43話 「名指しの依頼」
手紙。この世界の手紙は基本、街や村などを行き来する行商人に金を払って頼むしかない。
まだ郵便制度は整っていないし、郵便配達人もいない。
不確実極まりないが、それ以外に方法がないのだから仕方が無い。
なるべく誠実そうな人を選び、少なくないお金とともにササラさんへの手紙を渡した。その中に父さま母さまへの、俺が無事である事の報告の手紙も同封したが。
ササラさんならば、上手く俺の両親に渡してくれると思う。
しかしどれだけ誠実でも、魔物とか盗賊などに襲われて結局手紙が届かない可能性もあるにはある。そこまで考えても意味は無いが。
さて、前回の迷宮探索の失敗を踏まえ、回復系魔法の習得、盗賊の確保、そして迷宮の情報の収集の3つ。
まず1番目の解毒魔法などの回復魔法の習得のために、ササラさんへの手紙は出した。タダで、というのは心苦しいのでちゃんと報酬の話も書いて送った。
そして2番目。だが、この盗賊の確保に関しては難航していた。
ここ、ノアの王都コルネリアの盗賊ギルドに行ってみたのだが、現在フリーの女性はいないらしい。
女盗賊の人数が元々少ないのもある。
とはいえ、このパーティーにいまさら男性メンバーの追加というのは難しい。
そして情報。
あの時に俺が思った、「この迷宮は生きている」という感想。これは意外と有名な話だったらしい。
ランクの高い冒険者たちは、迷宮の中ではつねに「迷宮が俺たちを監視している」と思っているそうだし、1度解除したはずのワナが、見ていない内に再生していたなどという事も普通にあるそうだ。
ワナの位置と種類は固定らしいが。
ということは、あの地図に書いてあったXマークにはちゃんと意味があったのか。
俺たちは生活費を稼ぐ必要もあったので、日々冒険者ギルドの依頼をこなしている。
この国はジンバル王国に比べて治安も悪いし魔物も多い。次々と舞い込んでくる依頼をこなしていくうちに無の月が終わろうとしていた。
俺たちがこちらの国に来て、もうすぐ1ヵ月半になるのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「そろそろ返事が来てもいいと思うんだけどな」
「ササラ様への手紙ですか?」
「そう」
ここから王都クリスタまで、馬車の旅で10日前後。あの商人は途中の都市エーヴィンにも寄る、とは言っていたが・・・まだ時間が掛かるようなら失敗したと見て、もう1度手紙を出したほうが良いかもしれない。
ササラさんに解毒魔法について、何とかヒントだけでも教えてもらうのだ。
「アフィニア、シャーリー。そのことも大事だが、今はこちらの事を考えてくれ」
「分かった・・・で、姫。良い依頼あった?」
「また討伐系の依頼、というのもな・・・」
俺たち4人は今、冒険者ギルドで掲示板代わりの壁に向かって依頼の吟味中だ。
ギルドのロビーはそれなりの数の冒険者たちがいて、俺たちと同じようにして依頼を探している。
この国、ノアには魔物が多い。
魔物が多ければ討伐系の依頼も自然と多くなる。民間で対処しきれない魔物には騎士団が出るが。
討伐系とは文字通り、魔物や有害な猛獣を退治する依頼で、その多くは国や騎士団、地方の領主達から出されている。
ミュウなんかは、この討伐系を特にやりたがるのだが。・・・俺たちとパーティーを組む前は、1人でずっとそういう依頼をこなしてたらしいからな。
さっきからミュウが見ているのもそればかりだ。
それ以外の依頼というと、まずは護衛系。これは個人や屋敷のガードマンのようなものから隊商の護衛などまで実に様々だが、日数が多く掛かるものが多い。ただし、その間の食事は保障されるのが普通だ。
次に採取系。どこかに生えている薬草を取って来てくれとかいう簡単な物から、魔物の体のどこそこを取って来いなどという魔物の種類によっては難易度がかなり高くなる物もある。
