31話 「前兆」
シャーリーとの涙の再会はキオ村でだった。
村に入った途端、飛びつかれたのだ。
「アフィニア様、凄く心配したんですから・・・」
「うん。ごめんね、シャーリー」
村人達や、姫たちに見守られる中、シャーリーにぎゅっと抱きしめられる。俺も抱きしめ返すのだが、何分シャーリーの方が頭一つ分は高い。
それにこの膨らみの柔らかさは母さまに匹敵するかも。
これで俺とたった1歳、いや今はまだ2歳か。それだけしか違わないとは・・・。
いいさ、俺はまだ成長期だ。
「ミュウ様もありがとうございます。よくアフィニア様を連れ帰って頂きました・・・」
「え、ええと。わたくしにかかれば簡単でしたわ!」
シャーリーが深々と頭を下げる。
本当のところ、助かったのはほとんどアリオンのおかげなのだが。
・・・いや、ミュウが助けに来てくれたのは事実なのだ。あえて過去を掘り返しても誰も得をしない。
しかし、あいかわらずミュウは褒められるのに弱いな。顔が真っ赤だ。
「モルドレッドも無事だったか」
「がう」
ミュウに聞いて無事なのは分かっていたが、聞くのと見るのは違うのだ。
あの時は死んだと思ったのだから。
そして準備の出来た俺たちは、先に出発した双子に追い付くため急いで村を出るのだった。
そういえば、村の外に問題が1つ。
「・・・アフィニア様。これは?」
「ええと、新しい仲間のアリオンだよ。これからよろしく頼むね」
「・・・・・・よろしくお願いします」
「がう」
真っ黒な一角馬アリオンとシャーリー、モルドレッドの顔合わせも終わる。
まだぎこちないが、これから仲良くなればいい。
「そういえば、一角馬のツノって、癒しの力とかないの?」
「癒しの力ですか・・・昔の文献にそういった記述があったような気がいたします。ですが、今ではただの迷信だったという事が証明されているようですね」
「そっか」
シャーリーの説明に頷く俺。
少なくとも、こちらの一角馬にそんな力は無いようだ。
逆に密猟者から狙われなくていいかもしれない。
「あ・・・」
「どうした?アフィニア」
「そういえば、キオ村に警告しておかなくていいの?」
「ああ、ウィニアドラゴンか」
姫も気付く。
そう。あれだ。
あれが1頭だけとは限らないのだ。警告しておかなければ大変な事になるかもしれない。
「それならば、私がちゃんと伝えておきました」とシャーリー。
「でも・・・大丈夫なのか?」
姫が、こちらをチラリと窺う。ミュウの視線も背中に感じる。
「それならば大丈夫です。遠くで見かけただけと言っておきましたから」
「まあ確かに。アフィニアが退治したといっても信じないだろうな」
「はい。何しろ上級ですから・・・」
それなら別にいいか。
秘密は守れるし、警戒は促せる。出て来たアイツはもう、ぺちゃんこになって死んでるしな。
「みなさんは知っていらしたのですの?この子のおかしなところを」
「おかしいって」
「もしかして・・・わたくしだけ、仲間外れなんですの・・・?」
ミュウが質問してくる。それは、自分にだけ内緒にされたという寂しさに満ちていて・・・。
ああ、まったくミュウは寂しがりやだなぁ。確かにミュウ1人内緒にしていたとしたら寂しいかもな。
だが、俺の秘密は誰にも言って無い。あ、違うか。
「私は何も聞いた事はありません。ですが、アフィニア様が凄い方だという事を知っているだけです」
「セラフィナ・フォースフィールド、あなたもですの?」
「私か、私はな・・・その・・・」
姫には言っちゃったからな。・・・姫、そこで黙ると不味いと思うんだけれど・・・。
ミュウどころか、シャーリーまで冷たい視線を飛ばしてくる。
視線が痛い。
「あは・・・、あはは・・・」
笑って誤魔化しておこう。
一角馬のアリオンは我関せずと後ろを付いて来るだけだし、モルドレッドはシャーリーの味方だ。
お前は俺の使い魔なんだぞ?
