを持った時のような、あの熱さだ。

 キィィ……という、まるで高周波に似た感覚も受ける。何かに反応している可能性がある。周りに気付かれるとマズイ。この時、俺の目は金色に光っているはずだ。俺は手でそれを隠す。


「……先生、少し具合が悪いのですが」

 前方で声が上がり、そこを見ると彰が立っていた。

 目を瞑り、顔を押さえている。

「そうか、保健室は行けるか?」

 初老の生物担当教師が、彰に声を掛ける。

「はい、大丈夫です」


 彰は、前のドアから教室を出て行った。……顔色が真っ青だったな。大丈夫だろうか。

 俺の目も直ぐに治まる。

 何か、近くに来ていたのだろうか。

 昨日の風呂での出来事を思い出す。

「これは驚いた、四翼の淨眼じゃ」

 そう、フィルは言っていた。魑魅魍魎を見るのに特化したその力が、俺にも軽微ながら備わっているようなのだ。


 その後、彰は教室に戻ってこなかった。


 

「そっか……彰お兄ちゃん、心配だね」

「ああ。身体はそんなに弱くない筈だからな、よっぽど具合悪かったんだと思うけど……」


 放課後、玄関で待っていた神楽と合流した。そのまま二人で帰る事にする。

 神楽の部活は今日は休みだそうだ。


 今日は木曜日だ。いつもなら彰の家の道場で稽古がある。夜にはフィルとの約束があるが、稽古の時間はいつもみっちり休み無く二時間程度で終わる。

 そこからでも遅くはないだろう。


 木刀を折ってしまった事をどう説明するか、そこに頭を悩ませる。くれないを持って行って見せるべきだろうか。じいちゃんは真剣にも詳しいはずだ。


 だが、あの力を人に見せても良いのだろうか。ここはフィルに相談だな。


 一度家に帰る事を神楽に伝える。彼女は分かった、と短く答え、ぴったりと俺の横に並んだ。

 

