10話 「使い魔」
リュドミラ大陸暦では、1年は360日。
それを12分割したものが月である。
この世界では、この12の月を色で呼んでいる。
色は神々を表しているのだとか。
銀の月がもっとも寒く、始まりの月と呼ばれ。
それに続いて青、金、無、土、黄、緑、赤、灰、紫、白、そして黒の月となる。
それぞれの月は、これに1~30の番号を当て日となる。
つまり銀の5日とか、赤の20日とか言う。
話を聞いていると、どうやら正確な暦ではないらしく、徐々にずれていっているらしい。
昔の文献によるともっとも寒かったのは白の月だったのだとか。
まあ、人々はあまり気にした風でもないのでかまわないのだろうが。
長々と語ったが、何が言いたいかというと銀の月はそれなりに寒いということだ。
布団が恋しい季節なのだ。
だが、今日もその恋は無残に打ち砕かれた。
「さっさと起きなさい。早朝鍛錬するわよ」
「うう・・・、もうちょっと」
「つべこべ言わずに起きなさい」
「あっ・・・、アフィニア様を起こすのは、私の仕事なんです!」
おいおい。なんで2人いるんだ。
「こんなのは、こうやったら起きるわ」
布団が引っ剥がされる。うう、寒いよう。
「あら、この布団軽いわね。何で出来てるのかしら?」
「それは、羽根布団というものです」
「ああ、噂の・・・今晩、貸してもらおうかしら」
もう寝てるとかの話じゃないな。
「・・・2人とも、おはよう」
「ああ、やっと起きた。早朝鍛錬行くわよ。オクスタン卿はもう、庭でお待ちよ」
「いや、僕は朝から激しい運動はちょっと・・・」
「何言ってるの。さっさと行くわよ」
「あああ・・・」
引きずって行かないで。せめて着替えぐらいさせて。
「・・・」
父さま監督のもと、早朝鍛錬に励んだ。
あいかわらず姫は元気だ。
「すぐに、あなたを超えてみせるわ」
剣術だけなら、近い内に抜かれるだろう。
父さまから鍛錬のやり方なんかも習っていたしな。
ボコボコにされた俺の前で、勝ち誇る姫の姿が目に浮かぶが仕方ない。
「さて、朝から疲れたけれど今日は何をしようか」
「まだ朝のメニュー、終わってないわよ」
ごもっとも。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
朝食が終わると、暇になった。
屋敷はだいたい昨日案内したので、今日はもういいだろう。
それに朝から疲れたので、ゆっくりするのもいいな。
と思っていたのだが、姫が近くの森を探検したいと言ってきた。
監視者の事もあるので、あまりいい提案だとは思わなかったが、姫の意見を採用して出掛けることにした。
もしもの時は、俺が守ればいいしな。
「日も照ってきたし、散歩もいいかも」
この森は、一応我が家の敷地内になる。
たいして大きい森でもなく、林と言ってもいいぐらいだ。
当然、危険な動物もいないのでとっても安全だ。
・・・まあ、この視線の主がいなければな。
気付いていることを、気付かせてはならないが。
姫とシャーリーの3人で森を散策する。
姫は、何かを見つけるたびに大はしゃぎだ。
それを俺たちは、暖かい眼差しで見守っている。
最近まで市井にいたそうだが、こういう所には来た事がないのだろうか。
「・・・眠いな」
「さきほどは、凄い欠伸でしたね」
「緊張感が足りてないわね」
俺にとってみれば、何年も親しんだ森だ。
どんな緊張感を持てというのだ。
今更、特に興味を引かれる物なんて無いしな。
だが、今日はいつもと同じでは無かったらしい。
俺の広域知覚に、弱々しい生命反応が引っかかったからだ。
「どうしたの?」
「どうされたのですか?」
俺の微妙な表情が気になったのだろう。次々に質問してくる。
それで俺も確かめてみる気になった。
さてさて、何が出るのやら。
「・・・こっち」
「何かあるの?」
「うん・・・、何がいるのかわからないけど」
少しばかり森の奥に歩いていくと、そこには一匹の猫がいた。
いや、猫のような物と言うべきか。
あきらかに腕とか太いし。しいていえば動物園で見たライオンとかトラとかの子供か。
それにしては牙が長いような気もする。
毛並みは茶色だ。
「怪我してるな」
「怪我してますね」
後ろ足から血を流している。
ぐったりとしているようだし、放って置くと死にそうだ。
「かわいそうです」
