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アフィニア日誌  作者: 皇 圭介
第一部 ジンバル王国編
29/50

27話 「山トカゲ」

 1年が終わり、新たな年がやってくる。

 リュドミラ大陸暦1498年がもうすぐ終わろうとしていた。

 黒の月は1年の終わりの月。そして銀の月は1年の始まりの月だ。

 黒の月の29日にはミュウの誕生日があり、銀の月の23日には俺の誕生日がある。

 ちなみにシャーリーは灰の月の3日、姫は金の月の17日だ。


 現在俺たちはララサさん、ササラさんとともに馬車の旅の最中だ。馬車といっても荷馬車で屋根などないタイプのもの。これから取りに行く食材を積んで帰るための物なのだ。

 当然乗り心地はあまり良くないし、なにより寒い。いつもよりは厚着の上、防寒用のマントを羽織ってはいるのだが。これは寒さを防ぐだけではなく、雨対策用に防水仕様の優れものだ。

 それでも寒いものは寒い。風が吹くたび体が震えてしまう。


「王都からこんなに離れるのは初めてかも」


 俺は丸くなって寝ている使い魔の頭を撫でる。

 何かの役に立つかと思って連れてきたのだが・・・寝てばっかりだ。

 虎も猫科の動物というし、もしかして寒さに弱いのか?


 目的地は王都の北、ウィニア山脈の麓にあるキオ村だ。

 キオ村は王国最大の森、『魔の森』とも呼ばれる大森林の側にある。そしてそこから俺たちは山の中へと入って行くわけだ。

 狙う獲物は、山トカゲだ。

 山トカゲは当たり前だが山に住むトカゲ(海に住む海トカゲという亜種もいるらしい)で、全長3mを超す大トカゲなのだ。性格は凶暴で、敵と見れば噛みついたり尻尾で攻撃したりする。

 これを俺たちは29日の夜までに捕って来なければならない。


 双子から聞いた依頼の詳細はこうだ。

 依頼者は、街を東西に貫く街路『大海の道』の東側に店を構えるニコイ料理店の店主だ。

 その店主は年納めを記念して行なわれる料理コンクールに出品するため、この山トカゲの肉が欲しいらしい。

 双子のパーティーは日頃からこの依頼を受けており、2ヶ月に1度ぐらいは捕獲に行っていたという。いつもの依頼であればいついつまでに、という期限などない。

 だが、今回はこの料理コンクールがあるせいで期限が決まってしまっている。

 依頼の刻限は29日。30日にはコンクールがある。今日は25日、目的地のキオ村には明日の昼前には着くということだから・・・帰りのことも考えると、捕獲に使えるのは26日の昼~28日の昼までの約2日分だ。

 山トカゲを探さなければならない事を考えると猶予はあまりない。

 もし間に合わなければ、ニコイ料理店はコンクールを辞退する事になるだろう。


「みんなは~野宿とかした事ある~?」

「いえ、無いですね」

「私も無いな」

「ありませんわ!」


 俺に続いてみんなも首を横に振る。シャーリーだけは縦に振っていたが、昔、俺と会う前の事だろう。


「そっか~シャーリーちゃん以外はみんな初めてか~」

「そうみたいです」

「星がきらきらして~綺麗なのよ~」


 ササラさんがふわふわ喋る。そんな暢気(のんき)でいいのかとは思うが、今回の旅では隣国テューレに向かう北の主要街道を通るのだ。明日になれば外れて進むとはいえ、そこまでの危険があるとも思えない。

 ジンバル王国の街道は、他の国に比べても比較的安全なのだ。

 しかしながら警戒は怠るべきではない。

 いくら安全が高いとはいえ、この国にだって盗賊はいるし魔物が出ないという保障はないのだ。





  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 野宿の準備をする。

 とはいえ、やることといえば(たきぎ)を集めることと夜食を作ることぐらいか。

 街道から林に少し入ったところを今夜の宿に決め、そこに拾ってきた(たきぎ)を置いた。

 料理担当は俺とササラさんが受け持つこととなった。どうせ保存食なのだから本格的なものは諦め、でもなるべく美味しくなるよう作った。そこそこ評判は良かったと言っておこう。


 食事も終わり、後は寝るだけとなった。

 みんな火を囲むように寝るのだが、当たり前の事だが見張りをしなければならない。今回は6人いる、との事で2人ずつの3交代となった。前衛系である姫、ミュウ、ララサさんと後衛系である俺、シャーリー、ササラさんを前衛1名後衛1名で組み合わせたバランスのいい形だ。

