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くれないのうた  作者: げんめい
第二章~千年坂の白い鬼~
15/43

第七話 紅月

  ◆


『四翼』は、鬼から『千里眼』を与えられていた。

 その力は、ごく近い未来を見通す力『淨天眼(じょうてんがん)』。

 そして魑魅魍魎を見る能力『淨眼(じょうがん)』に分けられた。

 

 一度その家は大きく分かれており、四翼そのものの特徴を色濃く残した華京院、淨眼に特化した祓魔(ふつま)、そして本家となった淨天眼の四翼、その三家となったらしい。


 本家はいつしか、女性しか生まれない家系となっていた。婿を取り、再び女児が生まれる。そうして細々と血を繋いできた。


 時々男児が生まれると、決まって強い力を持っており、五歳を待たずして不慮の死を迎えたらしい。時に四翼の存続を脅かす事態すら招くその四翼の男児を、一族は『忌み子』と呼び嫌っていた。

 時に取り上げられた直後に(くび)られ、その存在を無かった事にされる時もあった。


 その千里眼によって栄えた一族も、戦後から急に廃れ始めた。生まれる女のその(ことごと)くが、眼に障害を持って生まれるようになったのだ。

 一族にも現代の技術の進歩に伴い、排他的な風習を嫌う若い者が現れた。老いた者たちはそれを嘆いた。

 

 千里眼が、血が弱い。そう一族は思い始めた。

 前に『お役目』が来てから既に二百数十余年。このままでは、満足にその勤めは果たせまい。


『お役目』は、大事だった。鬼から特殊な力を貰えるのだ。この世の理から外れたその力は、それだけで一族を支えるだけの力となり得たからだ。それだけで一族を支える希望にもなるからだ。


 その時、男児が。『忌み子』が生まれた。これから来る一族の夜明けを信じ、(あかつき)と名付けられた。


 一族のために、血を濃くせねばならない。もう一人子を儲け、それが娘だった場合忌み子と交わるようにしてはどうだろう。ある老いた者が提案し、それは現実となった。――近親結婚だ。


 そして生まれた妹奈央は、稀代の千里眼使いだった。


 暁と奈央は、そうして結ばれる運命となった。自らの意思とは、違う所で。


 四翼暁は、小さい頃から不思議な力を持っていた。自らの血を、モノに変える力だ。力を通せば物質化し、力を抜けばただの血に戻る。

 ただ、従来の忌み子と違ったのは、外に向けてその力を誇示しなかった事だ。

 魑魅魍魎に感知される事なく、四翼暁は育っていった。ただ、悪戯に自傷行為を繰り返してはいたので、どこか歪んでいたのだろう。暁はその力を――くれないと呼んでいた。


 四翼奈央は、美しい娘に成長した。

 四翼の女は、その全員が眼になんらかの障害を持って生まれていたが、奈央は素晴らしい眼を持つ事が出来た。


 そう、自らの不遇すら見通してしまう程の千里眼を。


  ◆


 俺は、母さんの言葉を――静かに聞いていた。呼吸が重い。空気が重い。

 神楽も同じようで、息苦しさを感じているようだった。


「私と暁は、何の疑念も無く結ばれ、そして子を儲けた。一族の者達は喜んだ。私は、その喜びが別の事に向けられていると言う事に、気が付かなかった。その千里眼を持ってすれば、きっとすぐに理解出来たであろうに。そうして生まれた赤子は、真実に至る者、として『至』と名付けられた」


 ……俺は自分の本当の父親の事を知らない。

 俺が生まれてすぐに、亡くなったと聞いていたからだ。

 彼は、何故死んだのだろう。

 俺は、どうして死に至ったのだろう。

 その理由は、母さんの口から全て語られた。


「至が生まれてすぐに、暁は自分の異変に気が付いた。自分の力が、そっくり無くなっているという事実に。

 全ては、至に移ってしまったのだと、そう思ったのだろう。そして、暁にはそれが、耐えられなかったのだと思う。ある蒸し暑く、紅い月の晩、それは起きてしまった」

 母さんの暗い瞳に、蝋燭の明かりが揺れるのが見えた。まるで泣いているように思えた。


 母さんは言葉を続ける。

「私の淨天眼に突如映りこんだのは、刃物を持った暁と、血だらけの至の姿だった。これはすぐに起きてしまう事だ。そう感じ、私は走った。いつも私の隣に寝ていたお前は居なかった。暁が連れ出したのだと、直感した。

