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アフィニア日誌  作者: 皇 圭介
第一部 ジンバル王国編
11/50

10話 「使い魔」

 リュドミラ大陸暦では、1年は360日。

 それを12分割したものが月である。

 この世界では、この12の月を色で呼んでいる。

 色は神々を表しているのだとか。


 銀の月がもっとも寒く、始まりの月と呼ばれ。

 それに続いて青、金、無、土、黄、緑、赤、灰、紫、白、そして黒の月となる。


 それぞれの月は、これに1~30の番号を当て日となる。

 つまり銀の5日とか、赤の20日とか言う。


 話を聞いていると、どうやら正確な暦ではないらしく、徐々にずれていっているらしい。

 昔の文献によるともっとも寒かったのは白の月だったのだとか。

 まあ、人々はあまり気にした風でもないのでかまわないのだろうが。


 長々と語ったが、何が言いたいかというと銀の月はそれなりに寒いということだ。

 布団が恋しい季節なのだ。

 だが、今日もその恋は無残に打ち砕かれた。


「さっさと起きなさい。早朝鍛錬するわよ」

「うう・・・、もうちょっと」

「つべこべ言わずに起きなさい」

「あっ・・・、アフィニア様を起こすのは、私の仕事なんです!」


 おいおい。なんで2人いるんだ。


「こんなのは、こうやったら起きるわ」


 布団が引っ剥がされる。うう、寒いよう。


「あら、この布団軽いわね。何で出来てるのかしら?」

「それは、羽根布団というものです」

「ああ、噂の・・・今晩、貸してもらおうかしら」


 もう寝てるとかの話じゃないな。


「・・・2人とも、おはよう」

「ああ、やっと起きた。早朝鍛錬行くわよ。オクスタン卿はもう、庭でお待ちよ」

「いや、僕は朝から激しい運動はちょっと・・・」

「何言ってるの。さっさと行くわよ」

「あああ・・・」


 引きずって行かないで。せめて着替えぐらいさせて。



「・・・」


 父さま監督のもと、早朝鍛錬に励んだ。

 あいかわらず姫は元気だ。


「すぐに、あなたを超えてみせるわ」


 剣術だけなら、近い内に抜かれるだろう。

 父さまから鍛錬のやり方なんかも習っていたしな。

 ボコボコにされた俺の前で、勝ち誇る姫の姿が目に浮かぶが仕方ない。


「さて、朝から疲れたけれど今日は何をしようか」

「まだ朝のメニュー、終わってないわよ」


 ごもっとも。





  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 朝食が終わると、暇になった。

 屋敷はだいたい昨日案内したので、今日はもういいだろう。

 それに朝から疲れたので、ゆっくりするのもいいな。


 と思っていたのだが、姫が近くの森を探検したいと言ってきた。

 監視者の事もあるので、あまりいい提案だとは思わなかったが、姫の意見を採用して出掛けることにした。

 もしもの時は、俺が守ればいいしな。


「日も照ってきたし、散歩もいいかも」


 この森は、一応我が家の敷地内になる。

 たいして大きい森でもなく、林と言ってもいいぐらいだ。

 当然、危険な動物もいないのでとっても安全だ。


 ・・・まあ、この視線の主がいなければな。

 気付いていることを、気付かせてはならないが。


 姫とシャーリーの3人で森を散策する。


 姫は、何かを見つけるたびに大はしゃぎだ。

 それを俺たちは、暖かい眼差しで見守っている。

 最近まで市井(しせい)にいたそうだが、こういう所には来た事がないのだろうか。


「・・・眠いな」

「さきほどは、凄い欠伸でしたね」

「緊張感が足りてないわね」


 俺にとってみれば、何年も親しんだ森だ。

 どんな緊張感を持てというのだ。

 今更、特に興味を引かれる物なんて無いしな。


 だが、今日はいつもと同じでは無かったらしい。

 俺の広域知覚(ワイドセンス)に、弱々しい生命反応が引っかかったからだ。


「どうしたの?」

「どうされたのですか?」


 俺の微妙な表情が気になったのだろう。次々に質問してくる。

 それで俺も確かめてみる気になった。

 さてさて、何が出るのやら。


「・・・こっち」

「何かあるの?」

「うん・・・、何がいるのかわからないけど」


 少しばかり森の奥に歩いていくと、そこには一匹の猫がいた。

 いや、猫のような物と言うべきか。

 あきらかに腕とか太いし。しいていえば動物園で見たライオンとかトラとかの子供か。

 それにしては牙が長いような気もする。

 毛並みは茶色だ。


「怪我してるな」

「怪我してますね」


 後ろ足から血を流している。

