23話 「リリムという少女」
「まあ、簡単に言うとだな・・・・・・逃げられたと言う事だ」
逃げたって・・・リリムのお母さんが?
「まあ、詳しい話は本人から聞いてくれ。入っていいぞ」
扉からもう2人、下っ端風の男が現れる。それを見たリリムが声を上げる。
「こいつ等です! こいつ等がお母さんを連れて行ったんです」
「そうなの?」
「ええ、まあそうなんですがね」
俺の質問に答える下っ端。
この下っ端に聞いた話を要約するとだ。未許可で仕事をしているリリムの母親に対し警告を与えるため、2人で盗賊ギルドに連れてこようとした。だが、途中で逃げられたそうだ。
「ナイフとか振り回して、本当に危なかったんすよ」
「・・・」
「嘘だ! お母さんは戻って来なかった! お母さんはここに捕まっているから帰ってこれないんだ!!」
激昂するリリム。
どうやら捕まっているお母さんを助けて終わり、とはいかないようだ。
「その理由は、残念ながらこちらには分からない。このギルドを隅から隅まで隈無く探してもらってもかまわないが」
「・・・」
部屋に元々居た男が答える。それと入れ替わるように、若い下っ端2人は「失礼します」と言って出て行った。
この男の言葉を疑うのであれば正直キリがない。
何らかの理由でお母さんが捕まっているとしてもだ。この男がこう言う以上ギルドの中ではないだろうし、そうであれば見つける事は難しい。
それに盗賊ギルドは王国認可なのだ。非合法組織に乗り込んで暴れて解決、みたいな方法は取れない。
「少なくともうちのギルドは未許可で仕事したからって、いきなり制裁を加えたりとかはしないさ。よっぽど悪質ならともかく、あんたのお母さんとやらはそうじゃない。たかがスリだ」
「・・・そんな」
「最低でも、一度目は警告だけだ。可能ならそこでギルド員になってもらう」
「・・・」
「だいたい、あんたのお母さんをギルドに監禁して何の利益があるんだ?・・・どうやら、知りたい事は知れたようだな。もういいか?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「えーと、お母さんどこ行ったんだろうね?」
「・・・」
「アフィニア!」
「この子の気持ちを考えるがいいですわ!」
ううっ、みんなが責めて来るよう。シャーリーまで視線冷たいし。でも、ここでじっと座っていても仕方がないと思うんだけど。
結局あの後、俺たちは盗賊ギルドを去った。あの男の話が本当であれ嘘であれ、確認の取りようがない。
そしてとりあえず、ギルドに程近いこの料理屋に腰を落ち着けたわけだ。
リリムは気落ちしている。希望が一瞬見えた後だけに余計に。
あの男の話が本当だとして、逃げたのならば今どこに居るのか。
動けるのか動けないのか。
動けるのならばリリムたちのところへ戻ってこない理由は何か?
動けないというならば怪我しているのか・・・最悪、すでに死んでいる可能性すらある。
この広い王都の中で人探しなど不可能に近いし、八方塞がりだ。
こうなった以上、リリムに聞いておかなければならない事がある。
「それでリリムはどうしたい?」
「どうっ・・・て?」
「リリムはまだお母さんにこだわるのかな?」
「こだわる・・・って、お母さんなんですよ!?」
困惑の目で俺を見るリリム。まあ、まだ8歳、小学校低学年だ。
「お母さんを探すといっても方法が無いね。だったら、あの部屋でお母さんを待つ事にする?」
「当然です。お母さんがいないとあたしは・・・」
「そっか。でも小さい子たちは?リリムが面倒見れるの?」
「・・・あ・・・う・・・」
「お金がないと食事もできないよね。またあの子たちをあんな目に遭わすつもり?」
あの3人はもう少しで飢えて死ぬところだったのだ。
「おい、アフィニア・・・」
「いいかげんにしろ!! ですわ!」
俺の言葉に、さすがに口を挟んでくる姫とミュウ。シャーリーは黙って俺を見ているが。
2人に手振りで黙って見ていてくれるよう伝える。
「リリムは僕にお母さんを助けてほしいと言ったよね」
「・・・はい」
「でも、それはどうやら難しいみたいだ。だからリリムは次を考えないといけない」
あの貧民街にある部屋を引き払い、我が家に4人とも引き取る。それがベストだとは思う。
「母さまは、屋敷に引き取ってもいいと言ってくれてる。もう一回聞くけれど、それでリリムはどうしたい?」
「・・・アフィニアさんの言いたい事、なんとなくだけど分かりました」
「そう?」
「あたしに選べ、って。いえ・・・あたしには選ばせてくれるんですよね?」
「そのつもり」
リリムはしばらく俯いて悩んでいた。だが次に顔を上げた時には、スッキリとした表情になっていた。
「あたしにとってお母さんは一人だけです。今更、他の人をお母さんとは呼べません」
「絶対、養女にならなければならないって事ではないよ?シャーリーはそうしてるし」
「いえ、あの部屋でお母さんを待つ事にします。お母さんが帰って来た時、あの部屋が無くなっていたら会うことすら出来なくなるでしょうから」
「・・・妹たちはどうするの?」
「あの3人を付き合わせる気はないですし、そもそもあたしでは面倒見きれません。あの3人の事、お願いしてもいいですか?アフィニアさん」
「うん、分かった。あの子たちは家で預かるよ。家の子になるかどうかはあの子たち次第という事で」
「お願いいたします」
前に話したとき、リリムは本当にお母さんの事が好きなのだな、と感じた。
そのお母さんが本当は何を考えていたのかは分からない。でも、少なくともリリムにとっては自分を救ってくれた、大切で失いたくない存在だったのだろう。
「もう一つだけ。仕事はどうするの?」
