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君からの手紙  作者:
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初夏の記憶

「辛気臭い顔をしているな。例えるなら欲求不満でもやもやが溜まりに溜まっているがその大元には当り散らせず更に言えば他者に当り散らすこともできずに結局己の内に溜め込むことしか出来ずにいる、そんな顔だ」


遠藤の言った例えは恐ろしいほどに俺の心理状況を言い当てていた。

………こいつ、読心術が使えるとかじゃないだろうな。


聞いてみたい気がするがあっさりと「そう難しいことではないよ。ちょっとしたコツだよ。なんなら教えるがいかがかな?」とかあっさりいいそうで逆に怖くて聞けない。


鬱陶しい梅雨があけた。衣替えも先日済み、日差しが段々とキツク感じられるようになる今日この頃、俺たちはいつものように飯を食おうとして………顔を合わせるなり遠藤が言ったのが冒頭のセリフだ。


顔を引きつらせる俺に遠藤は「まぁ、人には色々あるな」とポンポンと肩を叩かれた挙句、そのままこいつ、飯を食い始めやがった。


言うだけ言って放置か!


「お前………」


「食さないのかい?時間がなくなってしまうぞ」


「お前、お前は………お前はなぁ……」


「む?なんだい?わたしの昼餉を狙っているのかい?駄目だよ、タダではやれないね。等価交換。ギブアンドテイクが基本だよ」


違う!そういうことを言いたいんじゃねぇ!

遠藤のとぼけた答えに俺はがくりと肩を落とすしかねぇ。

はぁ、と重いため息を吐きながら遠藤の弁当に目を走らせ、カレーパンを差し出す。


「お前のから揚げとカレーパン三口交換はどうだ」


「いいね。のった」


にやりと笑う遠藤。顔は綺麗なのに全然綺麗に見えないから不思議だ。遠藤の手がカレーパンを持つ俺の手をそのまま掴む。

そして、そのまま己の口へと運び………。


「はむっもぐもぐ」


形のよい唇が恥じも外聞もなく大口でカレーパンに喰らい付く。その様を呆然と見つめている俺。キッチリ三口、だが女子の三口にしては多い量を食べた遠藤はモグモグと口を動かしながら「美味であった」とご満悦だ。


普通、逆じゃねぇ?何お前、なんでそんな男前行動を俺にするの?


この行為、俺が女子で遠藤が男子ならときめくべきところなんだろうか事実は逆だからひたすらにモヤモヤするしかない。


食べかすをつけながらモグモグ口を動かしていた遠藤が弁当箱を差し出してくる。


「さぁ、食すがよいぞ」


「はいはい。いただきますよ~~」


から揚げをヒョイとつまみ口に運ぶ。遠藤はにこにこ笑っている。なんとなく本当になんとなくほんわかした気分になりつつもから揚げを口に入れようとしたその時、窘めるような女の声が俺を呼んだ。


「透!」


声に驚いた俺の指からから揚げが離れ、ころころと地面に転がってしまう。それを思わず目で追ってしまう俺に構わず驚かせた張本人、結衣が弁当を抱えたまま俺の隣に座る。べったりと隙間がないぐらいの距離に座ると値踏みするように遠藤を見ていた。


「探したよ。透!今日は一緒にご飯、食べようと思って!」


わざとらしいぐらいハシャいだ声でそういうとこちらの意見も聞かずに弁当を開き始める。そして手を止めるとさも今気づいたように遠藤の方に向き直った。


「遠藤さんも、いいよね?」


「構わないよ?」


そういう遠藤の顔に不快そうな色はなかった。ただ何かを面白がるように顔をしている。それがわかるのかそれとも余裕のあるような態度が気に喰わないのか結衣は頬を膨らませたまま見せ付けるかのように俺に擦り寄ってくる。


「結衣………」


「透、またパン食べて、結衣のご飯を分けてあげる。はいあ~~ん!」


いつもこうだ。俺の気持ちに答える気がないくせに俺が誰か他の人間のものになるのは極端に嫌がる。だから邪魔しにきているのだこいつは。


『透は結衣のことが一番?好き?』


俺の欲しい感情ではないが結衣は確かに俺に執着している。そして俺は結衣を拒否できない。

俺の中で遠藤より結衣のほうが大切だから。

絶望しても辛くてもこの恋をあきらめられずにいるから、だから俺は結衣の差し出すおかずを食べた。


きっと嫌な思いをさせてしまったと遠藤を見れば彼女は別に怒ってなかった。不機嫌でも嫌悪も浮かんでない。ただ、勝ち誇ったような結衣を静かに見つめていた。


「ねぇ、遠藤さん」


「なにかな?」


いつも通り悠然とした態度で結衣を迎え撃つ遠藤。


「透の一番はあなたじゃないよ。あたしが透の一番なの」


あんたなんか所詮あたしの代わりなのよと言外に含ませる結衣の言葉は悪意に満ちていた。だが、俺はその言葉を止められなかった。


結衣の言葉は本当だ。だから俺は何も言わない。………いえない。言う資格なんてない。

胸が痛むのはお門違いだ。


「知っているがそれが何か?」


さらりと言い返された言葉がよほど意外だったのか結衣が固まる。予想していた俺も少しの動揺も表に出すことなく当たり前のように言いきった遠藤に目を見開いた。


「岬結衣くん。君が彼の一番だということもわたしが代わりだということも彼の心がわたしにないこともその全てを承知している。承知しているからこそわたしは彼に交際を申し込んだのだからね。いまさら君に何を言われようがわたしを揺るがすことはできないよ」


にこ。と笑う遠藤はどうしてか鋭い刃を連想させた。


結衣がその迫力に俺に縋る。怖いのに目が逸らせない。そんな顔だった。


「だから、きみがどんなに彼の中で自分の優先度が高いことを強調しようともわたしを彼から引き離すことはできないよ」


遠藤の言葉を呆然と聴いていた結衣が、内容を理解すると共にその顔が怒りで赤く染まった。


「な、んで……!透は絶対にあんたなんて見ない!!好きにならない!!なのになんで!なんで離れないの!!」


激昂して叫ぶ結衣に返ってきたのは素っ気無いほど短い一言。


「好きだから」


淡々と当たり前のことを告げるように遠藤はそう、言った。真っ直ぐに結衣を見ながら。


「好きだから側にいたい。離れたくない。それだけだよ」


その時、俺は、生まれて初めて、結衣がいるのに結衣以外の女に視線を奪われ、離すことができなくなった。


初夏の日差しの下、浮き彫りにされた俺たちの歪さと動きだした関係。それは忘れることのない俺の心が動き始めた記憶。


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