32話 「選択」
年が明けてからの日々は忙しいものだった。
主に第2王子ヴォルフ殿下のせいで。
毎晩のようにパーティーだ。
今が特に重要だというのはわかる。何故なら貴族たちの中で、「後継者はだれだ」という言葉が語られない日などもはや無かったからだ。
現在、貴族たちの支持を最も集めているのは第2王子ヴォルフ。
第1王子レノックスの挽回は難しいだろう、と言われている。
だが、王であるボールスⅢ世が存命な以上、彼の一言で後継者が決まってしまう可能性はあった。
しかし一旦は回復した王であったが再び意識を失い、今もまだ昏睡状態のままだ。
姫はリリムが言った通りすぐに寮に戻ってきたが、城と1日交代に泊まる事を繰り返している。
無理するな、とは言ったが、姫は大丈夫としか答えない。
そうして銀の月も終わり、青の月がやって来た。
そんなある日、ミュウが久しぶりに寮に訪ねてきた。
「お久しぶりだね、ミュウ」
「ええ、お久しぶりですわ!」
「それで何か用かな?」
「お兄様がお会いしたい、と仰っておられますわ!」
んー?普通であれば、ヴォルフ殿下の使いとかいう黒服の男が1人で来る。
パーティーに同伴しろという事ならいつもそれだ。
そして場所と時間と着ていくための服を手渡されるだけなのだが。
だとすれば頼みごとではないのか?
「分かった。で、場所と時間は?」
ミュウはいつもの所、といった。いつも密会していたのは学院の魔法科の教室、そして明日の放課後だ。
「必ず行くと伝えてほしい」
「分かりましたわ」
帰っていくミュウ。あいつも大分疲れているようだったな。
思わずからかうのを止める程に。
しかし何だろう。
もしかしたら報酬の話かもしれない。過度の期待は禁物だが・・・。
「シャーリーにも、一緒に来てもらうよう頼んでおこう」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「よく来てくれたね」
教室にやって来た俺たちだったが、いつもと違いそこには既にヴォルフ殿下が待っていた。
初めてのことだ。シャーリーに見張りを頼み、教室に入る。
その彼はとても機嫌がいいように見える。
「それで、どういった御用でしょうか?」
「君の協力もあって、どうやら王になれそうなのでね。約束の一部でも渡しておこうと思っただけだ」
「・・・本当ですか?」
殿下がふふ・・・、と笑う。
「信用したまえ。渡す情報はあくまで一部だが。・・・君には私が王になっても協力して貰いたいからな」
「・・・はい」
「まずは疑問の一つに答えよう。何故、私が君を知っていたか・・・だが」
「・・・」
「最初からだ。君がこちらの世界に呼ばれた時からだ」
「この世界に呼ばれた?」
俺は混乱した。こちらの世界と言う以上、他の世界もあるという事をこの王子は理解しているという事になる。
異世界から来た事を知っている?
「ま、待ってください。それでは・・・」
そして語られた内容は驚愕に値する物だった。
邪神召喚の書。あれはそもそもヴォルフの持ち物だったというではないか。
発見された場所は、ノアにある深き迷宮。そこで昔見つかったものが回りまわって王子の手に渡り、それをずっと研究していたらしい。見たことのない文字で書かれていたが、それを王子は解読したのだそうだ。
だが、その書と解読途中の物を奪われた。犯人は邪神を信仰する狂信者たち。
慌てた王子は騎士団を動かしたという。
つまり、・・・ヴォルフ殿下のせいで呼ばれたのか?
少なくとも責任の一端はあるはずだ。
「あれは本物の神召喚の書だった。そして、そこで生き残った者に興味がでるのは普通だろう」
「・・・・・・」
「ただ君の場合、完全な召喚とはならなかったようだな。こちらの世界の人間の体に閉じ込められている」
「・・・か、帰る方法は!」
モヤモヤした気分だが、もう終わった事だ。それよりも大事な事がある。
それを聞くことこそ先決だ。
「どうやったら帰れるんですか!?」
「1つだけなら書いてあった」
「それは!?」
「そこまで教えるのはサービスが良すぎる気もするが・・・いいだろう。死ねばいい」
「・・・は?」
俺は思いっきり間抜けな顔をしていただろう。この瞬間は。
いや、だって、ねえ?