 ぐったりとしているようだし、放って置くと死にそうだ。


「かわいそうです」


 シャーリーが心配そうに見ている。


 だったら、連れて帰って怪我を治してやるとしよう。

 回復呪文(キュア)でもいいのだが。


「ええと、それ連れて帰るの?」

「あれ? 姫は反対?」

「反対というか・・・。それ魔獣の子供よ?」

「魔獣でも子供です!」


 姫は反対のようだ。で、シャーリーは助ける方に賛成、と。


「助けられる命なのですから、助けるべきです!」

「ええと・・・。まあいいか」


 シャーリーの強い言葉に、意見を引っ込める姫。

 ふむ。シャーリーがこんなに自分の意見を言うのは珍しいな。

 ま、帰ってから考えるとしよう。


「助けるからな。噛み付かないでくれよ?」


 噛まれた上で「ほら、痛くない。怖がってただけなんだよね」とか言ってみたいが・・・。この牙、確実に大怪我しそうだ。

 慎重に、怖がらせないように抱きあげる。

 ・・・抱き上げてもぐったりしたままで、抵抗する気力も無さそうだ。


「とりあえず、帰るとしますか」


 姫は何か言いたげにして。

 シャーリーは心底心配そうに。

 俺とともに、屋敷への帰路につくのだった。



 だが、屋敷に帰った俺たちを待っていたのは、(とう)さまと(かあ)さまの難しい顔だった。

 シャーリーはなんとか助けようとしているが、まったく父さまは取り合わない。


「残念だが」

「・・・」

「助ける事は出来ない。もし、この魔獣が大きくなって人を襲ったら、おまえに責任が取れるのか?」

「・・・いいえ」

「魔獣は決して人に慣れることがない。だから魔獣と呼ばれているのだ」


 姫には分かっていたようだ。

 俺も少しばかり、簡単に考えていたのかもしれない。


「お前達には無理だろうから、わたしが決着をつけよう」


 父さまは猫(?)の襟首(えりくび)を持って立ち上がる。


「ついて来なくていいぞ」

「・・・あ」


 シャーリーは泣きそうだ。

 それを姫と(かあ)さまは肩を抱いて、頭をなでながら慰めている。


(とう)さま」

「・・・おまえも来るのか?」

「いえ。ですが、もし・・・、人を襲わないのであれば助けてもいいですか?」

「・・・無理だ。さっきもいったが、魔獣なんだ」

「その子を、使い魔にします」


 (とう)さまの顔が疑問でいっぱいになる。

 母さまの顔を窺う父さま。でも母さまも知ってるわけがない。


 元の世界なら、使い魔を持つ魔法使いがいてもおかしくなかった。そういう映画もあったしな。

 黒猫やカラスなど多岐にわたっていた。

 でも、この世界にはそういうのがないのだ。


「魔法使い専用のペットですよ?」

「何をするのかいまいち分からんが・・・、責任をちゃんと取れるのだな?」

「はい」


 この魔法はまだ未完成だ。下手をすれば、この子は死んでしまうだろう。

 だが、どちらにしても死んでしまうのならば成功に賭けるのも悪くない。


 父さまはとりあえず様子を見てくれるのか、俺の前に魔獣の子を置いて下がってくれる。

 姫やシャーリー、母さま父さまの見ている前で、俺は呪紋を描き呪文を唱えた。


使い魔契約(ファミリアー)


 俺の膨大な魔力が魔獣の子に流れ込み、体内に新たな回路を形成していく。

 叫び声をあげる魔獣の子。

 びくん、びくんと跳ねるさまは、まるで断末魔の苦しみのようだ。


「・・・成功、かな」


 口から泡を吹き、まったく動かなくなった頃、魔法は完成した。

 さわって確かめたのだが、魔獣の子は気絶しているようだ。


「シャーリー。目を覚ますまでよろしく」


 抱き上げてシャーリーに手渡す。

 ああ、それと足の治療もしておかないとね。


回復呪文(キュア)


 これでよし。皆の顔色が悪そうに見えるが・・・。まあ、あの状況を見たんだから無理もないか。

 動物が、しかも子供が苦しんでるのを見て平気な人はあまりいない。


「・・・それで大丈夫なのか?」

「ええ。後は目が覚めてから、ですね」


 その時には名前を付けてやらなければな。


「アフィニア様。これで殺されなくてもいいんですか、この子は?」

「そうだよ、シャーリー。安心できた?」

「はい。感謝いたします、アフィニア様」





  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「こんばんは、監視者さん」


 その日は夜遅くまで大騒ぎだった。

 目を覚ました魔獣の子の名前を何にするか、皆で考えたのだ。

 名前は結局、俺のモルドレッドに決まった。元の世界のアーサー王関係の名で頭に残っていたのだ。

 あれ? この人、謀反とか起こしたっけ?

