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アフィニア日誌  作者: 皇 圭介
第二部 諸国冒険編
39/50

36話 「ランダムエンカウント」

 ノアという国について俺の知っている事を記そう。


 この国はさほど豊かでも逆に貧しくもない。

 だが、この国を語るに当たって外せない物が2つある。


 古き竜、神竜が住むヘルガ山脈。そして深き迷宮だ。


 この国は他国と戦争をしない。また、他国もこの国に攻め込まない。この不文律はこの2つのために出来たのだ、といっても過言ではない。


 神竜は創生の時代から生きている知恵ある竜で、このリュドミラ大陸中に現在4頭存在する。その内の1頭がここ、ノアに生息しているのだ。彼は時々、人間達に面白半分に無茶な要求を出して楽しんでいる。

 要求が受け入れなければ村や街を襲い、破壊を振りまく。


 そして深き迷宮。

 この深き迷宮は一番底に異界への門がある、と言われている。その理由は、殺しても殺しても一向に減る事のない魔物(モンスター)だ。減るどころか、何十年に1度は迷宮から溢れ出るのだ。


 だから、この国の騎士団は他国へ攻め込むのではなく、自国を守るためだけに存在する。同時に各国もこの国には不干渉を貫く。仮にこの国を攻めて手に入れたとして・・・利益よりも厄介事の方が多いからだ。


 この国にいる限り、レオノールは俺たちに手出しし難いはずだ。

 第3王子レオノール殿下は、俺たちが王都から逃げ出した日の翌日、金の月の8日に王に即位した。

 思うところが無いわけではないが、今の所、粛清(しゅくせい)された人とかはいないらしい。

 とりあえずは安心した。


 俺たちはあれから旅を続けた。

 予定通りエーヴィンの街に寄り食料や衣服の補給を済ませた後、・・・ついに今日、先程ノアの国境を越えた。

 まあ、国境といっても警備隊がいるわけでもなく。街道の脇にぽつんと国境を示す、小さな標石が置かれているだけだったのだが。


「しかし・・・ノアに入ってからの、この馬車の揺れはなんとかなりませんの?」

「仕方ないな。ジンバル王国ほどには街道も整備されていないようだ」


 ミュウは不満たらたらだ。

 確かに姫の言う通り、ノアの街道はそこまで整備されていない。だが、普通はこんな物ではないのだろうか。

 ミュウの不機嫌は何も道だけの事ではないのだ。


 俺たちは寮から荷物を運び出していたので何も問題は無かった。だが、ミュウは()身着(みぎ)のままで王都を脱出したのだ。

 いつも着ていたドレスなど持って来れるわけもなく。

 かといってエーヴィンの街で買えるわけでもなく・・・。

 先立つ物がないとね。これから、どんな事で必要になるかもしれないし。


「シャーリーの服、似合っていると思うけどな」

「うるさいですわ」


 取り付く島もない、とはまさにこの事。

 ああ、やはり前に「胸のあたりがだいぶ余っているね」などと言ったことが悪かったのか。

 もう2ヶ月は経つはずだが、しっかりと覚えているようだ。


 俺の服を着せてみるか?胸が無いのは同じだし・・・それはそれでミュウは傷つきそうな気もする。

 身長的にも少々、きついだろうしな。

 俺は13歳になったばかり、ミュウは現在16歳、今年で17だからな。

 女性の成長期っていつまでだ?


「がう」

「お?起きたかモルドレッド。お前でもこの揺れは嫌か」


 俺の使い魔である、オスの剣歯虎サーベルタイガーが1つ欠伸(あくび)をする。

 しばらく片目を開けてこちらを見ていたが、またすぐに寝てしまった。


 馬車の中は4人乗りだ。無理すれば6人乗れるけど、今は荷物があるから無理だ。

 進行方向に対して前側に俺とモルドレッドが座り、後ろ側に姫とミュウが座っている。


「なんというか・・・寝てばっかりだな」

「だね。でも馬車の旅って他にやる事ないよね」

「そうだな・・・シャーリーに御者を代わろう、と言ったら断わられたしな」


 姫がため息をつく。

 そう。ずっと御者をやっているシャーリーを見かねて代わりを申し出たら、すげなく断わられてしまったのだ。 シャーリー以外は馬車を扱えないので、代わるとしても教わる必要があるのだが。


