17話 「ワイアールの店」
先輩と付き合い始めたのは5日前。
1年かけて、ようやく告白にOKを貰ったのだ。
友達には「振られても付きまとってるなんて、まるでス○ーカーのようだ」と言われまくっていたが。
いや、俺も考えないではなかったのだが。
大丈夫。OKは貰った。勝てば官軍、全てが正当化されるのだ。
先輩はいつも通り、下駄箱の所で待っていてくれるだろう。ならば、俺は言うのだ。
「待った?」と。そうしたら、先輩はこう言ってくれるはずだ。
「ううん、今来たところ」
うん、これだ。自分でもちょっと頭湧いてる? と思わないではないが、付き合い始めなんてこんなものだ。
きっとみんなそう。
いつもより早足で下駄箱に向かう。うん、やっぱり待っててくれた。
あの少し茶色っぽい事を気にしていた、腰まである長い髪。
「亜美乃先輩! お待たせしました!」
「ようやく来たね」
先輩は読んでいた小説をカバンにしまうと、こちらを見てにっこりと笑ってくれた。
それだけで俺は舞い上がってしまう。
「今日は本を買いたいから、・・・駅前の本屋まで付き合ってくれる?」
「もちろんですとも!」
「君はいつも元気だね」
「それは先輩の前だからです。当たり前です」
先輩と二人、駅方面に向かって歩く。
だけど、俺は先輩の唇が気になっていた。付き合って一週間、まだ早いだろうか。
いやでもしかし。
そんな俺を見て、先輩はクスリ、と笑う。
「ここが、そんなに気になる?」
下唇に人差し指を当てながら先輩は尋ねてくる。
「ええと・・・ごめんなさい」
「何であやまるの? 君とわたしは付き合ってるんだから、別に構わないでしょう?」
「そ、そうですか・・・ええと、その、したい、といったらダメですか?」
「何を?」
先輩は俺をからかうように笑う。「さあ、言ってみて」と。
「ええと、その・・・、キスです」
「聞こえないわ」
「キスしたいです!!」
「いいわよ」
「ほ、ほ、本当ですか!? うわー。こんな展開、まるで夢のようです!」
「ええ、そうね。だって夢だもの」
「・・・・・・・・・・・・夢ですか」
「そうよ」
「・・・・・・」
「だって・・・」
先輩はこちらを悲しげな目で見てきた。
「あなたがわたしを置いてどこかに行ってしまったのよ?」
「そ、それは誤解です・・・俺は・・・」
「俺は・・・。その後になんて言うつもりだったのだろう」
目を開けたら朝だった。先輩はどこにもいないし、そもそもここは異世界だ。
先輩・・・か。いつも寂しそうにしていた先輩。結局、その理由は分からずじまいだ。この世界になど来ず、ちゃんと先輩と付き合えていたならば・・・その理由が分かったのだろうか?
俺が先輩にこだわるのは、始められなかった事を悔やんでいるからなのだろうか・・・。
「アフィニア様、今日はお早いですね?」
「そうだね。たまにはいいと思わない?」
褐色の肌と銀色の髪を持つ少女が柔らかく笑う。
ワイアールさんのお店対策を、今日から本格的に立てていかなければならない。
気分を切り替えていこう。
「とりあえず、冷たい水で顔を洗ってくるね?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ではとりあえず、2つほど考えたので試食会を始めたいと思います」
「おー」
4人掛けテーブル席には、いつものメンバーが座っている。
今日はワイアールさんのお店の厨房を借りて、2つほど料理というか、お菓子を作ってみた。
ワイアールさんは感心しながら眺めていたけれど・・・本番では、あなたが作るんですよ?
「とりあえず、今日のメニューはクレープとプリンです」
「く、くれぃぷ?」
「ぷりん?」
「そうそう」
「ええと、料理の名前だと思うのですが、どういう意味なのですか?」
「え」
クレープってどういう意味だっけ? プリンはぷりん、としてるから?
「シャーリー。イメージ的な物なので、深く突っ込まないように」
「はい」
「では、まずはクレープからです。ワイアールさん、どうぞ」
「はい、お待たせしました」
なんというか、ワイアールさん完全に助手になってるな。
「これは、卵、砂糖と小麦粉、生乳にバターを加えて混ぜた材料を、鉄板で薄く焼いたものなんだけど。で、今回はホイップクリームとぶどうのジャムを巻いてあるけど・・・、挟むのは果物とかでもいいよ?」
「・・・調べたんだけど、このクリームというのは牛や羊の乳から取れるらしいね?」
さすがキュレさん。調べたりするのは得意分野だ。
「・・・だけど、この食感は・・・どうやるんだろう?」
「混ぜ方ですね。まあとりあえず、他のみんなも食べてみてください」
4人+ワイアールさんが食べるのを観察する。今、思ったんだけど・・・太らないといいな。
「うん。これは美味いな。この白いのがふわふわだ。ジャムとの相性もいい」
「さすがアフィニア様です。この皮というのですか、これも甘い香りがします」
「え、えーと」
姫、シャーリーには好評、と。
「ミュウは無理して小難しい事言わなくていいよ」
「・・・・・・」
「うーむ。君は料理の天才だね」
ワイアールさんにも好評価。キュレさんは・・・考え事に没頭してしまったようだ。
これは放っておくか。
「では、次にいきます。ワイアールさん?」
「次だね、ちょっと待ってて」
「出来立てでなくていいのか? そのぷりんというものは」
「冷めたほうが美味しいかな」
「ふむ」
「お待たせ。取って来たよ」
みんなの前に、皿に乗ったプリンが置かれる。上にはカラメルソースがかかっている。
「これはプリン、という物です。材料は卵と砂糖と牛乳です」
「普通に手に入る物だな」
「手に入れるのに苦労する物を使っても意味がないからね。さ、食べて食べて」
先程と同じように観察する。すぐに食べる娘もいれば、スプーンでつついて楽しんでる娘もいる。
そのぷるぷるしたの、いいよね。
「これもいいな。なめらか、というか。しかもぷるぷると揺れるのが面白い」
「ええ。この上に乗っている褐色のソースが甘さの中にほろ苦さがあって・・・」
「えーと、お、美味しいわ!」
うむ。いい感じだ。
まさか、先輩を餌付けするために練習したお菓子作りがこんなところで役に立とうとは。
「どうですか? ワイアールさん、キュレさん」
「・・・いいのではないかしら。ただ、問題は・・・」
「おれに作れるかどうか、かな?」
自信なさげに言うワイアールさん。
「そこは特訓でもして身に付けてもらいます。ですが、他にもやってもらいたい事があります」
「・・・何かしら?」
あれ、そこで答えるのキュレさんなんだ。まあいいか。
「店員です。出来れば、可愛い女の子がいいです」
「・・・あなたの趣味で?」
「それは否定しませんが・・・お菓子を売るのは、むさくるしい男よりも可愛い女の子がやるべきです!」
あれ? 姫とシャーリーが呆れてるよ? ミュウに至っては冷たい視線で俺を見てるんだけど?
