秋の記憶 3
「今、お茶を用意するから待っていてくださいねぇ~~」
「あ、いえ。お構いなく……」
のほほんを絵に描いたようにふわふわした女性は俺をリビングに通すとそのまま台所に消えていった。
遠藤の見舞いに来て、家の前で出会った女性は大方の予想通り、遠藤の母親だった。遠藤とはあまり似たところのない女性は俺の姿を見るなり「まぁまぁ」と言うなりすすっと俺に近寄ってにっこりと笑った。
「もしかして加奈ちゃんのお友達かしら?」
「え、あ、あの……俺は見舞いとプリントを届けに……」
「あらあら。お見舞いに来てくれたの!ありがとう。でもごめんなさい。加奈ちゃん今、眠ってしまっているのよ」
頬に手を当てながら少し困った顔をする遠藤の母親。でもすぐにいいことを思いついたと手を叩く。
「これからお時間はある?おばさんおいしいおやつを買ってきたから一緒に食べていきませんか?」
「あ、あの……」
「加奈ちゃんのお見舞いに来てくれたのに何のおもてなしもしないで帰してしまったことを知られたら私怒られちゃから、さぁ、どうぞ」
「だから……」
「さぁさぁ。遠慮しないで」
などという上記のようなやり取りの末に負けた俺は遠藤の家のリビングで非常に居心地の悪い思いを味わっているというわけである。
居心地の悪さを払拭するために俺は部屋の中に視線を走らせる。すると棚の上にいくつもの写真立てが並べられているのに気づいた。遠藤の母と小さな遠藤が笑顔で笑っている横で見知らぬ男性が静かに笑っている。おそらくこの人が遠藤の父親なのだろう。でも不思議なことに遠藤が四歳ぐらいまでの写真には写っているのにそれ以上の年齢の写真には遠藤と母親しか写っていない。ざっと見てもやはり父親の写っている写真は見つけられない。
(亡くなったのか……それとも離婚、か?)
推測されるのはこの二つだがどちらにしろ遠藤から父親の話は聞いたことがないし母子二人暮らしの可能性が高いな、と感じた。
そんなことを考えながら視線を動かしていた俺は一枚の写真に気づき、目を見張る。
「遠藤?」
思わず呟いてしまうぐらいにその写真の中の人は遠藤に似ていた。
整った目鼻立ちも黒い艶やかな髪も俺の知っている遠藤そっくりだ。
ただ、違うのは写真の人の方が遠藤よりも何歳か年上なことと浮かべる笑顔が遠藤の傲岸不敵な笑顔とは真逆の陽だまりのような暖かい笑顔だった所だけ。
そのまま遠藤の数年後を写したと言われれば信じてしまいそうなほどその女性は遠藤に似ている。
その遠藤のそっくりさんは腕の中で眠る赤ん坊をとても大切そうに見つめている。さきほどの女性よりもこの写真の人の方が遠藤の母親と言われたほうが納得が出来るぐらい遠藤とこの人は似ていた。
血縁者なのは間違いないのだろうが……。
父親のことといい遠藤の家はどうやら結構複雑な家庭のようだ。
「あらら?その写真が気になるのかしら?」
「!?」
すぐ後ろから聞こえてきた声に思わず体が震える。びっくりして振り返ればにこりと笑う遠藤の母親の姿。
け、気配が全く感じられなかったんだが……この人何者だ!
驚きで声も出ない俺をよそに遠藤の母親はそっと遠藤に似た女性の写った写真立てを手に取った。
「この人はね。加奈ちゃんのお母さんなのよ」
「は?でも確かあなたもお母さんだって……」
「ええ。私も加奈ちゃんのお母さんよ!」
胸を張って得意げに答えられて余計に俺の頭は混乱する。
え、なんだ?
母親が二人?
「正確にいえばこの人は加奈ちゃんを生んでくれたお母さん。私は加奈ちゃんを育てたお母さんなの……加奈ちゃんが四歳になった年に私が加奈ちゃんのお父さんと再婚したから」
つまり継母ってことか。
「加奈ちゃんによく似ているでしょ?」
「は、はぁ……」
ほら、と写真立てを手渡されてそんなことを言われてもどう反応していいのかわからない。にこにこ笑っているけどこの人は目の前の女性からしてみたら夫の亡妻だ。普通は複雑な感情なんかを抱くもんじゃないか?
こんな風にあっけらかんと娘と自分が継母と継子の関係だと他人に言えるもんなのか?
だけど隣で写真を見ている女性の目はただ優しくてそれが余計に俺を困惑させた。
「あ!そうだわ。お茶が冷めてしまうわね!さぁさぁ座って座って!」
ぱんと手を叩くなり俺は背中をぐいぐい押される。この人、遠藤とは血が繋がっていないけど押しの強いところはやっぱり親子だ。良く似ている。
「さぁさぁ。食べてちょうだい。秋といったらこれよね!」
そう言って遠藤の母親が上機嫌で食べているのは……焼き芋。
まだまだ太陽が頑張っちゃっていてあつい九月の一日目、俺は見舞いに行った恋人(一応)の家にて熱々の焼き芋と紅茶を振舞われた。
……新手の早く帰れの合図?