25話 「ピクニック」
それは寮生活の最中、実家に戻った俺に母さまが提案したものだった。
「ピクニック、ですか?」
「ええ、そうなの。いい思い付きでしょう?」
満面の笑みを浮かべる母さま。
ふむ、時期的には今は黄の月。翌月である緑の月になると、もう暑いだけだ。
花とか見頃だろうしな。
やるなら今がいいかもしれない。
「ほら、あの子たちがこの屋敷に来てもう1年になるでしょう?」
「・・・そっか、もうそんなに経ったんだ」
ティフィン、ココナ、ホルセ。
最初こそ警戒心むき出しで全然懐いてくれなかったものの、1年という時間はあの子たちがこの家の人々に馴染むには十分だったようだ。
ティフィンはシャーリーの真似をしてメイド見習い中。ココナはいちばん警戒心が強かったのだが、今ではそれが逆転して一番の甘えっ子だ。ホルセは・・・長らく母さまの着せ替え人形になっていたせいか、男物も女物も着るのに抵抗がなくなったようだ。
「セラフィナちゃんや、ミュウちゃん。リリムちゃんも呼んで、ね?」
「・・・楽しそうですね、母さま。行きましょうか・・・ピクニックに」
「ふふ。アフィニアちゃんなら賛成してくれると思ってた♪」
では、姫やミュウを誘わないとな。
一番の問題はリリムだが。どうやって誘うんだ?
ええと、盗賊ギルドに行けばいいのか?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
母さまがピクニックを提案してから数日後。
俺たちの身は馬車の中にあった。
さすがに人数が多いので、馬車は2台だ。
1つは屋敷の馬車で、御者はライズさん。もう1つはミュウの家の馬車で、前に世話になったグランドさんが今日も御者をやってくれている。屋敷の馬車には母さまやリリム、ティフィンとココナ、ホルセの5人が、ミュウの馬車には俺と姫、シャーリーとミュウ、モルドレッドが乗っている。
父さまも本当なら一緒に来る予定だったのだが、残念ながら急用が入って不参加となった。
かなり寂しそうだった事はここに表記しておこう。
「どんなところへ行くんですの?」
「実は不明なんだ。どうしても母さまが教えてくれなくてね」
「奥様のお気に入りの場所だそうです」
目的地を今、知っているのは母さま以外だと御者の2人だけだろう。
「こういうのも楽しそうだな」
「姫。ピクニックは初めて?」
「そうだな。家族で出かけた事などないからな」
そういえば、姫の昔の話って聞いた事なかったな。
聞いてもいい事か悩むが・・・人類は好奇心には勝てないのだ。猫だって殺しちゃうのだ。
「姫のお母さんって、冒険者だったんだよね?」
「・・・ああ、かなり有名な冒険者だったそうだ」
「そっか」
姫の顔は少し複雑そうだ。
やっぱりこれは聞くべきではなかったか?
姫が話してくれるのを待つのがいいか。
「わたくしは聞いた事がありますわ!」
「ミュウ・・・」
「ケルビナ・フォースフィールド! 傭兵の1人として、20年前のテューレ、アーリスとの戦争に参加して数々の武勲を立てた英雄ですわ!! 王との間に子供を作っていたとは知りませんでしたけど」
「・・・」
ふう。ミュウはやっぱりミュウだ。
俺が話すのを止めようとしたのに。もともと話を聞いた俺が悪いんだが。
ごめんなさい。
「ええと、姫。話したくない事聞いてごめんね?」
「いや、いいんだアフィニア。・・・話したくない、というより・・・知らないんだ。ほとんど会った事がないから」
「会った事がない?」
「ああ。物心つく前は分からないが・・・覚えているもので10回ぐらいしか会ってない」
「そ、そうなんだ・・・」
さすがのミュウも押し黙っている。
これって、気軽に聞いては駄目な事だよね?
