11話 「入学」
モルドレッドは。
オスの剣歯虎だった。
名前は一緒でも、たぶん元の世界の昔にいたのとは違う物なのだろう。魔獣だし。
彼は、俺の使い魔となったあの日から、ずっと屋敷で飼われている。
彼は屋敷でも賢いと評判なのだ。まるで人の言葉が分かっているようだと。
(実際、分かっているんだけどね)
使い魔契約の魔法によって、体の中まで変質したのだ。
言葉を喋る事は出来ないものの、こちらの言ったことは理解できているし。
秘密だが、呪符さえあれば簡単な魔法すら使用できる。
ただ、あまり大きくなられても困るので、体の成長には抑制が掛けられている。
そのため、2年経ったというのに未だに70cmほどだ。
そう、あれから2年たった。
当時から状況はあまり変わってはいない。姫の周りも、俺についても。
だが、もうじき11歳になればクリスタ王立学院に入学する資格が得られるのだ。
そうなれば、王立学院図書館で調べ物をする事が出来る。
そこで何らかの手がかりを見つけられれば・・・、俺の目的に少しでも近づける・・・、はずだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「姫」
「あら、アフィニア。お久しぶりね」
「姫・・・、何か怒ってる?」
今、俺と姫は王城にある庭の一つにいる。
白鷗の庭園とかいう大層な名前がついているが、そんなに大したものでもない。
「姫。前に言ったとおり、僕はもうすぐ学院に入るんだから、準備とかね。色々とね。」
「そんな事は分かっています」
「姫もあと二ヶ月もしたら入るんでしょう?」
「二ヶ月も後ですわ」
仕方ないじゃないか。11歳の誕生日を迎えないと、入学できないんだから。
こちらの世界の・・・。少なくともクリスタ王立学院に関しては個別入学になっている。
元の世界のように、4月に一斉に入学式とかやらないのだ。
11歳を過ぎている、それなりに地位のある者の子弟、才能が有ると認められた平民だけが入学対象となる。
入学は義務ではなく、また、休学も自由だ。
自分の好きなときに学生となり、飽きたら休学する。
ただし、学院の生徒でいられるのは20歳までの最大10年間と決まってはいるのだが。
「先に入って、姫に案内出来るようになっておくよ」
「期待してますわ」
「っと」
庭園に入ってくる複数の人影。
姫は露骨に嫌な顔をする。
入ってきたのは、全部で5人。
3人の王子殿下と、その知り合いらしい貴族2人だ。
第1王子レノックス殿下は、大柄で、その見た目通り腕力や権力にものを言わせるタイプ。
第2王子ヴォルフ殿下は、少し線の細そうな、眼鏡をかけたナルシストな学者タイプ。
第3王子レオノール殿下は、小柄で、第1王子の後ろでコソコソ謀略をはりめぐらすタイプ。
もともと嫌いな事もあって、良い感想は浮かんでこない。
あくまで姫の話なので、王子たちの性格が本当かどうか分からないが。
2人の貴族は・・・、よく見る腰巾着だ。
「・・・姫、移動する?」
「・・・そうですわね。私の部屋にでも行きましょう」
確かに、それはいつもの事だった。
王子たちを見つけた姫が逃げ出すのは。
だが、それは今日に限っては揉め事を引き起こす事になってしまった。
「おい、俺たちを無視すんじゃねーよ」
移動しようとした俺たちを邪魔するように、第1王子レノックス殿下が立ち塞がる。
それは、何か・・・たまたま虫の居所が悪かっただけなのかもしれない。
それとも、仲間内で揉めたのかも。
どんな理由があったのかは分からない。だが、レノックス殿下の敵意の矛先は、今、姫に向いていた。
「・・・おい、おまえ! おいっ!」
「・・・・・・」
姫は無視する事に決めたようだ。
彼の巨体に見下ろされると、それだけで緊張する。
・・・いつもだったら、こんなに絡んで来る事はないのだが。
他の王子たちも、貴族の腰巾着も止めようとしない。
むしろ、面白がってさえいるようだ。
「無視するなと、言ってるだろう、がっ!」
「姫っ!!」
「!・・・邪魔すんじゃねえ!!」
第1王子の伸ばされた腕から、姫を庇うのに間に入り。
次の瞬間、横殴りの衝撃がきた。
一瞬、頭が真っ白で・・・、痛みは後からやって来た。
「・・・・っっ!」
凄まじく痛いんですけど! この馬鹿力め・・・!
