45話 「実戦テスト」
第2部も10話目。出来れば感想や、ちょっとしたアドバイス、気に入ったキャラなんかも教えてほしいのですが。
リーリア湖。王都コルネリアの北に位置するこの湖は、この国で3番目の広さを持つ。周囲長は約100km以上にもなる大きな湖だ。・・・かつてジンバル王国で行ったアルミナ湖とは規模が違う。
雄大な景色というやつだ。
透明度の高い湖。遠くに見える連なった山々。広がる雲一つない青空。
リーリア湖のほとり、見渡す限りの草原が広がる。
・・・本日は晴天なり。
誰の日頃の行いが良かったのかは知らないが、本日は快晴。
春の陽気というか、ポカポカしてきて何というか・・・眠くなってきそうだ。
マルティン・ハイデマリー少年はというと、到着早々さっそく野原に座り込み、道具を出して絵を描き始めている。そのすぐ近くには、日傘を設置しているメイドのヘレーナさん。
さてさて。これから俺たちは夕方まで、この場所で2人の護衛をする事になるのだが・・・。
今はまだ朝の9時頃だろう。さっき移動中に朝食は食べたので、今すぐやる事もない。
「とりあえずは2人ずつに分かれて、マルティンの護衛と辺りの見回りをしよう」
集まったみんなの前で姫が提案する。
「そっか。4人で張り付いてるよりはその方がいいね」
「わたくしはそれで構いませんわ!」
「・・・・・・」
俺とミュウは即座に賛成する。が、シャーリーは無言で姫をじっと見ている。
絡み合う2人の視線。
えーと。なんか火花が散っている気がするんだけど、今の姫の発言で何か問題あった?
先に姫の方が視線を逸らす。
「・・・・・・いえ、私もそれで構いません」
しばらく姫の横顔を見ていたシャーリーだが、しぶしぶといった感じに同意した。
ミュウが「2人とも変な感じですけれど、何かあったのですの?」なんて聞いてくるが、俺にも答えられない事を聞かないでほしい。というか、ミュウでも分かるのか・・・この雰囲気。
「・・・では、いつも通り戦士系1人と魔法使い系1人ずつで組むとしよう・・・アフィニア、一緒に来てくれ」
「う、うん」
・・・これかー。
シャーリーは、何故か俺の事を過度に慕ってくれている。
2人ずつに分かれると、どうしてもバランスの問題でシャーリーとは組む事が出来ないからなー。
彼女の方を見ると、ジトっとした目で見られた。
「では・・・マルティン、行って来るね?」
「お姉さん、気をつけてね」
3時間ずつ、今から昼までと、昼から夕方までの昼食を挟んでの交代制。
先に見回りするのは俺と姫だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「いい季節だよね。僕のいた世界では春っていうんだけど」
「ハル?」
「そう。寒い季節が終わって、草木は生い茂り花は蕾を付ける。冬眠していた虫や動物たちは巣から這い出て動き始める。・・・そして学校では入学式や始業式が行なわれる」
「ああ、そういえばアフィニアがいた世界では、学生はこの時期に一斉に入学するのだったな」
「世界というか・・・僕の国は、だけどね。他の国では違う季節にあったり、ジンバル王国のようにバラバラで入学して式をやらない国もあるんだ」
「そうなのか?」
姫と並んで歩く。目標は少し離れたところにある林だ。一応、危険な魔物がいないかどうか確かめるという大義名分はある。
だが、俺にとって姫は唯一元の世界の話をした人間なので、言葉に気を付ける必要がなく話をするのが楽だ。
それに・・・ええと、その・・・好きといってくれたしな。
でも、俺は今は女だ。いくらその中身が男といっても・・・そこら辺り、姫はどう考えているのだろうか。
とても正面切って聞いたり出来ないけどな・・・恥ずかしくて。
「・・・だが、まさかマルティンが不治の病だとはな」
「聞こえてた?やっぱり・・・」
