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くれないのうた  作者: げんめい
第二章~千年坂の白い鬼~
14/43

    遥千②

 ドアを開けたのは母さんだった。ただ、いつもと違うのは、その格好とまとう雰囲気だ。

 白い装束。まるで巫女の服のような出で立ち。眼は瞑ったままで、手には蝋燭(ろうそく)燭台(しょくだい)

 こんな母さんは、見た事がない。


「……お待ちしておりました、どうぞ」

 そう、一礼し、鬼を招き入れる。


 俺と神楽は眼を見合わせた。そのまま案内するように、母さんは先に歩いて進んでしまう。

 どうやら行き先はリビング奥の和室のようだ。

 家中の電気は消えている。代わりに、至る所が蝋燭のぼんやりとした明かりで光っていた。


「いたる。そなたの母親は(めし)いておるのか」

「めし……?」

「眼が見えんという事じゃ。見事な影読みじゃの。そうじゃ、さっきの刀を貸せ。さやを作って進ぜよう。そのままではわしですら真っ二つになりかねん」


 俺はそれを受けて、神楽に頷く。神楽は大事に両手で持っていたその紅い刀身の日本刀を、鬼に手渡した。

「はだしでは汚れてしまうな、これで拭いてもよいのじゃな?」

 上がり(かまち)に置いてある玄関マットで入念に足の裏を吹く鬼。行動がいちいち可愛くて困る。

 そうして鬼は、後ろも向かず母さんに付いて行ってしまった。


 時任を一階のリビングのソファに寝かせ、俺は二階の自室で着替えた。隣の部屋では、神楽も着替えているだろう。


 そっと、ヒーローのお面を外して机の上に置く。

 ……神楽に、謝らなきゃ。



 一階のリビングの奥にある和室に、鬼と母さんが居るはずだ。


 階段で合流した神楽に、尋ねてみた。

「神楽、さっきの鬼の話、信じるか?」

「お母さんの眼の事……だよね。確かに時々、全然見えてない時があると思った事はあるよ。友達から来たメールとか見せても、キョトンとしてる時とかあったよ。私も知らなかった……」


