残暑の記憶 3
決死の覚悟で顔を上げた俺はそのまま俯き顔を手で覆った。
「なんだい。顔を見るなり有り得ない物体に遭遇したかのようにわかりやすく絶望などして」
「あほかぁ!」
思わず突っ込みを入れてしまう。
「お前のその格好は一体なんだ!!」
ぴしっ!と指を突きつければ遠藤は自分の姿をしばし確認し、そして何でもないように答える。
「?甚平だが?」
そう、こいつは黒の甚平に下駄、腰に団扇を差すというどこの野郎だといいたくなるような間違った夏の装いで現れやがったんだ!
「予想をジェット機で斜め上で爆走するぐらい有り得ねぇ!!」
「君は一体何が言いたいんだい?」
「お前は彼氏との初デートを甚平で過ごすのか!ちょっとはお洒落しようとか浴衣を着たいとか思わないのかぁ!」
鼻息荒くそう絶叫した俺に遠藤の目が驚きで見開かれる。
「でーと?」
「そうだ!」
「…………今日は岬結衣くんと君と私の三人で祭りを満喫するのではなかったのかい?」
「は?」
「私はてっきりそう思っていたのだが?これはでーとだったのか………」
でーととたどたどしく口の中で繰り返す遠藤に激昂していた俺の頭も冷えてくる。
そういえば今まで結衣抜きでいたことの方が珍しいんだった。まして、あんな風に誘ったことすらないのだから当然、結衣も一緒だって遠藤が思い込んだのはある意味当然で………。
しかも俺、誘ったとき、一言もデートだって言ってねぇ!
「でーと………君は私をデートに誘ってくれていたのか」
「うっ………い、一応、その、付き合っているからな、俺たち。デートのひとつぐらいした方がいいと思っただけだ」
悪友達に言われるまでまるで考えていなかったことは卑怯にも黙っていた。なんだか顔を見ていられなくてそっぽを向いた俺に遠藤は考え込むように俯く。
「でーと………君と私がでーと………」
「繰り返すな!こっちが恥ずかしくなる!」
「そうか………でーと……」
「だから、繰り返すな………って……いって………」
照れ隠しで言いかけた言葉が途切れる。
いつもは憎らしいことしか出てこない口は柔らかく緩み、冷静そのもの頬は薔薇色に染まっている。皮肉とどこか達観した色を浮かべる瞳には本当に嬉しそうな光が宿る。
まるで年頃の普通の少女のように無邪気に微笑む遠藤加奈に俺は目を奪われた。
とくん………。
(うん?なんだ?)
その笑顔に一瞬心臓の鼓動が早くなった気がして俺は思わず首をかしげた。
「石崎透くん。………ありがとう」
嬉しそうに。本当に嬉しそうに微笑むから、俺の方が赤くなってしまう。
頼むからその顔やめてくれ、いつもと違いすぎてこっちの調子が狂わされる。
「おう………さぁ、行くぞ」
しどろもどろに答えるのやっとだった。赤くなる頬を見られたくなくて俺は先頭きって歩き出した。
どんなに可愛く笑っていても服装は甚平という摩訶不思議。
たぶん、この数分後辺りには二人とも普段通りだと思われます。(主に加奈の言動がそれ以降変わらなさ過ぎたのと服装が原因)