15話 「ヴォルフ殿下との会談」
「初依頼成功に、乾杯!!」
「「「乾杯!!!」」」
俺の乾杯の掛け声に、みんなもグラスを掲げ乾杯を唱和する。
初めての冒険を成功で終わらせた俺達は、街の料理屋に繰り出していた。
本来ならば酒場なのだろうが、飲酒は16歳からなので残念ながら誰も飲めない。
飲んだ事がないので、少しばかり興味があったのだが。
「でも正直な話、ミュウにはびっくりしたね」
「なに、また馬鹿にするつもり?」
ジロリ、と睨んでくるミュウ。
「ドレスで来たのを見たときは、こいつ大丈夫か、なんて思ったのは本当だけれど」
「やっぱり悪口ですわ!」
「いいから、最後まで聞いて? あの戦いを見たら、そんな感想は吹っ飛んだよ。実際の話、姫も相当強いと思っていたけれど、ミュウも同じくらい強いんじゃない?」
「・・・え、と・・・」
俯いて真っ赤になるミュウ。こいつやっぱり、褒められ慣れていないな。
「うん。ミュウは強いな。武術科の中級クラスというのは分かっていたけれど、あそこまで強いとはね」
「セラフィナ・フォースフィールド、あなたまで・・・」
ますます赤くなるミュウ。
「一度、手合わせしてみたい程だ」
「・・・・・・」
シャーリーは我関せずとばかりに、黙々と食事を続けている。
チームワークとか、なんかバラバラだよな。
「あ、そうだ」
「どうした? アフィニア」
「僕、ミュウに未だに名前で呼んで貰ってないんだよね。姫は逆にフルネームだしさ」
「ふむ、それは確かに」
ミュウは話の流れ的に嫌そうな顔をしている。
「ね、ミュウ。僕の事名前で呼んでみて? ほら『あ・ふぃ・に・あ』」
「・・・・・・」
「仲間なのだから呼んでやったらどうだ? 。私もセラフィナ、と名前だけでいいぞ?」
「ア・・・ア、アフィ・・・・・・」
まるで、生まれたばかりの小鹿が立つのを応援している気持ちだ。
「アフィ、アフィ・・・あ、あなたなんか、あなたで十分ですわ!!」
「えー・・・。がっかり。がっかりだよミュウ」
「うむ、それは無いな」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お兄様が2人で会いたい、と仰られていますわ!」
ミュウ・イアリー・エリヤ・クラウドがそう言い出したのは、冒険に初めて行ってから2週間後の事だった。
あの後も3回ほど4人で依頼をこなしはしたが、やはり学生の本分は勉強である。
調べなければならない事もあるしな。
そう思って、今日は図書館にやって来たのだが・・・調べ物を始めた矢先、突然ミュウがやって来て冒頭の台詞を聞かされた、というわけだ。
図書館なんだから静かにしろ! 常識の無いヤツめ、と言いたい。
「言っていますわ!」
あれ?言ってた?