 ……今まで、全然見えてなかったのか。単なる色盲と、夜盲症とだけ聞いていた。鬼が言っていた『影読み』とは何だろう。


 さっきの反応を見る限り、俺の母親は何もかも知っていたんだ。


「お兄ちゃん」

 階段を下りていると、神楽が言う。

「さっき、お父さんと一緒に神社へ行ったの。訳を説明したら直ぐに……なんだっけ、お兄ちゃんと話してた時の水を固める薬? を用意してくれて。一緒に走ったの。

 でも、お社から先は、誰も入れなかった、私以外には誰も……。目に見えない壁みたいなものがあったみたい」

「……正影さんは?」

「……多分、まだ神社。どうしよう、私の事探してるかな、お兄ちゃんの事も、すごく心配してた」

 リビングのテーブルの上に、正影さんが使っている携帯電話が置きっぱなしなのが見えた。これでは連絡が出来ない。


「取り敢えず、今は鬼の話を聞こう」

「……うん」


 神楽は、和室のふすまに手をかける。

「神楽」

 俺はその背中に声をかけた。そのまま言葉を続ける。

「ごめん。その……巻き込んでごめん。何も説明してなくて、ごめん。お前に余計な心配、かけたくなくてさ……」

 俺がそう、呟く。


 部屋に置いてきた、あのヒーローのお面を思い出した。

 ごめん神楽。俺はお前にヒーローには、なれなかった……。


「……だめ、ゆるさない」

 神楽は、そう言いながら、正面から俺に抱きついてきた。

「お、おい」

「うそ。護ってくれて、ありがとう。……生きててくれて本当によかったよ、お兄ちゃん。やっぱり、私のヒーローだよ」

 そう耳元で呟き、そしてぱっと離れて笑った。



 何だか、胸が熱くなるのを感じた。



 俺達は、和室の方を見る。ふすまは閉まっていた。

 俺は、ふすまに手をかける。

 サー、というふすまが滑る独特の音が、やけに響いたような気がした。

 その奥もまた、蝋燭で照らされただけの暗闇だ。


「来たか、座りなさい至。神楽」

 そこには先ほどの格好で正座をした母さんがいて、そう俺たちに告げる。

 母さんの正面――上座には、同じく正座をし、白い着物を着た鬼が居る。母さんの服を着ているようだ。


「いたる。では、わしの話をしよう。こころして、聞くがよい」


 部屋は線香のような香りが立ち込めている。ここも玄関や廊下と同じように、蝋燭の明かりに照らされていた。


 俺は、母親の横に正座をして座る。神楽もそれに(なら)って、同じように俺の横に座った。


「さて何から話すか。なおは何もいたるには伝えておらなんだな?」

 奈央は俺の母親の名前だ。

「はい。幼少期の怪我の折、全ての力を失ったものと考えておりました。全ての責任は、私にあります」

 そう言いながら、母さんは手を着いて、深々と頭を下げる。

「よい。巫女は?」

「今は坂の下、華京院の血の者のみとなっております」

「それでここまで神力が落ちておるのか。その割には魑魅魍魎(ちみもうりょう)が少ないようじゃが。

 ではいたるよ。ぬしはどこまで知っておる?」


 鬼は、真っ直ぐに俺を見て、尋ねてきた。

「え、えーと。貴女が千年坂の鬼で、昔バラバラにされて巫女が身体を護っていた、という事くらいは」


「そうじゃな。ああ、そうか、申し遅れた。わしの真名はフィルセウル-ディンアと言う。千年ほど前に生まれ、二百年ごとに眼を醒ましてきた。一時期は(よう)と名乗った事もあるが、フィルと呼べ」

 思ったよりも横文字な名前だった。遥、というのは四人の巫女の名前の一つで、ここより東、坂の下。その町の名前にもなっている筈だ。


 彼女は続ける。

「神力が低くなると、わしの眠りもゆるくなる。わしが目覚める時は、やんごとなきことが起きているあかしじゃ」


 ……やんごとなきこと。そのままでは捨て置けぬ事情がある、という事だ。鬼――フィルは、続けて口を開く。


「して、その目覚めに関し、世話を約束してくれたのが四翼の家のもの。つまり、ぬしのご先祖じゃな。口伝でのみ伝えられ、わしの目覚めと時期をおなじくするものを『お役目』という。褒美として、お役目にはわしの力を分け与えておるのだ。なおには、今代のお役目となっていただくこととなった。

 ……さて、わしの此度の目覚め、その理由に心当たりはあるか、なおよ」


 フィルの言葉を受けて、母さんは静かに頭を下げて、呟く。

「私には何も。息子に、大きな試練があったと正影より聞きました。息子から話をお伺いください」


 母さんは俺の方に顔を向け、そして口を開く。

「至。ここ最近の事を、話しなさい」


 俺は静かに頷いた。そして粛々と話し始める。自分の家なのに、何故か荘厳な雰囲気を感じた。そうするのが自然だと思ったのだ。


 俺は話した。夢で見たあの巨大な怖い眼の事を。

 俺は話した。命を奪い合った炎や氷、水の顕現(けんげん)の話を。神楽と兜屋の死と復活を。学校であった死闘の事を。先ほどの水まとう少年の事を。

 神楽が、息を飲む。首を押さえたまま俺の横顔を見ていた。母も、じっとこっちを向いて聞いていた。


 頷きながら聞いていたフィルは、腕組をしたあと、眼を開いて口を開く。

「それでそこな女子(おなご)……かぐらと言ったか。こちらがわに来てしまった訳じゃな。理由は分からんが。

 うむ、先ほどの紙の事を覚えておるか、いたるよ」

 こちらを向き、尋ねてくるフィル。

 絵本の最初の見開きの事だ。フィルが燃やし、消えてしまったあの眼のページ。


「あれは、たちの悪い蛇神の呪いじゃ。ぬしが夢で見たのは、おそらくそやつの邪眼のたぐいじゃろう。やつは自らの尾をかじる蛇神、名は様々呼ばれておるな。もっとも、ぬしは母君とこの土に護られていたようじゃな。気が触れておらぬがそのあかしじゃ」