「だ、大丈夫だよ姫。今は僕がいるし、シャーリーもミュウもいる。母さまだってきっと姫の事、娘のように思っているに違いないよ?」
「そ、そうだな。アフィニアのお母さんは優しいからな」
「そうですわ! そんなほとんど会った事のないような人なんか気にしちゃ駄目ですわ!」
「・・・」
ミュウ・・・。
ああ、シャーリーの視線が痛い。
結局、目的地に着くまで微妙な空気が続いたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そこはちょっとした森だった。
だが木は比較的まばらに生えていて森の中でも明るい。
小川がゆるやかに流れていて、周りには草花が白や黄色の花を咲かせている。
こういうのを牧歌的とか言うのか?
さっそくリリムたちは姉妹で遊んでいる。
彼女たちが全員揃うのも久しぶりだからな。
「綺麗なところ・・・というより落ち着くところかな?」
「ああ、そうだな。そんな感じだ」
姫と2人、感想を言い合っていると母さまが「どう?」というような、少し自慢気な表情でやって来る。
「母さま、いいところですね。気に入りました」
「ええ。私も気に入りました」
「そう。ふふ、私のお気に入りの場所なの」
俺たちが良い感想を言うと母さまは凄く嬉しそうにする。
自分のお気に入りの場所を褒められると確かに嬉しいものだろうな。
「そろそろお腹が減ってきたでしょう?」
「ええ、もうペコペコです」
「お食事にしましょう?セラフィナちゃんも手伝ってもらえるかしら?」
「もちろんです」
御者であるライズさんとグランドさんが、馬車からせっせと荷物を降ろしている。
その横から、やっと眠りの世界から帰って来たのか、モルドレッドが欠伸をしながら背中を反らして上へと伸びをしていた。さすがに90cmにもなると可愛いとは言えないかも。
「やっと起きたんだ、モルドレッド」
「飼い主に似たかな」
「姫、僕はそんなに寝ぼすけじゃないよ?」
「そうか?」
姫と軽口を叩き合いながら、荷物を出していく。
ライズさんは恐縮していたが、このぐらいの事気にするまでもない。しばらくするとティフィンとシャーリーもやって来て荷物出しはあっさりと終わった。
「ティフィンは将来、メイドになるの?」
「出来れば、ですけれど」
「そう・・・頑張ってね」
たくさん並べられた荷物。
その中から母さまは、大きなバスケットをいくつも取り出す。
「今日は私が頑張って腕を振るったのよ♪」
地面に引いた布の上に、次々と並べられる料理。肉や野菜を挟んだサンドイッチがメインだが、他にも生ハムやチーズ、蜂蜜や果物などがある。
みんなが揃い、神に祈りを捧げる。
祈りを捧げる、といっても黙祷だし、神というのも名前も分からない大地の神だ。
俺にはよく分からないので真似してるだけだが。
「いっぱい食べてね♪」
母さまの言葉でみんなが食べ始める。
最初こそお上品だが、しばらくすれば欠食児童のようにがっつき始めるのだ。
そう、食事は戦争なのだ。
「もぐもぐ。ティフィンたちはこんな美味しい物をいつも食べているのねもぐもぐ」
「リ、リリムお姉ちゃん。もっと行儀よく」
俺も母さまの美味しい料理を確保するため、徹底抗戦を貫かねばならない。
そう、戦争にルールなど無いのだ。
「何言ってんの!?もぐもぐ。こんな豪勢な料理、食えるとしても1年に一回よ!?もぐもぐ」
「・・・そ、そう?」
「待って、リリム・・・それ僕の!!」
さすがはスリ、なんという手の早さだ。
食事の後、満腹になった俺は昼寝をする事に決めた。
ポカポカと日差しが暖かい。
・・・食べた後すぐ寝ると牛になるんだっけ?でも、この眠気には勝てそうにない。
もういいや。
俺は、草の上にそのままゴロンと横になって眠った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ん~、なんか騒がしいな」
寝てから何時間たったのだろうか。それともまだ30分程度?
周りの騒がしさに目が覚める。
「・・・まだ眠い。あれ、シャーリー?」
目を開けたら真上にシャーリーの胸と顔があった。
えーと。もしかして・・・膝枕?
