26話 「舞踏会の裏で」
ゆっくりとした曲を奏でるのは、専用席に配された有名(らしい)演奏者達。
豪華で今にも落ちてきそうなシャンデリアの下、煌びやかな礼装やドレスに身を包んだ男女が踊る。
その中心から少し離れたところではいくつものテーブルが置かれ、たくさんの料理や果物が盛り付けられている。ワインを手に談笑するのは、やはり過度な装飾のある礼装に身を包む貴族たち。
貴族が開くパーティーはどこも似たり寄ったりだ。
奇をてらいすぎて引かれては意味がないだろうから仕方が無いとは思うけど。
自分の格好を見てため息をつきたくなる。今の俺も、周りにいる装飾過多な貴族たちと何ら変わらない格好をしているのだから。
黒のイブニングドレス。裾が床に着くほど長いし胸元や背中が大きく露出しているのも恥ずかしい。首には高価そうなネックレスを着けて、ヒールの高い靴を履いている。
この格好にも慣れたが。
本日出席するのはベンド伯爵の開いた舞踏会だ。
ベンド伯爵の一人娘の社交界デビューのためのもので、出席するのは彼の知り合いの貴族たちである。
周りにいるのは知らない人たちばかり。この会場の中で知っていると言えるのは、ここに俺を連れてきたヴォルフ殿下と付き添いに来たミュウぐらいのもの。
俺がここにいる理由といえば例の殿下との密約のためだが、それを他の人たちに言う訳にもいかない。そのため甚だ不本意ながら殿下にプロポーズされたという噂を肯定することになってしまった。
今や、社交界では俺はヴォルフ殿下のパートナーだ。
殿下は19歳、俺は12歳。俺の世界ではロリコンというレッテルを貼られて当たり前の年齢だが、こちらの世界では別に変なことではないようだ。
中年ぐらいの男たちも、じろじろと俺の胸元とか見てくるし・・・大して大きくはないのだが。まあ、この体が美少女である事は間違いのない事実なのではあるが。
「あまり顔色が優れませんわね?」
「ミュウか。なんか疲れちゃってね」
ミュウは飾りは多いもののいつものドレス姿だ。だが、金髪縦ロールも念入りにセットしてあるのだろうし、普段よりも更に高価な服なのだろう。いつもは場違いな印象を受ける格好だが、この場所ではそれが当たり前であり彼女の魅力を十二分に引き出していた。
「な、何ですの?」
「いや、ミュウって可愛かったんだなって思って」
「ええと、あ、ありがとう?」
あらら戸惑わしちゃったか。
赤くなるミュウは面白いが今はそんな気分ではない。
「う~ん。ダンスとかの誘いを断るのが大変でね・・・」
「あなたはあまりダンスは得意ではないようですからね。でも、お兄様のパートナーとして、これからもこういった機会は多いのですから苦手、では済みませんわ!」
「いや、分かってはいるんだけどね・・・」
先程ヴォルフ殿下を始め、何人かと踊ったが・・・前の世界ではもちろん、こちらの世界でもこういったダンスなど最近までやったことなど無かったのだ。いくら練習をしたとしても付け焼刃に過ぎなかった。
いや、そもそも男と抱き合う趣味などないのだ。
なんで俺が男と抱き合ってスローワルツなんか踊らなくてはならないのだ。
「ミュウが練習相手になってくれる?」
「・・・」
あれ?いやですわ! か、わたくしにお任せですわ! のどちらかが返って来ると思っていたのだが。
沈黙は予想外だ。
殿下とともに貴族のパーティーに出席するのはこれが7回目だ。
このベンド伯爵とかいう小太りの貴族も、おそらく第1王子レノックス殿下を支持している1人のはず。
今日もさせられる事を思うと憂鬱だが考えるだけ無駄だ。
せいぜいテーブルに並んでいる美味しい物でも食べて気を紛らわすとしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
宴もたけなわとなった頃。俺はベンド伯爵家の屋敷の奥深く、あまり人が寄り付かなそうな一室の扉の前で待機していた。中にいるのはヴォルフ殿下とベンド伯爵。