 さっきの光景から、暁がお前と離れに居るというのは分かっていた。私は直ぐに暁を見つけ、止めようと思いその匕首(あいくち)に飛びついた。だが――」

 一瞬、母さんは口を(つぐ)んだ。それでも、搾り出すように、俺を見詰めたまま話す。


「……間に合わなかった。お前は、背中に三箇所の切り傷を負い、その場で、死んでしまったんだよ。至」


 その眼から、ついに涙が零れ落ちた。

 母さんは、涙声で続ける。

「私は、この眼を呪った。愛する我が子を護れぬ力など要らない。暁は笑っていた。これで力はまた僕のものに戻る。そう、叫んでいた。

 私を支配したのは、途轍もない憎悪だった。落ちていたその刃物を拾い、私は彼を……」


 母さんは、再び言い淀む。俺は、母さんの手を握って首を左右に振る。言わなくて良い。そう、伝えたかった。

 それを感じたのか、母親は涙を湛えながらも、僅かに微笑んだ。そうして、続きの言葉を紡ぐ。


「私は、自らの目をその刃物で傷つけ、至の亡骸を連れて直ぐに家を出た。その後の事だが、一族は、その事実を隠し通し、そうして世継ぎが消えた一族は、もうその最盛を取り戻す事は不可能となった。分家にも愛想を付かされ、もうどうすることも出来なくなった四翼に残った者は、全て――絶命した。理由は様々だ。命を自ら絶ったものもいる。謎の事故に巻き込まれたものもいる。

 ただ、四翼の血は私を最後に途絶えた。そう思った」


 母さんは、「だが、それでも良かった」と続けた。

 フィルは何も言わず、じぃっと母さんの顔を見続けている。頷きながら、その話を聞いていた。


 母さんは、ゆっくりと更に続ける。


「その時は、下働きをしていた新堂佳影(よしかげ)が眼の見えなくなった私を連れ出してくれた。私の不遇を、一番傍で見ていてくれた一人だ。

 私は至の亡骸を抱え、泣き続けていた。だが――至は確かに、四翼の血の力を、持って生まれていた。

 その血が自在に動き、正確に切られた傷を繋ぎ合わせてしまったのだ。その小さな身体で、死にたくないと。生きたいと。そう、頑張ってくれたんだ。

――お前が息を吹き返した時、私は本当に、本当に嬉しかった。もう何も要らない。お前が居れば何も。そう、心から思ったんだ」

 そう言いながら、母さんは笑った。俺の手を握り返してくれる。その手は温かかった。


 俺の手を握ったまま、母さんは続ける。

 

「背中の傷は全く見えなくなっていた。だが、乳を上手く吸えなくなっていたお前は、五歳まで東郷医院の一室で育ったんだ。

 家族ぐるみで付き合いのあった佳影の息子、正影が、眼の見えなくなった私の世話をしてくれた。正影はその頃妻と死別していて、既に神楽を娘に持っていた。


 私は、そんなやり取りの中で、『普通の家族の幸せ』を……知ってしまったのだ。あの歪んだ家で育っていたら、そんな事には絶対に気付けなかった。とても大切な、些細な幸せに」

 そう言って、少し困った顔で微笑む。

「表向きは、お前は養子だ。だが、正真正銘、お前は私が腹を痛めて生んだ子だよ、至。すまない、伝えるのが遅れてしまって、本当にすまなかった。


 そして神楽。私が愛している夫は、貴女のお父さん、正影ただ一人。そしてもちろん、お前も心から愛している。

 今の話を聞いて、お前達は私を嫌うかも知れないが……今の言葉は、私の本心だ。嘘偽り無い、私の心からの声だよ、二人とも」


「お母さん……」

 神楽が立ち上がり、顔をくしゃくしゃにして泣きながら、母さんの首にぎゅっと抱きついた。母さんは、泣きながら神楽を抱き締め、そして横に居た俺も一緒に抱き締められた。

 こんな風にされたのは、初めてだ。


 フィルは、そんなやり取りを微笑みながら見ていた。暫くしてから、彼女は母へとこう尋ねる。


「して、いたるのその力は、どうなったのじゃ?」

「はい。至はその後、全くその力を使う事はありませんでした。正影の薦めで古流剣術の道場へと通わせ、身体は丈夫になりましたが、指を切ったり擦りむいたりした時も、血を動かすような事は、ありませんでしたから」