「まあまあ、今のは心の声だから気にしないで。で、ヴォルフ殿下が僕に会いたいと言っていた、でいいんだよね」
「そうですわ」
「会うのは構わないのだけれど・・・いつ? 場所とかは?」
「聞いてませんわ!」
つ、使えねー。
「はい。回れ右」
「な、何を」
肩を持って、くるんと180度回転させる。
「さ、もう一回ヴォルフ殿下のとこ行って、場所と時間を聞いてきて。寄り道しちゃ駄目だからね」
「子供のおつかいですわ!?」
文句を言いながら彼女は行ってしまった。
毎回見て思うが、まったく見事な金髪縦ロールだ。
しかし、何だかんだといっても、最後にはこちらの言う事を聞いてくれるのだから・・・ちょろい。
「ヴォルフ殿下か。いつか接触を図ってくるとは思っていたけど、早かったな」
「私も付いて行きましょうか」
「2人で、という事らしいからね。ま、危険は無いさ」
ミュウに聞いてもらってきたところ、時間も場所もこちらが決めてよかったらしく、再び彼女に伝言を頼むことになった。あの、切れ者っぽい王子殿下にしては間の抜けた話だが、単にミュウが王子の話を聞かなかっただけかもしれない。
ミュウにはよくある事だからな。困ったドリルだ。
場所は放課後、初級の魔法科の教室で、となった。
誰も来ないよう、シャーリーに教室の外で見張りを頼むつもりだ。
姫には昼食の席で話をしたが、「気をつけて。終わるまで待ってるから」との事。
何が出るか。
扉の開く音がして・・・、シャーリーが顔をのぞかせた。
「おいでになりました」
「ありがとう」
「少しばかり待たせたようだ」
入って来たのは、眼鏡をかけた細身な男。中指で眼鏡の位置を直す格好が、いかにもキザっぽい。
彼は椅子を移動させてきて、机を挟んだ対面に座った。
「では、シャーリー、見張りお願い」
「任せて下さい」
扉が閉まる。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ヴォルフ殿下はいつかのような、まるで値踏みするかのような視線を向けてくる。
先に沈黙に耐えられなくなったのは・・・俺だった。
「ええと、2人で会いたい、との事ですが・・・何の御用でしょうか?」
「そうだね。君に聞きたい事がある」
「僕に答えられる事でしたら」
「君は・・・どこから来たんだい?」
ええと、この娘の・・・この体の出身地って事だよな。
「昔の事は、よく覚えてません」
「ふむ。覚えていない、か。生贄の儀式のショックらしいね」
「・・・・・・」
そこまで知ってるか。父さまが、あの事件の関係者を口止めしているとはいえ、完璧ではない。
「邪神召喚の書」
「!?」
「60点だね。よく感情が表に出ないよう訓練してると思うけど。突発的な事には弱いようだ」
「そ、そんな事は」
自分でも何を言いたいのか分からない。だが、とりあえず動揺を抑えなければ。
一つ、深呼吸をする。
「何の事を仰っているのか分かりません」
「へえ、もう立て直したのか。・・・腹の探りあいをしていても仕方がない、単刀直入に言おう」
「・・・何でしょうか?」
「私の部下になってもらえないか? 君の能力が欲しい」
それは予想していた言葉だった。
その答えなら用意してある。
「僕には、大した能力はありませんよ。魔法科の落ちこぼれですよ?」
「ああ、誤魔化さなくてもいい。いつだったか、セラフィナ王女が君の家に泊まりに行った事があっただろう。その時何か、そう黒ずくめの男と会わなかったかい?」
こいつの差し金か!
やはり、息の根を止めておくべきだった! ・・・無理だったと思うけど。
「機会があれば、君達に接触するように命令していたのだけれど。・・・なんらかの反応があれば面白い程度に考えていたが、彼はずいぶんと役に立ってくれたよ」
「・・・」
「大昔の魔法使いが使えたと言われている、精神干渉系魔法。まさか、使い手に出会えるとは思わなかった」
知られてはならない情報を握られている。
だが、どう対処すればいいのだ。
「私は君の望むものを、ある程度は提供できる」
「・・・お、俺は・・・」
「いきなり答えは難しいだろうが、よく考えてみてほしい」
正直俺は混乱していた。何もかも知っているような口振りだ。
何を知っているのか、どこまで知っているのか。
