36話 「ランダムエンカウント」
ノアという国について俺の知っている事を記そう。
この国はさほど豊かでも逆に貧しくもない。
だが、この国を語るに当たって外せない物が2つある。
古き竜、神竜が住むヘルガ山脈。そして深き迷宮だ。
この国は他国と戦争をしない。また、他国もこの国に攻め込まない。この不文律はこの2つのために出来たのだ、といっても過言ではない。
神竜は創生の時代から生きている知恵ある竜で、このリュドミラ大陸中に現在4頭存在する。その内の1頭がここ、ノアに生息しているのだ。彼は時々、人間達に面白半分に無茶な要求を出して楽しんでいる。
要求が受け入れなければ村や街を襲い、破壊を振りまく。
そして深き迷宮。
この深き迷宮は一番底に異界への門がある、と言われている。その理由は、殺しても殺しても一向に減る事のない魔物だ。減るどころか、何十年に1度は迷宮から溢れ出るのだ。
だから、この国の騎士団は他国へ攻め込むのではなく、自国を守るためだけに存在する。同時に各国もこの国には不干渉を貫く。仮にこの国を攻めて手に入れたとして・・・利益よりも厄介事の方が多いからだ。
この国にいる限り、レオノールは俺たちに手出しし難いはずだ。
第3王子レオノール殿下は、俺たちが王都から逃げ出した日の翌日、金の月の8日に王に即位した。
思うところが無いわけではないが、今の所、粛清された人とかはいないらしい。
とりあえずは安心した。
俺たちはあれから旅を続けた。
予定通りエーヴィンの街に寄り食料や衣服の補給を済ませた後、・・・ついに今日、先程ノアの国境を越えた。
まあ、国境といっても警備隊がいるわけでもなく。街道の脇にぽつんと国境を示す、小さな標石が置かれているだけだったのだが。
「しかし・・・ノアに入ってからの、この馬車の揺れはなんとかなりませんの?」
「仕方ないな。ジンバル王国ほどには街道も整備されていないようだ」
ミュウは不満たらたらだ。
確かに姫の言う通り、ノアの街道はそこまで整備されていない。だが、普通はこんな物ではないのだろうか。
ミュウの不機嫌は何も道だけの事ではないのだ。
俺たちは寮から荷物を運び出していたので何も問題は無かった。だが、ミュウは着の身着のままで王都を脱出したのだ。
いつも着ていたドレスなど持って来れるわけもなく。
かといってエーヴィンの街で買えるわけでもなく・・・。
先立つ物がないとね。これから、どんな事で必要になるかもしれないし。
「シャーリーの服、似合っていると思うけどな」
「うるさいですわ」
取り付く島もない、とはまさにこの事。
ああ、やはり前に「胸のあたりがだいぶ余っているね」などと言ったことが悪かったのか。
もう2ヶ月は経つはずだが、しっかりと覚えているようだ。
俺の服を着せてみるか?胸が無いのは同じだし・・・それはそれでミュウは傷つきそうな気もする。
身長的にも少々、きついだろうしな。
俺は13歳になったばかり、ミュウは現在16歳、今年で17だからな。
女性の成長期っていつまでだ?
