44話 「マルティンとメイド」
「コルネリアへ誰か知り合いでもいるのかい?」
「ええ~。実はそうなんです~」
馬車の御者台に隣り合って座っている、ふわふわした神官が答える。
茶色の目と髪。腰まであるロングのふわふわウェーブの髪型は、その雰囲気にぴったりだ。
なんというか、悪い男にすぐコロッと騙されそうなところが。
「まあ、俺たちは助かったがな。何しろ土の神ゲオルク様の神官だ」
「いえいえ~」
「まあ実際の話・・・昨日の襲撃で出た怪我人も、本当なら死んでてもおかしくないからな」
俺は、各国を旅する隊商に所属する商人の1人だ。
隊商とは、旅の安全を図るために複数の商人同士が組んだチームだ。皆が金を出し合って専属の傭兵団を護衛に雇い、魔物や盗賊から積荷や商人の命を守るのだ。
俺たちはジンバル王国から出発し、ノア王国やアーリスなどの街村を通りながら商売をし、最後はまたジンバルの王都クリスタに戻る。
そういうサイクルで旅をしているのだが・・・11日ほど前、王都クリスタで商いをしていた俺たちは彼女に同行を申し出られたのだ。
「ノアの王都、コルネリアに連れて行ってくださいませんか~?」、と。
何しろ彼女は神官だった。
ケープに描かれた、大地に生える小麦を図形化したシンボル。
土の神、もしくは褐色の神とも言う、『ゲオルク神』に仕える神官のみが身にまとう事ができるマークだ。
神官は神々の力を借りて、癒しの力を使う事が出来るのだ。嘘か本当かは知らないが、神殿の司教ともなれば死者を復活させる事も出来るという話だ。
隊商のリーダーは、即座に彼女の同行を許可した。
その選択は間違っておらず、昨日の魔物の襲撃でも怪我人を次々と癒し、結局死者はゼロだった。
怪我の状態からみて、本来ならば2、3人は死んでいただろう。
「改めて礼を言っておくよ。ありがとうな」
「もう昨日の間に散々言われてますから~。まあでも、素直に受け取っておきますね~」
ううむ。この、ふわふわ具合はやはり心配だ。
「その、なんだ。コルネリアに来たのは男関係かい?」
「?」
ああ、国に残している娘と同じぐらいの歳だからだろうか、余計な心配だと思いつつも聞いてしまう。
確か歳は16とか言っていたな。
彼女はしばらく小首をかしげながら考えていたが、どうやら意味が分かったようだ。慌てて目の前でパタパタ手を振りながら否定する。
「いえ~。知り合いに会うのですけど、全員女性ですよ~」
「そうか。それは余計な質問だったな」
「いえいえ~」
「今日中にはコルネリアに着くだろうが・・・気を付けてな」
「はい~。あなたに神のご加護がございますように~」
大地の神の加護とはありがたい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うん、乗り心地は悪くない。良いよアリオン、お前なら長時間でも乗っていられるよ」
俺からの賞賛の言葉に、チラリとこちらに振り向く真っ黒な一角馬。
どうやら満更でもないようだ。
俺たちは、依頼を受けた翌日の朝早く・・・まだ、薄暗い中、依頼主であるマルティン・ハイデマリーとそのメイドの2人と合流した。場所は街北の街門だ。
そこにはすでに馬車が止まっており、いつでも出発できるようになっていた。
互いに軽い挨拶を済ませて王都を出たのはそれから30分後。目的地はリーリア湖、このノア王国で3番目に大きな湖だ。
だが、メイドさん・・・名前はヘレーナといい、20代後半ぐらいの年齢らしいのだが、彼女にはずいぶん警戒されてしまった。
俺はすっかり忘れていたが、アリオンは一角馬。頭にツノの生えた馬、魔物なのだ。今後は少し気を付けなければならないか? ・・・マルティンの方は逆に興味津々のように見えたのだが。
魔物使いである、との説明で一応は納得してもらったが。
馬の背で揺られながら、ゆっくりと周りの景色を堪能する。
木々は生い茂り、正面からは暖かな風が吹きつけてきている。
今は無の月。無色の月という事らしいが、季節的にいうと元の世界の4月。いわゆる春だ。
ただ、こちらには桜など生えていないので、あの一面のピンク色の情景は見ることはできそうにないが。
懐かしいな。
・・・・・・桜か。
春と桜は、どうしても亜美乃先輩の事を思い出させる。
新入部員の歓迎会。
男どもに周りを囲まれて、困ったように笑う少し茶色っぽい長い髪をした美人。
「まあ、一目惚れってヤツだったんだろうな」
だが、俺がこちらに来てもう8年。あちらも同じだけ時間が流れているとすれば、先輩はもう25歳になる。
それだけ経てば、もう俺の事など忘れているかもしれない。
いや、考えないようにしていたが・・・新しい恋人が出来ていても、ちっともおかしくはない。
おかしくはないが・・・。
そもそも、俺の体は無事なのだろうか。
意識不明の状態で入院中とかであればいい。だが、もし・・・。
(やめよう。今、考えたところで答えなど出ない)
目的地のリーリア湖まであと半分。行った事はないが、時間的にはあと2時間ぐらいで着くだろうと思う。
乗馬はそれなりに楽しいが、やはり会話もなしに1人で4時間というのはつまらない。
・・・そうだ!
