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アフィニア日誌  作者: 皇 圭介
第一部 ジンバル王国編
23/50

21話 「貧民街」

「・・・あたし。あたしの名前はリリム」

「うん、いい名前だね。僕の名前はアフィニア。そしてこちらが・・・」

「セラフィナ・フォースフィールドだ」


 紹介しようとしたのだが、姫が自分から名乗ってしまった。


「シャーリーオールです」

「ミュウ・イアリー・エリヤ・クラウドですわ!」


 女の子がびっくりする。まあ、学院の生徒であるというだけで貴族の一員である可能性は非常に高いのだが、侯爵家の家名を出されてはね。ミュウに文句を言ってもどうせ聞く気などないだろう。


「あー、まあこの()の事は気にしないで。それで、何を助けて欲しいのか教えてくれる?」

「お母さんです」

「お、お母さん?」


 あれ?何か勘違いをしていたのかな?

 小さな子供がスリなどという犯罪行為をやっているのだ。俺はてっきり親などいないと思っていたのだが。

 周りのみんなも同じ感想のようだ。

 いやまて、もしかしたら病気で()せっているとか。それなら納得できる。

 病気の母親、幼い妹や弟たち。その薬代や食費を手に入れるため犯罪に手を染める・・・。

 ううう・・苦労したんだねえ。


「お母さんといっても、本当のお母さんじゃないんですけど。ただ、身寄りのないあたしたちを拾って大切に育ててくれた、命の恩人なんです」

「へー」

「それで仕事とか色々教えてくれて・・・この街に来たのは最近なんです」


 前に会った時は来たばっかりだった、という事かな。でも仕事ってスリなんだよね?この子の場合。

 やばい。どうも犯罪臭い想像しか浮かんでこない。

 みんなも黙りこくって何も喋らない。


「それで、何とか平穏に暮らしていたんですけど・・・1週間前に」

「1週間前に?」

「怖い人たちがやって来て、お母さんを連れていってしまったんです。たぶん盗賊ギルドの人たちだと思いますけど・・・それで、あたしたちにも仕事をやったら許さない、と・・・」

「あー、そ、そうなんだ」

「まだ家には妹が2人と弟が1人いるんです! でも・・・」


 仕事、まあようするにスリは出来ない。けれど、それ以外で稼ぐ方法は知らない・・・と。それで困っていたところに、以前優しくしてもらった俺の姿を見つけた、といったところか。

 ああ、シャーリーが目に涙を浮かべてるよ。


「苦労したんですね・・・」

「はい・・・」


 抱きしめ合って、しんみりする2人。

 だけど、俺や姫、ミュウは困惑するしかない。そもそもお母さんとやらが連れて行かれたのは1週間前なのだ。

 戻って来ていない以上、無事とは思えない。


「ちょっと待って! 1週間前って・・・妹たちの食事は!?」

「・・・家に(たくわ)えなんて残ってませんでしたから・・・」

「食べてないの!?」

「水だけです・・・」

「・・・話は後! とりあえず店長! サンドイッチでいいから4・・8人前作って!」

「は、はひっ」


 聞き耳を立てていたのであろう、この店の店長がいきなり話かけられて慌てる。


「飲み物もいるだろう。水筒を買ってくるぞ?」

「姫、お願い」


 さすが姫。こういう時、何も言わなくてもサポートしてくれる姫は本当に頼もしい。

 シャーリーには・・・このままリリムに付いていてもらおう。付き合いが長いせいか、目配せで通じる。


「・・・ええと、わたくしはどうすれば・・・」

「ミュウは・・・料理が出来たら荷物持ちお願い」

「わ、分かりましたわ!」


 とりあえずは、その妹とか弟とかにご飯を食べさせないとな。

 お母さんとやらはその後、考えるとしよう。





  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「こっちでいいの?」

「はい、この奥です」


 リリムに案内されてたどり着いたところは・・・正直いってあまり雰囲気のいい場所ではなかった。

 先程から、なんと言うか値踏みされるような視線を感じる。それも複数。

 仕方ない事ではある。

 何しろタイプは違えど美少女、しかも身なりが良いのが4人だ。


「こういうのをスラム街って言うのかな・・・」

「何か言ったか?アフィニア」

「いいえ、何も」


 俺の独り言が聞こえたようだ。しかし、襲われた時の事も考えておくべきか?