「お姉ちゃん見て、みんなびっくりしてたね」

「お姉ちゃん? フィルのことか?」

「うん、そう呼んでもいいって」

 千年生きた鬼をお姉ちゃん呼ばわりもすごいな、と思ったが俺もガッツリ呼び捨てだ。人の事は言えまい。


「……お兄ちゃん、私寝ちゃったけど、フィルさんから聞いたよ? お風呂、一緒に入ったって……」

 じいっとこっちを見る神楽。

「……待て、大きく誤解がある。突然乱入されたんだ。俺は被害者だ。すぐに出たし、見ないようにしたぞ」

 見えちゃった部分は伏せておこう。


「お兄ちゃん、おっぱい大きい人が好きだからなぁ……」

 バレてる。これは死ねる。

 神楽は自分の胸に両手を当て、くいくい動かしてから溜息を吐いた。

「……大きくなるといいな」

 俺が言うと、尻を思い切り蹴られた。コンプレックスらしい。


 家に着くと、フィルが玄関先で立っていた。その目は金色に輝き、どこか遠くを見ているようだ。

 今朝は肌襦袢のままだったが、今は和服の一種、(つむぎ)を着ているようだ。藤色で、帯は少し濃い紫に似た色のものだ。これも母の持ち物だろう。

 髪はまとめて結われ、かんざしが挿してある。耳の前には髪が垂れ下がっていた。

 先日までは見えなかった耳が良く見えた。尖っていて俺たちよりは少し大きく見える。耳たぶには、赤い石のピアスをしているようだった。

 よく考えたら胸のサイズも母親と一緒くらいか。

 フィルには恐ろしく似合っているが、この格好は胸が強調されないのであまり面白くない。


 しかし今重要なのはそこではない。

「フィル。人に見られるぞ」

 俺が言うと、フィルは遠くを見たまま頷き、そして口を開く。


「魑魅魍魎が発生しおった。尋常な数ではない。山の奥で暴れておる」

「え……マジかよ」

 俺はフィルと同じ方向を見て、少し集中する。


 一瞬、目が熱くなるのを感じた。授業中に感じたそれと同じ感覚。


「神はなく、巫女の神力もない。この地において、これだけ魑魅魍魎が少ないのは不思議じゃったが……誰か、戦っておるな」

「……本当かよ」

 俺には何も見えない。

 ただ、遠く見える林の奥に、何か異様な感じを受けた。

「わしのちからはそろえておきたい。すぐに出る事は出来るのかえ?」

 フィルが言う。

「剣術稽古があるんだ。それ終わってからでも良いか? いつもは二時間くらいで終わるんだけど、今日は早く戻ってくる」

 誰かが魑魅魍魎……この町にとって良くないものと戦っているなら、手伝ってあげたい。俺がそう答えると、にじかん、と彼女は呟く。

「えーと、一刻だ」

 一刻、二時間の筈。

「心得た」

 フィルは笑って答える。うーむ、いつ見ても美人だ。和服の似合う外国人、って感じだろうか。


 フィルにくれないを人に見せて良いか尋ねた。誰に見せるかを問われ、剣術道場の師と答えると、しばし考え込んでから、彼女は頷く。


 部屋に取りに戻ると、正影さんがやってくれたのだろうか、くれないの横に「刀剣登録証」なるものが置いてあった。

 手紙が添えてあり、毛筆で手数料六千三百円也。小遣いから引くものとする、と書いてある。

 ……一ヶ月分の小遣いでも足りん。


 制服を脱ぎ、Tシャツとカーゴパンツに着替えた。木刀を入れていた竹刀袋にくれないを入れ、その外側についたポケットに刀剣登録証を仕舞った。自転車で彰の家へと向かう。坂を上りきってしまえば大きな起伏もないため、道場へは自転車で問題なく行けるのだ。


 だが、道場は締め切ってあった。誰も居ない。彰の具合が悪いならば家には居る筈だろう……と思ったのだが、人の気配が無い。


「じいちゃんまで居ないとは……」

 俺は呟く。普段なら彰の母ちゃんはともかく、じいちゃんは居る筈だ。


 俺は若干納得出来ないまま、彰の家を後にした。


 


「そうか、予定より早いのぅ」

 フィルがまんじゅうを咥えたまま言う。

「早いに問題はないんだろ?」

 俺が問う。

「人目に付きとうないのじゃ。しばし待つがよい……ふむ、これはうまいな。なお、もう一つ食べてよいか?」


 そう良いながら、彼女はお茶を自ら淹れて、テレビを見ながらまんじゅうに手を伸ばす。誰か戦ってるなら、急がなきゃいけないんじゃないのか? どれだけ馴染んでるんだ。


 ちなみに母さんはパートには出ずに家に居た。休みにしたらしい。

 全盲である事が判明したが、何も見えずに今までメールとかをどうしていたのか聞くと、同僚に読んで貰ったり、返信して貰ったりしていたそうだ。ちなみにパートは、スーパーの品だしをしているとの事だ。慣れればその影読み、とやらだけでも可能だろう。