そして運搬系。どこか特定の場所へ荷物(食料や薬など)を運ぶ依頼で、だいたい目的地は他の村や町だ。ササラさんへの手紙を運んでもらったのもある意味これといえるかもしれない。当然、荷を狙う盗賊もいるので決して安全な仕事とはいえないし、なによりも信用が第一の仕事だ。
最後に雑用系。これはようするに仕事のお手伝いとか、いなくなったペットを探してくれとか、何でも屋みたいなものだ。危険は少ないが、実入りはその分少なめである。
「後は、採取系とか護衛なんかもあるけど・・・」
「アーリスの王都ルーカンまで行くのもあるな。行き帰りで1ヶ月ぐらいかかりそうだが」
「いつかは行ってみたいね。でもササラさんから返事が来るまでは近場のほうがいいな」
この国は地理的に言うとジンバル王国のななめ右下に位置する。隣接する国は4つ。上にはアーリス王国があり、右側にヴァルラム帝国とネーストル王国がある。
「とにかくお金が必要なんだから、効率よくやってかないと」
「そうだな。高い買い物の後だしな」
「・・・どうしてわたくしを見るんですの。ひ、必要な物なのだから仕方がなかったのですわ!」
さすがにミュウも俺と姫のジト目には耐えられないようだ。
高い買い物とはミュウの私物だ。着の身着のまま無一文でジンバル王国を出たから、確かに色々揃える必要はあったのは確かなのだが。
それでも、高級品を買うことはなかったのだ。
おかげで家計に大打撃である。
「ドレスはフルオーダーメイドだし、相場の20倍はするティーカップは買ってくるし・・・割ったらと思うと迂闊にお茶も飲めないよ」
「わたくしの家ではそれぐらいが普通でしたわ。割れたらまた買えばいいのですわ」
「ああ、ミュウ。お前に財布は2度と預けない方がよさそうだ」
姫。その意見には俺も賛成です。シャーリーも深く頷いている。
なにより今は4人の財布が一緒だしね。
あーでもない、こーでもないと雑談していると、カウンターから受付嬢がやって来た。
いつもの顔なじみの人だ。確か名前は・・・アマーリエさん。
ペコりと軽く挨拶する彼女の右手には1枚の依頼書。
「チーム『クラウン』さん。名指しの依頼が入っていますよ」
「名指しですか?」
チーム名、『クラウン』。別に自分たちで名乗ったわけではないのだが、俺が「姫、姫」と言っていたことで俺たちは姫とその従者のパーティーである、という冗談まじりの噂が広まったらしい。
ミュウはさっそく購入した高級ドレス姿だしな。
それで受付嬢たちが俺たちにつけたチーム名が「王冠」というわけだ。
確かにチーム名はあったほうが便利だし、受付嬢に文句を言っても仕方が無いので受け入れている。
「名指しって誰からかな?」
ここに来てまだ1ヶ月半だ・・・それほど人と面識があるわけではない。しかも俺たちが受けた依頼は魔物の討伐系が中心だ。
俺たちを名指しで指名してくる依頼主に心当たりは無い。少なくともこれが初めてだ。
「マルティン・ハイデマリーという方ですよ?」
「・・・ハイデマリー?何か、聞き覚えあるな」
「姫も?僕も聞いた事があるような気がする」
「わたくしは知りませんわ!」
ミュウには期待して無いけどな。
うーむ・・・確かに聞き覚えはある。だが、どちらにしても、それほど親しい人間ではないようだ。
しかし、こんな時に役に立つのはいつも彼女だ。
俺からの目線を受けて、多少得意そうに話始めるシャーリー。
「マルティン・ハイデマリー様といえば、ここに来てすぐの頃に受けた護衛依頼の対象です」
「・・・ああ、思い出した。・・・あの絵ばかり描いてた男の子だ」
「いたな・・・だが、あの時はこちらとほとんど喋らなかったはずだ。名指しで依頼してくるほど好印象だったとはとても思えないが」
マルティン・ハイデマリーからの依頼を受けたのは、この王都に来てすぐだった。
確か、深き迷宮の失敗の直後だったと思う・・・その時の依頼内容はマルティン自身の護衛。
場所もただの王都近郊の野原で、そこまでの危険があるとも思えなかったが。そしてそこで彼は日没まで絵を描き続けたのだ。メイドに世話されながら。
