とあるオタクの恋愛事情
「オタク」なんて言葉は、いまや侮蔑表現などではなく、一つの文化として強く根付いた言葉となっているようだ。
一昔前は、ちょっとアニメとか鉄道とか、詳しいだけで「オタクだ」などとバカにされたものだが、今となっては経済を支える重要なカテゴリとなっている。
また、普段の生活でも、結構オタク文化というものは入り込んでいるようだ。例えば、アニメオタクでなくとも「涼宮ハルヒの憂鬱」というタイトルなら、中身を知らずとも聞いたことが無い人のほうが少ないくらいだろう。ある意味、常識事項の一部に、オタク文化も参戦している状態である。
さて、ここにもそんなオタクな高校生が一人いる。彼は生まれて約十五年、恋等せず自分の趣味に没頭し続けていた。趣味にはお金がかかるため、高校に入学してからはアルバイトを探して趣味への資金に当てている。
なんとかお小遣いとバイト代でやりくりしているのだが深みにはまればはまるほど、レアなアイテムを手に入れたくなるものだ。そういうものは地方のショップでは売っていない事も多く、地方遠征などもやってきた。が、それを手に入れるためだけに旅費を費やすのはなんとも無駄なことだ。
そういうわけで、彼の家にもパソコンが導入された。これで、オークションなどからレアなアイテムを仕入れることが出来る。
組み立てたら、まずはセットアップ。何事もはじめが肝心だ。チュートリアルと取り扱い説明書を読みながらおよそ三十分ほどで終了。さてネットを繋ごうと思ったら、いきなりナビゲータの声がした。女の子の、可愛い声。
「こんにちは。○月×日、△時です」
この声を聞いて、思わず彼の胸の奥が熱くなる。これが恋……というものだろうか。リアルで恋をしたことがないのに、まさかコンピュータに恋をする羽目になろうとは。
ともなればとりあえずいろいろとこの子のことを知りたい。ということで、ヘルプを開き、いろんなことを調べた。
本来はここからインターネット接続をして、インターネットを使っていろんなレアアイテムを手に入れるはずだったのに、ヘルプを読むことに躍起になってしまい、その日一日は終わってしまった。
次の日も、ヘルプを開いては調べることを続けた。時には再起動で挨拶メッセージを聞いたり。楽しむベクトルが別の方向に向かってしまったようだ。
ヘルプを読みつくした彼は、検索機能で質問してみることにした。驚いたことに、最近のパソコンにはヘルプの一覧にも無いようなことまで答えてくれる。
例えば、パソコンの誕生日―制作時期だったり、OSのことだったり、ナビゲータの誕生日だったり。そのくらいであれば、普通にプロパティなどから読み取れたり、ナビゲータの誕生日にしろ設定をつければいい話だ。
だが、なんとスリーサイズまで答えてくれたときには、彼もさすがに驚いていた。ナビゲータにこんな設定をつけるメーカーなんて、最初から狙わなければないだろう。もともと、オタク向きのパソコンだったのだろうか? そんなことを考えながら、質問を続けていく。
次の日、ヘッドホンと録音用のマイクを購入した。最近は声を拾ってそれをテキスト化してくれる機能が付いているらしい。これならキーボードを叩く必要もないし、何よりナビゲータと会話している気分になれるのだ。
早速言葉で質問してみる。もはや好きな食べ物や学歴程度では驚かない。普通の人と同じような質問に対して、設定とも思えない回答が帰ってくるのが実に楽しい。
「……あなたは……」
不意に、パソコンのほうから声がしたような気がした。それも、起動時の挨拶のときと同じような。
「あなたは、今のままでいいのですか?」
やはり聞き違いではなかった。今まで質問を続けてはいたが、質問をされたことなんて無かった。もちろん、トラブルシューティングの解決で質問されることはあるが、こんな聞かれ方はない。
「いまのままって?」
普通の人に話すように、マイクで質問を返す。
「あなたは、このパソコンで欲しかったものを手に入れようと思っていたのではないですか?」
どうしてわかったのだろう?と少しだけ疑問を持ったが、それよりも質問への回答が先だ。
「いいよ、このまま君とお話しをしていたい」
質問攻めの一方的な会話。普段なら成り立たないと思うが、ここは機械相手。質問だらけでもずっと話し続けられることが楽しかった。
「そう……ですか」
それからというもの、マイクで質問しては、音声で返答が帰ってくるようになった。時にはナビゲータのほうから質問をすることもある。最近のパソコンは、随分と高性能になったものだ。二人(一人と一台?)の親密度はどんどん上がっていく。
だが、ナビゲータは、このまま彼がこんな調子ではだめになると感じていた。そこで、一つの案が思い浮かんだ。
ある日、彼がいつものようにパソコンへ向かい、質問を投げかけると、ナビゲータはこう言った。
「実は、あなたに言っておかなければならないことがあります」
「……?」
何だろう、と彼は質問を投げかけるのをやめてしまった。
「実は……」
ぼそりと、ナビゲータは呟く。
「俺は男なんだよ! ったく、勘違いしてるんじゃねーよキモオタよ、機械に恋するとかばっかじゃねーの? あっはっはっは!」
これには思わず馬鹿笑い。
……が、彼が返した言葉は……
「それでもいい。いや、むしろそっちのほうがいいかもしれない」
何故かハァハァという荒い息遣いがパソコン内に吹き込んでくる。
パソコンが、いろんな意味でフリーズした。
随分前に書いたものをちょっと長くしてアップ。
技術がすすんだら、機械との恋愛とかもあるんでしょうかねぇ。