 ミュウは素手が凶器だからいいとしても、今日は姫とシャーリーが武器を持って来ていない。

 まあ姫なら武器なしでも何とかするだろうが・・・。


 うん、その時は俺も本気を出そう。ミュウに俺の力が露見(ろけん)するかもしれないが、もうヴォルフ殿下にはバレているしな。今更かもしれない。


「王都にもこんなところがあるんだね」

「・・・はい、アフィニア様。貧民街などと言われています」

「・・・・・・」


 進めば進むほど建物はボロっちくなり、薄汚れてくる。

 あ・・・あの地面にある赤黒いのって、乾いているけど血痕じゃないの!?


 帰りたくなったのはみんなには秘密だ。


「ここです」


 リリムが立ち止まる。そこは崩れかけの2階建ての廃屋だった。


「ここの2階にいます」

「そ、そう」


 今にも崩れてきそうだが、リリムは気にもせず中に入って行く。入り口のドアが無いんだけど。

 ぎいぎい床は鳴るし壁は穴が開いているし、寮の方がまだマシだな、などと失礼な事を考えていたのだが、どうやら辿り着いたようだ。先頭に立つリリムが扉を叩いている。


「ティフィン、ココナ、ホルセ。いないの?」

「・・・」


 もう話す元気も無いのではなかろうか。


「返事なんかいいから早く入りなさい!」

「は、はい!!」


 ドアを開けて中に入る。申し訳程度にカギが付いていたが意味がなかったようだ。だって今、カギが掛かっている状態で開いちゃったんだもの。

 中に入った俺たちの目に飛び込んできたのは、床に横たわる3人の子供たちの姿だった。


「ティフィン! ココナ! ホルセ!」


 リリムが悲鳴を上げる。

 俺は駆け寄って子供たちの息を確認する。弱っているが大丈夫、まだ助かる。


「大丈夫、まだ生きてるから!」

「そんな。朝は元気だったのに・・・」


 俺は回復呪文を使う。傷を治すだけでなく、体力を多少回復する効果もあるからこれで良いはずだ。

 杖無しで呪文を使った俺を見てミュウの視線が強まった気がしたが、今、構っている場合ではないだろう。


 それから数回、呪文を掛けた。

 その(たび)に子供たちの顔にも生気が(わず)かずつだが戻ってきた。それと同時に、ぐ~、きゅるるとお腹も盛大に鳴り始める。

 お腹が空くってことは生きてるって事だからね。・・・生きてるからお腹が空くだったか?

 まあ割りとどうでもういい。


「食べ物がありますわ! 食べなさいですわ!」

「いや、ミュウ。せめて袋から出してあげようよ」

「わ、分かってますわ!」


 サンドイッチを入れている袋のまま渡そうとしたので、つい口を出してしまった。

 食べ物をほこりっぽい床にそのまま置くのはあまりにも不衛生なので、リリムにテーブルを持って来てもらった。そして袋から出して並べられるサンドイッチ。

 だが、子供たちは食べようとしない。

 これは・・・すごく警戒されているな。


「リリム、子供たちに食べるよう言ってあげて」


 「はい」と言って、一人ひとりに話しかけていくリリム。

 子供たちはようやく理解できたのか、サンドイッチをそれぞれ手に取った。最初こそ遠慮がちだったが、一口、二口と食べていくにしたがって(むさぼ)り食い始める。


「あー、こら。そんなに口の中に詰め込むと喉が詰まるぞ?ああ、言った先から。ほら、これを飲め、白葡萄(しろブドウ)のジュースだぞ?」


 姫が水筒を手に、甲斐甲斐しく世話をしている。シャーリーも程なく姫を手伝い始めた。

 まあ、ミュウはどうしたらいいのか戸惑ってオロオロしているようだが。


「リリムも食べていいんだよ?」

「いえ、あたしはもうさっき食べましたから」

「そっか」


 まあそれならそれでいい。俺たちは子供たちが食べ終わるまでじっと見守るのだった。





  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「アフィニア様、申し訳ございません」

「え、なに?」


 何かシャーリーに謝られるような事、あったか?