メイドを雇っているのだから、それなりの家の子だろうとは思った。
だが、その時はこちらを警戒するような感じだったので、こちらもあまり話をする事もなく黙々と見張りを続けた。結局その日は何の事件も起きることもなく終わったため、印象が薄かったのだ。
「ハイデマリーといえば、落ち目とはいえ男爵家の1つですよ」
「男爵家・・・」
受付嬢さんからの情報。
まあそれぐらいでないと、冒険者を雇ってお出かけなんて出来ないか。
「それで、依頼ってどんなのですか?」
「前回、受けてもらったものと同じ護衛依頼です。護衛対象者は2人、でも場所はリーリア湖となっているわ」
じかに依頼書を見せてもらう。
ふむ。報酬は相場よりいいし、人数は俺たち全員で受けられる。
依頼日は俺たちが受けた日の翌日、つまり明日の朝暗いうちからの出発。
しかし、リーリア湖か・・・馬車で移動しても4、5時間は掛かるな。それにヘルガ山脈に近くなるため魔物が出る危険も上がる。
しかし、そんな所に何の用があるのだ。・・・湖の絵でも描くつもりなのか?
それともピクニックか。
「ええと、ちなみに僕たちがその依頼を断わったらどうなります?」
「どうもならないわ。依頼主に断わりを入れて、向こうが他の人でも良いと言ったらあの壁の依頼書の中の1枚になるだけ。ただ、指名してくれる依頼主は大切にした方がいいと思うけれど」
「そうですか」
アマーリエさんに少し待ってもらい、みんなで相談する。
シャーリーはコクリと頷いたので、俺に任せると言う事だろう。
「どうかな?姫、ミュウ。僕は受けてもいいとおもうんだけど」
「私も受けてもいいと思うぞ。リーリア湖は行った事がまだ無いからな」
「わたくしも異論はございませんわ・・・楽しそうですもの」
みんなも賛成のようだ。
「アマーリエさん。このご指名、受けさせていただきます」
「了解しました。では、さっそく依頼主の方に伝えておくわね」
そうして今回の仕事、マルティン・ハイデマリーの護衛が決まったのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「・・・・・・ふぁ」
朝も早いと、眠くて仕方が無い。
4人乗りの馬車の中、私とシャーリー、ミュウと依頼主であるマルティン・ハイデマリーの4人が居心地悪そうに座っている。どうやら彼の人見知りはまだ治っていないようだ。
マルティンは見たところ10歳前後、リリムと同じぐらいの歳だろう。視線が定まらないのは緊張の為か。
まばたきの数も多い。
御者台にはマルティンのメイドのヘレーナ。彼女の馬車を操る技術は高いのかもしれないが、道がしっかりと整備されていないのだからガタガタ揺れるのも仕方がない。
「王都のすぐ近くだというのにな」
「セラフィナ様、何か仰いましたか?」
「ああ、道があまり整備されていないなと思ってな」
私の言葉にシャーリーが納得したような顔をする。
他大陸との貿易でとても豊かであったジンバル王国と比べても意味はないか。この国には道を整備するよりも先にやらなければならない事があるのだろう。
そこまでで街道の事を頭から締め出し、ここにいない人物の事を考える。
そうアフィニアだ。
現在アフィニアは自分の愛馬、アリオンに乗っているところだ。
そう。やっと先日、馬用の鞍が完成したのだ。それのテストを兼ねて今日は1人、馬車の外で馬に乗っている。
まあ、馬といっても真っ黒な一角馬なわけだが。
(乗馬があまり得意ではないアフィニアには丁度良いかもしれないな)
何しろ、言葉が通じているようなのだ。ただの魔物であるはずがない。
今のところ心配する必要はなさそうだが。
まあいい、考え事ならいつでもできる。まずは仕事だ。
とりあえずは・・・・・・依頼主との信頼を作る所から始めようか。
私は未だ警戒心を解かないマルティンに向かって、笑顔を作りながら話しかけるのだった。