シャーリーが心配そうに見ている。
だったら、連れて帰って怪我を治してやるとしよう。
回復呪文でもいいのだが。
「ええと、それ連れて帰るの?」
「あれ? 姫は反対?」
「反対というか・・・。それ魔獣の子供よ?」
「魔獣でも子供です!」
姫は反対のようだ。で、シャーリーは助ける方に賛成、と。
「助けられる命なのですから、助けるべきです!」
「ええと・・・。まあいいか」
シャーリーの強い言葉に、意見を引っ込める姫。
ふむ。シャーリーがこんなに自分の意見を言うのは珍しいな。
ま、帰ってから考えるとしよう。
「助けるからな。噛み付かないでくれよ?」
噛まれた上で「ほら、痛くない。怖がってただけなんだよね」とか言ってみたいが・・・。この牙、確実に大怪我しそうだ。
慎重に、怖がらせないように抱きあげる。
・・・抱き上げてもぐったりしたままで、抵抗する気力も無さそうだ。
「とりあえず、帰るとしますか」
姫は何か言いたげにして。
シャーリーは心底心配そうに。
俺とともに、屋敷への帰路につくのだった。
だが、屋敷に帰った俺たちを待っていたのは、父さまと母さまの難しい顔だった。
シャーリーはなんとか助けようとしているが、まったく父さまは取り合わない。
「残念だが」
「・・・」
「助ける事は出来ない。もし、この魔獣が大きくなって人を襲ったら、おまえに責任が取れるのか?」
「・・・いいえ」
「魔獣は決して人に慣れることがない。だから魔獣と呼ばれているのだ」
姫には分かっていたようだ。
俺も少しばかり、簡単に考えていたのかもしれない。
「お前達には無理だろうから、わたしが決着をつけよう」
父さまは猫(?)の襟首を持って立ち上がる。
「ついて来なくていいぞ」
「・・・あ」
シャーリーは泣きそうだ。
それを姫と母さまは肩を抱いて、頭をなでながら慰めている。
「父さま」
「・・・おまえも来るのか?」
「いえ。ですが、もし・・・、人を襲わないのであれば助けてもいいですか?」
「・・・無理だ。さっきもいったが、魔獣なんだ」
「その子を、使い魔にします」
父さまの顔が疑問でいっぱいになる。
母さまの顔を窺う父さま。でも母さまも知ってるわけがない。
元の世界なら、使い魔を持つ魔法使いがいてもおかしくなかった。そういう映画もあったしな。
黒猫やカラスなど多岐にわたっていた。
でも、この世界にはそういうのがないのだ。
「魔法使い専用のペットですよ?」
「何をするのかいまいち分からんが・・・、責任をちゃんと取れるのだな?」
「はい」
この魔法はまだ未完成だ。下手をすれば、この子は死んでしまうだろう。
だが、どちらにしても死んでしまうのならば成功に賭けるのも悪くない。
父さまはとりあえず様子を見てくれるのか、俺の前に魔獣の子を置いて下がってくれる。
姫やシャーリー、母さま父さまの見ている前で、俺は呪紋を描き呪文を唱えた。
「使い魔契約」
俺の膨大な魔力が魔獣の子に流れ込み、体内に新たな回路を形成していく。
叫び声をあげる魔獣の子。
びくん、びくんと跳ねるさまは、まるで断末魔の苦しみのようだ。
「・・・成功、かな」
口から泡を吹き、まったく動かなくなった頃、魔法は完成した。
さわって確かめたのだが、魔獣の子は気絶しているようだ。
「シャーリー。目を覚ますまでよろしく」
抱き上げてシャーリーに手渡す。
ああ、それと足の治療もしておかないとね。
「回復呪文」
これでよし。皆の顔色が悪そうに見えるが・・・。まあ、あの状況を見たんだから無理もないか。
動物が、しかも子供が苦しんでるのを見て平気な人はあまりいない。
「・・・それで大丈夫なのか?」
「ええ。後は目が覚めてから、ですね」
その時には名前を付けてやらなければな。
「アフィニア様。これで殺されなくてもいいんですか、この子は?」
「そうだよ、シャーリー。安心できた?」
「はい。感謝いたします、アフィニア様」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「こんばんは、監視者さん」
その日は夜遅くまで大騒ぎだった。
目を覚ました魔獣の子の名前を何にするか、皆で考えたのだ。
名前は結局、俺のモルドレッドに決まった。元の世界のアーサー王関係の名で頭に残っていたのだ。
あれ? この人、謀反とか起こしたっけ?
