38話 「大家さんの事情(上)」
商人ギルドの受付の人に案内されるまま、俺たちは「当てのある物件」とやらに向かっている。
馬車は面倒なのでギルドの前にそのまま置いて来た。なので今は徒歩だ。
まあ、シャーリーがいるから大丈夫だろ。
役に立つか分からないが、モルドレッドもいるしな。
番犬ならぬ番虎だ。
「なんか絶対、訳あり物件だよね。1ヶ月7000シラなんて」
「ああ」
「幽霊とか出るのかな。料理の事聞かれたから、腹ペコ幽霊とか?」
「・・・ああ」
姫が言葉少ない。もしかして幽霊が怖いとか?
いや、まさかね。
しばらく雑談をしながら歩く。
そしてたどり着いた場所。そこは街外れ、街を守る街壁の側の、庭付きの2階建てのお店だった。
たぶん料理屋かな。
だが・・・お店といっても開いていないし、人の気配もなさそうだ。
よく見ると扉に張り紙がしてあり、休業中の文字が。
「結構広いな」
「わたくしは、ここが気に入りましたわ!」
気に入るの早すぎ。
「こちらです」
受付の人は店ではなく庭の方へ入っていく。
ぞろぞろと付いて行く俺たち。受付の人はそのまま庭を進み、離れらしい建物の前に立った。
「こんにちはー」
扉をドンドンと叩く。
「うるさいわね、ならないって断わったでしょ!!」
扉を乱暴に開けて出てきたのは、栗色の髪の女の子。
年は・・・俺と同じぐらいか?
彼女はこちらを見て、目を丸くする。
「あ、れ?」
「こんにちは、リーゼロッテさん」
「あ、は、はい」
女の子は驚きながらも受付の人と挨拶を交わす。
だが、俺たちの方を見て訝しげに目を細める。それを見て、俺たちを紹介する受付の人。
「こちらは、住む所を借りたいと仰る方たちでね」
「ああ・・・でもあれはもう」
「でもほら、今度は女性だけだから。それに料理が得意な娘もいるし」
「!・・・分かりました」
勝手にそっちだけで話をするのは止めて欲しい。
その思いが通じた訳ではないだろうが、その女の子は家の中へ俺たちを招き入れた。
「とりあえず、狭いですけど家の中へどうぞ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ええと、好きなところへ座ってください」
「はあ」
座れっていっても。
居間らしき所へ通されたのだが、椅子も2つしかなく・・・ええい、床でいいや。
姫たちも俺の周りに座る。
「それで話はどこまで聞いているんですか?」
「安いって事だけ」
「・・・そうですか」
チラリと商人ギルドの人を見る女の子。
だが、ため息をついただけで何も言わなかった。
「まずは自己紹介しますね、わたしはリーゼロッテと言います」
「これはどうも。アフィニアです」
「セラフィナだ」
「ミュウ・イアリー・エ・・・」
バシっ!
「い、痛いですわっ!」
「こら、ミュウ」
姫が頭を叩いたようだ。
ナイス姫。でもやはりミュウは嬉しそうに見える。
やっぱり、M?
「・・・・・・ミュウですわ」
リーゼロッテさんは、ものすごーく不審そうな目を向けてくる。
やめて。その蔑んだような目はやめて。
「話、続けますね?」
「はい」
「わたしの両親は冒険者だったんですけど、料理店もやっていたんです。自分で取ってきた素材で料理する、ちょっと変わった料理店。結構、評判も良かったんですよ」
「面白そうだ」
「ですけど、ある日冒険に失敗して両親は帰らぬ人となりました・・・1年前の事です」
うん。それは予想してた。でなければ、家を貸すとか店が休業とかならないよね。
「まあその事はいいんです。ですが、叔父が・・・つまりお父さまの弟がこの店を欲しがりまして。ですが渡したくないわたしは、何とか税金を払えるようにしなければならなかった訳です」
「ああ、だから家を貸すんだね」
「そうです」
話を聞いた限り、何も問題なさそうなんだが。
もしかして、その叔父とかいう人が嫌がらせとかしてくるとか?