先程から2人でぼそぼそ喋っている。よく聞こえないが、きっと腹黒い顔で腹黒い事を話し合っているはずだ。
暇だな、と思いつつも待っていると、中から「入れ」の一言。
一応マナーとして扉をコンコンと叩き、「失礼します」といって部屋に入った。
「困りますなヴォルフ殿下。大切な話の最中に女人を入れるとは」
「その話が行き詰っているようなのでね」
薄暗い部屋の中で2人はテーブルを挟み対面のソファーに座っていた。とりあえず、どうしろと言われなかったので殿下の座るソファーの後ろに立つ。
ベンド伯爵はだいぶ髪の薄くなった、中年の小太りの男だ。
・・・なんか伯爵の方から舐め回すような視線を感じるんだけど。
「まあいいでしょう。ですが先程も言ったとおり、わしは残念ながら殿下の支持には回れませんな」
「ボイド男爵もシャーシ子爵も初めはそう言っていましたけどね」
「・・・あやつらがどうして意見を変えたのかは知らん。だがわしはあやつらとは違う」
「そう言われる事は分かっていました。ですから彼女に来てもらったのです」
そう殿下が言うとベンド伯爵の顔に下卑た、とっても嫌らしい表情が浮かんだ。
舐め回すような視線は遠慮が無くなり、実際に触られているかのようだ。
まったく殿下も意地が悪い。わざと誤解させるような事を言うのだから。
「彼女は殿下のパートナーと聞いていましたが、なるほど、殿下のために一肌も二肌も脱いでいるといったところですか。いやはや素晴らしい」
「いえいえ。それほどでも・・・あります」
なんかこのおっさん、うまい事言ったみたいな顔してるけど・・・。
いつまでこんな三文芝居みたいな事続けるんだ。
「はあ。ヴォルフ殿下、もういいですよね?」
「ああ、構わない」
「魅了」
呪紋を描くことなく魔法を発動させる。
ベンド伯爵は一度、びくん、と体を震わせるとまるで夢みるような顔で俺を見つめた。
まるで恋する乙女のようなその表情は・・・うわ、鳥肌が。
魅了呪文。相手の心を惑わし、俺に惚れさせる呪文だ。効果時間は1時間程度だが、下準備には丁度いい。
「それで殿下、いつものでいいの?」
「ああ、任せる」
「では次のじゅも・・・!」
呪文、と言いかけた俺。だが目の前の光景に一瞬あっけにとられた。
なんとベンド伯爵が床を這うように近づいて来るではないか!
俺の目の前にまで来た伯爵は、なんと足にしがみ付いてきた。
「し、心配する事はない! わ、わしに全て任せておけばいいようにしてやるっ!」
「うわっ! き、気持ちわるっっ!!」
12歳の女の子の足にしがみ付いてくる小太りの中年伯爵。
思わず蹴っ飛ばしてしまう俺。伯爵はそのままテーブルを巻き込んで倒れてしまった。大丈夫かな、と俺が思うより早く彼は起き上がり・・・叫んだ。
「もっとだ! もっと蹴ってくれ!!」
うわー、変態だ、変態がいる。ヴォルフ殿下も黙って見てないで助けてよ。
もう一度飛びついて来たので今度はひらりと身をかわす。べちゃ、と床に潰れたところを背後から踏んだ。
まだ足の下で恍惚そうに「もっと踏んで~」とか何とか言っていたが、聞かない事にした。
その方が精神的に良さそうだ。
「まさかベンド伯爵がこういう性的嗜好の持ち主だとはな」
「何で未だにソファーに座ったまま論評してるんですか」
「君に任せると言ったろう」
あーあーそうですね。言いましたね。ちょっと気持ちがやさぐれてきたが仕方ない。ヴォルフ殿下はこういう人なのだから。さっさと終わらせて寮に戻りたい。
「では、ベンド伯爵。僕の言う事を聞いていただけますか?」
「ああ! もちろんだ! 色々な道具もあるぞ!?」
色々な道具ってなに。
「あー。ちゃんと言う事を聞いてくれたら、ご褒美で後でやってあげますから」
「本当か?ならばいいぞ」
「では、心を落ち着けて、僕の呪文を受け入れてください。精神操作」
やはり呪紋を描く事なく魔法は完成する。
