30話 「ユニコーン」
「実は僕はね・・・・・・・・・神様なんだ」
「・・・」
「・・・」
「ここは笑うところですの?」
言うんじゃなかった。
「あー。僕は新魔法を作るのが趣味なんだ」
「・・・それで納得しろと仰いますのね?」
「うん、それでお願い。いつか、本当の事話すから」
あれ?姫のさっきまでの心配するような視線が、今はなんか責める様な感じになってない?
えーと。
「いいですわ・・・。あなたが話してくれるのを待っておりますわ!」
「ありがと、ミュウ」
にっこりと笑ってみせる。するとミュウは真っ赤になってしまった。
ふふ、やはりこの体のスペックは高いな・・・あれ、姫どうしてこっちに来るの?
なんでそんなに作ったような笑顔なの?
「痛い痛い痛い、やめてよ姫」
「ふん」
姫にほっぺを思い切り引っ張られてしまった。きっと、ほっぺが真っ赤っ赤になってるね、これは。
まあいいや。姫の焼き餅は可愛いしな。
たぶん親友が取られそうとか、そういう意味だろうけど・・・・・・そうだよね?
可愛い姫を見られて、俺はとても満足だ。
「まったく、あなた方は。今がどういう時か分かっていまして?」
「う、すまないミュウ」
「ごめんよ、ミュウ」
「あなたは反省していませんわね」
「・・・」
なんとなく、ミュウの俺の評価が下がった気がする。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ええと・・・姫、ミュウ。なんか森の奥の方に入って行ってない?」
「・・・どうだろうな?」
「そんな事はありませんわ! ちゃんと村へ向かっているはずですわ!」
「そうかなぁ・・・」
俺たちは今、絶賛遭難中だった。
さすがは魔の森、噂どおり恐ろしいところだ。
本当に迷うとは。
早朝出発してから何時間が経ったのか。
時計も携帯もない状態では今何時かは分からない。
昼にはまだなっていないと思うのだが。
まあ、ミュウが保存食を持って来てくれたので、2、3日なら飢えて死ぬ事はないだろうが。
かなり不味い状況なのかもしれないが、昨日からの危機の連続で少々麻痺しているのかもしれない。
それでもそれに気がついた時、さすがに能天気に笑ってはいられなかった。
「姫、ミュウ、前方に何か沢山いるよ」
「沢山とは、どれぐらいだ?」
「んー、7・・・8、かな」
「多いな」
この生命に満ち溢れた森で、広域知覚に一々引っかかる生き物を警戒していては先に進めない。魔法で探知を続けながらも半ば放置状態であったが。
さすがにこれほどの反応が1度にあったのは初めてだ。
「どうする?迂回するの?」
「小動物でも反応するのでしょう?この程度で迂回していては日が暮れますわ!」
「そうだけど」
拳を握り締め、どんどん先に進んでいくミュウ。
1人で行かせるわけにはいかない。姫と顔を見合わせ、ミュウの後ろに続く。
「馬?」
森の中で多少開けた空間。
そこにいたのは8頭の馬だった。
頭に1本、角の生えた。
(ユニコーン?)
そこには純白の一角馬を中心に、栗毛とか黒鹿毛とか7頭が集まりこちらを注視していた。
一角馬といえば中心にいる1頭のように純白のイメージだったが、こちらの世界では色々いるらしい。
それに・・・どうやら、もとの世界の一角馬とはやはり違うのかも知れない。
俺はこの幻獣には対して特に悪いイメージは持っていなかったのだが・・・・・・未だに姫とミュウが剣を構え、拳を握り締めたまま警戒態勢を解かないからだ。
「ええと、危ない相手なの?」
「中級ランクの魔物ですわ! 戦えない相手ではありませんけど、これほどの数ともなれば・・・少々厳しいかもしれませんわね」
「ああ、逃げても無駄だろうしな」
「でも、おかしいですわ! この魔物は単独で行動すると聞いた事がありますのに」
よく分からないが、どうやら危機らしい。
俺も一応、杖を構えていつでも魔法を使えるようにする。
無くても使えるけどな。
「一角馬は、汚れなき処女に弱いと聞くけど」
「なんですのそれは?」
「・・・本に書いてあった」
「わたくしは知りませんわね」
書いてあったのは俺の世界のファンタジー本だけどな。
『昔はその様に言われていた事もあるがの』
「え?」
「「!」」
今、頭に直接聞こえた!