 

 俺は、あの悪夢から護られていたのか……。

 そして思っていた通り、暫く悩まされたあの夢は、今目の前にいる鬼の所業では無かった。別のものということだ。

 そして、マインドコントロールのように様々な人を魅了し、惑わし、歪ませ、この地に集結させようとした張本人――邪眼の蛇神。

 最初にフィルが呟いた「カ」と「ミ」は共に蛇を現す古い言葉らしい。

 合わせてカミ、つまり神か。

 鬼もカミと読む事がある。

 二人の神。さすが日本、八百万(やおよろず)の神の国だ。


「巫女の力なくば、わしは眠りにつけん。そして蛇神がおるうちは、新たな巫女も現れぬ。わしは蛇神を探し出して、それを討とう。いたるよ、わしのちからになってはくれんか、そなたの力は、きっと必要になる」

 そう言って、とても清清しい笑顔で、フィルは俺に笑いかける。


「もっと気軽にしゃべるがよい」 そう言った時と同じ、屈託の無い笑顔だ。


「……もちろんだよ、フィル。俺の方こそお願いしたいくらいだ」

 やっと、俺も笑えた。この鬼は、とても心強い味方だ。今まで、自分で出来る所までとはいえ、一人で戦い続けなければならないと思っていた。

 俺は、もう一人じゃないんだと、そう思った。

 母さんも。神楽も、本当の事を知り、信じてくれた。


 俺は、心から――本当に心から、それが嬉しかった。



 頷いたあと、フィルは少しだけ神妙な面持ちに戻ってから口を開く。

「して、面妖なのはあの刀よ。あのような力は見た事がないわ」

 フィルが、後ろを見る。

 気が付けば、床の間に飾るように一振りの日本刀が置いてあった。

 さっきの刀だろうか。いつの間にかそれは白木作りの鞘に収められており、両端に紙垂(しで)……神社によくある特殊な折り方をした紙が付いている。


「コレは何じゃ、なお。神器じゃぞ。あまつちを統べるちからすら感じおる」

 フィルの声を受け、母さんは静かに口を開いた。


「至。神楽」

 そう、静かに言う。その声は、緊張の糸を張り詰めたような、絞り出すようなか細い声。


「な、何、母さん」 俺は動揺し答える。

 神楽も、緊張の面持ちで頷く。


「……これから話す事で、お前たちは困惑し、怒り、そして私を軽蔑するかも知れない。あるいは、私を恐れ、嫌うかも知れない。だが、これはいつか話さねばいけなかった事だ。今話さねば、きっと取り返しの付かない事になる」

 

 ……こんな母さんは、初めて見た。酷く辛そうな顔をしている。


 母さん――新堂奈央は、瞼を開けて暗い瞳を俺たちに向ける。そうして、語り始めた。


「その刀は至。お前の本当の父であり、私の実の兄であり、私が斬殺した男、四翼(あかつき)の血の力だ。その血統でのみ作られ、作り出されては消滅する力――のはずだった。


 その力は、その刀は、『くれない』と呼ぶ。


 そして至。お前は一度、その暁に、殺されているのだ」


 それを受け、俺は言葉を失う。俺が一度、死んでいる? 神楽が再び息を飲む。その眼は、涙を湛えていた。

 フィルは何も言わず、ただその言葉を聞いていた。


 蝋燭がゆらりと揺れた。そこから語られたはじめた話は、もう十七年前の話。俺が生まれて幾許も経たぬ日の、悲しい出来事の話だった。

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