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アフィニア日誌  作者: 皇 圭介
第一部 ジンバル王国編
21/50

19話 「開店」

 店が開店するその日まで、ワイアールさんには修業してもらう事になった。

 泡立て器をうまく使いこなす事が大事なのだ。


「8()立てか、9()立てぐらいで止めて。角が立つぐらい」


 よく冷やした生クリームを、泡立て器でかき混ぜる。

 だが、慣れていないと案外難しい。


 店員も決まった。キュレさんの知り合いという3人だそうだが、とても信用できるとの事。

 しかも中々可愛いかったし、シャーリーの作ったメイド風制服も似合っている。

 シャーリー、上出来です。


 それ以外にも、店内の飾り付けとかチラシとか、試食会とかサクラとか・・・俺が思いつく限りの計画を立て、そして準備していった。

 そしてついに、その日がやって来たのである。



 そこは戦場だった。

 いやまあ、いきなり何か、と思うかもしれないが。


「忙しすぎるって、コレ!」


 つい、口から小さく愚痴が出てしまう。

 店が開店した1週間、半額期間中は忙しくなるだろうからと手伝いをかって出たのだが。ある意味予想通りというか、目が回る忙しさだった。

 俺は朝から生クリームを泡立て器でかき回し続けている。ずっとシャカシャカシャカシャカ、と。呪文の力で回復しながらやっていなければ、今頃腕が痛いと泣き叫んでいたかもしれない。

 ワイアールさんは鉄板で生地を、竹とんぼのような器具(昔見た物を見よう見真似で作った)で広げる作業を続けているし、シャーリーも俺たち2人のサポートで大忙しだ。

 まあ料理出来るのが俺たちだけだから仕方ない。


 朝から店の前には、ずっと行列が並んでいるのだ。

 もう昼も過ぎたのだが一向に途切れる気配がない。まあ、「旨い」とか「甘くて美味しい」とか、良い感想が沢山聞こえてくるのは嬉しいのだが。


「今日は昼食は諦めるしかないか」

「そのようですね」

「姫やミュウも頑張ってるかな」


 姫とミュウが担当しているのは行列の管理だ。並ぶのを客に任せっぱなしにしていると、割り込みや喧嘩が始まってしまうからな。武器を持つのが普通のこの世界で、喧嘩とか勘弁してほしい。

 売り子はキュレさんと女性店員3人だ。

 この4人は息もぴったりで、次々とお客さんを(さば)いている。頼もしい限りだ。

 朝からは用事があって駄目、という事だったが・・・、ララサさんとササラさんの双子も、もうすぐ手伝いに来てくれるという事だったからな。もう少しの我慢だ。


「僕は休めないだろうけどな」


 今日開店するにあたって、学院からサクラをかなりの人数呼んでおいたが・・・必要なかったかもしれない。

 うん、とりあえずは大成功だ。まだまだ今日が終わるのは先だろうが。


 ワイアールさんの店が開店してから半額期間が終わるまでの1週間の間、俺たちは毎日クタクタになるまで働く事となった。





  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「これ、お給金。多めに入れておいたから」

「ありがとうございます」


 今日は開店して以来、初めてとなる定休日だ。

 本来ならば昨日、給金を渡してくれるつもりだったらしいのだが・・・この1週間働きづめに働いたため、ワイアールさんも含め俺たち全員倒れる寸前というありさま。

 だからさっさと帰って休み、全ては明日にしようという事になったのだ。

 それで今、俺たちはワイアールさんの店に集まっている。


「うわ、この小袋、中に結構入っていません?」

「まあこれぐらいしか出来ないからね」

「いいんですか?半額期間中だったから、儲けなんてあまり出ていないでしょうに」

「今日までたくさん手伝ってもらったからね、ほんの気持ちだよ」


 うむ。貰えるものは遠慮せずに貰っておこう。

 1週間も働けば、店にも愛着が湧く。準備期間も含めればどれぐらいになるか。

 だが、俺たちは今日でお役御免となる。やはり学院を辞めて働くというのならともかく、俺たちがずっとこの店に掛かりきりになるのはあまりよろしくない。俺たちは学院生なのだ。