「がう」
「お?起きたかモルドレッド。お前でもこの揺れは嫌か」
俺の使い魔である、オスの剣歯虎が1つ欠伸をする。
しばらく片目を開けてこちらを見ていたが、またすぐに寝てしまった。
馬車の中は4人乗りだ。無理すれば6人乗れるけど、今は荷物があるから無理だ。
進行方向に対して前側に俺とモルドレッドが座り、後ろ側に姫とミュウが座っている。
「なんというか・・・寝てばっかりだな」
「だね。でも馬車の旅って他にやる事ないよね」
「そうだな・・・シャーリーに御者を代わろう、と言ったら断わられたしな」
姫がため息をつく。
そう。ずっと御者をやっているシャーリーを見かねて代わりを申し出たら、すげなく断わられてしまったのだ。 シャーリー以外は馬車を扱えないので、代わるとしても教わる必要があるのだが。
その時、馬車が急に止まった。
「わわ」
「大丈夫か、アフィニア?」
「え、えっと、うん」
座席から落ちそうになった俺を、姫が支えてくれた。
ミュウとかモルドレッドは平気そうだ。
・・・あの告白から、俺は姫を意識しまくりだが・・・姫はなんというか、普通だ。
「何かあったのか?シャーリー」
「ええと、どうやら山賊のようです」
姫の声に、御者台からシャーリーが答える。
俺は即座に魔法『広域知覚』を唱える。
頭の中に平面図が浮かびあがり、いくつもの光点が映る。
中心に5つの光点、これは俺たち。
その周りを囲むように・・・ええと11、か?11個の光点が見える。
外に飛び出す姫とミュウ。
外套を羽織ながら俺もその後に続く。
そこは周りを森に囲まれた場所だった。
森を貫く一本の街道。それを塞ぐように3人の男が立っている。
3人の男は商人でもなければ、近くの村にすむ村人でもない。その手に握る蛮刀がそれを証明していた。
3人・・・。後の8人は森の中に隠れてるか。・・・左右に4人ずつ。
「ここは通行止めだ。通りたければ持ち物全部よこしな」
「女もだぜ」
山賊たちが使い古された台詞を言う。
いくつかバリエーションはあるんだろうが、山賊が今から襲おうとする相手に掛ける言葉に独創性を期待しても仕方がないだろう。
しかし、ジンバル王国を出たとたんにコレか。
「女4人か。まだ誰か中に乗ってんのか」
「答える必要を感じないな」
姫が答える。山賊たちはヒュ~と、下手な口笛を吹く。
「こいつは結構な獲物だぜ。4人とも上玉だ・・・」
「ああ、こいつは楽しみだぜ・・・」
山賊たちの顔に下卑た、とっても嫌らしい表情が浮かんだ。
うわ。背筋が今、ぞわわっっ、てなったんだけど。
やめろ。へんな想像すんな。
「私たちをただのか弱い女だと思わない方がいいぞ?」
「まったくそうですわ! 汚い顔をこちらに向けないで欲しいものですわ!!」
姫とミュウが、あからさまに山賊を挑発しているんだが。
すでに姫は剣を抜いて戦闘態勢に入っている。ミュウは・・・準備はいらないか。
シャーリーも御者台から降りて杖を構える。
「おいおい、俺たちを3人だけだとおもうなよ?」
「知ってる。全部で11人だよね?左右の森に4人ずつ」
「・・・よ、よく分かったな」
俺の言葉に男はあからさまに動揺する。予定外の出来事に弱いなこいつ。
立派なヒゲを生やしているから、コイツがリーダーかと思ったんだけど・・・違うか?
「と、とにかく、弓がお前たちを狙っている。逆らわなければ命までは取らない」
「その代わり、楽しむだけ楽しんで娼館にでも売り飛ばす。違う?」
「・・・」
さすがに余裕で受け答える俺たちに、不審が芽生えたらしい。
警戒の色をありありと浮かべる立派なヒゲ。
だが、姫は相手に考える暇を与えなかった。
身を低くして突進し、リーダー(たぶん)の前に立っていた男を一刀のもとに斬り捨てた。
「は?」
山賊たちの間抜けな声。
「風の障壁」
俺は魔法を唱えた。これは飛び道具から身を守るための呪文で、飛び道具の軌道を逸らす呪文だ。
弓で狙っている、と言っていたから使った方が良いだろう。その予想は見事に当たり、左右の森の中から弓矢が8本飛んでくる。空中で突然方向を変え、検討違いな方向に飛んでいく弓矢。
「くそ、なんだってんだ!!」
森の中からわらわらと山賊たちが出てくる。弓矢が無効化されたためだろう、手に蛮刀構えている。
左右4人ずつ、8人・・・全員だ。
「火球」
シャーリーの声がした。それと同時に右から出て来た4人の方で爆発が起こる。
ドンッ、という音と衝撃波。
4人の山賊は散り散りに吹き飛ばされる。
ミュウは左の4人組に向かい、蛮刀を避けつつ蹴りを叩き込む。一瞬で2人を倒し、今、3人目のアゴに右フックが直撃した。・・・もう1人も動揺するばかりでまともに動けていない。
姫の方に目をやれば、最初にいた3人の2人目も倒し・・・リーダーと一騎打ち中だ。
「・・・」
終わった・・・?思ったより動揺していた自分に気付く。
「アフィニア様!!」
シャーリー?