俺は、周りをキョロキョロと見回す。姫やミュウも聞こえたらしく、同じようにキョロキョロしている。
『わしだ。人間よ・・・』
また聞こえた。でも今度は分かった。
あの真ん中にいる、純白の一角馬だ。
姫やミュウも分かったらしく、驚きの顔で見ている。
「魔獣が喋るなんて・・・ありえませんわ!!」
「喋ってないよ。テレパシーだよ」
「て、てれぱしー?」
「ああ、その言葉の意味はわからないが・・・確かに喋ってはいないな。心に直接響いてくるようだ」
姫はなんというか、あっさり受け入れているようだが・・・ミュウは大混乱だ。
認めません、ありえませんわ、などとブツブツ言っている。
まるで危ない人だ。
『これ以上行けば、森から出られなくなるが・・・よいのかの?』
「ええと、その・・・迷子になりまして」
他の7頭はどうだか分からないが、あの白いのとは話しが出来るようだ。
ミュウは魔獣とか言っていたが、目には知性を感じられるような気がするし。
『迷子か』
「はい、誠にお恥ずかしい限りです」
俺たちの会話(?)を聞いて、姫は剣の構えをとく。
ミュウは思考がまだどこかにいったままだが。
「私たちは戦うつもりはありません。見逃していただけませんか?」
『・・・・・・』
姫も俺を見習ってか話し始める。
『よかろう。だがそれは、わしの用件が終わってからじゃ』
「用件?」
『昨日の事だ。とても・・・懐かしい波動を感じた』
「波動ですか?」
姫が、波動ってなんだ?という顔をしている。俺にも分からないが。
だが、白いのは説明する気はないようだ。
『その波動を辿り、わたしは森深くからやって来たのじゃ』
「はあ」
正直「はあ」としか言いようが無い。
『その波動を発したのは・・・お前じゃな?』
「え?僕?」
『1500年前と同じ波動だ・・・。間違いない』
いきなり当事者になった俺。まったく訳が分からない。1500年前ってなんだ?
姫や、復活したミュウも俺を見つめている。
「せ、1500年前ですか・・・ずいぶん長生きなんですね」
『わしは“始まりの獣”の一体じゃからな』
「・・・」
はい、また訳の分からない言葉出ました。
「ええと、よく分からないのですが・・・説明していただけると嬉しいのですが」
『本当に懐かしい。・・・だが、まったく昔と同じという訳ではないようだ』
「あの・・・」
『そうか・・・どうやら封じられているようじゃな』
駄目だ、こっちの話を聞く耳持っていない。
彼(こう呼んでいいんだろうか)は一方的に話すばかりで、その内容もよく分からない昔話だ。
他の7頭の色付き一角馬もきっと迷惑そうに聞いているに違いない。
「ああ、お爺ちゃんがまた昔話しを始めたよ」とか言って。
まったく動きがないので分からないが。
「すみません!!!」
『な、なんじゃ。急に大声を上げるでない』
「ええと、僕たちは森から抜けたいんです。出来ればキオ村の方に」
『キオ村・・・聞いた事があるような』
馬たちが顔を見合わせている。心の声とかは伝わってこなかった。
『あの、山近くの小さな集落じゃな』
「たぶんそれです」
『ふーむ、なれば道案内をさせよう。XXXよ、こちらに来い』
あれ?今、聞き取れなかった。
でもその言葉で7頭のうちの1頭、真っ黒い一角馬が白いのの近くに歩いてくる。
『XXXよ。この者たちを森の外まで送り届けるがよい』
まただ。たぶん名前だと思うんだけど。
真っ黒い一角馬は、首をコクリと動かした。
『その後は・・・よいな?』
もう1度、コクリと首を動かす黒いの。
まあなんでもいいや。この迷子から開放されるのなら。
俺はもう、そう思う事にした。ミュウからの視線が冷たい。
それで現在、俺たちは黒い一角馬の後をついて歩いているという訳なのだが。
村の方向がまったく逆だったというのはともかく。
この馬は割りと紳士で・・・ちなみにオスだ。とにかく俺たちの方を時々見て、歩く速度を変えてくれたり待ってくれたりするのだ。
ただ、どれだけ話しかけても答えてくれない。
話す気が無いのか、それとも、もしかしたらあの純白の一角馬しか喋れないのか。
喋るというよりテレパシーか?