まあいい。あの魔獣の子も今は動けないし、意識も朦朧としているだろうが徐々に使い魔らしくなるだろう。
その後、皆が寝静まった頃を見計らって庭に出てきたのだが。
はっきり言えば。監視者の排除をするためだ。
「ああ、今更隠れても駄目ですよ?」
俺の言葉に、木の影から表れる人影。
30ぐらいの黒ずくめの男。顔を半分以上隠しているので誰かの特定はできない。
誰であっても関係無いが。
「いつ気付いた」
「昨日からです。あなた、暗殺者ですね?」
「いや、わたしは王から姫様の護衛を請け負った者だ」
「嘘ですね」
動揺は無い、か。さすがプロ。
「今日、姫には単独で何度か行動してもらいました。その度にあなたから害意を感知しています」
「わたしには何の事か分からんな」
「まあ、認めようが否定しようが、どちらでもいいんですけどね」
すでに排除は決定している。
向こうもそれを感じているのか、短剣を構えて警戒している。
「呪紋など描く暇は与えんよ。魔法使いなど、この距離では何の役にも立たたん」
余裕の男。まあ確かにこの距離であれば、呪紋を描ききるより短剣の方が早い。
呪紋を描くのならば、だが。
俺は手を前に突き出す。一瞬高まる緊張、だが。
「重力加圧」
これは俺のオリジナル魔法だ。右の肩甲骨あたりにある呪紋に魔力を流す事で使うことが出来る。
突然、地面に押し付けられ混乱する黒ずくめの男。
「何故だっっ!? 呪紋どころか、呪符さえ使って無いのにっっ!?」
「秘密です。どうです? 今あなたの体重は10倍ぐらいになってるはずですが」
「お、俺を、ど、どうするつもりだ?」
「どうしましょうか?」
「ひ、姫様にはもう近づかない、や、約束する」
「急に饒舌になりましたね。・・・会話をして魔法の効果時間が切れるのを待ってるのでしょう?」
「・・・」
排除といっても殺す気はない。というより、そこまでの覚悟がまだ無い。
動物や魔獣とは違うのだ。人、なのだ。
「今から使う魔法。僕はこの魔法を禁忌と名づけました」
「・・・」
「これは相手の頭の中に、『禁忌』を直接書き込む事が出来る呪文なんです」
人にはそれぞれ、禁忌とするものがある。
それぞれの心の奥に、これだけはやってはいけない、そこだけは守ろうとする約束ごと。
「まあ、あくまで禁忌ですから、絶対の制約ではありません。禁忌を犯すという言葉があるぐらいですし」
相手に強制させる程の効力は無い。
そちらの方も鋭意製作中で、当然ながら「制約」という名前がすでに決定している。
「ですが、この魔法でかきこまれた禁忌は絶対に消えません。どれだけそれを犯そうと、慣れる事はありません。いつまでも、何度でも後悔の念に、良心の呵責に苛まれる事でしょう」
魔法を研究するうちに、疑問が浮かんできたのだ。
相手に直接作用する魔法が無いことに。
考えてみれば、生き物には等しく魔力という物があり、それが掛けられた魔法を無効化させているわけで。
だから、火や氷といった物を生み出し、相手にぶつけるという間接的な攻撃方法がとられている。
だが、相手をはるかに凌駕する魔力があったならば。
直接、相手に作用する魔法が使えるのではないか?
その研究成果がこの魔法なのだ。使用には、相手を動けなくさせないといけないが。時間もかかるし。
「や、やめろ・・・!」
「禁忌。 書き込むデータは『姫に関わる』、『僕の能力を誰かに伝える』、『人を殺す』の3つ」
「うわああああああぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!!!」
ふう。白目剥いて気絶したようだ。・・・死んでないよね?
実験は成功、なのか? まあ、この人には胃を強くもってもらおう。
「さあ、帰って寝るとしますか」