20話 「密約」
2人きりの教室。重苦しい空気の中、男女の声が響く。
「では、答えを聞かせてほしい」
「・・・僕は姫を裏切れません」
「ほう。いいのかい?」
姫の味方である事、これはもう俺にとっては絶対だ。理由など考える必要もない。
だが、ヴォルフ殿下が握っているであろう情報にも興味がある。とても興味はあるが・・・姫と二者択一だというならば、俺は姫を選ぶ。
「では、話はここまでで」
「・・・」
椅子から立ち上がるフリをする俺。対面に座るヴォルフ殿下は、黙ってこちらを見ている。
「・・・まあ、その答えも予想はしていた」
「・・・そうですか」
「ではセラフィナ姫の身の安全を保障する代わりに、君の力を私に貸してもらう、というのではどうだ?」
「姫ごと自分の陣営に取り込む気ですか」
「そうだ。私と侯爵家がセラフィナ姫の後ろ盾になろう」
そして第1王子レノックス殿下と第3王子レオノール殿下、バエル公爵と対立しろと。だが確かに、あちら側とは交渉すら持てないだろうという事は俺も理解している。
とりあえず、もう一度椅子に座り直す俺。
「現に、今までもセラフィナ姫排除の動きは何度かあった。だがそれを私が止めてきたのだ」
「僕に恩を売るためですね。一体、いつから僕に目を付けていたんですか?」
「それを今ここで明かす気はないが」
「・・・何をさせるつもりですか?」
その言葉を聞き、ヴォルフ殿下がニヤリと笑う。俺が提案を半ば受け入れるつもりである事が分かったからだろう。何をさせるか聞くという事は、そういう事だ。
「なに、君には簡単な事だよ。私は王になるつもりだ。だが未だ、貴族たちの支持はレノックスの方が多い」
「・・・それで?」
「レノックスなど野蛮なだけだというのに。私としては、多くの貴族が目を覚ましてくれる事を願っている」
・・・つまり精神干渉系魔法でもって貴族たちの心を操れ、という事か。
多少、心に抵抗はあるが・・・別に俺は善人ではない。それが姫の安全に繋がるというのならばやってやろう。
「ですが、魔法を掛けた相手を意のままに操るなんていう強力な呪文はありませんよ?」
「かまわない。最悪、レノックスへの支持を止めてくれるだけでも良い」
「・・・魔法を掛ける相手と2人きりになる必要もあります」
「そこら辺は私に任せてもらえばいい。では、了承という事でいいのかな?」
これは・・・受けるしか道は無い。何故ならこいつは俺の魔法を知っている。味方にならないのなら放置する理由が無いからだ。それどころか、俺の存在はヴォルフ殿下にとって危険にすらなる。
くそ、権力者というのは本当に厄介だ。
「最後に一つだけ。あなたが王になった後、姫をどうするつもりですか?」
「どうもしない。政略の道具にしないことを誓おう。・・・そもそも君と2人きりになる、という事でこちらの誠意を見せているつもりなのだが」
なるほど。俺に精神干渉系魔法で操られるかもしれない危険を冒している、と。
確かに、こいつならば王に相応しいかもしれない。計算高い上に度胸もあるし、油断ならない相手だ。
他の2人が王になるよりは、遥かにマシではないだろうか。
俺は指先で呪紋を描く。ヴォルフ殿下は「杖なしで・・・」などと驚いているが。
