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アフィニア日誌  作者: 皇 圭介
第一部 ジンバル王国編
2/50

01話 「記憶喪失」

「本当に間に合ってよかった」


 騎士はそういって俺を抱きしめる。

 男に抱きしめられる趣味などないが、体が動かないのだから仕方がない。

 というか、鎧についた返り血とか付くからやめて。

 血が、血が、血が!


(・・・・)


 いや、現実逃避はもうやめるべきだろう。

 現実を見つめなければ前には進めない。


 だとしても、だ。


(なんで女の子になってんの!!??)

 

 体が動かせないから見える範囲で確認するかぎり、4、5歳ぐらい。

 幼稚園レベルの幼女だ。

 ストレートの長く青っぽい髪も見える。


 勇者で魔王がファンタジーのはずなのに。


 幼女に生贄ってなに。

 

 もういやだ。先輩の所に返して!!


「隊長」


 若い騎士がやって来た。


「どうした」

「制圧はほぼ完了しました。ですが、われわれの把握していない隠し通路があったようで」

「逃がしたか」

「4、5人ほどです」


 話しこむ騎士たち。

 というか、こいつ隊長だったのか。


「首謀者は逃がしましたが、コイツは回収できました」


 若い騎士は手の中にある本を振ってみせる。

 黒い立派な装丁の分厚い本で、とっても高そう。


「邪神召喚の書か」

「ええ。なんとか使われるのは阻止できましたね」

「まったく邪教徒どもは度し難い。それで、この娘の両親は」

「残念ながら」


 え、ちょっと待って。

 この娘が生贄で。

 ここに俺がいるってことは・・・俺が邪神?

 いやいやいや。俺はただの高校生ですから!善良な一市民ですから!!

 何かの間違いですから!!!


「まったくこんな物があるから、いらぬ騒ぎが起こる」

「ええまあ」

「燃やせ」

「いやでも魔術師ギルドに確認を取ってからでないと」

「かまわぬ燃やせ」


 待って、もしかしてそれって大事な物じゃないの?


 主に、俺があっちの世界に帰るために!!


「わかりましたよ」


 若い騎士はため息一つついた。

 近くにあった篝火の中に投げ込まれる真っ黒な本。

 パチパチと音をたてて燃え尽きていく。


(ああああああああああああ・・・)


 俺の意識はそこで途切れた。





  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


(ここどこだよ)


 次に目覚めた時に見えたものは、天蓋つきベッドだった。

 わずかにだが、首を動かすことができた。


(おお・・・、少しだけだが体が動く)


 あとは指先ぐらいか。しかしなんだ、このベッドは。

 やわらかすぎて体が沈みこみそう。でも柔らかいのに適度な芯がマットに入っているようだ。

 ただ高価(たか)そうだなー、という感想しかでてこない。

 庶民ですので。


(夢じゃなかったか)


 どうしたらいいのか。

 そもそも、もとの世界に帰れるのか。

 でも俺、今、女の子なんだけど。帰っても女の子?

 

 というより元の俺の体、今どうなってんの?


 何もかもわからない。

 情報、情報がほしい。


 せめて体だけでも動いてくれたら・・・!


(先輩、待っててください・・・)


 もう一度、周りを見渡そうとしたとき、その音は聞こえた。


 コン、コンと2回。


(ノック?)


「失礼するわね」


 視界の片隅に映っていた扉が開き、20代後半と思わしき女性が入ってくる。

 髪は薄いブラウン。全体的にほっそりしていて、何が楽しいのかその顔には笑顔が浮かべられている。

 彼女はニコニコしながらベッドに近づいてきて・・・俺の視線とぶつかった。


「起きたのね。体は大丈夫?」


 それに答えようとして、俺は気づいた。まだ、声がでないことに。


「あ・・・・、・・あ・・・・」


 彼女はにっこり笑うと「いいのよ」と言った。


「まだ無理をすることはないの。ゆっくり、ゆっくりとね」


 頭をゆっくりと撫でられて、眠気が襲ってくる。

 どうやら体はまだ睡眠を欲しているらしい。


 その手に安心を覚え、俺は再び意識を手放した。



 ・・・・結局、言葉を話せるようになったのは2日後だった。





  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 この2日間、世話になりながら聞いたところによると、この女性の名は『クリシュティナ・オクスタン』といい、この屋敷の奥方らしい。

