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君からの手紙  作者:
2/17

五月の記憶

「石崎透くん。君が岬結衣くんに心奪われ恋をしていることは承知している。それでもあえて言おう。君が好きだ。君が誰を好きでもわたしを好きでなくても構わない。わたしと付き合ってくれはしないかい?」


「へ?」


三年に進級した春。夕暮れに染まる桜を背後に背負いお前は俺にそう告白してきた。


三年になって初めて同じクラスになった遠藤 加奈の告白はひどく俺に都合がよくそして、重さを感じさせなかった。


長い片思いに疲れていた俺は全てを知ってもなお俺のことを好きだと言うお前の手をとった。

俺はただただ、逃げるためにお前の想いを利用したんだ。



遠藤との付き合いは色々な意味で「楽」だった。あいつは普通の女がしたがるようなデートも望まなかったしやたらべたべたしない。どちらかといえば阿吽の呼吸を心得た長年の友人のような付き合い方だった。

そして何より俺が結衣のことを見ていても想っていても何も言わず、それでいて俺がいたたまれなくなるような態度をとることもしないでいてくれることが楽だった。


ぱらりと俺の隣に座る遠藤が本のページを捲る。あの告白から一ヶ月。桜の花はその姿を消し、青々とした葉が風に揺れていた。

いつものように裏庭で昼飯を食った俺達はそれぞれやりたいことをしていた。

つまり俺は昼寝、遠藤はその傍で読書。


静かに本に目を落とす遠藤は整った顔をしていた。肩で整えられた黒髪に規定どおりの制服は本を読んでいることも合わさって文学少女のような印象を受ける。

静かで知的な印象の少女はひそかに異性の注目を集めそうだ。………読んでいる本のタイトルが「勝てる!!速報競馬情報!!」でなければの話だが。


こいつと一緒にいるようになって一月、外見と中身のギャップが激しい女だということはわかった。


口調は偉そうな男言葉。本が好きだがその内容は文学とかではなく競馬情報誌だのゴルフが上手くなる百方法だの果てには世界の軍隊の秘密だのこちらの予想を斜め上にいくラインラップばかり。

言動は読めず何考えているのかさっぱりわからない。


そんな女が俺の一応、彼女であった。


なんでこんな外見は一級品中身は迷品な女が俺に告白なんて言ってきたんだ?いくら考えても納得できる理由は思い浮かばず首をひねるしかできない。

寝たふりを続けながら横目で観察を続けているとくすりと鈴のような笑い声が零れた。


「なんだい?そんなにわたしの顔が君の興味をひくのかな?」


「!?」


視線すらよこさず見透かしたようなことを言う遠藤に俺は思わず起き上がってしまう。

しまった。派手に反応したらそれこそ見ていたことがばればれだ。


居心地の悪い気分のまま胡坐をかいた俺に軽く微笑みながら遠藤の指がペラリとページを捲る。


「まぁ、わたしは変わり者らしいし、外見と中身が違いすぎる印象を他者に与えるらしいからね。君が観察したくなる気持ちは理解できないわけでもないよ」


遠藤の視線は上がらない。ただ、先ほどよりもほんの少しだけあがった口角にこいつが俺の反応を楽しんでいるのがわかった。


「嫌味か?」


「いや?そんなつもりはないよ。そうだなぁ、はた迷惑な愛情表現というやつか?」


「余計悪い」


「そうかい。それはすまない」


それっきり会話が途絶える。俺とあいつの揺れる若葉と穏やかな昼下がりの五月の記憶。



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