「あれだけ大きな声で話していれば聞こえるだろう。・・・シャーリーが言っていたが、あの子の両親は1年前に亡くなっているそうだ。神殿への旅の途中で魔物に襲われたと言っていたが、その病気の事と何か関係があったのかもしれないな」
メイドが親代わりとか言ってたから、もしやと思っていたけれど・・・。
たとえば自分が同じ立場に立ったとしたら俺はどういう態度を取っただろうか。しかも彼はまだ10歳なのだ。
助けてあげたいとは思う。
贖罪。その気持ちが無いといえば嘘になるだろう。
ただの自己満足である事も分かっている。いくら善行を積もうと人々を助けようと、死んだ人たちが生き返るわけでも許してくれるわけでもない。
でも罪を重ねれば、こんな気持ちにもどんどん慣れていくのだろうか。
「アフィニア。私は魔法にあまり詳しくは無いが、病気を治してやる事は出来ないのか?」
「怪我と病気は違うからね。こちらでは病気は全て魔力異常が原因とされているし」
「違うのか?」
「僕たちの世界では違ったね。病気と一口に言っても、ウィルスとかによる感染性の物、心のバランスが崩れたことによる心因性の物、体の免疫異常がもたらす物もあるし」
「うぃる・・・とにかく色々あるという事か」
「それに加えて、こちらにはほんとうに魔力が原因の物もあるからね」
実際、こちらの世界に来た時に1年間、身動きが出来なかったのはそれが原因だった。
「だから病気といっても様々で、その治療法もそれぞれで違うんだ。薬でも、1つの病気には有効な物でも、他の病気の時に飲めば悪化させる事だってある」
「つまり、マルティンを治す魔法は無いということか」
「可能性ならあるけれど。解毒魔法を研究して、マルティンの病気の原因が特定できれば、あるいは・・・」
どちらにしても人体実験になる。
医学の進歩だって、長い年月の失敗の積み重ねなのだ。とはいえ、魔法の失敗で「患者を殺すかもしれない覚悟」は俺にはとても持てそうにない・・・が。
そんな事を言っているようでは駄目なんだろうな。
「可能性はあるのか。・・・危なそうな魔物はいないようだな」
「・・・そうでもないみたいだよ。あっちあたりに反応がある」
歩く前方、やや右辺りの方向に生命反応があり、俺はその方角に向かって指を指す。広域知覚の魔法で分かったのだが、無害な動物の可能性もある。
「そうか。行ってみよう・・・もし魔物だとしたら、私に戦わせてくれないか?」
「1人でって事?」
「そうだ。少し実戦で試したいことがあってな」
姫には何か考えがあるようだ。
「分かった。でも、危ないと思ったら僕も参加するよ?それでいい?」
「了解だ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
森の中を進む。密林というわけでもないので比較的楽に歩ける。
だが、アフィニアの魔法は便利だ。あの知覚魔法があれば、待ち伏せなど何の意味も無いだろう。
だから、そいつが目の前に飛び出して来た時も大して驚くこともなかった。
「グレーベアか」
巨大な灰色熊だ。今は後ろ足で立ち上がり、こちらを威嚇してくる。その高さは2mちょっと。
この種類のグレーベアでは特別に大きいわけではないが、だからといって油断できる相手でもない。
「ひっ、姫っ。だ、大丈夫!?」
「ああ、大丈夫だ。心配いらない」
後ろから聞こえる、アフィニアの心配そうな声。まったく変わった女、いや男か?まあどちらでもいい。
上級ランクの魔物である、あのウィニアドラゴンをたった一撃で葬り去り、そして分厚い城の城壁をいとも簡単に打ち砕く強大な魔法力。
一国の軍事力を凌駕する力を持ちながら、未だこの程度の魔物にすら怯えている。
まったくアンバランスだと思う。
夜にあまり眠れていないのも知っている。原因は1つ、あの城での出来事だろう・・・アフィニアは自分の魔法に巻き込んだ者たちの事を吹っ切れていないのだ。
あまりにも脆弱な精神。だが・・・それがアフィニアなのだろう。
いつかそれがあいつの足を引っ張る事になる。