「死ねば、魂が重い体から解き放たれ元の世界に戻れる」
「・・・本当に死んだら戻れるんですか?」
「そう書いてあった。本当かどうかは・・・証明は出来ないと思うね」
それはそうだ、証明など出来るはずがない。本当だろうと嘘だろうと。
くそ。
「何で俺がこの世界に呼ばれたんですか?何で俺だったんですか?」
「あれはエメランディスを呼ぶための物だった。君がエメランディスでは無いというのなら、何かに君が関係していたのだろう。魂の形とか魔力とか」
「・・・俺はっ! 関係ないのにっ! 神様なんかじゃないのに!! 邪神とかエメランディスとかわけが分からない! 俺は先輩と・・・」
「前にも俺といっていたが・・・そうかやっぱり男か」
ヴォルフ殿下の声に、はっとする。
「・・・何か問題が?」
「いや、何もない。私が王になった後もよろしく頼むよ」
「まだ決まってもいないのに、そんな余裕でいいんですか?足をすくわれますよ?」
その言葉に答えたのは、ヴォルフ殿下のニヤニヤ笑いだった。
「大丈夫ですか?アフィニア様」
「・・・大丈夫だよ」
ヴォルフ殿下が帰った教室の中。
俺は椅子に座り込んでいた。
声を荒げているのを聞かれたのだ。シャーリーに心配されるのも無理は無い。
だが、色々聞いたからといってやる事が変わるわけではない。
きっと別の方法があるはずだ。それを探せばいい。
「そうだ、俺は帰る。でもそのためにはもっと・・・」
そして。
その月が終わろうとしている青の月の28日。
意識が回復しないまま、王は亡くなられたのだった。
国を挙げての葬儀が行なわれた。
ボールスⅢ世は知勇兼備の名君だった。その死に多くの国民が悲しみ、死を悼んだ。
それから10日後、玉座に着いたのは・・・第2王子ヴォルフではなかった。
そして、第1王子レノックスでもなく。
第3王子レオノール殿下だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その前々日、金の月の6日。
「ヴォルフ殿下が処刑された!?」
その報を受けたのは、俺が実家に戻っている時だった。
持って来たのは父さま。
城から急に戻ってきた父さまが、俺にそう伝えてきたのだ。
俺たちがいるのは屋敷の居間だ。そこに父さま母さま、俺とシャーリーの4人。
子供たちは部屋で待機中だ。
「私は謹慎を命じられた。私たち家族全員もだ」
母さまの顔を見る父さま。
父さまは淡々と語る。理由は・・・俺がヴォルフ殿下に肩入れしていたからだろう。
でも何故、ヴォルフ殿下が処刑されなければならない?
「父さま、処刑の理由はなんですか?一体何があったんですか?」
「第1王子レノックス殿下の暗殺犯だそうだ」
「暗殺!?」
暗殺未遂ではなく、暗殺。
理由を聞いても分からなかった。ヴォルフ殿下はほぼ、玉座を手に入れていたはず。
何故、今更レノックスを殺さなければならない?
そんな馬鹿なことを、あの王子がするのか?
まて、と頭が働く。
第1王子が暗殺され、第2王子が処刑された。残るのは?
「あいつか・・・」
濁った目をした小男。足をすくわれますよ、とは言ったが、まさか本当にすくわれてしまうとは。
俺がフラグ立てた訳じゃないよね?
