35話 「新しき旅路は朝日とともに」
「理由なら簡単だ・・・私がお前の事を好きだからだよ」
「は?」
「親友とか、そういう意味の好きではないぞ?男と女としてだ」
ええ、ちょっと待って。今、俺は女で、つまり女X女で・・・。
いや、でも姫は俺の事知ってるから・・・?
「お前は男、なんだろう?」
「え、で、でも俺は元の世界に・・・」
「ああ、知ってる。・・・センパイとか言う恋人だな。大丈夫、もといた国に戻れるように協力もする」
駄目だ。姫の考えてる事が分からない。
好きだと言ったり、元の世界に戻すと言ったり。
「わけが分からないという顔をしてるな」
「あ、当たり前だよ!」
「お前には今は選択肢がないからな、それでは卑怯だ」
「卑怯?」
姫はゆっくりと頷く。
「お前は恋人のいる国に戻ると言う。だが、もとの国に戻れる機会が来た時・・・その時には私の方を選び、私のそばに残る選択をするように心を変えてみせる」
「姫・・・」
「それが、私とお前の恋人との勝負だ。もっとも、お前が更に違う娘を好きになる可能性もあるわけだが」
「・・・えーと」
「ふふ。さあ行こうか、アフィニア。この国を出るんだろう?」
先に立ち上がり、俺に手を伸ばす姫。
やってしまった事は取り戻せない。後悔なら1人の時に死ぬほどしよう。だが、今は・・・姫のこの手を取ろう。
俺はしっかりと姫の手を握る。
「これからも宜しく頼む」
「こちらこそ、宜しくお願いいたします」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ノアに行ってみようと思ってるんだ」
「ノア?」
「そう、ノア。各国はノア王国に対しては不干渉だからね」
姫と、王都が一望できる小高い丘を歩く。
シャーリーたちとの待ち合わせ場所はもうすぐだ。
遠く、夜の中にうっすらと見える城は無残な姿を晒していた。
目に映るたびに嫌な光景が浮かんで来るが・・・。
今は考えない。
「だが、それだけではないんだろう?」
「ノアには深き迷宮がある。そこに行けば、何か手掛かりが見つかるかもしれない」
「・・・そうか、ならば手伝おう」
「いいの?」
「言っただろう。私の気持ちは」
見覚えのある馬車が見える。
その傍らで2人の女性が待っている。
1人は銀髪のストレートを長く伸ばした、褐色の肌を持つ少女。もう1人は赤色を帯びたストロベリーブロンドを縦ロールにした少女だ。
2人は対照的な表情を浮かべている。
笑顔と仏頂面。
「ええと、何で機嫌が悪いのかな?ミュウは」
「何故だろうな」
「さっさと来なさい! 夜が明けてしまいますわ!!」
「は、はいっ!」
御者台にシャーリーが座り、俺と姫、ミュウは馬車の中へと入る。
馬車の中にはすでにモルドレッドが寝ていた。
「まずはどこに行かれますか?」
御者台から、シャーリーの声が聞こえる。
「そうだね。まずは王国第2の都市、エーヴィン。そしてそこから隣国ノアに向かおう」
「追っ手が掛からないか?」
姫の意見はもっともだが。
「しばらくは大丈夫だと思う。こんな状況だとね」
「そうか、・・・そうだな」
ミュウの視線が痛い。何も言ってこないのが不気味だ。
あの惨状、見てないはずはないのだが。
「アフィニア様、セラフィナ様、ミュウ様。それでは出発いたします」
馬車が滑るように動き出す。
こちらの世界に来て8年か。
俺は思い付いて寮から持ってきた荷物をゴソゴソ探る。
そしてその中から1冊の、糸で束ねられた筆記帳を取り出す。
かなりヨレヨレになったその筆記帳は・・・アフィニアと呼ばれるようになってから書き始めた物だ。
元の世界に帰るための作業をどうしたか、どこまで進んだかを毎日書き留めた日誌。
そう、『アフィニアの日誌』だ
俺は今日まで書き綴った日誌のページをめくる。
たくさんの様々な記憶が蘇ってくる。
父さま、母さま。シャーリーとの出会い、湖の魔獣に羽根布団。姫との勝負、モルドレッド、寮のみんなとの生活。ミュウと一緒にやった冒険者、ワイアールさんの店の手伝い・・・もっともっとある。
だが、この国での冒険はひとまずお休みだ。
「アフィニア、見てみろ。日が昇るぞ」
馬車の窓から外を見る。
流れる景色の中に、山々の向こうから真っ赤な太陽が顔を出す。
そして辺りは真っ赤に染まる・・・。
「綺麗ですわね・・・」
「うん」
俺にはこれからの旅路を祝福してくれているように見えた。
気のせいだろうけど。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「・・・」
子供のころから違和感を感じていた。
