真夏の記憶2
『透。………ごめん。結衣のこと、頼んだ………』
白い病室、せわしなく動く機械に繋がれて辛うじて動くことができたあいつの手を俺はただ、握ることしかできなかった。
頼まれたのは俺たちにとって大切な少女のこと。
『馬鹿野郎!!何言ってんだよ!!そんな………』
遺言みたいなこと言うなよと言い放つことは出来なかった。
分かっていた。俺にもあいつにもこの場にいる誰もがわかっていた。
残された時間が余りにも少ないことに。
『結衣が泣く。だからだからさぁ!』
涙声で懇願する。
頼むよ。頼むから連れて行かないでくれ………。それが無理ならせめて、結衣が結衣が来るまで時間をくれよ!!
手を握って心の底から祈った願いはだけど、残酷に裏切られた。
『………翔?』
呆然と病室にたたずむ結衣の瞳はただひたすらにベットの上で静かに呼吸器をはずされている翔を見ていた。
『結衣………』
『いや………いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』
現実を認識した途端、結衣が狂ったように叫びながら翔にしがみ付く。触れる頬は温かく、閉じられた瞼は今にも開きそうなのに………それはもう動くことも喋ることもない。
翔の意思はなく、ただの抜け殻。
ただ翔の………俺の双子の弟の名を呼び続ける結衣の涙混じりの声だけが病室を満たしていた。
俺は結衣が好きだ。結衣が翔のことが好きでも二人が付き合ってもそれは変わらなかった。
だけど。
翔が突然死んでしまってあいつのことが本当に好きだった結衣は支えを無くし、不安定になった。
そして、いつしか翔と同じ顔をした俺に執着するようになった。
俺と翔を混同しているんじゃない。俺は俺として認識しているし俺の気持ちに気づいているわけでもない。
ただ、俺の側に自分以外の女がいることに耐えられなくなっていた。
結衣を一番に考えて結衣を優先しないと途端に彼女の精神のバランスは崩れた。
翔と同じ顔をした俺が自分以外の女に感心を持つことが耐えられないらしい。
『結衣が一番、だよね?透はどこにも行かないよね?』
震える声でしがみ付いて来た手をどうしても俺は振り払う気にはなれなかった。
『君が好きだよ』
振り払えないのなら、あの笑顔を受け入れるべきではなかったのに。