それともはったりか。
思考に沈んでる間にヴォルフ殿下はいなくなり・・・、シャーリーが心配そうな顔で立っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
寮への帰り道。姫とシャーリーとともに歩きながら、俺はずっと考えていた。
いつから、と。
いつからヴォルフ殿下は俺に興味を持っていたのか。
姫と接触した頃・・・9歳前後か? だが、邪神召喚の書の事も知っていた。あれは、生贄の儀式のときに失われてしまったし、それを知っているのは父さまと、新米騎士のカインさんだけだったはずだ。
まさか、あの当時からというわけはないだろう・・・。
考えても分かるはずがない。俺はヴォルフ殿下ではないのだから。
とりあえず、今回は俺の負け。
ヴォルフ殿下のお誘いも今は保留だ。
何より姫に、心配そうな顔をさせたままでいたくはない。
「姫。もう大丈夫。もう心配いらないよ?」
「本当にそうならいいのだけれど。私の事で済まない」
姫は自分のせいだと思っているようだ。
王子たちに目を付けられたのは自分に関わったせいだと。
これは・・・俺がどんなに否定しても、姫が納得する事は無いだろう。
なら。
「姫。笑う笑う。笑顔の姫の方が、僕は好きだな」
姫のほっぺを、むにーと引っぱる。真っ赤になって俯く姫。
「そ、そうか。そうだな、笑顔の私が好きか」
「うん」
「では、ずっと笑顔でいるとしよう」
にこり、と笑う姫。俺も釣られて笑顔になる。
姫はやはり綺麗だ。
ズキン、と胸が痛む。でも、俺には先輩がいるんだから、この気持ちは勘違いだよね?
「どうやらお話は終わったようですね。早く寮に帰って夕食を食べましょう」
シャーリーが面白くなさそうに言う。
そうだな。うまい物を食べれば悩みなんて消えるだろう。逃避だとしても。
あ、でも・・・うまい物といえば。
最近、故郷の食べ物が無性に食べたくなる。
無理だが、お米や味噌、醤油味のものが食べたい・・・。
醤油ってどうやって作るんだ!?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「姫、今回の誕生日も城でパーティーするの?」
「ああ。だれも祝いたくはないだろうが、お父様がな」
姫の誕生日を迎えるのは、これで3度目だ。
出会ったばかりの時と、去年、そして今年。でも、姫はお城で誕生パーティーをするため当日には無理だ。
上級貴族が集まってくるパーティーだからな。
一応、出席はするが姫と話す事すら難しい。
なので変わりに、誕生日である金の17日の3日前に祝ってあげる事にしているのだ。
「だけど、場所が問題だよね」
「なにが問題なんだ?」
「家に帰って祝うか、寮で祝うか・・・という事」
いつもだったら屋敷で祝う以外の選択肢は無いけれど。
「まだ、入学して2ヶ月経ってないからね。家に帰るのはまだ早い気もするし」
「ですが、旦那様と奥方様はもう、そのつもりで用意されているかもしれません」
「寮で祝う、というのも中々いいかなと思ったんだけどね」
ララサさんとササラさん。キュレさんに寮母のクレアさん。
彼女たちと親睦を深める、というのも悪くない。
「私としてはどちらでもうれしい。だが、いつものアレは食べたいな」
「アレ? 誕生日ケーキのことかな?」
「そうだ。ケーキだ」
我が家で、初めて姫の誕生日を祝ったときに俺が作ったのだが、姫はすっかりケーキの虜になってしまった。それ以来、誰かの誕生日があるたびおねだりされている。
卵と小麦粉と砂糖を使い、スポンジケーキを作ろうとしたのだが、元の世界の物ほどにはふっくらとは膨らまなかった。小麦粉の種類が違う可能性もある。
それでも、今、この世界にある他のケーキよりは口当たりが柔らからしい。ケーキ作りは空気を含ませる事が大事だったはずなので、おそらく自作の泡立て器のおかげだろう。
その上に、生乳から取り泡立てた生クリームと果物で飾り付けたものだ。
この世界にもチーズケーキや、甘いパンはあるとの事。
姫は食べた事があるそうだが、チーズケーキといっても俺の知ってる物とは違うようだ。
「大丈夫、それはちゃんと用意するから」
「期待してる」
とりあえずは、父さまと母さまに聞いてみるとしよう。