「だったら、私が守ってやるしかないだろうな」
そのために私は、この程度の魔物などに苦戦しているわけにはいかない。
あいつの手を取って引っ張っていけるのは私だけだ。それが単なる勘違いであったとしても構わない。シャーリーやミュウでは駄目なのだ。
長剣を構える。今日は円盾は背中に背負ったままだ。
魔力を足と、剣を構えた右腕、そして手の延長線上の刀身に集中させる。
アフィニアがやっていた事の真似だ。幾度となくあいつは私の前でやっていた。
魔力を集中させる事によって、一時的に身体能力を引き上げる。
練習では何度も試した。そして今、魔物と相対している状況でも問題なく操れる。
「姫、それ・・・」
「・・・待たせたな。さあ、戦うとしようか」
アフィニアの声を黙殺し、私はグレーベアに声を掛けた。別に待っていたわけでもないだろうが、その言葉に敏感に反応して唸り声をあげてくる。
「グアアアアアッ!!」
そいつはまるで覆い被さってくるように襲い掛かってきた。
意外と早い。
だが、私はその腕の一撃を紙一重で躱す。
別に対応出来なかったわけではない。体勢を崩さないために、最小限の動きに抑えただけだ。・・・まあ、背後から「ひっ」とかいう声が聞こえてきたが。
「はあっ!!」
ヒュン、という軽い音。だが私の剣の一振りはグレーベアの右腕をヒジの部分から切り飛ばした。
痛みに一瞬動きが止まる熊。
いける。
私はグレーベアの首に向かって真横から長剣を叩き付けた。首には骨だってあるはずなのに剣に伝わる感触はあまりにも軽く、そこに何も存在していないような錯覚すら覚えた。
だが実際にはグレーベアの頭部は空を舞い、頭を失った体は前のめりに倒れた。
「・・・ふう」
剣術や武術においては『気』という物がある。長い修行の果てに身に付ける事の出来る技術だ。
私もその片鱗ならば扱う事が出来る。
だが、『魔力』をその代用として使うという発想は今までなかった。何故ならば『気』は修行によって誰にでも得られる物だが『魔力』は先天的な物だからだ。
魔力によって身体強化が出来るほどの魔力量があれば、普通は魔法使いを目指すだろう。
強化にはそれほどの莫大な魔力がいるのだが・・・私にはそれほど『魔力』は無かったはずだがな。
「姫。さっきのは魔力による身体強化だよね」
「ああ。お前がよくやってるやつだ」
「凄いね・・・。こんな事まで出来るようになってたんだ」
アフィニアは、おっかなびっくりグレーベアの死体を見ている。
多少だが、顔色も悪く見える。
「いつまでも、お前に守られたままではいないさ」
「そっか・・・そうだね」
「もう少し見回りをしたら戻るとしよう。そろそろ昼食の時間だ」
よし、実戦でも問題は無かった。私はまた1つ強くなれた実感を持って歩き始めるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お姉さん、モデルをやって貰えないでしょうか?」
「・・・・・・へ?ぼ、僕?」
昼食後、マルティンにそう切り出された。
すでにシャーリーとミュウは見回りに出かけている。
「モ、モモモモデル?」
「はい」
「えっと、なんで僕を?姫とかシャーリーとかミュウとかいるのに」
「はい。3人とも凄く綺麗だと思います」
いやまあ、この体の容姿については悪くない・・・いや、凄く良いとは思っている。
ただ、姫とかシャーリーと比べるとなるとどうだろうか。
「でもお姉さんだって、3人に負けないぐらい綺麗だと思います」
「そ、そう・・・?」
「いいじゃないかアフィニア。描いて貰えば」
「ひっ、姫!?・・・えーと、うーんと・・・・・・分かりました・・・」
姫が面白そうにニヤニヤ笑っている。俺が困った顔をするたびに、姫は何故か嬉しそうに見えるのだが。
Sっ気があるのだろうか・・・あったな。
「ありがと、お姉さん!」
マルティンの横に立っているメイドの視線が凄く痛い。