 実際、この店に関わるようになってから授業の出席率が悪くなっているし、この1週間はまったく出ていない。

 ここらが潮時だろうと思う。

 俺がそれをワイアールさんに伝えると、嫌な顔一つせずに了承してくれ、今日の事となったわけだ。


「今日まで本当にありがとうね」

「い、いえ、こちらこそ」


 自分より遥かに年下の俺たちなのに、きちんと頭を下げられるこの人はやはり真面目な人なのだろう。

 頼りない、という言葉がぴったり合う人という評価は変わらないが。


「いつかまた、一緒に働けるといいですね」

「そうだね。では、アフィニアさん、セラフィナさん、シャーリーさんにミュウさん。またね」

「「「またね」」」


 まだ用事があるというキュレさんを残し、俺たちは店を辞した。


「アフィニア、今から学院に帰っても3時限目にしか間に合わないし。少し街をぶらついて帰らない?」

「それは良いですわ!」


 姫の意見にすぐさま同調するミュウ。昨日まで働き通しだったからな、それもいいか。


「シャーリーもそれで良い?」

「はい。私はアフィニア様に付いていくだけです」


 いつも聞く、シャーリーのその意見は本当はあまり(よろ)しくない。(よろ)しくはないのだが、男ゴコロ的には密かに嬉しいのも確かで少し複雑だ。

 

「では行くとしますか。で、どこに行く?城門前広場にするの?」

「そうだな、やはりあそこだろうな」


 城門前広場は露店が多く立ち並ぶところだ。見て回るだけでも楽しいだろう。

 俺以外は。

 ・・・俺は修行に向かう苦行僧のような心持ちで姫たちに付いていくのだった。





  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「しかし、銅貨17枚。850シラか・・・結構、奮発したなワイアールさん」


 それなりに良い物を食べて1食10シラ程度。1週間の労働の対価としては多すぎだろうと思う。

 まあ、アイデア料とか、その他色々入ってるのかもしれないが。

 今は露店の一つ、アクセサリーなんかを扱っている店に姫と2人でいる。他の2人は早々にどこかへ行ってしまった。まあ、もう小さな子供じゃないのだから気にする事もないのだが。


「何か言った?アフィニア」

「何でもないよ姫。でも何か、いつもより楽しそうだね?」

「いや、働いて給金を貰ったのは初めての経験だからな。何を買おうか楽しみなんだ」


 なるほど。初任給で何を買うか、という感じか。

 あれ?


「でも、前に姫、冒険者ギルドで依頼の報酬貰ってたと思うんだけど」

「あれは・・・働くというより、訓練という感じだったからな」


 それは確かに。

 俺も貰ったお金は使わず貯めたしな。


「では、僕も初給料で何か贈り物でもしましょうかね」


 小声でつぶやいて俺はプレゼントの物色(ぶっしょく)を始めるのだった。


「中々コレだ、というのが無いなー」

「私はもう買ったぞ」

「え?、そうなんだ。母さまと父さまに贈り物でもしようかな、と思ってるんだけど・・・姫も一緒に選んでくれない?」

「私でいいのか?」

「それはもう、姫で・・・」

「きゃ!」

「あっ!・・・っと、ごめん!」


 ドタッ、と倒れる人影。どうやらよそ見をしていたせいで、前方に人がいた事に気が付かずぶつかってしまったようだ。


「だ、大丈夫?怪我は無い?」

「・・・い、いえ、怪我はありません。大丈夫です」


 俺より三つか四つ年齢(とし)の低い小さな子供。

 赤いショートカットで、俺の胸ぐらいの身長の女の子だ。

 手を差し伸べるが、女の子は一人で立ち上がってしまった。


「・・・それじゃあ」

「待ちなさい」


 立ち去ろうとした女の子の腕を掴んで止める姫。

 え、えーと。何?