この呪文は呪文対象者の心を操作する事が出来る呪文だ。とてつもなく強力な呪文だが、欠点もいくつか存在する。魔力が大量に要ること、そして呪文対象者に受け入れてもらわなければ発動しない事などだ。
2つ目は魅了の呪文との併用で何とかなったが、1つ目は結構問題だ。
なにしろ呪紋を使わないため、魔力を2、3倍多く使うのだ。俺の魔力がいくら多いとはいえ、これは結構な消費量だと思うんだが。
たぶん、一般の人なら魔力の使い過ぎで干からびてる。
それでもこの呪文は有用だ。呪文対象者に“お願い”を聞き入れてもらえるのだから。
ただし、この呪文に強制力はない。自身の命が危なくなればあっさりと願いは投げ捨てられるのだ。
“お願い”はあくまで呪文対象者に対して危険や、大きな不利益をもたらす物であってはならない。
「では僕の願いを聞いてください。第1王子レノックスの支持を止め、ヴォルフ殿下の支持者になってください」
「ヴォルフ殿下の支持者に・・・」
「はい、ではよろしくお願いいたしますね」
「・・・」
「ベンド伯爵、起きて下さい」
「む・・・?ここは?」
「伯爵は私との会話の最中、突然眠られたのですよ?」
「そ、そうか。いや殿下、これは申し訳ない」
俺は再び部屋の外に出ている。今までの経験上、魅了を使われた者は前後の記憶を失う。
ベンド伯爵も問題ないようだ。
「それで話の続きですが」
「ああ、支持の話ですか。何度言われてもわしは殿下の支持者には・・・ならせていただきましょう」
「ありがとうございます」
「不思議ですな。何故わしは反対などしておったのか・・・?ヴォルフ殿下こそ王に相応しいというのに」
「いえいえ」
ふー、疲れた。どうやらうまくいったようだ。
バエル公爵や第1王子であるレノックスとよっぽどの繋がりがなければ、これでベンド伯爵はヴォルフ殿下の支持者のままになるだろう。
もうここには用は無いな、さっさと寮に帰ろう。
姫たちはもう寝てしまっているだろうが。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その依頼をララサとササラのパルテノ姉妹に持ち掛けられたのは、黒の月24日の晩、1年の終わりが目前に見え始めた寒い時期の事だった。
「食材の調達?」
「そうなんだよ。普通だったらいつもの仲間とともに捕獲に行ってるところなんだけど、メンバーに丁度外せない用事が出来てね」
「そうなの~依頼はもう受けちゃったんだけど~、お父さんが危ないらしいの~」
ララサさんとササラさんが交互に説明してくれる。
2人の所属するパーティーは確か4人だったと記憶しているが、1人が駄目だったとして・・・もう1人は?
それを聞いてみると、もう1人も同じく親が危篤との事。
俺たちが?マークを浮かべていると、ララサさんが説明してくれた。
「まあ、組んでいる相手も双子なんだよ」
「そうなの~」
ああ、納得。双子なら親は同じだ。
しかも男性で20過ぎらしい。男女2対2という事で、多少ララサさんとササラさんとの男女の関係が気にはなるが、ここで今聞いていいものでもないだろう。
「依頼を受けた後に、家の方から帰って来いと連絡が来てね。私達2人の事だけなら依頼失敗、という事でも仕方ないのだけれど」
「冒険者だけで食べているあの2人には~依頼失敗はなるべく無い方がいいの~。それに前から私達が受けている仕事だし~」
「そうなんだ。今回断ったらこれから以後は他の冒険者に話が行ってしまうから。だから共同依頼という事ではなく、ただ手伝ってもらうだけになるけど・・・報酬は君たちに全て渡すよ」
俺は姫、シャーリー、ミュウを見回す。
「どうする?」
「ここしばらく依頼を受けてなかったからな。私は構わない」
「どんな依頼だとしても、わたくしに掛かれば解決ですわ!」
シャーリーはこくり、と頷いて意志を伝えてくる。
「この依頼、お受けいたします。一緒にやりましょう」
「「ありがとう」」
ララサさんとササラさんの声がハモった。