 幼少期の怪我の折――さっき母さんが言っていた事だ。

 母さんは普通の生活を強く望み、そして俺はその四翼の力とやらを消滅させてしまった。


 だが、俺の中に、沸々と沸き続けていた力だった、と言う事だ。

 俺はフィルの後ろの日本刀を見る。

 神器。彼女はそう告げた。どれほどの力を秘めているのか、俺には想像も付かない。


「あの鞘は? フィルが用意したのか?」

 俺が尋ねると、フィルはふふんと笑って答える。

「わしは木々を操るくらい造作もないのじゃ。柄と同じ木を増やしてな? さやにしたのじゃ。どうじゃ上手いものじゃろ? きれいじゃろ?」

 そう言ってカッカッカと高笑いを始めた。


 だが直ぐに、フィルは表情を曇らせる。

「……そうか、わしが千里眼を与えた事が、四翼を不遇な道に導いてしまったのじゃな……。なおよ。本当に申し訳ない事をした。このとおりじゃ、赦して欲しい」

 そう言って、フィルは頭を下げる。


 母さんは、慌ててフィルへと駆け寄った。

「お顔を上げてください……!! 私は、今の幸せを護れればそれでいい。フィル様、よろしければ、至と、神楽を、御守りいただけないでしょうか。

 私の影読みでは、もう遠見は出来ませぬ。ましてや、さきの話では、輩は得体の知れぬ者と聞きました。どうか、あなた様のお力で、お願い致します――」

 母親も、同じように頭を下げる。


「……分かった。この真名に賭けてそれを約束しよう。代わりと言っては何だが……」

「はい」

「……ごはんが食べたいのじゃ。住まわせてくれとは言わぬが、せめて白いごはんが食べたいのじゃ。それだけは、お願いできぬか?」


 ……本当に鬼なのかこの人は。


「衣、食、住においては全てご用意させていただきます。ご安心ください」

 母さんは笑って言う。


「お母さん、今夜はごちそうだね?」

 神楽が嬉しそうに言う。

 え? 一緒に住むの?

 俺とか正影さんとか居るよ?

 俺の心配をよそに、神楽とフィルは手を取り合ってごはんだごはんだと踊っている。


「至」

 母さんが、俺に声を掛ける。俺が頷くと、言葉を続けた。

「あの刀。暁の力『くれない』で作ったものだとしたら、いつ消えてもおかしくない。だが、あれほどハッキリと形になっている。遣い方を間違えば、怪我では済まない。今の私の眼にも見えるんだ。強い力だ」


 全盲の眼でも、物体の影を捉える事で感じる事が出来るのが『影読み』だと母親は続ける。

 電灯よりも蝋燭の火の方が、夜は見易いらしい。無機物よりは生き物の方が、影は読み易いらしい。だが、今床の間に置いてあるあの刀だけは、肉眼で見るよりも更に強く、紅く、輝いているとの事だ。


「いたるよ。その刀に、銘をつけてやれ」

「めい? 名前の事か?」

 俺がフィルに尋ねると、彼女は頷く。

「名は大事じゃ。ぬしが名付ける事で、より強く、より()く、手足のように振るえるじゃろう。きっと、今までよりもずっと、戦い易くなる」


 フィルの声を受け、俺はその刀を、握る。


 眼が、熱くなる。

 鞘からすーっと刃を滑らせる。紅い、乱れ文様の木目に似たその刀身。まるで血の赤だ。さっきの話を聞いて、銘なんて決まっていると思っていたが、名付けるという事が、人生に何度あるかなんて分からない。

 これは、(えにし)だ。きっとかけがえの無い絆だ。


 改めて、俺は叫ぶ。


「――くれない。お前の名だ!」


 リィン、と頭の中であの音が鳴った。まるで、その刀が答えたかのように、とても涼やかな音。



 まだ、異能の者たちが来る。俺の決意は変わらない。来る連中の能力を軒並み消し去って、そして蛇神とやらを、引き摺り出してやる。

 悪戯に命を弄ぶようなやつを、俺は絶対に許さない。


 俺は、その決意を込めるかのように、刀を再び鞘へと戻した。


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