 そして、この屋敷の主人は救出隊の騎士の一人だそうだ。


(たぶん、あの人だろうな)


 一人の騎士の顔が浮かぶ。

 血まみれの姿しか見ていないせいか、このいつも笑顔の女性の旦那さんというのが、こうなんというかイメージが湧かない。

 

 しかしながらこのクリシュティナさんは非常に面倒見がいい。この屋敷にはメイド(そうメイドだ)も何人かいるようなのだが、俺の世話は必ず彼女がしてくれる。

 早くに母親を無くした俺にとってみれば非常にくすぐったかった。


「喉は乾いてない?お水飲む?」

「退屈じゃない?絵本でも読んであげる」

「こんな服はどうかしら。やっぱり女の子なんだから、かわいい服を着たほうがいいと思うの」


 構いすぎな程だ。

 その様子から思うことがあったが、あえて指摘はしなかった。

 その日の夕方、その男が帰ってきた。




「いくつか報告と質問がある」

 

 まだベッドから移動できない為、それは俺の寝ているところで行われた。

 例の騎士(やっぱり予想通り隊長だった)とクリシュティナさんと俺。3人だけだ。

 旦那さんの名は『ベルフェ・オクスタン』というそうだ。


「まずは君の両親のことだが」


 母親は亡くなりましたが、父親は元気ですよー、と思ったが理解した。

 

 この体の、この女の子の両親。


「残念だが、二人ともお亡くなりになられた」


 あの黒ロ-ブどもめ。怒りが湧く。


「その時の事、何か覚えているかね」


 知らないし、答えられるわけがない。どうすればいいんだ。

 とりあえず、首を横に振る。


「・・・確かにショックな事だからな。覚えていなくても仕方がない」


 とりあえず誤魔化せたか・・・?


「では質問を変えよう。どこの国から来たのかわかるかね?」


 何?地元民じゃないの?国って、この国の名前すら知らないよ!

 また首を横に振る。


「ご両親共々、旅の途中で巻き込まれたようだな。運のない事だ」

「あなた、その言い方は・・・」 

「ム・・・。すまない悪かった」


 こちらは小娘なのにきちんと頭を下げて謝ってくる。

 好感度アップだ。


「一時的に記憶を失っているのかもしれんな。確かにこの年齢の子供にはショックが大き過ぎる」

「・・・・」

「では、せめて名前ぐらいは覚えてないか?」

「あ・・・、の・・」 


 名前って、本名言うわけにもいかないし。

 もう首を横に振っとけ。


「そうか・・・。だが、名前さえわからんとなるとどうするべきか・・・」


 いやほんと、どうしたらいいんでしょうね・・・。


「だったらあなた」


 クリシュティナさんはポンと手を打ち合わせる。

 

「記憶、そう記憶が戻るまで家であずかったらいかがでしょう」


 さも今思いついたように言う。

 でも俺にはなんとなく、そう言い出すんではないかと思っていた。


「いやしかし。・・・だが・・・」

「ね、お願いあなた」

「・・・」

「ね、お願いあなた」


 ベルフェさんはこちらに向くと、言いにくそうに訊ねてくる。


「あ・・と。名前がないと不便だな。まあとにかく、君の方はどうだろう、記憶が戻るまででもいいから、この家で暮らさないか」

「あの・・・、えっと・・・」


 どうするべきか。もとの世界に帰る事は決定でも、とりあえずの寝床はほしい。

 帰り方を探すにしても拠点は必要だ。


「・・・ご迷惑でなければ・・・」

 

 がばっ、という効果音が出そうなぐらいの勢いで抱きついてくるクリシュティナさん。


「だったら、ね、ね」

「どうした」

「とりあえずでもなんでも名前は必要だと思うの」

「それはそうだが」

「わたしが付けてもいい?」


 ベルフェさんは重いため息をつくと、こちらをちらりと窺う。

 俺もコクリと軽く頷く。


「いいだろう」

「とっっってもいい名前があるの」


 それはね。


「アフィニア。アフィニア・オクスタンというの。素敵でしょう」


 

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