00話 「暗転」
学校帰り、一人土手を歩く。
その日は記念日になった。
夏休み前のその日、俺の顔はだらしなく笑み崩れていたと思う。
「~♪」
なにしろ1年間近く好意を抱き続けていた部活の先輩に、告白してやっとOKをもらったからだ。
恋敵は多く、その戦いは長く苦しいものだった。
告白は3回。
一度目は「あなたのこと知らないから」
自分の事を知ってもらうよう努力した。
2度目は「頼りない弟みたいにおもってるから」
頼りがいのある男になるよう、勉強も部活もがんばった。ついでに弁当で餌付けもした。
そして3度目「君には負けたよ。こんな気持ちにさせられるとは思わなかった」
「ふふふふふふ」
いや、気持ち悪いとかいわないで。だってしかたないじゃない!幸せなんだもの!
今なら夕日に向かってだって走れる。
そう、どこまでだって!
先輩とのこれからの夏休みを想い。
ウエディングベルの鐘の音を聞き。
子供は何人がいいかなぁと完全に頭が湧いたところで。
目の前が真っ暗になった。
(え、え、え、何!?)
グラリと倒れる感覚。
顔面で感じた痛みとひんやりとした地面の感触が、その時感じた最後だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「・・・・成功か?」
「・・・おそらく成功だろう」
まわりで聞こえる声。少なくとも一人二人ではない複数人の気配。
ぼんやりする頭を一生懸命働かせる。
(病院かな・・・?)
随分硬いベッドのようだが、そこに仰向けに寝かされている。
力を込めてみるが、腕どころか指すら動かせない。
(俺、いったいどうなって・・・?)
まったく自分の自由にならない体と格闘すること数分、なんとかまぶたを開ける事に成功する。
だが、そこにあったのは病院の白い天井ではなかった。
(え・・・なにこれ)
見えるのは岩肌。薄ぼんやりと照らされた岩肌が視界いっぱいに広がる。
(洞窟・・・?)
まったくわけがわからない。
何故、自分がここにいるのか。
なんでこんな所に寝かされているのか。
(夢・・?)
とにかく、情報がほしいとばかりに唯一自由になる目であたりを窺う。
うわ、なんかいっぱいいる。
寝かされた自分を囲うように、黒っぽいローブを着た人がいっぱい立っていた。
うわ、目が合っちゃたよ。
「おお・・、お目覚めになられた・・・!」
騒がしくなる周り。
何がなんだかわからない。この状況で体一つ動かせないなんて怖すぎる。
(夢、夢、夢、これは悪い夢)
まぶたを閉じれば夢が覚めて、先輩とのハッピーライフが始まるのだ。
現実逃避ぎみの俺。
だがそんな事など関係なしに状況は進む。
「お目覚めの気分はいかがですか?エメランディス様」
黒ローブたちの集団を割るように、濃い化粧の女が現れる。
30代前半といったところだろうか。
いや、それよりも・・・。
(エメランディスって誰・・・!)
俺?俺が呼ばれてるの?何故何どうして?
「目覚めたばかりで混乱されるのも無理はありません」
「ですが、我々の話をどうか聞いていただきたいのです」
混乱する俺のことなどほったらかしでどんどん話を続ける女。
わけがわからないなりに理解した事は、
今、彼ら(黒ローブたちね)は悪逆非道な者たちによって滅ぼされそうになっている事。
起死回生として、太古の禁呪を使い俺をこの世界に呼び出した事。
「どうか、我々を救ってください」
待って、待って、待って。
これってもしかして。
小説とかでありふれたアレ?
魔王で勇者なファンタジーもの?
もしかして魔王とか倒さないと、もとの世界に戻れない?
ってか、ここ異世界?異世界なの!?
日本でないの?地球でないの?
ようやく始まったばかりの先輩との甘々な恋愛生活が!!!!
(いぃぃーーーやぁぁぁーーーーー!!)
声が出ないので心で絶叫。
やっとのことで告白OKもらって、その日の内に異世界召喚だなんて。
天国と地獄だなんて。
(ひどすぎる!!!!!)
だが、状況はこれで終わりではなかった。
突然、ザワザワとさわがしくなる周囲。
そしてガチャガチャという音と、一際大きな声。
「全員つかまえろ!一人も逃がすな!さからえば殺してもかまわん!!!」
え、何?悪い奴等、もう来ちゃったの?
魔王とか、倒されるまで城で待ってるもんじゃないの?
俺、体動かないよ?どうするの?というか、どうしたらいいの!?
その後はもう、大混乱としか言いようがなかった。
物が倒れる音とか、ガチャガチャいう音(どうやら金属鎧の音らしい)、ドシュッとかいうなんかやばげな音、助けを求める声、そして悲鳴。
(先輩、先輩、先輩・・・!)
目をつぶって現実逃避を続けていた俺は、いつの間にかあたりが静まり返っていたのに気づく。
そして、ゆっくりとこちらに向かって来るガチャガチャという音。
(ち、近づいてくる・・・!!!)
その音が止まった時、恐怖に俺は思わず目を開いてしまった。
そして目に映る、返り血に染まった金属鎧と真っ赤な剣。
(ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいい!!!)
気絶しなかったのを褒めてもらいたいぐらいだ。
今まで16年生きてきて、これほどの恐怖を味わったのは初めてだ。
「ム・・・!どうやら怯えさせてしまったようだな」
騎士風の男はそう言って剣をどこかにやると、にっこり笑ってきた。
正直に言うと怖かった。
何か、無理して笑い顔を作っている感じが。
「まったく、こんな年端もいかぬ娘を生贄にしようなどと」
娘?生贄?
何いってんの???????
騎士に抱き上げられた俺に見えたもの。それは、俺の体だった。
自由に動かないその体は・・・ちっちゃな女の子のものだった。