12話 「学院の平穏な日々」
クリスタ王立学院には、元の世界でいうところの学級・組というものが無い。
つまり眼鏡の似合う、三つ編みの学級委員などいないのだ!
ごめん違う。
学級という固まりで行動するのではなく、個人で習いたい教室に行って学ぶのだ。
専科という名前のシステムらしい。
この専科というのは、専門に扱う教室が複数入った建物の事をいう。
専科には色々あり、代表的な所でも魔法科、剣術科、武術科、芸術科、歴史科、神学科など多岐にわたる。
生徒はこれを自由に、好きなだけ選ぶ事が出来る。
そして専科ではないが、基本的な計算・国の経済や、文学なども教える、必須となる教育科。
教育科も含め、専科には4つの等級があり初級、中級、上級、至高となる。
等級を上げるには、その等級の教師に修業証書をもらえばいいのだ。
初級を全て修めたならば中級に、中級を全て修めたならば上級に行くのだ。
卒業はどうやったら出来るかって?
卒業するためには必須である教育科の、最低でも初級クラスの教師と、専科の上級クラスの教師に修業証書をもらってくればいい。
それがあればクリスタ王立学院卒業済み、という資格が手に入るのだ。
資格を貰った後でも至高クラスという道もあるしな。
まあこの学院は、国に役に立つ人材を育てるところだからな。
全てを学ぶ必要は無いのだ。
そもそも学院に来るのは義務ではないし。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「相も変わらず朝が弱いのね」
「どうも朝はね。目覚まし時計を3個掛けてもダメだったしね」
「え、ええと・・・め、めざ? ・・・か、かける?」
「・・・・・・さあ、朝食にしようか」
「ねえ、今の何? 教えなさいよ!」
しまった。つい、昔のクセが。
まあ『こぼれたミルクは戻らない』。言ってしまった事を嘆くより、再発を防ごう。
どうせ、言葉の意味など分からない。
寮母のクレアさんは、俺と姫が食堂に来たのを見て、朝食の準備をしてくれる。
今日も俺が最後らしい。
本日の朝食は硬めのパンと玉ねぎのオニオンスープ、そしてミルクだ。
シャーリーはいつものように、クレアさんを手伝っている。
食堂には寮母のクレアさん、俺、シャーリー、姫以外に3人いる。
この寮には、寮母さんを入れても、たった7人しか住んでいないのだ。
「「おはようございます」」
まずは1階に住んでいる双子、ララサ・パルテノ、ササラ・パルテノの姉妹だ。
2人とも茶色の髪と目の、身長低めの13歳の女の子だ。
顔立ちは同じなのだが、ララサの方が姉でショートの髪型で剣術科、ササラの方は腰まであるロングのふわふわウェーブの髪型で神学科を専門にしている。
まったく雰囲気の違う2人なのに、挨拶など言葉や動作のタイミングがぴったり合うから不思議だ。
「ずいぶんと、ごゆっくり、ですね~」
「早寝早起きは、規則正しい生活への第一歩だよ?」
挨拶は一緒なのに、続く言葉が違うのはいつも通りだ。
そして、ララサが場の空気を読まないのも。
「・・・ごめんなさい。遅寝で・・・」
ララサは俺に言ったのだろうが、答えたのは別の人間だった。
キュレ・リ・ククル。2階の3番目の部屋に住む最後の1人だ。
2人部屋を1人で使う彼女は、やはり上級貴族の子女でククル伯爵家の次女らしい。
ストレートの黒髪をヒザ裏あたりまで伸ばしている、いつも眠そうな17歳の女性だ。
実際、夜遅くまで研究しているらしい彼女は、なんと魔法科の上級クラスだ。
これが、この第9女子寮のメンバーだ。
「い、いえ。キュレさんの事を言ったわけではなく・・・」
「・・・いいの、本当の事だしね・・・」
これもいつもの事ではある。
キュレさんは寮生の中で最年長なのだが、人をからかって遊ぶ悪癖がある。
困ったものだ。
犠牲になるのは主に、ララサと姫なのだが。
この事を姫に言うと、何故かいつも、じっとりとした視線を向けてくるのだが。
「この寮もやっと賑やかになってきたね・・・」
感慨深く語る、寮母のクレアさん。
空き部屋もあと一つあるしな。
「そういえば、あの1階の空き部屋はどんな人が入ってくるのですか?」
「予定は無いね」
あれ?
「だいたいの人は、第1~第8女子寮の方に行っちまうからね。あっちの方が大きくて立派だし」
「でも姫が入寮するぐらいだから、由緒ある建物とか」
「ないね」
どういうこと? 俺ら、わざわざこのボロい寮を選んで入ったって事?
実はうちの家って、貧乏だったってこと?