「それで父さま。今、王都はどうなっているのですか?」
「戒厳令がしかれているな。夜間の外出は禁止だ」
「・・・姫とミュウはどうしています?」
言い淀む父さま。それだけで何かあったのだと分かる。
「2人とも、ヴォルフ殿下の共犯という事で捕縛命令が出ている。セラフィナ様はすでに城に囚われているそうだが、クラウド侯爵の孫娘は不明だ。」
「・・・・・・僕には?」
「さっきもいったが、謹慎だよ。家族全員」
姫。ミュウ。2人を助けに行きたい。・・・だが、そうすれば父さま母さまも重い罪に問われるかもしれない。
どうすればいい?・・・どうすればみんな助けられる?
何かいい方法は?
「アフィニアちゃん、悩んでいる?」
「母さま」
今まで黙って聞いていた母さまが、初めて口を開いた。
「悩むでしょうね。セラフィナちゃんたちを助けたい。でもそうすれば、私たちにも迷惑が掛かるかもしれない」
「・・・・・・はい」
「片方にはセラフィナちゃんたち、もう片方には私たち家族が乗った天秤。どちらかしか選べないの。あなたはどちらを選んでも後悔するわ。これはそういう問題なの」
そう。母さまの言うとおりだ。
ここで父さま母さまが罪に問われないように大人しくしていれば・・・姫とミュウは死ぬかもしれない。
だからといって俺が助けに行けば・・・その後、罪に問われ殺されるのは父さま母さまかもしれない。
選べない。だが選ばない事がもう選んだ事になる。
「・・・」
「同じく後悔するのなら・・・あなたの心に浮かぶ一番大切な人は・・・誰?」
「僕は・・・・・・」
「アフィニアちゃんの背を押してあげるのは私の役目ね。心に浮かんだ大切な人、その人の事を1番に考えなさい。他の事なんか気にしちゃ駄目。でなければ、全部が無くなってしまうわよ?」
一番大切な人。
そう言われて心に浮かぶのは2人。
少し茶色い長い髪の後ろ姿の少女と、肩までのウェーブのかかった金色の髪の少女。
亜美乃先輩と姫。
一番大切な人、と言われて2人浮かぶ時点で駄目だとは思う。でも・・・。
姫がいなくなる・・・嫌だ。絶対に嫌だ。
「父さま母さま、ごめんなさい。親不孝します」
「いいわ」
「アフィニア、終わった後どこに行くつもりだ?」
「・・・ノアへ行ってみようと思っています」
「そうか。・・・ある程度、身の回りの物やお金を用意させよう」
「父さま・・・父さま母さまも一緒には・・・」
無理と思いつつも聞いてみる。
「それは無理だ。私はこの国の騎士だ」
「そう・・・ですか・・・」
「私の事など気にするな。お前はお前の事だけ考えろ」
「ふふ、みんなに暇を出さなくてはね。・・・あの子たちはライズに預けましょう。可愛がっていたから」
ライズというのは屋敷で働く御者さんのことだ。
そうか。あの3人の子たちの家も奪うかもしれないのか。
「シャーリー、アフィニアちゃんの事よろしく頼むわね?・・・付いて行くのでしょう?」
「はい。旦那様、奥様。今日までありがとうございました」
「うむ。気を付けてな」
「ふふ、まるでお嫁に行くのを見送っているようね・・・あながち間違いでもないかしら?」
「・・・」
それから1時間後、俺たちは2頭立ての馬車に乗って屋敷を出発した。
御者はシャーリー。馬の1頭はアリオンだ。
2度と戻れないかもしれない出発だった。
見えなくなるまで手を振ってくれる父さま母さま、そして屋敷の人たち。
まずは寮に行き、荷物を回収する。
ミュウを見つけなければいけないし、何より姫だ。
「シャーリー」
御者席にいるシャーリーに話しかける。
「アフィニア様。どうなさいましたか?」
「母さまは、他の事なんか気にしちゃ駄目って言っていたけれど」
「ええ。仰っていました」
「僕なら、いや俺なら・・・・・・姫も、ミュウも父さまも母さまも屋敷のみんなも助けられるって思いたい。これって、傲慢なのかな?」
「どうでしょうか。たとえそうだとしても、私はアフィニア様に付いて行くだけです」
「そっか」
「そうです」