「ねえ、マルティン。この馬に乗ってみたくない?」
出発のときのマルティンの興味深げな表情を思い出し、俺は隣を走る馬車の中に向かって声を掛けた。
程なく馬車の窓からマルティン少年が顔を出す。その後ろに姫たち3人の顔も見える。
「・・・いいの?お姉さん」
・・・・・・お姉さん。お姉さんか・・・いや、間違いじゃない・・・その通りだ・・・。
今の俺はどこから見てもお姉さんだ。
「もちろん」
「乗りたい!」
「待ってください! 危険すぎます!」
御者台に座るメイド、ヘレーナから待ったが掛かった。彼女は馬車を操る手を止め、こちらを睨みながら俺のそばまでやって来る。ええと、下からそんなに睨まれると気まずいんですけど・・・。
えーと、何?馬がまだ信用されてないの?
「ええと、大丈夫だよ。凄く大人しいから・・・」
「そんな事ではありません!!」
「ええっ!?」
じゃあなんで俺睨まれてるの!?・・・もしかして警戒されているの、俺っっ!?
「ヘレーナ」
「坊ちゃま・・・」
見詰め合うマルティンとヘレーナさん。先に視線を外したのはメイドの方だった。「失礼しました」と言って彼女は御者台に戻り、マルティンは馬車の外に出てくる。
「では、よろしくお願いしますね・・・お姉さん」
「・・・分かった」
さっきのメイドの態度は凄く気にはなるが・・・俺はいったん降りてからマルティンを馬に押し上げる。そして続いて俺は馬に乗り、彼の後ろで手綱を握る。
「うわー!! 高い、高いです!!・・・ボク、馬に乗るの初めてなんですよ、お姉さん!」
「初めてか」
俺も初めて馬に乗ったときはその高さにビビったものだ。・・・マルティン少年はどちらかというとビビるというよりはとっても楽しそうだが。
しかし、あのメイドのこちらをチラチラ窺うような視線が困る。馬車に集中してくれ。
それから目的地に着くまでの間、俺はマルティンと色々な事を話した。今までに描いた絵の事とか、これから行く湖の事、あとはジンバル王国の事など。前回の警戒心むき出しの時とは明らかに態度が違う。なんていうのか、信用されているようなんだが・・・その理由が分からない。
だから、その事をマルティンに尋ねてみた。
「前に護衛してもらった時、掛けて貰った言葉がとても嬉しかったんです」
「そ、そうなんだ」
やばい。まったく覚えて無いんだが・・・だが、覚えてないなんて言えない。
俺、そんな特別な事言ったか?