「これは制約呪文、制約です。この呪文を掛けられている状態で誓った言葉は、本気であれ嘘であれ違える事が出来なくなります」
「違えた場合はどうなる?」
「激痛が体と精神を襲うでしょう」
「なるほど。つまりこの魔法を掛けられた上で、先程の言葉を誓え・・・という事だな。いいだろう、受けよう」
何だかんだと言って誤魔化してくるかと思ったが。正直感心する。
「制約! さあ、ヴォルフ殿下・・・誓ってください」
「セラフィナ姫の身の安全を保障し、政略の道具にしないことを誓おう」
体を包む青白い光の中、誓いの言葉を口にするヴォルフ殿下。
殿下がセラフィナ姫、と強調したように感じたのは聞き間違いではないだろう。姫には危害を加えない、だが、姫以外にも俺に対して人質に出来る人間はいるぞ、という脅しか。
・・・やはりコイツは油断ならない。
「これでいいのか?」
「・・・・・・分かりました。部下ではなく協力者として、あなたに力を貸しましょう」
「こちらこそ、よろしく頼む。君の欲しがっている情報も働きによって、徐々に明かそう」
俺たち2人は握手を交わした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
緑の月。姫の誕生日があった金の月から、無・土・黄の月を挟んでの四月後。
俺は姫やシャーリー、ミュウとともに街を散策していた。
緑の月から、その次の月である赤の月にかけては1年でもっとも暑くなる時期だ。歩くだけでもダラダラと汗が滲み出してくる。
「プールとか行きたいな~」
小声でつぶやく俺。こちらの世界には、そんな洒落た物など無いのは分かっているが。
俺もみんなも服装は涼しげだ。ちなみに俺は青のフリルワンピ。
シャーリーも白のワンピースを着ていて、褐色の肌に凄く映えて似合っている。そして姫は白の上衣に黒のパンツスタイルだ。そういえば、姫は最近スカートとか穿かないな。
まあミュウはいつもどおり黒のドレス姿だ。
金髪縦ロールには確かに良く似合っているし、逆に普通の服では髪型に負けそうではある。
だがその格好で暑くないのだろうか?
前に尋ねてみたのだが、「薄手の素材で出来ているから大丈夫ですわ!!」と言われたので、それ以来あまり気にしないようにしている。
「そんなに大口を開けていましたら、先程勉強した全部が口から出て無くなりますわよ?」
「・・・」
そんな事はないと分かっているが、素直に口を閉じる。
今日は朝から教育科で、このメンバーで授業を受けていたのだ。学んだのは国の経済について。まだ初級という事もあってか、それほど専門的ではなく経済の仕組みとか税収とかの基本部分が主だ。
俺はすでに知っている事がほとんどだった為、大した苦労も無い。だが、みんなはそうはいかなかったようだ。 特に姫は大苦戦のようで、授業の終わった直後はまるで野晒しの屍のようだった。
「勉強の事はもういいだろう。せっかく気晴らしに出ているのに、思い出させるんじゃない」
「あらあら、セラフィナ・フォースフィールド! わたくしの好敵手ともあろう者が情けないですわ!」
ミュウにとって姫は好敵手だったのか。冒険者ギルドの依頼をこなす時、前線で戦う2人だからこそなにか通じ合うものでもあったのだろうか。姫も否定しないところを見るとそうなのだろう。
・・・う、羨ましくなんかないんだからねっ!