「アフィニア、お金ちゃんとあるか?」

「え・・・!?」


 姫に言われてとっさにポケットを探る。財布は、ある。だが、さきほどワイアールさんから貰ったばかりの給金袋が無い。俺は姫に手振りで伝える。


「やはりな。アフィニア、どうやらだいぶ前から狙われていたようだぞ」

「そ、そうなんだ」


 まったく気が付かなかった。こんなに人通りが多い場所では、魔法の探知など意味が無い。

 姫たちのように、野生の感覚というのを磨かなければならないのだろうか。

 だが・・・、どうしよう。こんな状況、初めてでどうすればいいのか分からない。

 女の子はじっと俯いて、一言も喋らない。


「姫、この子どうするの?」

「このまま警邏(けいら)の騎士が来るのを待って、引き渡すのが普通だが」

「そうしたらどうなる?」

「罪には罰がある。取り押さえられたとはいえ、すでに盗んでいるわけだから・・・」


 まだ小さな女の子だからだろうか。可哀想、というのが先に立ってしまう。

 だが周りで「スリだってよ」などという、(ささや)き声がどんどん広まっていく。


「姫、場所を変えよう」

「・・・言うと思った」


 神妙(しんみょう)な女の子と姫とともに、俺は足早にその場から移動する。

 とりあえずは・・・どこかの飲食店にでも入るべきか。


 数時間後、合流した時にシャーリーから拗ねた目で見られ、ミュウから「置いていかれた」とネチネチ文句を言われる事になるのだが、この時の俺は残り2人の事などまったくど忘れしていたのだった。





  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「名前を聞かせてもらえる?」


 近くにあった軽食屋に入ったあと、軽く食べるものと飲み物を注文した。

 料理を待っている間、とりあえずといった感じで(たず)ねてみたのだが・・・やはりというか返事は無かった。


「ふむ。で、どうするつもりだ?」

「深く考えたわけではないけれど・・・」


 上から下までざっと見たところ、少女はとても薄汚れた格好をしていて、お風呂にあまり入っていないのか少しばかり臭った。体は小さくガリガリで、はっきり言うと痩せっぽちだった。

 ちゃんとご飯食べてる?と聞いてみたくなる程だ。


「盗賊ギルドの関係者かな」

「それにしては身なりがボロすぎない?」


 俺たちのつぶやきに露骨に反応する女の子。盗賊ギルドに所属しているならば何も問題はない。だが、逆であれば少々まずい事になるだろう。


 盗賊ギルドというのは、この王国にある無数にあるギルドの一つだ。

 ギルドとは互助会のようなものであり、王国内だけのものもあれば、大陸規模のものもある。有名なところを言えば冒険者ギルド、商人ギルド、職人ギルド、魔術師ギルドなどだ。

 盗賊ギルドも表には出てこないが王国認可のギルドであり、ギルド員に一定のルールを課すことで逆に王国の治安に貢献している。基本的に王国内でそういった仕事をするときは、盗賊ギルドに所属するか許可を貰う事が条件となっており、得た金銭の一部を納める必要があるらしい。


 それだけに、ギルドに所属&許可を貰っていないモグリには厳しい制裁が待っているというが。


「盗賊ギルドに許可は貰っているの?」

「・・・」

「う~ん、だんまりか」


 「お待たせしました~」と店員がチキンのサンドイッチとミルクを持ってやって来た。

 とりあえず食べようか、と思ったが・・・女の子の視線が気になって食べれない。なにしろ、親の仇でも見るような視線なのだ。・・・姫も食べにくそうだ。


「た、食べる?」

「・・・」


 聞いてみたのだが、首を横に振って拒絶された。だがサンドイッチから絶対に視線を外そうとはしないのだ。

 お腹がく~、と鳴っているようだし。


「あ~、僕、お腹いっぱいなんだけど、誰か食べないかな。捨てるのは勿体ないなー」

「あ・・・」


 強引に女の子の前にサンドイッチの皿を置く。よっぽどお腹が空いていたのか、誘惑に負けてガツガツと食べ始める女の子。ふふふ、勝った。

 姫、そんな温かな目で見ないで。


「こんな事を聞かされても困るだけだろうけど・・・こんな事続けていたら危ないよ?誰も彼も許してくれるわけではないから」

「むしろ、今回が奇跡のようなものだな。ギルド未許可なら命の危険さえあるからね」


 だが結局、最後まで女の子が俺や姫の言葉に答えてくれる事は無かった。

警邏(けいら)に突き出す気も無かった俺は、店の外に出たところでその子と別れた。名前も知る事のなかったその女の子と再び会えるかは、今の俺には分からない事だった。

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