 最初の見張りを俺と姫、夜中からをミュウとシャーリー、そしてもっとも危険とされる明け方近くを慣れているララサとササラが担当する事になった。


「まあこれもいい経験だな」

「そうだね」


 みんなが寝静まる中、姫と2人見張りを続ける。


「何もなければ、去年と同じくミュウの誕生日を祝ってやろうと思ってたんだけど」

「別の日でもいいのではないか?」

「年が明けてからになるね」


 姫は何か聞きたい事があるみたいだ。先程から、何か言いかけては止めを繰り返している。・・・もしかしなくてもヴォルフ殿下の事だろう。彼と密約を結んでからもう1年半近く経つのだ。

 今まで直接に聞いてこなかったのが不思議なぐらいだ。

 姫も王族なのだ。パーティーなどに出れば、嫌でも噂ぐらい耳に入ってくる。


「聞きたいのはヴォルフ殿下の事、だよね?」

「・・・」

「違う?」


 姫はふう、とため息をついた。


「・・・・・・結婚するのか?」

「しないよ」

「・・・そうか。だったら、いったいあの王子と何をして・・・」


 俺の顔を見て言葉を止める姫。

 俺は今、いったいどんな表情をしているのだろうか?

 知らない奴らの心を(いじ)くるぐらいの事で、別に良心なんて痛んだりしない。

 だが。


「済まない」

「・・・・・・いつか言うよ」


 その後はあまり会話が弾まなかった。今までは会話なんて無くても、姫と一緒にいることに苦痛を感じる事はなかったのだが・・・今日はなぜか息苦しかった。

 そしてミュウとシャーリーが起きて来て見張り交代となり、俺と姫は眠りについたのだった。





  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 結局その夜は盗賊の襲撃もなければ、腹を減らした魔物が襲ってくることもなかった。

 朝食後、早々に片付けを終え出発する。

 ここからは主要街道を外れ、大森林の側を通り村へ向かうことになる。


「後もう少し」


 森の中から時々獣の吠え声が聞こえてきて馬が怯える事以外、何の問題もなく進んでいく。

 キオ村に着いたのは予定通り、昼前であった。

 しかし、主要街道とは違い、あまり整備されていない道だったためか・・・お尻が痛い。

 うちの使い魔は、こんなにガタガタ揺れるところでよく寝ていられるものだ。


「う~ん、なんていうか・・・村だね」

「まあ地方の村なんてどこもこんなもんだよ」


 村を見ての俺の感想にララサさんが答えてくれる。キオ村は木の柵で周りを囲っただけの、全部で八軒程度の家しかない小さな村だった。村の外にはちょっとした畑も見えるが。

 どうやって生活してるんだろう・・・?猟師か?


「水と食料の補充が終わり次第、山に入るよ」

「いよいよですね」

「馬車で山に入れるの?」

「途中まではね。あとは歩きになるよ?」


 あまり時間の余裕が無いのでさっそく山に入る事に。ただ、ララサさんは少し心配顔だ。


「どうしたんですか?」

「それが・・・。さっき村の人から注意を受けてね・・・」

「そうそう~雨が降りそうなの~」

「大丈夫なんですか、それ?」


 双子は困った顔をしたままだ。山の天気は変わりやすい、とはよく聞く言葉だろう。少なくともこんな寒い時期にずぶ濡れにはなりたくない・・・絶対に風邪を引くだろう。

 だがこの馬車には屋根もないしな。


「あまり大丈夫ではないかもしれないけど・・・」

「ララサちゃんは~、この依頼をちゃんと成功させて~彼にいいところを見せたいんだものね~」

「なっ」


 ララサさんの顔が真っ赤になる。今はいない双子の男性のどちらかを好き、という事でいいんだろう。

 うん。照れてる女性はいいな。


「それなら絶対成功させないといけないですね」

「ええ~そうなの~」

「・・・・・・」


 真っ赤になり無口になってしまったララサさんだが、馬を巧みに操り狭い山道を進んでいく。

 今のところ馬車を操れるのは双子とシャーリーだけだからな。

 今度、俺も教えてもらうとするか。


「よし、ここに馬車は置いておくから。用意が出来次第、山トカゲを探そう」


 ララサさんがそう宣言する。いつもここに馬車を待機させているのだろう。

 そこには小さいながらも山小屋があった。その周りにはいつも使っているのか石で組まれたかまどや、馬を入れるための柵まであった。ここを拠点として山トカゲを探すのか。


 ララサさんはメンバーを2つのチームに分けた。1つはここに残って野営の準備をするササラさんとミュウ、もう1つは獲物を探す俺、姫、シャーリーにララサさんだ。

 使い魔のモルドレッドは当然俺に同行だ。

 山トカゲの探索に参加できない事にミュウは不満のようだったが、正直なところ危険度はあまり変わらないと思う。人数少ない分ミュウたちの方が危ない気もするし。


「では十分に注意しながら探索してほしい。ヤツは結構凶暴だよ」

「分かりました」


 ララサさんの言葉に俺たちは(うなず)く。俺は広域知覚(ワイドセンス)の呪文を使い、密かに周りを探査する。自分を中心として、半径500mほどの領域の生命体を感知する魔法だ。