いや、気持ち悪い。やめよう。
「でも、ワイアールさんの店、順調そうで良かったですね」
「そうだね、シャーリー。多くの人が並んでいたしね」
「手伝った甲斐があったな」
「このわたくしが手伝ったのですわ! 繁盛して当然ですわ!!」
と、姫とミュウ。先程、店を見てきたのだが・・・。
新規開店を手伝ったワイアールさんの店は裏通りにあるにもかかわらず、今やこの『旅人通り』の中でも有数の繁盛店となっているのだ。まだあれから2ヶ月半しか経っていないのに。
「あのアイスクリームとかいう物も評判良いそうですよ?」
「ああ、あれも美味かったな」
「冷たくて甘い・・・今日みたいに暑い日に食べたいですわ!!」
アイスクリームは、これからの暑い時期に備えての新メニュー、という事で提案した物だ。更に甘くして泡立てた生クリームを魔法で凍らせただけなのだが、これが結構評判がいいのだ。
確かに今日みたいな暑い日には最高だろう。実際食べたかったのだが、あの行列に並ぶだけの元気は無い。
「また今度、作って・・・わ!」
どん、と背後からぶつかられてたたらを踏む俺。
「な、何!?」
体勢を何とか立て直してみれば、お腹あたりに手を回されてがっちりと背中に抱きつかれた。一瞬痴漢かと思ったが、どうやらまだ小さな子供のようだった。
「ええと・・・」
困ってみんなを見回す。だが、姫やシャーリー、ミュウも困惑顔だ。どうしたらいいのか戸惑っていると、背中に張り付いている子供から話かけてきた。
「助けてください!」
「・・・いや、その、助けて欲しいのはこっちなんだけど・・・」
周りの人の視線が痛い。姿は見えないが、どうやら女の子のようだ。
「お願いします、助けてください!」
「いきなりそんな事を言われても困る・・・」
「あ!・・・アフィニア。たぶんこの子、あの時の女の子だぞ?」
姫の言葉。あの時ってどの時だよ、と思ったが俺も気付いた。スリの女の子だ。一体全体何がどうなってこうなったのか、それは分からないが・・・とりあえず。
「場所、移動しよう?」
女の子が背中でこくりと頷く気配があった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ええと、それで・・・助けてくれってどういう事か教えてもらえる?」
いつかの時のように、俺たちは軽食屋に入っていた。移動している最中、く~、と女の子のお腹が鳴ったためだ。真っ赤になって恥ずかしがっている姿は可愛らしい。
ここに来るあいだ、姫がシャーリーとミュウに、この少女との出会いを説明してくれた。
だが、前に見た時よりも更に薄汚れているようだ。何があったんだろうと思いながらも、女の子が目の前のサンドイッチを凄い勢いで片付けるのを見守る。
女の子は半分ほど夢中で食べた後、何か思い出したように動きを止めた。
「・・・あの、これ・・・残り、持って帰ってもいいですか?」
「後で食べる・・・なわけないか。誰か他にいるの?」
「妹たちです」
「・・・これはあなたが食べて。あなたの妹たちには他に用意して貰うから」
シャーリーは俺を熱い視線で見てくる。また、素晴らしいとか、さすがアフィニア様とか言いそうだ。
だが・・・、姫やミュウはなんというか・・・苦い顔をしている。
「アフィニア・・・。これはあまり良くないと思うぞ?」
「姫・・・」
「わたくしもそう思いますわ! もしもこれが広まれば、あなたが街に出るたび乞食や物乞いが寄って来る事になりますわよ?」
「・・・言いたいことは分かる」
俺はこの女の子に対し、何ら責任があるわけでは無いのだ。義務もなければ、義理もない。
所詮これは自己満足に過ぎない。全ての貧しい人を救う事など出来ないし、またやる気もない。
だが、自己満足のなにがいけないのか。
「僕は僕の自己満足のためにこの女の子を助けようと思う。だって助けてって言われたんだよ?・・・まあ事情も聞いてないし、僕の手に負えないという事もあるかもしれないけど」
「そうか。アフィニアがそう考えているのなら、私としては構わない。助けてやろう」
「えっ・・・!?わ、わたくしも助けますわ!」
姫が手のひら返しに賛成したのに驚いて、慌てて言うミュウ。
シャーリーはまるでこうなる事が分かっていたように、うんうんと頷いている。
「ええっと、無理する事ないよ?ミュウ」
「仲間外れは嫌ですわ!!」
仲間外れって。・・・そういう話ではないと思うんだけどな。
いつの間にか女の子は食べ終わっていた。今は、話の行方を見守っていたようだ。
「うん。では話を聞かせてくれるかな?」
「えっと・・・」
「あ、待って」
俺は女の子の話を止める。困惑する女の子。
「・・・その前に、名前を教えてもらえる?まずはそこから、ね?」
「は、はい」
女の子が初めて笑顔を見せてくれた。今はやせ細っているが、それでも可愛らしい笑顔だった。
彼女は大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせると、俺たちに名前を告げた。
「・・・あたし。あたしの名前はリリム」