「ええと、何かごめんなさい」
「・・・えーと?何、いきなり謝って?」
「いえ。ヘレーナの事、凄く気にしているみたいだから。いつもああなんです」
「あはは・・・ずいぶんと過保護だね」
「ヘレーナは母親代わりですから」
母親代わり。何か重い話の予感がする。・・・まあ、元の世界ほど医療技術も発展していないようだし、それに代わる癒しの魔法も裕福層や神官のみに許された技術のようだから・・・こういった不幸話はいくらでも転がっているのだろう。
「ボクが病気に罹ってからは特に心配性になって・・・」
「病気?」
「はい」
「そっか」
「ええと、ごめんなさい」
「謝ってばかりだ」
「ええと、ごめ・・・。いえ、病気といってもうつったりしない物ですから安心してください」
「・・・聞いてもいい事かな?」
マルティンは前を向いたままだ。だから俺からは表情が見えない。
「ええと、不治の病らしいです。足から徐々に動かなくなっていく病気で、今はまだ歩けますけどそれも出来なくなってあと1年以内には手も動かなくなるそうです・・・そして最後は」
「・・・もういいよ」
後ろからそっと肩を抱いて言葉を止めさせる。
元の世界にも、確か似たような病気があったはずだ・・・名前は難しいので忘れたが。それも治療方が見つかっていないはずだが・・・この子の病気も治療法が本当に無いのだろうか。
魔法。・・・魔法が本当に万能の力であれば、この子の病も治してやる事が出来るのだが。だが残念ながら今現在、怪我は治せても病気を治す魔法は無い。
俺に出来る事なんてたかが知れている。
「・・・・・・ふう」
「・・・」
「一つだけ聞かせて?今回の依頼に僕たちを指名したのはどうして?」
「お姉さんなら信用できると思って。あ、でも以前に護衛を頼んだ男の人は凄く怖かったので、それも理由です」
それは理解出来る。冒険者の中には、まるでヤクザのような雰囲気を持っているのがゴロゴロいるからな。
命のやり取りをする、という意味ではヤクザも冒険者もさほど変わらないか。
しかし一体、俺は前の依頼の時マルティンに何を言ったんだろうか?
「!!」
突然、アリオンが上空を見上げる。つられて上を見る俺の目に映ったのは・・・竜。
そしてマルティンも顔を上げ、驚きの声を出す。
「フォボス!!・・・こんな所まで来るなんて・・・!?」
それは、前に見た恐竜などではなく本当のドラゴンだった。かなりの高さを飛んでいるのか大きさは判別出来ないものの、3つの首と4枚の羽根、二又に分かれた尻尾を持っているのが見えた。
マルティンの声に反応したのか、ヘレーナさんも馬車を止める。
しかし、ここは道の真ん中、周りに広がるのは平原だ・・・隠れる場所などあるはずもない。
だったら、開き直るしかない。
「あれが、噂の神竜か・・・」
姫がいつの間にか馬車を降りて空を見上げていた。その近くにはシャーリーとミュウの姿もある。
フォボス・・・実物を見るのは初めてだが、この距離でもとてつもない威圧感を感じる。まあ、向こうは一瞬にして街を破壊できる化け物だ、それも当然だろう。
神竜。それは創生の時代、神のペットとして生み出されたと言われている。
当時に何匹いたのかは分からないが、文献には6匹の名前がある。そして現在この大陸中に4匹の存在が確認されている・・・名前を持った知恵ある竜たち。
1匹は遠く東の果ての火山の溶岩の中に眠り、1匹は大陸中央部の地底の奥底で沈黙している。
近場では、南の海の奥深く光も届かない海底に『深海竜カロン』がいる。こいつは目も耳もない、細長い蛇のような姿をしているらしいが、たまに浮かんできて船を襲うぐらいで見た人間があまりいない。
そしてあの『嵐竜フォボス』だ。3つの首と4つの翼を持つ大空の覇者。
今更、隠れても無駄なのでその場でじっと眺める。・・・竜はしばらく上空を旋回していたが、やがて北の方向に向かって飛び去っていった。あちらには住処であるヘルガ山脈があるから、家へ帰ったのだろう。
「何か、凄いものを見たな」
「はい。でもあの竜がここらまで来る事って珍しいんですけど・・・街を襲う時ぐらいです」
「ああ、聞いた事があるな。高貴な人間を生贄に要求し、逆らったら街や村を焼くとか。ただし、要求を呑めば何もしないと聞いている」
「はい。今は竜には逆らわないようにしていますから、街が襲われる事はないと思いますが」
姫とマルティンが話をしている。竜に逆らわない→生贄を捧げている、になるのだが・・・。街が襲われればたくさんの犠牲者が出る。それを防ぐために生贄を受け入れる。
わずかの犠牲で、大多数を助ける。それは間違ってはいない、間違ってはいないのだが・・・。
だが、俺がそれを否定しても意味は無い。ただの感傷に過ぎないし、代案が無いからだ。
「アフィニア」
「・・・姫」
「変な事は考えるなよ。お前は顔に出やすいからな」
「・・・・・・あれには勝てそうにないね」
「戦うつもりでしたの?それは、無茶で無謀というものですわ! 確かにあなたは強力な魔法を使えるようですけれど、相手は神話に語られる存在ですのよ?」
だが、いつかアレと戦う日が来るような・・・そんな気がする。