「先程、私がちゃんと杖を持って来ていれば、アフィニア様1人に魔法を使わせたりしませんでした」

「・・・ああ」

「アフィニア様、申し訳ございません」


 ぺこり、と頭を下げるシャーリー。

 こんな事で謝られても、とは思うが。それがシャーリーだしな・・・俺が気にしていないと言ったところで納得などはしないのだろう。


「これからは、なるべく持って歩くべきかもしれないね」

「以後気を付けます」


 固い、固いよシャーリー。

 彼女との付き合いは6歳の時からだから、もう5年にもなる。俺としては幼なじみ、といった感覚なのだがシャーリーにとって俺は仕えるべきご主人なのだ。あれか、やはり仕事が欲しいとか言ってた彼女をメイドにしたのが悪かったのか。

 その事を考えると頭が痛くなってくるので、とりあえず現状の事の方を考えるとしよう。


 子供たちにご飯を食べさせた。

 だが、それからは?保護者がいない状態でここに放置?・・・そんな事はできない。

 できない・・・、であればどうするのだ?

 何しろ俺たちは全員寮住まいなのだ。そして実家はといえば・・・。

 姫はお城、ミュウは遠くクラウド侯爵領にある。考えるまでもなく。


「うちの家しかないよなー」


 姫もシャーリーも、ミュウですら何も言わない。言えない、かもしれないが。

 俺に続いてシャーリー、モルドレッドまで拾ってもらっているのだ。この上、4人か。

 (とう)さまや(かあ)さまならば、あっさり受け入れそうではあるが・・・。

 

 うん。これは姫の言うとおりだな、これは良くない。

 うちの家は孤児院ではないのだ。

 だが、今更この子たちを見捨てる気にもならない。


「今回だけだ。これが最後にする」

「アフィニア様・・・」


 少なくとも、自分の手で助けられないのならば・・・止めるべきだろう。

 貧民街を抜ける時、再び複数の気配を感じた。だが、少なくとも今回は揉め事が起こる事は無かった。

 またここに来る事があるだろうか。


 それから俺たちは、移動手段として貸馬車屋で御者つきの馬車を雇った。

 ボロい服を着た子供たちを見て、御者は嫌そうな顔をしたが口に出しては何も言わない。

 こちらを(うかが)う視線も感じる。

 貴族っぽい服装の俺たちと、見た目で貧しそうな子供たちが何故一緒にいるのか不思議なんだろう。


「では、行こうか」

「・・・はい」


 子供たちとともに俺たちは馬車に乗り込んだ。


 本当のところ、子供たちは不安だろうと思う。説明はした。だが今日あったばかりの人間に、馬車に連れ込まれて移動させられているのだ。このまま奴隷として売り飛ばされる想像をしてもおかしくはない。

 素直にいうことを聞いてくれるのはリリムが俺たちを信用しているからだ。

 そのリリムですら、まったく不安が無いわけではないだろう。


「不安、かな?」つい尋ねてしまう俺。


「・・・い、いいえ」

「心配する事はない」

「ええ、このまま人買いに売ったりはしませんわ!」


 姫とミュウも安心させようと話しかけている。

 ミュウの発言はどうなんだろう・・・返ってリリムや子供たちはびくっ、となったんだが。


「大丈夫、アフィニア様に任せておけば安心です。私は昔は奴隷で・・・」


 あああ、あの時の話をするの!?

 シャーリーは誇らしげに俺と出会った時のことを話す。俺にはあの時はただ無力だった、という想いしかないのでただひたすらに恥ずかしい。シャーリーを助けたのは父さまだし。

 姫は前に聞いた事があるので、温かな視線を送ってくるだけだが・・・ミュウやリリム、子供たちはシャーリーの言葉の一つひとつに感心している。彼女が話し上手というのもあるんだろうが。


 止めて、こっち見ないでっ!!


 結局、馬車が我が家に着いたのは外が真っ暗になってから。

 父さま母さまは、俺を見て多少は困った顔をしたものの子供たちを受け入れてくれた。

 ありがとう、父さま、母さま。


 もう夜も遅いので、今日は姫やミュウも我が家に泊まる事になったが・・・4人も子供が増えた上に俺たちの世話までとは、メイドさんたちはとても大変だったと思う。


 リリムには明日、盗賊ギルドに行くことを約束した。

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