はあ。・・・やはりエサをくれる人間には勝てないらしい。
その後、ララサさんとササラさんには、どうにか夜になる前に追い付く事ができた。
必ず追い付いてくると信じて、馬車の速度を遅めにしていたようだ。
「心配したんだからね~」
「ああ、本当にな」
2人とも俺たちの無事を喜んでくれ、そして危険な目に遭わせたことを謝ってくれた。
それは仕方ない事だと思うんだが・・・。
ところで、荷台にもう1体小型ながらも山トカゲが増えていた。
シャーリーとモルドレッドが活躍してくれたのだそうだ。
まあその分、荷馬車のスペースが減って更に窮屈にはなっていたが。
まあ、文句を言っていい筋合いのものではない。
しかし。俺は真っ黒な一角馬を見て思う。
アリオンに乗れればいいのに。
幼い頃より馬に親しんだ人たちは、鞍など付けずに乗る事ができるそうだが・・・・・・無理だな。
帰ったら、鞍を注文しよう。
29日はミュウの誕生日でもある。
年が明けてから誕生日パーティーをするとして、今は言葉だけでもいいだろう。
「ミュウ、16歳の誕生日おめでとう」
俺に続いてみんなも「おめでとう」の声を掛けていく。
そしてその夜、俺たちは王都に戻ってきた。
だが、王都に戻ってきた俺たちを迎えたのは・・・。
王様が倒れた、という報せだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「姫は早く城に戻ったほうがいいね」
「・・・」
王都の入り口、北の街門に到着した俺たち。
そこで姫を城からの使いという騎士が立派な馬車とともに待っていた。
そして彼は言ったのだ・・・王がお倒れになりました、と。
騎士の話を聞いて即座に判断する。姫は動揺しているのか、少し反応が鈍い。
しょうがない。父親が倒れたというのだから。
「大丈夫だよ、姫。倒れたというだけなんだから」
「あ、ああ・・・」
「しっかりしなさい、セラフィナ・フォースフィールド!!」
ミュウ。・・・シャーリーやララサさん、ササラさんも心配そうに姫を見ている。
だが姫は。
「シャーリー、僕は姫を城まで送ってくるから・・・アリオンとか、後の事お願いできる?」
「はい。お任せください、アフィニア様」
でシャーリーやミュウたちと別れ、姫を出迎えに寄越された馬車に乗り込む。
姫の顔色はまだ青ざめている。
母親を亡くし、そして今度は父親か。
まあいい、どんな事があっても俺は姫の味方だ。
「姫」
姫の手を大丈夫だよ、という想いをこめて握る。すると、逆に力いっぱい握り締めるように返された。
不安、だよね。
その後、城まで姫を送ったのだが・・・残念ながら城の中までは入らせてもらえなかった。
部屋までは、せめて送りたかったのだが。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
30日。
1年を締めくくる最後の日だ。
どうやら王様が倒れた、という情報は城の中で止まっているらしく。学院でも・・・そしてここ、2つの大通りでも普段通り、新たな年を迎える盛大なお祭りが始まっていた。
この祭りの中で年納めを記念して行なわれる、料理コンクールに見事出品できたニコイ料理店は堂々の3位。
その実力を見せ付ける事になった。
「アフィニア様、心配・・・ですか?」
「うん。心配するのは当たり前かな」
今はシャーリーと2人、料理コンクールを見ていたところだ。
先程、ここにいたララサさんとササラさんに挨拶をしてきた。まだ同じパーティーの2人は戻って来ていないようで、ララサさんの想い人には会えなかった。
お祭りは楽しいし、コンクールも見応えはあったと思う。
だが、頭をよぎるのは彼女の事だ。
姫はここにはいない。
あれから連絡もないし、一体どうしているだろうか。
ミュウも忙しいようだしな。
よし。頭を切り替えるとしよう。
見ればシャーリーが寂しそうな表情をしている。
当然かもしれないな。一緒に遊びに来た人間が、他の事ばかり考えているのだから。
空元気でも元気だ。
今だけは姫の事は忘れよう。
「シャーリー、次はどんなところへ行きたい?」
「アフィニア様が行きたいところです」
「・・・またそれなんだ・・・」
「はい」
まあいいか。ならば、城門前広場に行くとしよう。
俺が歩き出すとシャーリーは何も言わずに付いてきた。
「あれ?おーい、リリム! リリム!」
「・・・」
「久しぶり。元気だった?」
「・・・ふう」
広場についた俺たちだが、面白そうな店を見つける前に真っ赤な髪を見つけてしまった。
呼びかける俺だが、あからさまに迷惑そうなんだが。
「仕事中なんです。それと名前、呼ばないでいただけますか?」
「ご、ごめん」
それは悪かった。
リリムは仕事を諦めたのか、こちらにやってくる。
思うんだけど、この仕事続けるならその髪は染めた方がいいんじゃないかなぁ?
凄く目立つし。・・・似合ってはいるんだけどね。
「今日は2人だけなんですね」
「ああ。ミュウは分からないけど、姫は城だよ」
リリムとシャーリーの2人が軽く挨拶を交わす。
「なるほど。・・・お姫様でしたね」
「・・・盗賊ギルドにも情報って入ってきてるの?」
「アフィニアさん。情報っていうのは財産なんですよ?まさか、タダで聞こうなんて思ってませんよね?」
「・・・・・・・・・はい」
相場が分からなかったので、銅貨2枚を渡す。
ううむ。世間の荒波に揉まれたためか、リリムが抜け目がなくなってるんだが。
これも成長と言うんだろうか。
「とりあえず、王様が今すぐ死んじゃうとかいうのは無いですねー」
「そうなの?」
「ええ。確実な筋からの情報ですよ」
お金をいそいそと懐にしまいながら話すリリム。
顔に浮かぶのは満面の笑みだ。
「話によると、王様もベッドから起き上がれないまでも意識は回復しているようですし、数日中にはセラフィナさんも戻って来るんじゃないですかー?」
「どこからの情報?」
「情報元を明かす訳ないです。・・・と言いたい所ですが今回は特別です。城に勤めるメイドらしいですよ」
もう1枚銅貨を渡すと、口が滑らかになったようだ。
自分で手に入れた情報じゃないみたいだしな。
・・・城のメイドか。なら、本当かな。
それなら一安心なんだが。
「とはいえ、これで後継者問題が激化しそうですね?アフィニアさん」
「そ、そうかな?」
「ええ。アフィニアさんはヴォルフ殿下に肩入れしてますよね?」
「・・・」
リリムの表情が、心の中を見透かすような、探るような感じになっているんだけど。
この子、俺から情報を引き出して誰かに売るつもりだとか?
背中からの無言の圧力も気になるし。
「僕は知らないよ?」
「またまた~。今現在、ヴォルフ殿下が優勢だとか言われてますよね?」
「へ~、そうなんだ」
「・・・」
「・・・」
リリムはどうやら諦めたようだ。ため息をつくと、にっ、と笑う。
「まあいいです。では、あたしは仕事に戻りますね」
「またね、リリム」
「さようなら、リリム」
リリムが立ち去った後、俺はシャーリーと顔を見合わせる。
まったく。だが面白い子だと思う。
「さてと。いっぱい見て回ろうか。普段よりも多くの店が出ているようだし、ね」
「はい」
こうしてリュドミラ大陸暦1498年、最後の日は終わった。