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アフィニア日誌  作者: 皇 圭介
第一部 ジンバル王国編
38/50

35話 「新しき旅路は朝日とともに」

「理由なら簡単だ・・・私がお前の事を好きだからだよ」

「は?」

「親友とか、そういう意味の好きではないぞ?男と女としてだ」


 ええ、ちょっと待って。今、俺は女で、つまり女X女で・・・。

 いや、でも姫は俺の事知ってるから・・・?


「お前は男、なんだろう?」

「え、で、でも俺は元の世界に・・・」

「ああ、知ってる。・・・センパイとか言う恋人だな。大丈夫、もといた国に戻れるように協力もする」


 駄目だ。姫の考えてる事が分からない。

 好きだと言ったり、元の世界に戻すと言ったり。


「わけが分からないという顔をしてるな」

「あ、当たり前だよ!」

「お前には今は選択肢がないからな、それでは卑怯だ」

「卑怯?」


 姫はゆっくりと(うなず)く。


「お前は恋人のいる国に戻ると言う。だが、もとの国に戻れる機会が来た時・・・その時には私の方を選び、私のそばに残る選択をするように心を変えてみせる」

「姫・・・」

「それが、私とお前の恋人との勝負だ。もっとも、お前が更に違う娘を好きになる可能性もあるわけだが」

「・・・えーと」

「ふふ。さあ行こうか、アフィニア。この国を出るんだろう?」


 先に立ち上がり、俺に手を伸ばす姫。

 やってしまった事は取り戻せない。後悔なら1人の時に死ぬほどしよう。だが、今は・・・姫のこの手を取ろう。

 俺はしっかりと姫の手を握る。


「これからも(よろ)しく頼む」

「こちらこそ、(よろ)しくお願いいたします」





  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「ノアに行ってみようと思ってるんだ」

「ノア?」

「そう、ノア。各国はノア王国に対しては不干渉だからね」


 姫と、王都が一望できる小高い丘を歩く。

 シャーリーたちとの待ち合わせ場所はもうすぐだ。


 遠く、夜の中にうっすらと見える城は無残な姿を(さら)していた。

 目に映るたびに嫌な光景が浮かんで来るが・・・。

 今は考えない。


「だが、それだけではないんだろう?」

「ノアには深き迷宮がある。そこに行けば、何か手掛かりが見つかるかもしれない」

「・・・そうか、ならば手伝おう」

「いいの?」

「言っただろう。私の気持ちは」


 見覚えのある馬車が見える。

 その(かたわ)らで2人の女性が待っている。

 1人は銀髪のストレートを長く伸ばした、褐色の肌を持つ少女。もう1人は赤色を帯びたストロベリーブロンドを縦ロールにした少女だ。

 2人は対照的な表情を浮かべている。

 笑顔と仏頂面(ぶっちょうづら)


「ええと、何で機嫌が悪いのかな?ミュウは」

「何故だろうな」

「さっさと来なさい! 夜が明けてしまいますわ!!」

「は、はいっ!」



 御者台にシャーリーが座り、俺と姫、ミュウは馬車の中へと入る。

 馬車の中にはすでにモルドレッドが寝ていた。

 

「まずはどこに行かれますか?」


 御者台から、シャーリーの声が聞こえる。


「そうだね。まずは王国第2の都市、エーヴィン。そしてそこから隣国ノアに向かおう」

「追っ手が掛からないか?」


 姫の意見はもっともだが。


「しばらくは大丈夫だと思う。こんな状況だとね」

「そうか、・・・そうだな」


 ミュウの視線が痛い。何も言ってこないのが不気味だ。

 あの惨状、見てないはずはないのだが。


「アフィニア様、セラフィナ様、ミュウ様。それでは出発いたします」


 馬車が滑るように動き出す。


 こちらの世界に来て8年か。


 俺は思い付いて寮から持ってきた荷物をゴソゴソ探る。

 そしてその中から1冊の、糸で束ねられた筆記帳を取り出す。

 かなりヨレヨレになったその筆記帳は・・・アフィニアと呼ばれるようになってから書き始めた物だ。

 元の世界に帰るための作業をどうしたか、どこまで進んだかを毎日書き留めた日誌。


 そう、『アフィニアの日誌』だ


 俺は今日まで書き(つづ)った日誌のページをめくる。

 たくさんの様々な記憶が(よみがえ)ってくる。

 父さま、母さま。シャーリーとの出会い、湖の魔獣に羽根布団。姫との勝負、モルドレッド、寮のみんなとの生活。ミュウと一緒にやった冒険者、ワイアールさんの店の手伝い・・・もっともっとある。