 ……ちょっと貯金して、来年の母の日には少しいいものを買ってあげようと思った。



「晩飯はすぐ食えるように用意しておく。フィル殿、不肖の息子を宜しくお願い致します」

 母親が玄関口で頭を下げる。

「むすこどのをお借りする。かぐら、留守をたのむぞ」

「うん、気をつけてね」


 神楽も来たがっていたが、やはり物騒なので家に居て貰う事となった。フィルがまじないとやらを施してくれたので、蛇神の力を持った異能者が来ても護ってくれるとの事だ。


「まずはあそこじゃの」

 フィルは動き易い格好になっていた。

 髪はポニーテール。上はピンクのスポーツブラに首周りの緩い白Tシャツ。下はタイトジーンズだ。ストレッチが効いたものなので、多少走っても問題はないらしい。

 靴は俺のお下がりしか入らなかったが、母親の服の流用が効くので助かる。


 フィルが指差した先は、あの大樹。神社の方向だ。

 フィルの首が安置されていた首塚。先日美雨音と戦った場所だ。

「身体ごなしじゃ。走るぞ」

「大丈夫か? 転ぶなよ?」

「たわけ。わしの脚はカモシカよりも速いのじゃ」

「明日動けなくなっても知らねえぞ!」

 そうして、並んで走り出す。


「いたる。わしはむかし、自分の身体を分けて、四方に分けたのじゃ」

「ああ、それは知ってる」

 共に走りながら言う。

「その身体各々が、特殊な力を持っておる。本来、その場所には魑魅魍魎は近づけない筈なのじゃ。ただ、今はあの場所にわるいものを近づけさせない事よりも、蛇神を討つのが先じゃ」


 その意味はわかる。

 ここ最近発生した、蛇神の呪縛を受けたもの達の力。それはフィルの知らない力だと言っていた。だから、あの首塚が戦場になってしまったんだ。


 ただ、感知は出来るとの事だ。その方法を後で教えると、彼女は言う。


 先日、フィルが復活した際に通った道を行く。

 再び木がざわめき、そして道を作った。くれないの柄から鞘を作ったり、木を動かしたりという力はフィル特有のものなのだろう。

 直ぐに、大樹の根元へとたどり着いた。


「さあ、着いたぞ。まずはいたる、わしの首を持ってきておくれ」

「ああ、あの中にあるんだよな? 鍵とかかかってないのか?」

「そうじゃな、見てみよう」


 以前開けようとして瞳に止められた、その中心のお社。

 見ると、鍵はかかっていないようだった。


「それを持って、あの木の前まで来ておくれ」

 そう言いながらフィルは、木の根元へと歩いていく。


 俺は、意を決して、再び靴のままゆっくりとその池に入り、慎重に小さな扉を開けた。


 中には、お札が一枚。それをそっと右に避けると、木の箱が見えた。木の箱を取り出す。

 もう何年経ったものだろう。茶色く変色し、その蓋は札で封をしてあるようだった。

 フィルは何も言わない。この札を剥がす事に問題はないのだろう。

 札を剥がして、俺は蓋を取る。

 独特の臭いがして、中から白い布に包まれた何かが出てきた。そこにも札が一枚。俺はそれもそっと外し、木箱の蓋に置いた。


 ゆっくりと布をめくると、中に入っていたのは紛れもない、人間の頭のミイラのようなものだった。

 落ち窪んだ眼球。皮膚は完全に乾き、頭蓋骨に張り付いているようだった。髪は黒い。フィルの頭だというのにプラチナブロンドではないようだ。こんなふうになった人間の亡骸を、俺は初めて見た。

 

 素手で問題は無いのだろうか。

 俺はその頭の両耳に当たる部分を、ゆっくりと持ち上げる。

 落としてはいけない、そう思うと慎重になる。


 ……ここまで来て、今のやり取りを、一度経験したことがあるという感覚に陥った。

 強烈な既視感(デジャヴ)

 

 ミイラを持ったまま、思い出す。何故だろう。

 そして、突然思い出した。


 これは、夢で見た光景じゃないか。完全に一致していた。今思い出すまで気が付かなかったが、全ての行動において、まるっきり夢と同じだ。

 あれは、瞳と一緒にここに来て、そしてその夜に見た、夢。

 ……夢? 違う、俺はこれを知っている……!!


――これは、四翼の千里眼……!!


 間違いない。時々夢に出てくる、やけにリアルで脈略のない夢。

 それが、母さんの語っていた四翼の千里眼、その中でもごく近い未来を写すと言われる、淨天眼なのだとしたら。

 ……俺には、一体いくつの力が備わっているというのだろう。

 