ここは、わたしの世界とは違うのだ、本当のわたしはコレではないのだと。
そう思っていた。
だが、それを言うと決まって笑われるのだ。
何を馬鹿な事を言っているの、と。
わたしはその事を他人に言うのを止めた。
客観的に見て、わたしは良い子だった。
勉強は出来るし、スポーツは得意。人付き合いだって下手ではないはず。
中学に入った頃から、急に異性にモテ始めた。
わたしの容姿は悪くない物なんだと思う。
周りにいる人たちに「一度付き合ってみたら」と言われる。
でも特別、心引かれる人は1人もいなかった。
高校2年の1学期の終わりごろ、その子に出会った。
同じ部活だったらしく、その前にも会った事があるはずだが見覚えは無かった。
いつも通り告白され、いつも通りに振った。
そう、いつも通り。
「あなたのこと知らないから」
わたしに告白してきた人は一度でも告白すると、まるで憑き物が落ちたようにさっぱりした顔つきになる。
何事もなかったかのように。
何かの呪いのようだ。
だけど・・・その子は翌日、こう言ってきたのだ。
「先輩の事好きになりました。ですから、あなたが俺の事知らないのなら、知ってもらいます」
その言い方に笑ってしまった。昨日の告白は何だったのだろうと。
でも何故か納得してしまう自分がいた。
今までとは違う毎日が始まったのだ。
明日、その子に会えるのがとても楽しみでワクワクする。
今までこんな事はなかった。
それから1年の時間をかけて、わたしが世界に感じていた違和感はゆっくりと消されていった。
そして――――――。
その子からの3度目になる告白にわたしは頷いていた。
「君には負けたよ。こんな気持ちにさせられるとは思わなかった」
わたしはこの世界で生きていけるのだと、そう思った。
この男の子とならわたしは幸せになれる。
でも・・・その子はその日、世界からいなくなった。
お葬式には行かなかった。
わたしに冷たい世界。
わたしの思い通りにならない世界。
あれからもうすぐ3ヶ月。世界に対する苛立ちは日増しに大きくなり。
消えてしまうのも悪くないと感じるようになった。
この世界から。
「――――――ィス様」
声が聞こえる。
「――――――さい、エメランディス様」
どこか遠くから、何かを呼ぶ声が。
「―――――覚め下さい、エメランディス様」
目を開けると、そこは血溜まりだった。
「お目覚めになられましたか? エメランディス様」
バラバラな体の破片が其処此処に冗談みたいに転がっている。
でも、不思議と・・・恐怖感も嫌悪感も感じない。
血なまぐさい臭いも気にならない。
心がまったく動かない。
目の前には30代後半ぐらいの濃い化粧の女がいる。
そこは薄暗い洞窟の中。
光源は頼りないロウソクの、辺りをほのかに照らす炎だけ。
「目覚めたばかりで混乱されるのも無理はありません。ですが、わたしの話を聞いてください」
「ここは・・・どこなの?」
「あなたがいるべき場所。あなたはやっと戻ってこられたのです」
「戻って・・・きた」
女は、頷くとわたしの手を取った。
「どうか、我々を救ってください、エメランディス様」
「エメランディス?」
「そうです。あなたは無の神、エメランディス様です」
エメランディス?
わたしの本当の名前はそれなの?
「エメランディス」
その名前を呟いてみる。
ココロの奥に、ストン・・・とその名前は落ちてきた。
「わたしは――――――エメランディス」
おお、と周りからたくさんの人間の発するざわめきが聞こえた。
なに?なんの騒ぎ?
「御身を称えるために集まった者たちです」
目の前の、濃い化粧の女が喋る。
「ふーん、そうなんだ」
「挨拶をしたい、と申す者がおります」
「・・・」
たくさんのざわめきの中から、1人の男が現れる。
脂ぎった中年の男だ。
皆と同じ黒ローブ姿だが、ゴテゴテと装飾が付いている。
はっきり言って・・・下品。
「お初にお目にかかります。私はこの教団の教祖をしております・・・」
「寄らないで」
「は・・・?」
「わたしに寄らないでと言ったの」
わたしに近寄ってもいい男はあの子だけ。
わたしは指を、目の前の脂ぎった中年の男に向ける。
だから、あなたは。
「あっちへ行って」
わたしの指示通りに男はそのまま真後ろに弾け飛び、壁に激突してバラバラに砕け散った。
壊れる瞬間は、多少見ごたえはあったけれど。
ずいぶんリアルだ。
どうでもいい。
わたしはエメランディス。
わたしは神さま。
わたしの本当の居場所はここ。
そして分かる。
ここは・・・全てが私の思い通りになる場所――――――――――――。
夢の中なのだと。
とりあえず、第一部完です。