「あたし一人だけなら何とかなります。元々仕事するなと言われたのは無許可だったからのようですし、それならギルド員になって許可をもらいます」
「スリか。でももう決めたんだよね?」
「はい!」
お母さんには恐らく会えない気がする。だが、彼女の気が済むまで思う通りにさせてあげよう。
時間が経てば気持ちが変わる事だってある。
「・・・アフィニアは4人ともあの家に引き取る、と言うと思っていたが」
「そうですわね。お人好しのあなたにしては珍しいですわ!」
姫とミュウが話しかけてくる。姫もミュウも、そしてシャーリーも話が終わるまで口を挟まないでいてくれた。
まあ、信頼してくれたと思っておこう。
「・・・そうしたかったのは確かだけれど。でもリリムは何となくこうする、と思ってた」
「そうか」
「でもリリム、困ったときは相談すること。いいね?」
素直に頷くリリム。
「・・・だがリリム、スリを続けるというのならば、あの程度の腕では無理だな。もっと修練を積まなくては」
「は、はい。頑張ります」
「あ、でもリリム。今日は家に来るでしょう?いくらお別れすると言っても、会いもせずにさよならではあの子たちも戸惑うと思うよ?」
「・・・はい」
「アフィニア様、良いお考えです。でしたら今日はお別れ会ですね」
「それなら私も参加してもいいか?」
「もちろんだよ、姫」
「わたくしも参加する権利がありますわ!!」
ええとミュウ、そんなに焦って言わなくても大丈夫だから。仲間外れなんかにしないから。
日頃の冗談が過ぎたか・・・。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「リリムは元気でやっているかな」
「大丈夫じゃないか?本当に困った時には寮に連絡するように言ってあるんだろう?」
俺のつぶやきに姫が答える。今日はシャーリーとミュウはいない。シャーリーは家の方に戻っているし、ミュウの方はよく分からないが、たぶん忙しいのだろう。
それで姫と2人、街を目的も無くぶらついていたわけだが・・・先程、視界の隅にチラリと赤い髪を見たような気がしたのだ。それで同じく赤い髪をしていたリリムのことを思いだしたという訳だ。
あのお別れ会のあった日の翌日、リリムを馬車で送って以来彼女とは一度も会ってはいない。
子供たちとリリムのお別れ会は、当然のごとく荒れた。
いきなり別れて暮らす、などと言われて納得できるはずがないのだ。子供たち、特にココナとホルセは泣きに泣いて俺たちを困らせた。ティフィンも納得はしていないようだったが、リリム姉さんが決めた事ならとそれ以上文句を言うことはなかった。
「4人だけで話をさせてほしい」
と、リリムが言い出したのはそんな時で、俺は一も二もなく了承した。
その後、別室で話し合われた内容は俺たちには分からないが、部屋から出てきた4人ともさっぱりとした顔をしていたのが印象的だった。
その後は何も問題なくお別れ会は終わり、血の繋がらない姉妹たちは別々に暮らすことになった。
「姫はリリムにあれ以降、会ったことはあるの?」
「私は無いな。こうやって街を歩いていても見かけた事すらない」
「でも、盗賊ギルドの方はうまくいったんだよね?」
「そうらしい。まあ、ミュウが言っていた事を信用すればだが」
ミュウの方はあれ以来、盗賊ギルドに縁が出来たらしい。
盗賊ギルド長であるゴウトさんに結構、気に入られていたからな。
「リリムのお母さん、ダリアさんだっけ?結局どんな人だったんだろう?」
「私たちは会えなかったからな」
「リリムがあれだけ慕っていたんだから、悪い人じゃないと思いたいけれど」
話をしながら城門前広場に辿りつく。今日は特に買いたい物があるわけではないが、暇なときにはよくここに来たりする。露店が多く立ち並んでいて、めずらしい物なども多いからだ。
「そういえばここだったよね。リリムと初めて会ったのは」
「あのときは結局、名前すら教えて貰えなかったが」
「そうそう。確か僕がぶつかっ・・・!」
どんっ、と背中から体当たりされる。
よろけただけで倒れたりはしなかったが、ぶつかってきた相手に対して反射的に文句を言おうとして・・・その赤い髪に目を奪われた。
「リリム!!」
そこに居たのはリリムだった。3週間前と何一つ変わらない姿がそこにあった。
今は少し照れくさそうにこちらを見ている。
「お久しぶりです。アフィニアさん、セラフィナさん」
「久しぶりだなリリム。その様子だと元気にしていたようだな」
「はい。お陰様で」
「腕の方はあまり変わっていないようだな」
「そんなにいきなり上達とかしません」
え?なんの話?姫に視線で問い掛ける。姫はため息を一つつくとゆっくりと答えてくれた。
「アフィニア、お金ちゃんとあるか?」
「え?」
慌ててポケットの中を確認するが・・・無い。
呆気に取られているとリリムが何か放り投げてくる。ええと・・・、俺の財布だ・・・。
中身もちゃんと入っている。
「ちょっとリリム・・・」
「相変わらずスキが多いですねアフィニアさん。もう少し警戒しておかないとスラれ放題ですよ?」
「私がついているから大丈夫だ」
「・・・」
もしかしてからかわれた?するとさっき、視界の隅にチラリと見えた赤い髪はリリム本人だったか。
「はあ・・・。ん、分かった。リリムは元気にやってる。それを見せに来てくれたって事なんだよね?」
「簡単に言うとそうなります」
「妹たちは元気でやってるよ」
「ええ、心配していません。アフィニアさんのお母さんもいい人でしたし。・・・たまにはこうやって顔を見せにきますね」
「・・・次はスラれないように気をつけるよ」
リリムはにっこり笑うと、雑踏の中に紛れて消えた。