 だが、この国での冒険はひとまずお休みだ。


「アフィニア、見てみろ。日が昇るぞ」


 馬車の窓から外を見る。

 流れる景色の中に、山々の向こうから真っ赤な太陽が顔を出す。

 そして辺りは真っ赤に染まる・・・。


「綺麗ですわね・・・」

「うん」


 俺にはこれからの旅路を祝福してくれているように見えた。



 気のせいだろうけど。





  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「・・・」


 子供のころから違和感を感じていた。

 ここは、わたしの世界とは違うのだ、本当のわたしはコレではないのだと。

 そう思っていた。


 だが、それを言うと決まって笑われるのだ。

 何を馬鹿な事を言っているの、と。


 わたしはその事を他人に言うのを止めた。


 客観的に見て、わたしは良い子だった。

 勉強は出来るし、スポーツは得意。人付き合いだって下手ではないはず。


 中学に入った頃から、急に異性にモテ始めた。

 わたしの容姿は悪くない物なんだと思う。

 周りにいる人たちに「一度付き合ってみたら」と言われる。

 でも特別、心引かれる人は1人もいなかった。


 高校2年の1学期の終わりごろ、その子に出会った。

 同じ部活だったらしく、その前にも会った事があるはずだが見覚えは無かった。

 いつも通り告白され、いつも通りに振った。

 そう、いつも通り。


「あなたのこと知らないから」


 わたしに告白してきた人は一度でも告白すると、まるで憑き物が落ちたようにさっぱりした顔つきになる。

 何事もなかったかのように。

 何かの呪いのようだ。

 だけど・・・その子は翌日、こう言ってきたのだ。


「先輩の事好きになりました。ですから、あなたが俺の事知らないのなら、知ってもらいます」


 その言い方に笑ってしまった。昨日の告白は何だったのだろうと。

 でも何故か納得してしまう自分がいた。


 今までとは違う毎日が始まったのだ。

 明日、その子に会えるのがとても楽しみでワクワクする。

 今までこんな事はなかった。


 それから1年の時間をかけて、わたしが世界に感じていた違和感はゆっくりと消されていった。

 そして――――――。

 その子からの3度目になる告白にわたしは頷いていた。


「君には負けたよ。こんな気持ちにさせられるとは思わなかった」


 わたしはこの世界で生きていけるのだと、そう思った。

 この男の子とならわたしは幸せになれる。

 でも・・・その子はその日、世界からいなくなった。


 お葬式には行かなかった。


 わたしに冷たい世界。

 わたしの思い通りにならない世界。


 あれからもうすぐ3ヶ月。世界に対する苛立(いらだ)ちは日増しに大きくなり。

 消えてしまうのも悪くないと感じるようになった。


 この世界から。


「――――――ィス様」


 声が聞こえる。


「――――――さい、エメランディス様」


 どこか遠くから、何かを呼ぶ声が。


「―――――覚め下さい、エメランディス様」


 目を開けると、そこは血溜まりだった。


「お目覚めになられましたか? エメランディス様」


 バラバラな体の破片が其処此処(そこここ)に冗談みたいに転がっている。

 でも、不思議と・・・恐怖感も嫌悪感も感じない。

 血なまぐさい臭いも気にならない。

 心がまったく動かない。


 目の前には30代後半ぐらいの濃い化粧の女がいる。


 そこは薄暗い洞窟の中。

 光源は頼りないロウソクの、辺りをほのかに照らす炎だけ。


「目覚めたばかりで混乱されるのも無理はありません。ですが、わたしの話を聞いてください」

「ここは・・・どこなの?」

「あなたがいるべき場所。あなたはやっと戻ってこられたのです」

「戻って・・・きた」


 女は、(うなず)くとわたしの手を取った。


「どうか、我々を救ってください、エメランディス様」

「エメランディス?」

「そうです。あなたは無の神、エメランディス様です」


 エメランディス?

 わたしの本当の名前はそれなの?

 

「エメランディス」


 その名前を(つぶや)いてみる。

 ココロの奥に、ストン・・・とその名前は落ちてきた。


「わたしは――――――エメランディス」


 おお、と周りからたくさんの人間の発するざわめきが聞こえた。

 なに?なんの騒ぎ?


御身(おんみ)を称えるために集まった者たちです」


 目の前の、濃い化粧の女が喋る。


「ふーん、そうなんだ」

「挨拶をしたい、と申す者がおります」

「・・・」


 たくさんのざわめきの中から、1人の男が現れる。

 脂ぎった中年の男だ。

 皆と同じ黒ローブ姿だが、ゴテゴテと装飾が付いている。


 はっきり言って・・・下品。


「お初にお目にかかります。私はこの教団の教祖をしております・・・」

「寄らないで」

「は・・・?」

「わたしに寄らないでと言ったの」


 わたしに近寄ってもいい男はあの子だけ。

 わたしは指を、目の前の脂ぎった中年の男に向ける。


 だから、あなたは。


「あっちへ行って」


 わたしの指示通りに男はそのまま真後ろに弾け飛び、壁に激突してバラバラに砕け散った。

 壊れる瞬間は、多少見ごたえはあったけれど。

 ずいぶんリアルだ。


 どうでもいい。


 わたしはエメランディス。

 わたしは神さま。

 わたしの本当の居場所はここ。


 そして分かる。

 ここは・・・全てが私の思い通りになる場所――――――――――――。


 夢の中なのだと。

とりあえず、第一部完です。

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