中身はどうあれ、今俺は女の子なのに。なんで責められてるのだろう。
「・・・その理屈はよく分からないけれど・・・ワイアールもそれでいいの?」
「おれはそれでいいよ」
「では、後は制服について、と宣伝だね」
「せいふく? せんでん?」
あれ、言葉が通じなかったか。という事はまだ、この時代には無いという事か・・・中世レベルだものな。
「制服というのは・・・そうですね、店員全員が着る、統一された服といった感じでしょうか。メイドさんの服を参考に可愛らしく作ろうと思っているのですが」
「・・・あなたの趣味で?」
「そうですけど、それ聞くのやめませんか? 居心地が悪くなるので」
いや、だいぶ居心地悪いんだけどね。すでに。
「宣伝というのは、街の人たちにこの店のことを知ってもらおう、という事です。店がある事を知らないのに、お客がやって来る事はありえません」
「・・・それはそうね・・・」
「宣伝については・・・僕と姫で考えます。ワイアールさんとキュレさんは店員さんを探してください。出来れば、身元がしっかりしていて、口が堅くて信用できる人を」
「・・・確かに。その点は注意すべきかも・・・」
「どういう事?」
「・・・後で説明してあげるわ・・・」
口が堅くて信用できる人、というのは必須事項だ。どれだけ新しいレシピがあろうとも、材料が特殊な物でない限り真似することは容易だ。いずれはレシピが流出するとしても、遅ければ遅いほどいい。
この店が人気になれば、その秘密を探ろうとして金貨をチラつかせる者が必ず出てくるだろう。
「シャーリーには制服のデザインをお願い」
「はい、分かりました。メイド服を参考に、ですね」
「うん」
後は、ワイアールさんを特訓して・・・。あれ? ミュウがこちらを睨んでいますよ?
「わたくしにも何か、仕事を与えなさいよ・・・!」
「・・・えーと」
そんなに泣きそうな目で見られても。
「えー、ではミュウにも僕たちと一緒に宣伝を考えてもらおうか」
「し、仕方ないわね。わたくしの力を貸してあげますわ!!」
姫、やれやれ・・・みたいな顔でため息つかないで。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「木版画をやりたいと思います」
俺の言葉に姫とシャーリーが沈黙を持って返した。・・・なんか、また変な事を言い出した、とか思ってそうな気がする。
まあいいか・・いつものことだ。
「ようするに、木の板に絵なり文字なり刃物で彫って、インクをつけて紙にぺったんと押し付ける。こうする事によって、同じ絵や文字が書かれた紙を大量に作る事が可能になります」
「何でもない事のように言っているが、それは凄い技術ではないのか?」
「わたくしもそう思いますわ!」
まあ、元の世界でも中世時代にはまだ無かったはずだし、こちらでもたぶん発明されていない技術だ。
「いやまて、だがそれだと絵や文字が逆さまになるのでは?」
「さすが、姫。いいところに気がついたね。そうならないように、文字は左右逆に彫っておくんだよ」
「いつもながら、アフィニアには驚かされるな・・・本当に、アフィニアが考えたのか?」
あ、さすがに疑われている。いつもは見て見ぬ振りしてくれるんだけどな。
ミュウは・・・なんか話に付いていけてないようだ。安心。
「そ、そうだよ?」
「それならいいのだが」
「ま、まあ、簡単な地図とかも載せるつもりだから。・・・後はどんな絵にすればいいか考えてね?」
「・・・絵か・・・」
「それなら、わたくしに任せるがいいですわ!」
自信なさげな姫と、逆に無駄に自信に満ち溢れているミュウ。
何か果てしなく不安だが、この才能に関しては俺も幼稚園レベルだ。
「仕方ないから、ミュウにお任せします。お客がいっぱい来てくれそうなのを頼むね」
「わたくしに任せておけば万事大丈夫ですわ!!」
薄い胸に手のひらを当て、すごく自慢げに話す彼女を見て・・・ちょっと早まったかな、と思ったのだった。