 その時、馬車が急に止まった。


「わわ」

「大丈夫か、アフィニア?」

「え、えっと、うん」


 座席から落ちそうになった俺を、姫が支えてくれた。

 ミュウとかモルドレッドは平気そうだ。

 ・・・あの告白から、俺は姫を意識しまくりだが・・・姫はなんというか、普通だ。


「何かあったのか?シャーリー」

「ええと、どうやら山賊のようです」


 姫の声に、御者台からシャーリーが答える。

 俺は即座に魔法『広域知覚(ワイドセンス)』を唱える。

 頭の中に平面図が浮かびあがり、いくつもの光点が映る。


 中心に5つの光点、これは俺たち。

 その周りを囲むように・・・ええと11、か?11個の光点が見える。


 外に飛び出す姫とミュウ。


 外套(がいとう)を羽織ながら俺もその後に続く。

 そこは周りを森に囲まれた場所だった。

 森を貫く一本の街道。それを塞ぐように3人の男が立っている。

 3人の男は商人でもなければ、近くの村にすむ村人でもない。その手に握る蛮刀(ばんとう)がそれを証明していた。


 3人・・・。後の8人は森の中に隠れてるか。・・・左右に4人ずつ。


「ここは通行止めだ。通りたければ持ち物全部よこしな」

「女もだぜ」


 山賊たちが使い古された台詞を言う。

 いくつかバリエーションはあるんだろうが、山賊が今から襲おうとする相手に掛ける言葉に独創性(オリジナリティ)を期待しても仕方がないだろう。

 しかし、ジンバル王国を出たとたんにコレか。


「女4人か。まだ誰か中に乗ってんのか」

「答える必要を感じないな」


 姫が答える。山賊たちはヒュ~と、下手な口笛を吹く。


「こいつは結構な獲物だぜ。4人とも上玉だ・・・」

「ああ、こいつは楽しみだぜ・・・」


 山賊たちの顔に下卑(げび)た、とっても嫌らしい表情が浮かんだ。

 うわ。背筋が今、ぞわわっっ、てなったんだけど。

 やめろ。へんな想像すんな。


「私たちをただのか弱い女だと思わない方がいいぞ?」

「まったくそうですわ! 汚い顔をこちらに向けないで欲しいものですわ!!」


 姫とミュウが、あからさまに山賊を挑発しているんだが。

 すでに姫は剣を抜いて戦闘態勢に入っている。ミュウは・・・準備はいらないか。

 シャーリーも御者台から降りて杖を構える。


「おいおい、俺たちを3人だけだとおもうなよ?」

「知ってる。全部で11人だよね?左右の森に4人ずつ」

「・・・よ、よく分かったな」


 俺の言葉に男はあからさまに動揺する。予定外の出来事に弱いなこいつ。

 立派なヒゲを生やしているから、コイツがリーダーかと思ったんだけど・・・違うか?


「と、とにかく、弓がお前たちを狙っている。逆らわなければ命までは取らない」

「その代わり、楽しむだけ楽しんで娼館にでも売り飛ばす。違う?」

「・・・」


 さすがに余裕で受け答える俺たちに、不審が芽生えたらしい。

 警戒の色をありありと浮かべる立派なヒゲ。


 だが、姫は相手に考える暇を与えなかった。

 身を低くして突進し、リーダー(たぶん)の前に立っていた男を一刀のもとに斬り捨てた。


「は?」


 山賊たちの間抜けな声。


風の障壁(ウィンドバリア)


 俺は魔法を唱えた。これは飛び道具から身を守るための呪文で、飛び道具の軌道を逸らす呪文だ。

 弓で狙っている、と言っていたから使った方が良いだろう。その予想は見事に当たり、左右の森の中から弓矢が8本飛んでくる。空中で突然方向を変え、検討違いな方向に飛んでいく弓矢。


「くそ、なんだってんだ!!」


 森の中からわらわらと山賊たちが出てくる。弓矢が無効化されたためだろう、手に蛮刀構えている。

 左右4人ずつ、8人・・・全員だ。


火球(ファイアボール)


 シャーリーの声がした。それと同時に右から出て来た4人の方で爆発が起こる。

 ドンッ、という音と衝撃波。

 4人の山賊は散り散りに吹き飛ばされる。


 ミュウは左の4人組に向かい、蛮刀を避けつつ蹴りを叩き込む。一瞬で2人を倒し、今、3人目のアゴに右フックが直撃した。・・・もう1人も動揺するばかりでまともに動けていない。

 姫の方に目をやれば、最初にいた3人の2人目も倒し・・・リーダーと一騎打ち中だ。


「・・・」


 終わった・・・?思ったより動揺していた自分に気付く。


「アフィニア様!!」


 シャーリー?