「私は、アフィニアと一緒のほうが楽しいと思ってここにしたわ」
「シャーリー?」
「あちらには1人部屋しか空いていませんでしたので」
「・・・」
・・・釈然としない感じだけどまぁいいや・・・。
さっさと食べて学院に行くとしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
学院は王都の中にあるのではない。
王都郊外の丘陵地帯を整備して造ったもので、周りをぐるっと高い塀によって囲まれている。
寮も、この塀の内側に存在する。
当然、と言えよう。
この学院に通っているのは、貴族の子弟たちなのだから。
まかり間違っても、不審者などの侵入を許してはならないのだ。
「私、こっちだから」
「姫、昼食は一緒に食べよう」
「いいわ、また後でね?」
姫と別れる。
姫は剣術科なので、あの大きな円筒形の建物なのだ。
寮の皆で登校してきたが、後、ここで別れるのは双子のララサさんとササラさんだ。
ララサさんは姫と同じ剣術科、ササラさんは神学科に向かう。
「ちゃんと授業を受けるんだぞ」
「さよ~なら~」
ララサさんはともかく、ササラさんはふわふわし過ぎて心配になる。
今もふわふわ手を振ってるしな。
「早く行かないと、1時限目に遅れてしまいます」
「おっと危ない。行くとしますか」
授業は一回に約2時間あり、休憩を挟んで朝2回、昼から1回ある。
それらを、1時限目、2時限目、3時限目と呼ぶ。
キュレさんとも、塔のような建物に入った後に別れる。
彼女は上級、俺は初級だ。
「間に合ったか」
教室に入ると見知った者も何人かいるようで、軽く会釈してから中に入る。
男が何人か、顔を赤くして視線を逸らしたが・・・うん。
適当に空いている席に座る。シャーリーは俺の左隣。
この教室が自分の組というわけではないのだから、決まった席などあるはずがない。
さて、魔法というと、とってもファンタジーなのだが。
授業としてやることといえば、とっても地味だ。
魔法は、呪紋を描き、呪文を唱える事によって発動する。
魔力云々は、使っていれば増えるらしいし、呪文に意志を込めるといっても授業で習うものでもない。
では、何を習うのかというとだ。
呪紋の描き方と、その図形を覚えることだ。
延々と図形を描かされ、それを、そらで出来るようになれば合格なのだ。
正直、これはキツい。
英単語を覚える時以上のキツさだ。
「憂鬱な時間が始まる・・・」
「アフィニア様は、呪紋の記憶が苦手ですよね」
「単なる図形だからね。どこが尖っているとか丸いとか重なるとか、もうわけわからないし」
そしてこれが、最大の誤算だった。
オリジナル魔法をも制作して使いこなし、膨大な魔力を誇る俺は、まあ至高クラスは無理にしても、上級クラスのレベルなんだとすっかり思っていたのだ。
俺は、肌に描かれた、見えない刺青『呪紋』を使って魔法をかけている。
本来ならば、この刺青には常に魔力が流れ消費され続けるため、自殺行為になってしまう。
しかも、必要魔力は2倍~3倍だ。
廃れてしまったのもむべなるかな。
でも俺は、肌に流れる魔力をON・OFF出来るのだ。
初めてこの世界にやって来た時、魔力がぐちゃぐちゃになってベッドから動けなかった。
それを治すために、徐々に魔力の手を伸ばして身体の機能を把握していった。
そのおかげだろう。俺は魔力の大半を一箇所に集中させる事もできる。
俺って凄い、だ。
だが、この便利さに慣れ過ぎて、呪紋そのものを覚えるのを怠ってしまったのだ。
使わないと忘れてしまうし。
昔覚えたはずの魔法の盾や、魔法の矢の呪紋が描けなかったときは、本当にヤバいと思ったものだ。
絶賛落ちこぼれ中である。
シャーリーは中級クラスの実力はあるので非常に心苦しい。
「中級クラスに行ってもいいよ」、とは言ったのだけれど。
仕方ないよな。呪紋、覚えて損はないからな。
頑張るしかないな。
「・・・ん?」
教室がざわめいていた。
最初は教師が来たのかと思ったが、どうも違うようだ。
思考に沈んでいる間に、何かあったのだろうか?
「シャーリー、何かあった?」
彼女を見ると、目を丸くして何かに驚いている。
「隣、いいかい?」
「ええ、どう・・・ぞ・・・?」
「ありがとう」
俺の右隣の席にいたのは、第2王子ヴォルフ殿下だった。
(ヴォルフ殿下は魔法科専門だけど・・・上級のはずでは!?)
確かに、上級クラスが初級クラスに来ては行けないと言うことは無いが・・・。
魔法科の初級クラスなら、ここ以外にも2教室ある。
これは・・・、俺が目的だよな。
「授業を始めるぞー。さっさと席に着けー」
入ってきた教師の声で、静まる教室。
その教師は、王子殿下がいるのに驚いたものの、職業意識を動員したのか何も言わなかった。
(俺・・・王族とか貴族って苦手なんだよな)
昔読んだ小説で、王や貴族がいない、つまり身分制度の無い世界から来たという設定の、そういった身分にまったく拘らない主人公がいた。
彼は相手が誰でも差別なんてしないし、奴隷であっても優しく手を差し伸べていた。
たとえ権力者相手であろうとも、当たり前のように啖呵を切る彼はかっこよかったと思う。
だが、いざ自分がそうなってみると、王族とか上級貴族とかの側にいるだけで萎縮してしまう。
あいつら何かのオーラでも出してるのだろうか。
(仕方ないよね? あいつら、お前コレねと言いながら首を掻っ切るポーズとるだけでいいんだから)
それで、俺の明日は無くなってしまうのだ。
やっぱり力がないと、権力者に逆らうのなんて無理。
授業はさっぱり頭に入ってこなかった。
「それで、一体何の御用でしょうか?」
授業の後、俺はヴォルフ殿下に尋ねる。
「そうだね・・・」
中指で、眼鏡の位置を直す殿下。
ちくしょう、様になっているのは認めてやる・・・!
「君に興味があった、では駄目かな」
教室に残って、成り行きを見守っていた女たちが黄色い声を上げた。
男どもは悔しげな顔。
だけど。
まるで値踏みするかのようなヴォルフ殿下の視線。
これ、絶対に恋とか愛とか関係ないよ!?