 まあいい。あの魔獣の子も今は動けないし、意識も朦朧としているだろうが徐々に使い魔らしくなるだろう。


 その後、皆が寝静まった頃を見計らって庭に出てきたのだが。

 はっきり言えば。監視者の排除をするためだ。


「ああ、今更隠れても駄目ですよ?」

 

 俺の言葉に、木の影から表れる人影。

 30ぐらいの黒ずくめの男。顔を半分以上隠しているので誰かの特定はできない。

 誰であっても関係無いが。


「いつ気付いた」

「昨日からです。あなた、暗殺者ですね?」

「いや、わたしは王から姫様の護衛を請け負った者だ」

「嘘ですね」


 動揺は無い、か。さすがプロ。


「今日、姫には単独で何度か行動してもらいました。その度にあなたから害意を感知しています」

「わたしには何の事か分からんな」

「まあ、認めようが否定しようが、どちらでもいいんですけどね」


 すでに排除は決定している。

 向こうもそれを感じているのか、短剣を構えて警戒している。


「呪紋など描く暇は与えんよ。魔法使いなど、この距離では何の役にも立たたん」


 余裕の男。まあ確かにこの距離であれば、呪紋を(えが)ききるより短剣の方が早い。

 呪紋を描くのならば、だが。

 俺は手を前に突き出す。一瞬高まる緊張、だが。


重力加圧(グラヴィティ)


 これは俺のオリジナル魔法だ。右の肩甲骨あたりにある呪紋に魔力を流す事で使うことが出来る。

 突然、地面に押し付けられ混乱する黒ずくめの男。


「何故だっっ!? 呪紋どころか、呪符さえ使って無いのにっっ!?」

「秘密です。どうです? 今あなたの体重は10倍ぐらいになってるはずですが」

「お、俺を、ど、どうするつもりだ?」

「どうしましょうか?」

「ひ、姫様にはもう近づかない、や、約束する」

「急に饒舌になりましたね。・・・会話をして魔法の効果時間が切れるのを待ってるのでしょう?」

「・・・」


 排除といっても殺す気はない。というより、そこまでの覚悟がまだ無い。

 動物や魔獣とは違うのだ。人、なのだ。


「今から使う魔法。僕はこの魔法を禁忌(タブー)と名づけました」

「・・・」

「これは相手の頭の中に、『禁忌』を直接書き込む事が出来る呪文なんです」


 人にはそれぞれ、禁忌とするものがある。

 それぞれの心の奥に、これだけはやってはいけない、そこだけは守ろうとする約束ごと。


「まあ、あくまで禁忌ですから、絶対の制約ではありません。禁忌を犯すという言葉があるぐらいですし」


 相手に強制させる程の効力は無い。

 そちらの方も鋭意製作中で、当然ながら「制約(ギアス)」という名前がすでに決定している。


「ですが、この魔法でかきこまれた禁忌は絶対に消えません。どれだけそれを犯そうと、慣れる事はありません。いつまでも、何度でも後悔の念に、良心の呵責に(さいな)まれる事でしょう」


 魔法を研究するうちに、疑問が浮かんできたのだ。

 相手に直接作用する魔法が無いことに。

 考えてみれば、生き物には等しく魔力という物があり、それが掛けられた魔法を無効化させているわけで。

 だから、火や氷といった物を生み出し、相手にぶつけるという間接的な攻撃方法がとられている。

 だが、相手をはるかに凌駕する魔力があったならば。


 直接、相手に作用する魔法が使えるのではないか?

 その研究成果がこの魔法なのだ。使用には、相手を動けなくさせないといけないが。時間もかかるし。


「や、やめろ・・・!」

禁忌(タブー)。 書き込むデータは『姫に関わる』、『僕の能力を誰かに伝える』、『人を殺す』の3つ」


「うわああああああぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!!!」


 ふう。白目剥いて気絶したようだ。・・・死んでないよね?

 実験は成功、なのか? まあ、この人には胃を強くもってもらおう。


「さあ、帰って寝るとしますか」

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