特別みたいな事言ってたしな。確か、“始まりの獣”だったか。
「・・・納得いきませんわ!」
「あきらめろ、ミュウ。目の前にあるのが現実だ」
姫とミュウが2人話し合っている。
ミュウには、魔獣が喋った事、こうして道案内をしてくれる事がどうしても認められないようだ。
こちらをキッと睨んでくる。
「あなた、帰ったらちゃんと説明してもらいますわ!」
「さっきの事は、僕にだって分からないよ・・・親切な魔物もいるって事でいいのではない?」
「あなた、今回もそれで済ます気ですの!?」
「ミュウはもうちょっと大人になった方がいいね。世の中、納得のいかないことなんて腐るほどあるよ」
「・・・」
あ、怒った。まずいな、もう少し考えて喋ろう・・・ミュウはつい、からかいたくなるな、何故だろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「外だ~!」
「ああ、やっと出られたな」
森を抜けられたのは次の日、28日の昼過ぎだった。
恐らくだが急げば、今ならまだララサさんとササラさんに追い付けるだろう。
シャーリーにも心配かけたな。
「ありがとう、一角馬。おかげで帰ってこれた」
「うむ。助かったよ」
「い、一応、礼は言っておきますわ!」
俺に続いてみんなも礼を言う。斜面を転がり落ちて約2日間、大変だったがなんとか戻れそうだ。
「よし、急いで合流しよう」
「分かりましたわ!」
真っ黒な一角馬に手を振ってキオ村へと急ぐ。
だが。
「ええと、付いて来るんだけど」
「村まで送ってくれようとしているのではないか?」
「そうなのかな・・・よし。ええと、もういいよ?後は僕たちだけで大丈夫」
「・・・まだ付いて来ますわよ?」
「うーん」
俺は、馬のつぶらな瞳を見つめる。・・・駄目だ、俺には心を読み取るスキルは無いようだ。
「気に入られたのではないの?」
「そうかな?」
「まあ、角以外ほとんど馬だし飼ったらいいですわ・・・」
ミュウが投げやりに言う。もうどうでもよくなったらしい。
「ねえ、本当に付いて来る気?」
「・・・」
コクリと頷く馬。言葉は通じているようだ。本人(?)がそれでいいなら俺としては別に構わない。
・・・名前がいるな。昨日の白いのが使っていたテレパシーでは名前が分からなかった。
推測だが、たぶん人間には発音できない名前なんだろう。だったら、新しい名前をつけてやろう。
「名前・・名前・・・」
「こいつの名前か?」
「姫。そうだよ、名前がないと不便かなと思って」
「そうか・・・」
姫と2人、名前を考える。ミュウも考えているようだ。
「シェーンアルガというのはいかがでしょう。古代の英雄ですわよ?」
「・・・駄目のようだな」
「だね・・・」
ミュウの告げた名前に、首を横に振って答える馬。
「よし、アリオンというのはどうだろう」
「・・・」
俺と馬の視線が交わる。しばらく見詰め合った後、コクリと首を縦に振る。
う~ん。今の間だと気に入ったのか気に入らないのか微妙だな。
俺が飼い主になるのだから我慢したとか。
「本当にアリオンでいいの?」
「・・・」
頷く馬。まあいいや・・・それなら。
「今日からおまえはアリオンだ。よろしく頼むね」