29.4話 「斜面の上の出来事」
私が目を覚ました時、アフィニア様はいらっしゃいませんでした。
「アフィニア様!!」
頭に浮かんでくるのは、あの凶暴なドラゴンの大きな口。
取り乱しては駄目、冷静に・・・そう冷静にならなければいけない。速やかに状況を確認して対処するのよ私。
周りを確認。
少し離れたところにララサ様。そして、モルドレッド。
残念ながらセラフィナ様はおりません。
私が今するべき事は・・・ララサ様の治療でしょう。
アフィニア様の事は一時的にですが、頭の隅に追いやります。
「上級回復」
ララサ様の胸に片手を当て、杖で呪紋を描く。
私には、アフィニア様のように呪紋無し、杖無しでは魔法は使えません。
「ん・・・、ここは・・・?」
良かった・・・。
ララサ様が目を覚ましました。・・・あの時、私はララサ様より先に魔法の使い過ぎで倒れました。
アフィニア様について何か知っていればいいのですが。
「!・・・み、みんなは無事か!?」
「少しお待ちください」
私はモルドレッドにも上級回復を使います。
ん・・・大丈夫。死んではいません。
前にアフィニア様の怪我を治せなくて必死になって覚えた魔法ですが、初めて使うのがララサ様とモルドレッドで本人がここにはいない、というのは何という皮肉でしょうか。
「アフィニアとセラフィナがいないか・・・」
「はい。私が起きたときにはおられませんでした」
「そうか・・・」
「私は途中で意識を失ってしまったので・・・あの後はどうなったのでしょう?」
少なくとも、私よりは後の事を知ってるはずのララサ様でしたが、残念ながらよく分からないとの事です。
ですが、この真ん中にあるぺちゃんこに押し潰された肉塊。
そしてその肉塊を中心に走る大きな放射状の亀裂。
これを私は知っております。アフィニア様の魔法、『圧壊』です。
でもこの魔法はテストで失敗したため、禁呪文となったはず。
私はアフィニア様の安否がますます気になりだしました。
何か手がかりはないのでしょうか。私は一生懸命辺りを調べます。
「こっちにアフィニアの杖があるな」
私はララサ様のところへ急いで向かいます。まだ目を覚まさないモルドレッドは気になりますが、今は少しでもあの方の手がかりが欲しい。
そこは斜面に程近い所でした。気になって斜面を覗き込みますが下は見えません。
ですが、滑り落ちたような跡を見つけました。
アフィニア様が落ちた?
「どうやら2人とも下に落ちたようだな・・・無事だといいが・・・」
「無事です! 無事に決まっているでしょう!!!」
アフィニア様の杖とセラフィナ様の剣を手に、びっくりするララサ様。
セラフィナ様の剣も近くに落ちていたらしいです。
「い、いや、すまないね。あの2人なら絶対に無事だよ。・・・君でも声を荒げる事があるんだね」
「こ、こちらこそ済みませんでした」
駄目だ、もっと冷静にならなければ。
「一旦、山小屋に戻ろう」
「で、でも」
「山小屋に戻ればロープもある。助けるにしても、もうすぐ日が暮れるから・・・明日になるだろう」
「・・・・・・分かりました」
ララサ様の言う事は正しい。
今、私がここで出来る事はない。それならば、明日のために魔力と体力を回復させるべきでしょう。
「大丈夫。おそらく2人は一緒にいるよ。あの2人ならば少々の困難など乗り越えるよ」
「2人・・・」
あの方とセラフィナ様が一緒にいる。
それを思うだけで胸の奥がモヤモヤします。・・・深く考えては駄目。
私はアフィニア様の杖であればいいのですから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ウィニアドラゴン!?」
山小屋に戻った私たちを待っていたのは、心配そうにしていたミュウ様とササラ様の驚きの声でした。
簡易的な手押し車を持って行ってはいたものの、思ったよりも山トカゲは重かったようです。
今は2人ですし。
物の重量を増減する、重量操作の魔法を使っていなければ持って帰れはしなかったでしょう。