「おはようございます、アフィニア様」
「おはようシャーリー・・・いつの間に」
「いえ、気持ち良さそうに眠っていらしたので、つい」
なにが「つい」なのだろうか。いや、別に責める事でもないのだ。
いや、それどころかありがとう、と言いたい。
ありがとう。
すると、横でクスクス笑いが聞こえた。
「姫。姫もここで寝てたの?」
「ああ。アフィニアが気持ち良さそうだったのでな。“つい”だ」
「・・・」
くそう。何か、からかわれている気がする。
「で、何かあったの?」
「私も知らない。というか、一緒に寝ていたんだぞ?」
「シャーリー?」
「私もです」
器用な寝方をする娘だ。膝枕をしたまま眠るとは。
「何を呑気にしているのですか!?」
「ミュウ?」
いきなりズカズカと歩いてくるミュウ。
その位置はスカートの中が見えるよ?・・・・・・黒か。
「ココナの姿が見えないのですわ!」
「ココナが!?」
「ええ、もう2時間ぐらい。モルドレッドを連れて、どこかに行ったようですわ・・・」
「モルドレッドも一緒にいる・・・か。試してみるか」
うまくいけば、ココナの情報が手に入るかもしれない・・・。
俺は再び横になって目を閉じる。
「いた、痛い痛い。踏んだら痛いよ、ミュウ!」
「あなた・・・ココナが心配ではないのですか!?」
「いやだから・・・説明が面倒臭いんだけど。とにかくココナを助けるためだから」
「ミュウ、アフィニアだってココナを助けたいんだ。信用してやってはどうだ?」
「信用・・・?」
ああ、ミュウからの視線が痛い。
まあいい。気を取り直して目を閉じる。モルドレッド・・・俺の使い魔との視覚同調だ。
初めてだが出来るはずだ。・・・使い魔の目に映る物を見る事が。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(ここどこだよ?)
視覚同調はどうやら成功したようだが・・・何か眩暈がするな。
これも副作用みたいな物か?
(なにか情報は・・・)
ぐるぐる回る視界の中、見えるのは一面の花畑。後は・・・向こうに川があるのが見える。
先の尖った岩が多いから・・・上流か?
しかしこの技は欠点だらけだな。モルドレッドが見た方向しか目に映らないし、俺が思っている事も伝わらないし・・・命令も出来ない。あんまり意味が無いな。
(ん?あれは・・・ココナ?)
モルドレッドの視線が変わり、また別のものが見えた。
そこにいたのは倒れたまま足を押さえるココナ。苦しんでいるようだが、声は聞こえないので分からない。
怪我?それとも・・・?
くそ、待ってろよココナ。
視覚同調を切る。
激しい眩暈が襲ってきて吐きそうになった。それを何とか我慢して、見た事を伝える。
「たぶん上流、一面の花畑。ココナは足を挫いたか、骨折か・・・とにかく怪我してる!」
「よくやった、後は私に任しておけ」
「セラフィナ・フォースフィールド! 待ちなさい、わたくしも参りますわ!」
「あたしも行くよ!!」
リリムの声も聞こえた。
ティフィンたちも行ったようだが、激しい眩暈のせいで目を開けるのもつらい。
もう絶対この技は使わない、と誓いを立てている間・・・シャーリーがずっと優しく頭を撫でてくれたのだった。
それからさほど間を空けず。
ココナは姫におんぶされて帰ってきた。
石につまずいた時に酷く捻ったらしく、痛くて動けなかったそうだ。
「捻挫ね。骨には異常は無いみたい・・・これなら私でもいけそうね、回復」
みんなに見守られる中、母さまの治療が行なわれた。
苦しげな表情が、みるみる楽になっていくココナ。
「ごめんなさい。綺麗なチョウチョがいたの」
「そう。でも、これからは1人で遠くに行かないでね?心配しちゃうから・・・」
「うん、もう絶対にしないよ」
母さまがココナをぎゅっと抱きしめる。
まぁなんにしろ、無事でよかった。
こうして母さま発案のピクニックは、少々の事件を起こしつつも成功のうちに終わったのだった。