 だが、この魔法も万能ではない。


「こっちに何かいますね」

「魔法で調べた・・・?山トカゲなの?」とララサさん。

「生き物である事は間違いないです」


「行ってみれば分かる」と姫は言って歩き始める。うん、やはり昨日の夜から姫はおかしい。

 もしかしなくても俺のせいなのか。


 ポツリ、と水滴が頬に落ちる。


「雨・・・!」

「やっぱり降ってきた・・・」

「どうしますか?」

「この先は崩れやすいところもあるから、雨の時は特に近寄らないほうがいいのだけれど」


 小降りだとはいえ雨は雨だ。それに大降りにならないとは限らないしな。

 ララサさんに賛成しようとしたが、姫が(さえぎ)る。


「だが、あまり時間がない上に雨が止むかどうかも分からない。目標は2体だったか」

「姫」

「ならば雨が小降りの間に行くしかないと思う。無理そうなら戻ればいい」


 そして再び歩き始める姫。俺は姫に追い付き尋ねる。


「どうしたの、姫?いつもの姫らしくないよ?」

「私はいつもどおりだ」

「・・・」


 姫の後を何となく着いて行く俺、シャーリー、ララサさん。

 道はあるが、左側は急な斜面だ。足を滑らしでもしたらどこまで落ちるか分からないし。

 覗き込んで見ても木々が沢山生えていて底が見えない。


「ん・・・たぶんこの先」

「この先・・・、そこなら少し広い空間があったと思うから、なんとかなるかな・・・。29日までという期限さえなければ罠を仕掛けて捕らえるのだけど」

「無いものねだりをしても仕方ないです。行きますか?」

「ええ」


 細い道を抜ける。そこは森の中でぽっかりと開けた空間だった。左側に斜面があるのは変わらないものの、複数人が並んで戦うだけのスペースはある。

 はたしてそこには山トカゲがいた。

 尻尾の先まで含めても2m半ぐらいしかない少し小型のヤツだが、山トカゲに違いはない。


「左の斜面には気をつけて。アフィニア、シャーリー、援護よろしくね」

「任せてください」


 シャーリーもこくりと頷く。

 まずは俺の呪文『蜘蛛の網(スパイダーネット)』が発動し、山トカゲを絡め取る。だが人間よりも力のある動物だ。あっさりと糸を引き千切ってしまう。

 だがその隙を逃さず姫とララサさん、モルドレッドは山トカゲに襲いかかる。 


「はあっ」


 山トカゲの噛み付きを盾で防ぎながら突きを繰り出す姫。

 その攻撃は山トカゲの首筋に浅く突き刺さる。・・・思ったよりも皮膚が硬いようだ。

 そこにモルドレッドが飛び掛り剣歯で噛み付く。


 姫は愛用の長剣(ロングソード)円盾(ラウンドシールド)を組み合わせた戦い方をする。

 基本は左の盾で相手の攻撃を受け止め、受け流し、押し返しておいて右手の剣で盾の横から突くか、上段からの振り下ろしで強引に叩き切る。守ってからの攻撃が姫のスタイルだろう。

 逆にララサさんは片手半剣(バスタードソード)を持ち、両手で振り下ろし、時には片手で扱いながら戦っている。盾を持っていないため、攻撃はよけるか剣で受け止めるしかない。


 山トカゲは噛み付き、突進、尻尾の一撃が攻撃方法なのだが、どれも足元を狙われる事が多い。特に姫はその戦闘スタイルから戦いにくそうだ。だが、しょせん多勢に無勢、時間の問題だった。


 山トカゲは徐々に動きを鈍らせていき、そして倒れた。


「終わったか?」

「ええ」

「怪我はあまりないようですが一応、回復はしておきますね?」

「シャーリー待って。何か来る・・・」


 俺の一言で緊張するみんな。広域知覚(ワイドセンス)に掛かった存在がこちらに近づいてくる。

 かなり早い。

 こちらに向かって来るドシンドシン、という音と地面の揺れ。草木を掻き分けるようなガサガサ、と言う音。


 そして。


 森の奥、木々の間から姿を現したそいつは・・・高さ3mを超える肉食恐竜だった。

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