この魔法はやはりアフィニア様が作り出した新魔法の1つで、重力加圧の魔法の創作中に偶然出来た、いわば副産物なのです。
「ああ、まさか上級ランクの魔物が出るとは思わなかった。もう絶滅したと言われていたから」
「それで!?アフィニアとセラフィナは死んだのですか!?」
私たちだけで、アフィニア様とセラフィナ様のお姿が見えない。そう思われても仕方ないでしょう。
ですが、ミュウ様がアフィニア様の名を呼んでおられます。日頃は「あなた」としか呼ばれず、アフィニア様は冗談ぽくですが残念がっておられました。ですが、私は結構本気だったのではないか、と推察しているのですけれど。
ああ、また胸がモヤモヤします。
「いや、死んで無い・・・と思う。ただ、急になった斜面から落ちたようだから・・・」
「・・・それならば大丈夫。あの2人が死ぬはずありませんわ!」
「それで~。そのドラゴンはどうしたの~?」
「いや、何と言うか・・・シャーリー、君なら説明出来るのではない?」
困りました。アフィニア様の許可も得ずに、新魔法の事など話せません。
ですが・・・話さないのも不自然です。
「・・・ウィニアドラゴンは死んでいました」
「・・・」
「そ、それだけかい?」
「・・・はい」
皆様、かなり困惑しているようですが、私が話さないのを見て諦めてくれました。
・・・誠に申し訳ございません。
「2人を助けるにしても明日だ。今日はゆっくりと休もう。・・・2人ももう休んでいるよ」
「そうですわね。あの2人なら大丈夫ですわ!」
「そうね~。明日、助けに行きましょうね~」
みなさんが私の事を気遣ってくれています。・・・今日は素直に寝るとしましょう。
でも、寝れるでしょうか。・・・・・・・・・2人一緒。
アフィニア様とセラフィナ様。
結局、胸のモヤモヤは夜中近くまで止まりませんでした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ロープの長さが足りないようだね・・・」
「村へ戻って貰ってくれば!」
私はそう主張します。
「却下ですわ!」
「どうしてでしょう?」
「今から村に戻ったとして、ここに再び戻って来れる頃にはもう昼ですわ! その頃にはあの2人はとっくに他の場所に行っているでしょうね」
「・・・」
残念ながらミュウ様の言うとおりです。では、一体どうすればいいのでしょう?
ササラ様1人を山小屋へ残し、私たちは再びここにやって来ました。
「わたくしが降りますわ!」
「それは無茶だ・・・」
「いいえ、無茶ではありませんわ! わたくしはミュウ・イアリー・エリヤ・クラウドですのよ」
ララサ様の心配に、胸を張って答えるミュウ様。
何ら根拠になっておられませんが。
アフィニア様がいれば、「ミュウはいつでも無駄に自信満々だね」とでも言ったでしょうか。
私にはミュウ様は雲の上の人です。なにしろクラウド侯爵家の方なのですから。
ですが、アフィニア様はその事をまったく意識しておられないように感じます。
「わ、私も降ります!」
とっさに口から出た言葉。
「駄目ですわ!」
「どうしてですか!?」
「あなたには、この斜面を降りるのは無理。あなたが今すべき事は、あの2人を信じて待つ事だけよ」
意外にも優しい声で語りかけてくるミュウ様。
分かっております。私では無理な事は。
ですがそれでも・・・いえ。
「ミュウ様。・・・アフィニア様、セラフィナ様の事、どうかお願いいたします」
「分かりましたわ!」
私は深々と頭を下げました。
ミュウ様は準備が終わると、食料やアフィニア様セラフィナ様の武器を持って降りていかれました。
私にも彼女ほどの身体能力があれば、と思いますが。・・・無い物ねだりをしても仕方ないでしょう。
私は、私の出来る事をします。
まずは村の人たちに、いかにアフィニア様の事を隠しながらドラゴンが出たという事を伝えるかです。
当然ながら、ララサ様とササラ様の口止めも。
ですから。
どうかご無事で・・・アフィニア様。