 その声に目を上げれば、目の前に刀を上段に構えて襲ってくる男の姿があった。

 火傷をしているところを見ると、火球(ファイアボール)を耐えたのか。

 俺はとっさに魔法を唱えようとする。・・・だが。


「ライトニングボ・・・」


 躊躇(ちゅうちょ)したのは一瞬だけだったはず。だが、刀が振り下ろされる方が早かった。





  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「アフィニア!!」


 その光景に一瞬目を奪われる。

 山賊の1人に斬り付けられ、アフィニアが血を噴出(ふきだ)して倒れていく姿を。

 戦いから意識が逸れた私の剣を、山賊のリーダーの蛮刀が弾き飛ばす。


「・・・おれの勝ちだ」


 蛮刀の切っ先が喉元に突き付けられる。


「この女の命が惜しければ、抵抗するんじゃねぇ」

「く・・・」


 不味(まず)い、と思う。私が人質になっている。

 だが、頭の中は倒れたアフィニアの事で一杯だ。

 アフィニアは大丈夫なのか?早く治療しなければ手遅れになるのではないのか?

 胸がぎゅっと鷲掴みにされたような痛み。


 やはり、アフィニアを1人にするのではなかった。

 あの子はまだ、こころに負ったダメージが回復していないのだ。

 いくら表面的には平気な顔をしていても。


 だが、誰もアフィニアを助けに動けない。

 シャーリーでさえも動かない。

 動けば私の命がないからだ。


「だったら・・・」


 一か八か、勝負を掛けるだけ。

 腰の短剣にそっと手を伸ばしていく。





  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 意識を失っていたのは、ほんの一瞬だけだろうと思う。

 だが、その一瞬に戦況は変わっていた。

 姫の手には剣が無く、リーダーに蛮刀を突き付けられている。

 俺の目の前には、血まみれの刀を持った男。


 その血を見た時、自分の状態を思い出した。

 左肩から胸に掛けてが熱い。痛いではなく熱いだ。


 何をやっているんだろう、俺は。

 油断をした。それは不味(まず)かった。

 だが、普通であれば魔法が間に合ったはずだ。間に合わなかった理由はたった1つ。


 躊躇(ちゅうちょ)したからだ。


 俺は弱い。

 恐らく、あの城での光景が俺の心にブレーキを掛けている。

 人殺しは悪い事、今でもそう思っている。


 だが、姫や仲間の命と天秤に掛けられる物では無い。

 だったら覚悟を決めるだけ。


加速(クイック)レベルSSS」


 あらゆる動作を加速させる魔法、加速(クイック)。Cが1.2倍、Bが1.3倍、Aが1.5倍。

 本来はコレだけだ。だが俺はその上を作った・・・Sが2倍、SSは4倍。

 そして、SSSは・・・。


「8倍」


 50mを1秒で走る速さ。

 俺は一瞬でリーダーの前に出現する。蛮刀を押さえ、護身用の短剣を心臓に突き立てた。


「え?」


 リーダーの間の抜けた声。そして手から伝わる、肉を引き裂く鈍くて嫌な感触。

 吐き気を(こら)えて腕に力を入れる。


 姫、と俺は呼んだはずだ。

 だが、唯でさえダメージを受けている体で無茶な魔法を使ったのだ。

 やっぱりレベルSS以上はキツい。

 そう思いながら・・・俺の意識は途絶えた。





  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「まったく、ノアに来たばかりで死に掛けるなんて・・・あなた馬鹿ですわ!」

「えーと、ごめん。まったく反論出来ません」


 再び馬車の中。

 目が覚めたらすでに馬車に揺られていたのだ。

 戦闘はどうなったかは、あえて聞くまでもないだろう。


 俺の傷はシャーリーが治してくれたのだろう。御者台に向かってお礼を言っておく。


「姫」

「なんだ、アフィニア?」

「心配かけてごめん」


 外を見ていた姫がこちらを向く。


「もう大丈夫なのか?」


 その言葉には、さきほど負った傷だけではなく・・・何か違うものが含まれているような気がした。

 そっか。そちらも心配してくれてたんだ。


「大丈夫。もう大丈夫だから、姫」


 姫は俺の言葉に頷いてくれた。

 そういえば。


「モルドレッド、お前ご主人が死にかけたっていうのに、ずっと寝てたのか・・・」


 俺の使い魔は、片目を開けてこちらを見たが・・・またすぐ寝てしまうのだった。

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