残暑の記憶 2
祭囃子の音が響く中、神社の通路に沿うように立てられた屋台からは客引きの声と食べ物の香りが漂う。
たくさんの人が思い思いに歩いている中、俺は神社の鳥居の柱に背を預けながら待ち合わせの時間を迎えようとしていた。
「…………」
手首の時計を確認し、再び腕を組んで柱に凭れる。
「……………」
考えてみれば結衣以外の女と祭りに来るなんて初めてだ。
昔は結衣と翔が付き合う前は三人でよく来てた。俺たちが私服だったのに対して結衣は張り切って浴衣を着てきていた。
髪もちゃんと浴衣に合わせてセットして簪のような髪飾りをさしてみて………ってちょっと待て。
俺はここで本日ここに来るはずの待ち人のことを思い出した。
遠藤 加奈。
変人・奇人の名を全校生徒から冠されている女は今日この時、どんな格好でやってくるのか。
とんでもない命題を突きつけられた気がした。
(………これがデートだってことはさすがにあいつだってわかっているよな?初デートだぞ?服装だって気張るよな?)
しかし悲しいかな相手はあの遠藤なのだ。
こちらの想像を斜め上を飛び越えていきそうな女なのだ。
どんなことが起きても驚かないように心構えだけはしておいたほうがいい気がする。絶対する。
(遠藤の性格からいって素直に浴衣を着てくるというのが想像がつかない。私服の可能性が高い、が、その私服が一般的な女の格好かといわれるとまた、自信がもてねぇ………)
最悪、ジーパンにTシャツにスニーカーという俺と大差ない格好で現ることも想定される。
『やぁ、石崎透くん、待たせたね。うん?浴衣?ああ、夏祭りといえば浴衣だね。しかし、残念ながら私は浴衣というものの機能性があまり好きではなくてね………足元が下駄であることも動きにくさを助長していると思うんだが………云々かんぬん』
とか言いそうだ。すごく言いそうだ。
もしくは。
『やぁ、石崎透くん。待たせたね。おや、なんだいその顔は。北海道でイリオモテヤマネコでも発見したかのような顔ではないか。うん?なんで男物の浴衣を着ているか、だって?先人の知恵が詰まった浴衣は夏過ごすのには最適な衣類だよ?浴衣を着ずに日本の夏は越せないね。それに女性物の柄と帯はあまり私の趣味ではないのだよ。男性ものの落ち着いた渋さの方が私は好きなのだよ』
有り得そうだ。すごく有り得そうだ。あいつは自分が気に入るかどうかが重要で常識とか人の目とかは絶対に気にしない。
気に入ればどんなに奇異な目で見られようともそれを着るだろう。
(せめて、せめて、一般的な格好で来てくれ!)
デート相手の服装をここまで気にする羽目になるとは思っても見なかった。
「おや、早いな。石崎透くん」
う~~とうなる俺だったが背後からかけられた声に思わず固まる。
こ、怖い。振り向いてこいつの格好を確認するのが物凄く怖い。
「どうした?」
遠藤が足音もなく近づいてくる。
何故だ。なぜ足音がしない!音かすればせめて下駄かスニーカーかは確認できるというのに!
遠藤の気配が近づきそして俺の前に回りこむ。
ええいっ!腹くくったぞ!
やけっぱちな気分で思い切り顔を上げ、そして遠藤の姿を俺は、見た。