「フィル」

 俺はミイラの頭を抱えたまま持ったまま彼女に駆け寄り、そして今の一連の考えを話した。


「……成る程、四翼の男児が忌み子と呼ばれる訳がこれか。本来、そんな目を持つような者は今まで居なかったはずじゃ」

 フィルは言う。


「時々可能になる、未来視か……」

 蛇神にたどり着くまで、これが有効に働く事もあるかもしれない。


 ……一回フィルとアレしてる夢見ちゃった気がするけど、それは今は考えないでおこう。


「では、そのあたまをわしの前に持ってきておくれ」

 俺は言われるままに、彼女の前にそのミイラを持ち上げる。

「よし」

 彼女がそう言うと、手を広げて目を瞑った。

 ミイラから青白い光が広がり、それは周囲を照らしている。やがてゆっくりと、ゆっくりとフィルへと吸い込まれていった。


 ミイラは残っている。


「終わりじゃ。次へ行くぞ」

 早いな。


「えーと、これはもう必要ないんだな? これは本当にフィルの頭なのか?」

 俺はさっきの木箱に、ミイラの頭を先ほどと同じように戻していき、尋ねた。


「うむ、わしが生まれた時に、入り込んだ人間のものじゃ。共に生き、共に死んだ千年前のからだじゃ。この身体が『遥』と言った。よい娘であった。……わしが、全てをくるわせてしまったのじゃ」

 そう、彼女が表情を曇らせる。


 そこまで言った時。目の前の大樹が、ざわざわと揺れた。

 フィルはそれを見上げ、そして微笑む。

「そうじゃな、白草(しろくさ)。お前が言っていた通りであった。少し留守にする。護りが減るが、ここを頼むぞ」

 そう、呟いた。


「……木と(しゃべ)れるのか?」

 頭のミイラを小さなお社に入れて戸を閉めてから、俺は彼女の横に並んで木の天辺を見上げて尋ねる。


「これは大樹白草(たいじゅしろくさ)。四枚の翼がひとつ。わしと共にこの世に生まれ、全てを護って木になった。千年経とうとも、この地と弱きものを護ろう。それが、白草の願いじゃった」

 俺は無言で彼女を見る。聞いてもいいのだろうか、その時の話を。


「そうじゃな、いつか聞いておくれ。わしの『罪』も含めてな、おしえてやろう」

 フィルは寂しそうに笑う。少し、その笑顔を見て胸が締め付けられたような気がした。

 お前は、一体何を抱えているというんだろう。

 今は、急がなければならない。それは分かっているつもりだ。


「……弱気な顔は似合わないぞフィル。行こう、次はどこだ?」

 俺はフィルの肩を抱いて、強引に歩き出した。


「う、うむ、次はこっちの方向じゃ。ひがしじゃな」

「ああ、そうだ、華京院の()が待っているって言ってたな、そこに行ってみよう」

 華京院の家は、坂の下にあると聞いている。恐らく東の方向だろう。


 俺の提案に、フィルは「わかった」と呟く。

 だが、彼女は一瞬立ち止まった。俺が振り返ると、突然首元に抱きつかれ、耳元で彼女は呟く。

「心配してくれているのじゃな、いたる。ぬしはやさしいのぅ」

「ばっ、こら、放せよ。急がないとダメなんだろ?」

「カッカッカ。()いのぅ」


 ぱっと笑って手を離すと、フィルは走り出した。

 俺は、苦笑いをしてその後を追う。


 リィイ……と言う音と、眼が熱くなる感じがした。


 誰かが、戦っている。俺に、何か手伝える事があるのだろうか。


 以前、正影さんに言われた。

 自分に出来る事だけをしろ。それでいいんだと。


 だが、俺はこの町が好きだった。

 この町が脅威に曝されている時、俺に力があったなら、きっと全てを護れるのに。そう思ったのは確かだ。


 そして、俺の力が、今この竹刀袋で眠っている。この熱い眼が、きっと全ての助けになる。


 ……誰だか知らないが、待っててくれ。死なないでくれ。俺も、この町を護りたいんだ。許されるならばこの眼に映るもの、この手に届くもの全てを護りたい。

 俺もきっと、すぐそこに辿りつくから。


 横目で、白草を見る。


 俺もあんたと同じ気持ちだと思う。

 そう心の中で思うと、大樹がざわめいたような気がした。

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