「そして、家を貸す条件が・・・料理をわたしに教えてくれる事なんです」
「えーと。それは大丈夫だけど・・・普通、他の料理店とかで修業したりしない?」
「そうだな。料理を教わりたい、というのはつまり両親の跡を継いで料理人になりたい、という事なのだろう。けれど、それならやはり料理人に弟子入りするべきだと思うぞ?」
「・・・」
あれ?姫の言葉に、リーゼロッテさん微妙な表情しちゃった。何か事情がありそうだ。
「出来ないのよ」
「は?」
「だから、弟子入り出来ないの」
意味が分からず、周りを見回す。
姫も戸惑ってる。ミュウは・・・暇そうにしてないで話聞けよ少しは。
「ああ、リーゼロッテさんは話づらいようなので、ここからは私が」
黙ってしまったリーゼロッテさんに代わり、受付の人が話し始める。
しかしこの人は、ちゃっかり2つしかない椅子に座っていたり・・・侮れない。
「リーゼロッテさんの叔父という人は、商人ギルドの副代表なんです。それで色々な所に手を回してましてね、リーゼロッテさんを弟子に取らないよう、家を借りたい人を紹介しないように。ですが、私たちもリーゼロッテさんのご両親にはお世話になっていましたから」
「なるほど。こうやって僕たちを紹介するのも本当は駄目だと」
「卑怯だな、その叔父とか言うヤツは」
「ゆ、許せませんわ! そんな卑怯なやり方、このミュウ・イアリー・エ・・・」
バシっ!
「い、痛い、痛いですわっ! そんなにポンポン叩いて馬鹿になったらどうしますの!」
「心配しなくていい」
「ど、どういう意味ですのっ! セラフィナ・フォースフィ・・・」
バシっ!
話に参加してきたと思ったら、姫とミュウは漫才を始めてしまった。
リーゼロッテさんと受付の人の視線が痛い。
「き、気にしないで話を先に進めてください」
「はあ・・・」
「まあ、話といってもそれぐらいですが。ああ、前に紹介させていただいた方の事を言っておきましょうか」
「前?」
「そうです。前にもこっそりリーゼロッテさんに家を借りたい、という方を紹介したのですが・・・」
「とんだセクハラ野郎だったのよ・・・」
怒りに顔を染めながらリーゼロッテさんが言う。
下手に叫んだりせず、淡々と話すところが恐ろしい。
「料理を教えてくれるというから住まわせたのに・・・料理そっちのけで胸は触ってくるわ、お尻は触ってくるわ・・・縛って叩き出したわ」
「いや、まことに申し訳ない」
受付の人が謝る。紹介した手前、やはりすまないと思っているのだろう。
なるほど。だから俺たちのような女性なら大丈夫、という事か。
「あなたたちがここへ住んでくれる、というのならわたしは歓迎するけれど。ただ、商人ギルドと揉める可能性はあるわよ?それでもいいの?」
「ああ、それぐらい大丈夫だ」
「何でしたらその叔父という人を、わたくし達が懲らしめてもいいですわ!」
「僕たちは何も問題ないから・・・家を見せてもらえるかな?」
「ええ、いいわ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「2階の部屋はどれでも自由に選んでもらって構わないわ」
お店の2階部分。そこには部屋が6つもあり、住むのに苦労する事はなさそうだ。
なんとなく造りが宿屋を連想したのだが、リーゼロッテさんに聞くと間違いではなかった。
元々は両親が宿屋を始めるために建てたらしい。
だが冒険心を捨てる事が出来ず、宿屋ではなく不定期営業の料理店になったのだそうだ。
部屋は左右に3つずつ。中にはベッドやタンスも置いてあった。さすがにマットレスや布団類はなかったが。
「掃除さえすれば、今日からでも住めそうだな」
「どうする?ここでいい?」
「わたくしは構いませんわ!」
「私もここでいい」
俺もここでいい。まあ、他を探すのが面倒になったというのもあるけれど。
リーゼロッテさんのあんな話を聞いた後では、特にね。
「じゃあ、リーゼロッテさん。これからお願いいたします」
「はい。じゃあ、契約書作るからこっちへ来て」
「分かりました。姫とミュウは、どの部屋にするか決めておいてね?」
その後、リーゼロッテさんとの契約が済む頃にはもう昼になっていた。
不味いな。シャーリーたち待たせっぱなしなんだが。
「シャーリーたちを迎えにいかないと」
「そうだな。ついでに昼食と買い物をしてこよう」
「リーゼロッテさん、少し出てきますね。色々買ってきます」
「だったらカギを渡しておくわ。表のカギと部屋のカギが4つ・・・もし部屋を変更したくなったら言って。わたしは大体、この離れにいるから」
「分かりました」
勝手にシャーリーの部屋まで決めてしまったが、不味かったか?