俺は心の中でだけ、レノックスに罵詈雑言をを浴びせた。
・・・どうやら、力任せの平手打ちを貰ったらしい。
「アフィニア!!」
姫の悲鳴が聞こえる。
駄目だ、冷静にならないと。
くそ。・・・でもここは撤退の一手しかない。
「大丈夫、何でもありません!」
「ア、アフィニア!?」
「姫、大丈夫ですから! 早く行きましょう!」
「でも・・・!」
腕を掴んで引っ張ろうとするのだが、姫が抵抗する。
相手は王子殿下。揉める事にでもなれば、父さまや母さまにも迷惑が掛かる。
ここは、ぐ・・・っと我慢なのだ。
「ち、クズ風情が庇い合いか? まったく麗しい友情だな?」
「何ですって!」
だから、姫。挑発に乗ったら駄目だって。冷静になろうよ。
・・・はぁ、無理か。
ならば、仕方が無い。
「レノックス王子殿下―――――」
視線に魔力を込める。呪文でもなく、魔法でもないが・・・、視線の圧力を増す事が出来る。
呆然とするレノックス殿下。
「もう、行ってもよろしいでしょうか―――――?」
「あ・・・、ああ。・・・行ってもいいぞ・・・」
「行こう、姫」
「え、ええ」
姫の腕を掴んでこの場からさっさと逃げる。
王子殿下が正気に戻る前に。
後ろで「面白いな」と、聞こえた気がしたが、とりあえず無視した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
クリスタ王立学院入学を明日に控え、今日はゆっくりする事に決めた。
学院は全寮制だ。
国中から入学してくるので当然ともいえるが、入ってしまえばそうそう帰れないだろう。
だから、父さまや母さまと一緒に過ごすのも暫くお預けだ。
「お前の事だ。何も心配していないから思うようにやりなさい」
「私も心配なんてしてないわ。でも、たまには帰ってきてね」
父さまも母さまも、目が潤んでいるのはお約束というものだろう。
「シャーリーも、アフィニアの事頼んだわよ?」
「はい、奥様。お任せ下さい」
「でも、ほんとにいいの? 養女にならなくて」
「苗字がほしいわけではありませんから。私は、アフィニア様のお世話をするためにいるのですから」
それは違うと言っても、シャーリーは聞いてくれない。
今度のクリスタ王立学院入学の事でも、シャーリーは本当なら1年以上前に学院に入れていたのだ。
それを、俺の世話をしたいと言って今日まで屋敷にいたのだ。
自分の道を見つけてほしいのだが。
まあ、そう言うと「アフィニア様の世話をするのが私の道です」とか言うんだよな。
「モルドレッドも、父さまと母さまの事、ちゃんと守ってよ?」
「ガウッ!(まかしとけ)」
なんか目と目で通じ合った気がしたぞ。
そうして夜は更けていった。
「それで、何で姫がここにいるの?」
「ちょっとだけ、お父様にお願いしたの。権力って便利ね」
ちっとも悪びれない姫。
学院に、早期入学認めさせたのか・・・。
「こんな所にいつまでもいても仕方ありません。学院長に会いにいきましょう」
正門の前で立ち止まっていては、さすがに目立ち過ぎるか。
ここにいても始まらないからな。
姫の手を取り、シャーリーの後を追うように門をくぐる。
・・・結構広いな。
「立派な建物だな。たくさん建っているし」
「たくさんの専科があるからね。あの塔みたいなのが魔法科よ?」
姫が指差した建物を見る。
俺は魔法を主に習うつもりなので、あの塔のような建物に通う事になるのだろう。
まあ見るのは後でも出来るか。どうせ見飽きるほど見る事になるのだろうし。
とりあえずは入学するのが先だ。
「学院長室ってどこだろうな?」
「それなら、正面の建物の1階にあります」
「シャーリーは頼もしいな」
気のせいか、シャーリーは得意げだ。・・・前もって調べてきたとみえる。
だが逆に姫はつまらなさそうにしている。
何で?