その声に目を上げれば、目の前に刀を上段に構えて襲ってくる男の姿があった。
火傷をしているところを見ると、火球を耐えたのか。
俺はとっさに魔法を唱えようとする。・・・だが。
「ライトニングボ・・・」
躊躇したのは一瞬だけだったはず。だが、刀が振り下ろされる方が早かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「アフィニア!!」
その光景に一瞬目を奪われる。
山賊の1人に斬り付けられ、アフィニアが血を噴出して倒れていく姿を。
戦いから意識が逸れた私の剣を、山賊のリーダーの蛮刀が弾き飛ばす。
「・・・おれの勝ちだ」
蛮刀の切っ先が喉元に突き付けられる。
「この女の命が惜しければ、抵抗するんじゃねぇ」
「く・・・」
不味い、と思う。私が人質になっている。
だが、頭の中は倒れたアフィニアの事で一杯だ。
アフィニアは大丈夫なのか?早く治療しなければ手遅れになるのではないのか?
胸がぎゅっと鷲掴みにされたような痛み。
やはり、アフィニアを1人にするのではなかった。
あの子はまだ、こころに負ったダメージが回復していないのだ。
いくら表面的には平気な顔をしていても。
だが、誰もアフィニアを助けに動けない。
シャーリーでさえも動かない。
動けば私の命がないからだ。
「だったら・・・」
一か八か、勝負を掛けるだけ。
腰の短剣にそっと手を伸ばしていく。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
意識を失っていたのは、ほんの一瞬だけだろうと思う。
だが、その一瞬に戦況は変わっていた。
姫の手には剣が無く、リーダーに蛮刀を突き付けられている。
俺の目の前には、血まみれの刀を持った男。
その血を見た時、自分の状態を思い出した。
左肩から胸に掛けてが熱い。痛いではなく熱いだ。
何をやっているんだろう、俺は。
油断をした。それは不味かった。
だが、普通であれば魔法が間に合ったはずだ。間に合わなかった理由はたった1つ。
躊躇したからだ。
俺は弱い。
恐らく、あの城での光景が俺の心にブレーキを掛けている。
人殺しは悪い事、今でもそう思っている。
だが、姫や仲間の命と天秤に掛けられる物では無い。
だったら覚悟を決めるだけ。
「加速レベルSSS」
あらゆる動作を加速させる魔法、加速。Cが1.2倍、Bが1.3倍、Aが1.5倍。
本来はコレだけだ。だが俺はその上を作った・・・Sが2倍、SSは4倍。
そして、SSSは・・・。
「8倍」
50mを1秒で走る速さ。
俺は一瞬でリーダーの前に出現する。蛮刀を押さえ、護身用の短剣を心臓に突き立てた。
「え?」
リーダーの間の抜けた声。そして手から伝わる、肉を引き裂く鈍くて嫌な感触。
吐き気を堪えて腕に力を入れる。
姫、と俺は呼んだはずだ。
だが、唯でさえダメージを受けている体で無茶な魔法を使ったのだ。
やっぱりレベルSS以上はキツい。
そう思いながら・・・俺の意識は途絶えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「まったく、ノアに来たばかりで死に掛けるなんて・・・あなた馬鹿ですわ!」
「えーと、ごめん。まったく反論出来ません」
再び馬車の中。
目が覚めたらすでに馬車に揺られていたのだ。
戦闘はどうなったかは、あえて聞くまでもないだろう。
俺の傷はシャーリーが治してくれたのだろう。御者台に向かってお礼を言っておく。
「姫」
「なんだ、アフィニア?」
「心配かけてごめん」
外を見ていた姫がこちらを向く。
「もう大丈夫なのか?」
その言葉には、さきほど負った傷だけではなく・・・何か違うものが含まれているような気がした。
そっか。そちらも心配してくれてたんだ。
「大丈夫。もう大丈夫だから、姫」
姫は俺の言葉に頷いてくれた。
そういえば。
「モルドレッド、お前ご主人が死にかけたっていうのに、ずっと寝てたのか・・・」
俺の使い魔は、片目を開けてこちらを見たが・・・またすぐ寝てしまうのだった。