まあ、変更もOKと言ってくれたのでいいか。
「行くよ・・・姫、ミュウ」
「分かった」
「よろしいですわ!」
「ああ、馬車のある所へ戻るんだね。私も戻るよ」
受付の人が同行を申し出てきた。
なら、良い店とか教えてもらうとしよう。
「ええ、では一緒に行きましょう」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「私はアフィニア様と同室がいいです」
「ええっ」
シャーリーと商人ギルド前で合流し、部屋について報告したらこのような答えが帰ってきた。
いやまあ、寮では同室だったし慣れているといえばそうだが。
いえ、裸をじっくりと鑑賞したことはアリマセンヨ?偶然チラリと見えた程度で。
「シャーリー、それはやめた方がいい。やはり個人のプライベートというものがある」
「そ、そうだよ、シャーリー。屋敷でも部屋は別々だったしね」
「・・・」
「ええと、部屋ならいつでも来ていいからね?」
いや、なんで俺は必死になってるんだろうな。
「アフィニア様がそう仰られるのでしたら、そのようにいたします」
「う、うん」
「ですが、朝、アフィニア様を起こすのは私の仕事です。これは誰にも譲れません」
うう。なにか姫とシャーリーの間に火花が散っている気がする。
姫は・・・うん。まあ、あれだが。シャーリーも俺の世話が生き甲斐とか言ってるからな。
俺のために争わないで、とか言ったほうがいいのか!?
「さっさと昼食に行きますわよ?」
「そうだな」
「そういたしましょう」
「その後は買い出しですわ!」
おお。ミュウの助けの手が。
本人は意識してやってないみたいだが。良くも悪くも空気を読まないのがミュウだ。
それから俺たちは昼食を食べた後、マットレスや机、椅子といったものから食器や調理道具まで。そして夕食の材料を買ってリーゼロッテさんの待つ家に戻るのだった。
夕食のメインは、買ってきた鶏肉とトマトと玉ネギを使った、鶏肉のトマト煮込み。
生のトマトを材料にしてトマトピューレを作るのは初めてだったのだが、どうやら上手く出来たようだ。
夕食に誘ったリーゼロッテさんも、「やるわね」と褒めていたしな。
食事はお店の厨房を使わせてもらい、夕食はお店の食堂でだ。
死んだお父さんの使っていた場所だから何かこだわりがあるかと思っていたが、別にそんな事はないようだった。実際の所、他に料理できる場所はリーゼロッテさんの離れにしかないんだけどね。
部屋の掃除やら、荷物を運ぶのやらで疲れた俺たちは、その日はお風呂に入って早々に寝た。
久しぶりのベッドはいいものだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ドンドンドン、っと扉を激しく叩く音で目が覚めた。
「な、なにっ!? 何の音っ!?」
「どうやら離れのようです」
飛び起きた俺の慌てる声に答える声があった。
シャーリー。
何故か彼女は、俺のベッドの横に座っていた。椅子をどこからか持ってきて、しかも一部の隙もないメイド服。
「なんでメイド服なの?・・・ああいや、今はそれどころじゃない」
「?」
「離れ、離れで何があったの?」
「私はここにいましたので」
ああもう。
俺は着替えもせずに部屋を飛び出す。別に普段着だから気にする事もない。
そして庭に出て・・・リーゼロッテさんの住む離れの前にやって来た俺が見たものは。
姫の困った顔と。
リーゼロッテさんと言い争う、1人の紳士だった。