「早く行きましょ」
「・・・そうだね」
広い校庭を歩き、 校舎の玄関をくぐって。
ようやく辿り着いた重厚な両開きの扉を開けると、風格のある初老の男性が待っていた。
勧められるまま、ふかふかのソファーに座る。
「事前に提出していただいた書類には、不備は見当たりませんでした」
学院長も、机を挟んだ対面のソファーに座る。
厳格そうな人だ。
あのりっぱなヒゲに教育者としての矜持を表しているような気がする。
「では、セラフィナ・フォースフィールド・クリスタ、アフィニア・オクスタン、シャーリーオールの3名を当学院の生徒として認めます。ご入学おめでとう!」
俺たちはそろって頭を下げる。
その後はいくつか確認事項とか聞かれたのだが、酷く緊張する時間だった。
「肩が凝ったわ」
「同意だね。・・・さて、寮の部屋を確認しておく? 僕はもう、荷物は送ってもらってるから」
わたしもよ、と姫。
「私とアフィニア様は同室です」
「姫は1人部屋なの? やっぱり」
「私は2人部屋でも良かったんだけど、一応王女だから・・・。いつでも遊びに来て」
「うん、お邪魔させてもらうよ・・・って、あそこにいるの第1王子じゃないの?」
「・・・そうね、レノックス殿下ね」
遠く、校庭をどこかに向かって歩く王子殿下。
周りには、腰巾着の貴族数人を引き連れている。
でも、確か第1王子はもう、22歳になっているはずだ。
この学院では21歳の誕生日を迎えたら、放校処分になるはずだが。
「なんで居るんでしょうね」
「あれでも王族の一員ですからね。あなたが教えてくれた、無理を通せば道理が引っ込むって事でしょうね」
「その使い方、合ってるかな? まあ、11歳の誕生日が来る前なのに、ここにいる姫が言えることではないね」
「酷い言われ様だわ」
「いえいえ」
「あなたが好きだから一緒にいたいだけなのに・・・ってなんで赤くなってるの?」
姫、そんな誤解させるような事、言わないで下さい。
分かってますけどね。そう、友情です、友情。
姫はたまに不意打ちをしてくるから困る。
本人はまったく、そんな気などないだろうがな!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「意外に小さい寮だね」
「お屋敷に比べたら小さいでしょうが・・・、寮としては普通・・・なのでしょうか?」
姫も含めて、俺たちが入る寮は小さかった。
2階建ての小ぢんまりとした建物だ。
今の時期、ここしか丁度開いてなかったというだけなのだろうが。
「これ、ギュウギュウでも10人が精一杯だと思う」
「寮の中は立派かもしれませんし、入ってみましょう?」
うん。大きなお屋敷に慣れすぎたかもしれない。
日本の家屋はこれで普通なんだよ! これでも大きいほうなんだよ!
「お邪魔しまーす」
「お邪魔いたします」
「失礼するわ」
寮の扉を開ける俺たち。
「おお、遅かったね。あたしがこの寮の寮母のクレアだ。よろしく頼むよ」
出迎えてくれた少し小太りな中年の女性が、俺の背中をバシバシ叩いてくる。
あの・・・、力加減間違えてませんか?
いや、いい人そうなんだけどね。
「部屋に案内するよ。ついておいで」
2階への狭い階段を上る。姫も同じ2階らしい。
外からの見た目通りの建物のようだ・・・。
「2階に3部屋、1階に2部屋と食堂と風呂と管理人室があるよ。あたしはだいたい管理人室にいるからね」
なにかあったら、遠慮なく言うんだよ、と言ってガハハと笑う。
「廊下がギシギシいってます」
「そ、そうだね」
「ここが姫さんの部屋で、こっちが2人の部屋だ。確かめてみな、荷物は入ってる。もう一つの部屋は・・・今は出掛けてていないみたいだから、夕食の時にでもまとめて紹介しようかね」
何年お世話になるか分からないが・・・まあ、住めば都と言うしな。
「クレアさん、よろしくお願いしますね」